都市計画道路 伏見町線(枇杷島橋)
事業紹介
事業概要
枇杷島橋が架かる都市計画道路伏見町線は、名古屋市から清須市を経て、名古屋環状2号線(302号)に至り、その先は、都市計画道路名古屋岐阜線として、一宮市や岐阜市に至る主要幹線道路であり、尾張地区における南北軸を形成するとともに、第二次緊急輸送道路にも指定されている重要な路線です。
枇杷島橋が架かる地区は、庄内川の狭窄部であるとともに、桁下高が低く、橋脚の間隔が狭い橋が近接しており、平成12年の東海豪雨では、洪水が橋桁に衝突するなど危険な状況となっていました。このため、国土交通省による特定構造物改築事業の一環として、国による堤防整備工事にあわせて、枇杷島橋を改築し、河道断面の確保を図ります。
あわせて、現在の枇杷島橋は都市計画道路幅員が確保されていないため、都市計画道路整備事業として道路幅員を拡幅し、円滑な交通の確保を図ります。
改築イメージ

経緯
- 平成12年9月 東海豪雨により庄内川・新川流域で大規模な被害が発生
- 平成14年度 国土交通省による枇杷島地区特定構造物改築事業が採択され、整備事業に着手
- 令和2年3月 枇杷島橋改築事業の事業認可取得
- 令和2年度 国土交通省による堤防整備工事概成
- 令和3年10月 枇杷島橋改築工事に現場着手
工程表(予定)

施工順序

- 令和3年10月に工事着手
- 下流側に迂回路仮橋を設置

- 令和5年度迂回路へ切り替え
- 現在の橋を撤去

新橋の橋台、橋脚を施工

- 新橋の橋桁を施工
- 取付道路の整備

- 新橋へ交通切り替え
- 仮橋の撤去

令和12年度完成予定
着手前

完成イメージ

美濃路と枇杷島橋
美濃路は、江戸時代、東海道宮の宿(熱田区)と中山道垂井宿(岐阜県)をつないだ脇街道です。
元和8年(1622)に庄内川に枇杷島橋が架けられると、美濃路の通行が一層便利になり、青果市場など繁栄を極め、往来が盛んであったようです。
当時の橋は、現在のような1本橋ではなく、川中の中島で分かれる2つの橋があり、檜材がつかわれ眺望もすばらしかったため、多くの人々が往来する名古屋の名所でした。
 
左:当時の枇杷島橋
右:西枇杷島まつりの様子
(江戸時代当時の風景画)
このページに関するお問い合わせ
緑政土木局 道路部 橋梁施設課 橋梁整備担当
電話番号:052-972-2866 ファクス番号:052-972-4424
Eメール:a2872@ryokuseidoboku.city.nagoya.lg.jp
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