若宮まつり(若宮八幡社)

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ページID1048645  更新日 2026年4月17日

若宮まつり(例大祭) 試楽祭5月15日、本楽祭16日

名古屋城下の山車祭りの先陣を切る若宮まつりは、試楽祭を5月15日、本楽祭を16日の日程で斎行されます。

15日の夕方からは福禄寿車の町内曳きが行われ、神楽殿では奉納演芸などが催されます。
16日午前には、若宮まつりの中心的な祭事である「例祭」が本殿にて執り行われ、皇室の御安泰と国民の安寧が祈願されます。
午後からは、御鳳輦(神輿)を中心とした山車行列が境内を出発し、本町通りを通って那古野神社まで往復します。

若宮八幡社の若宮まつりより

福禄寿車(山車)

境内に入った山車の写真
画像提供:若宮八幡社

1676年(延宝4)、大久保見町(明治以降は鉄砲町)によって建造された山車です。

からくりは、大将人形(中心となる人形)に福禄寿(南極星の化身ともされる)を据え、その前で唐子が蓮台倒立を行い、中唐子が団扇太鼓を打ち鳴らすという、いわゆる離れからくりが見どころとなっています。
また前棚には、おかしな表情をした塩売りを模したと伝わる幣振り人形を配し、御幣を左右に振りながら曳行路を清めつつ進む構成となっています。

1835年(天保6)、尾張藩主・徳川斉朝公より猩々緋の大幕を拝領したことを契機に、翌1836年(天保7)には高欄周りの改造が行われています。
これに伴い、大将人形である福禄寿(南極星)にちなみ、珊瑚や宝石を用いて南極星を配した星座をはめ込むなどの装飾的改修が施されました。

こうした改造を経て、1841年(天保12)頃までには、現在見られる姿にほぼ整ったと考えられています。

若宮八幡社の若宮まつりより

昔の若宮祭

尾張名所図会の画像
尾張名所図会より「若宮八幡宮」

若宮祭は昔、名古屋東照宮の東照宮祭と那古野神社(三之丸天王社)の祭礼と合わせ名古屋三大祭といわれていました。

江戸時代当時の若宮祭は、三之丸天王社の天王祭と同じ日程で行われていました。

旧暦の6月15日は試楽祭で、神輿と山車七輌が若宮八幡(若宮)に集まります。
16日は本祭で、神輿と山車七輌をはじめとする祭礼行列が三之丸天王社へ神幸し、その後若宮へ戻ります。
帰路では山車に提灯が飾られた祭礼行列が出発し、夕方の光景も人々の目を楽しませました。

尾張名所図会より黒船車の画像
尾張名所図会より「若宮祭の図」

当社(若宮八幡社)の祭礼は、寛文・延宝年間(17世紀後半)に始まったと伝えられており、若宮祭巨細(こさい)記にも記されています。
黒船車の初めのころは、車長持(車輪に台を付けたリヤカーのような車)の上に船の形を作り、笛や太鼓で囃し立てる山車でしたが、いつしか装飾が華やかになっていきました。
今(江戸時代後期)では、子どもたちに猿楽の舞を踊らせたり、ところどころで船唄を歌わせたりしています。
山車が戻る際には、多くの提灯に火を灯し、三弦やすり鉦(かね)を交えた囃子を伴って引き進みます。その様子は、夕涼みを兼ねた船遊びのようで、まさに六月の祭りの中でもひときわ見事な光景です。
尾張名所図会「若宮祭黒船車引き渡すの図」の説明書き

名古屋三大祭の関連ページ

若宮八幡社について

若宮八幡社の本殿の写真
画像提供:若宮八幡社

祭神:仁徳天皇・応神天皇・武内宿禰命
例祭日:5月15日(試楽祭) 5月16日(例大祭<御神幸・若宮まつり>)

文武天皇【第42代天皇(697年-707年)】の時代に那古野庄今市場に創建されたと伝えられております。

901年-923年(延喜年間)に再興し1532年(天文元)3月11日、織田信秀が那古野城を攻めた際に焼失しましたが、1539年(天文8)に再建されました。

名古屋城築城前の図面
 名古屋城史より

この図では、「金城温古録」(江戸時代の記録)にある名古屋城ができる前の名古屋城下の一帯(名古屋村など)を描いた図をもとに、名古屋城の敷地を朱色で表しています。
この図から、名古屋城築城前の若宮八幡社の位置は、現在の中部管区警察局から中央新幹線名城非常口の辺りではないかと推定されます。

若宮の北側にあった「八王子」は北区清水二丁目「八王子神社春日神社」、「天王」は中区丸の内二丁目「那古野神社」、「天神」は西区城西五丁目「武島天神社」、「山神」は西区城西五丁目「上宿山神社」、「宗像社」は西区上名古屋二丁目「宗像神社」とそれぞれが移動しています。

その後、豊臣秀吉公より社領二百石の寄進を受け、1610年(慶長15)徳川家康公が、名古屋城築城に際し現在の地に遷座し、武神の神・外敵防護・領内鎮護の神として、武将の厚い信仰を受け、尾張藩二代藩主徳川光友は、1664年(寛文4)に社殿をはじめその他の造営を行い、社僧(お寺の僧侶の運営)を廃し例祭の興隆に努め、その後代々の藩主の崇敬篤く、1689年(元禄2)正月神領百石が寄進され、営繕は明治維新まで藩主により行われました。

1877年(明治10)3月14日県社に昇格し、1945年(昭和20)3月19日空襲により焼失しましたが、氏子崇敬者の熱意により1957年(昭和32)復旧造営しました。

1971年(昭和46)7月1日別表神社(神社庁別表)に列しました。

5月に行われる例祭は、一般には若宮まつりと呼ばれ名古屋の三大祭りの一つとして有名で、三百年の歴史があり、16日の本祭りには神輿と山車が那古野神社を御旅所として、ご神幸が盛大に執り行われます。

若宮八幡社 社伝より

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