中小田井学区(西区)の紹介
ページの概要:西区の中小田井学区についてご紹介します。
2.065平方キロメートル
西区各学区の人口と世帯数については、下記ページからご覧いただけます。
西区各学区の生活環境指標については、下記ページからご覧いただけます。
中小田井学区は、昭和53年(1978年)に山田学区より分離独立した、西区で一番新しい学区である。
中小田井は、岩倉街道に面する集落である。岩倉街道は、庄内川の枇杷島橋から岩倉へ至る道で、この街道が重要な役割を持つようになったのは、枇杷島の青物市場のためである。枇杷島青物市場は、慶長の頃開かれたといわれ、岩倉方面の農家から岩倉街道を通って野菜などが運びこまれました。中小田井は街道を行き来する人々が、食事をしたり味噌・油などの生活用品を購入したりしたところであった。中小田井は賑わい、商家の立ち並ぶ町並みが形成され、昭和62年(1987年)には、名古屋市町並み保存地区に指定された。
しかし、近年人口も約11,000人と増え、7町内にはマンションが多く建ち並び、かつての面影も「知る人ぞ知る」になりつつある。交通機関が整備され、名古屋の西の玄関口に位置していることがその要因と考えられる。
各学区の活動、取り組みなどについて、活動内容や実施スケジュール、成果、課題などの点を紹介する「地域活動事例集」の中から、中小田井学区の地域活動事例を紹介します。
(地域活動事例集は、地域で様々な活動に取り組まれている皆様の「他の地域の活動を参考にしたい」という声を受けて作成されたものです。地域活動の魅力向上や新たな活動に取り組む上でのきっかけとして、ぜひご活用ください。)
中小田井学区地域活動事例
中小田井学区の活動事例「“心のふれあい広場”納涼盆踊り」について紹介しています。
西区各学区の地域活動事例については、下記ページからご覧いただけます。
学区のほぼ中心に位置する「中小田井公園」の紅葉は、私たちにとって名所の一つです。また、我がまちでは街路樹が季節の訪れを知らせてくれます。初春を知らせる名鉄中小田井駅西のハクモクレンから始まり、駅前と新川堤防沿いのハナミズキ、さらに小学校南通りのヒトツバタゴと緑いっぱいの住みやすいまちです。
平成12年9月の「東海豪雨」の体験から、地元住民がふれあいの場を多く持つことにより、自分たちのまちを守ることにつながるということを知りました。今では、年間のふれあい行事として「新春親子凧揚げ大会」、「納涼盆踊り」、「親子大運動会」など、積極的に展開しています。
中小田井学区は昭和53年4月山田学区より独立し、西区で最後に誕生した学区です。文献を紐解くと、平安時代この一帯は庄内川の右岸に位置し「於田江(おたえ)」と呼ばれ、庄内川の氾濫などで住民が苦しんだ記録が残っています。江戸時代後期に治水事業の一環として、庄内川の流量を分散する目的で「新川」が建設され、以後決壊もなく、尾張北部から農産物を城下町に運ぶ街道の拠点として栄えました。
昭和62年「岩倉街道」、現在の中小田井一丁目周辺が名古屋市の町並み保存地区に指定されたことは、昔を偲ぶ面影が今も残っていることを表しています。
しかし、「災害は忘れた頃にやってくる」とのことわざ通り、平成12年9月の「東海豪雨」により1,582世帯が床上浸水の大惨事に遭い、中小田井学区は大変な負担を強いられました。災害を体験して学んだことは、日頃から、地域住民が連携を密にして、ふれあいの場を多く持つことが、自分たちの街を守ることに繋がるということです。1年後「東海豪雨水害之碑」を建立し復旧の誓いにしています。
今では年間のふれあい事業として「新春親子凧揚げ大会」、「納涼盆踊り」、「親子大運動会」、「町内ごとの秋まつり」など、さらに訓練活動として「自主防災訓練」、「防犯パトロール」、「クリーンキャンペーン」など展開しています。そして、諸行事の案内や結果報告は機関紙「なかおたいだより」と「中小田井学区ホームページ」で知らせています。
西区役所区政部地域力推進課地域の魅力の発信・観光推進担当
:052-523-4525
:052-522-5069
名古屋市西区役所 所在地、地図
開庁時間 月曜日から金曜日 午前8時45分から午後5時15分まで(休日・祝日・年末年始を除く)
(注)開庁時間が異なる組織、施設がありますのでご注意ください
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