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荒川惣兵衛

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このページを印刷する最終更新日:2017年6月20日

<荒川惣兵衛>外来語研究者。20万枚の原稿を戦災で失ったが、再び「外来語辞典」完成。

荒川惣兵衛

写真提供:荒川 大(おおら)氏

プロフィール

氏名

荒川 惣兵衛(あらかわ そうべえ)

中川区内のゆかりの地

中川区長良町

人物の紹介

 明治31(1898)年、中川区長良町で生まれ、平成7(1995)年、97歳を目前の逝去近くまで、在野で外来語研究に注力しました。東京高等師範学校(現筑波大学)卒業後、国内外各地で旧制中学校の英語教諭等(上海実業学校では校長)の傍ら敵性語排斥政策に抗して、外来語研究に取り組み、また退職後も晩年までこれをライフワークとしました。昭和5(1930)年『日本語となった英語』に始まり、昭和16(1941)年『外来語辞典』(冨山房、岡倉賞受賞)で知られましたが、改定のための原稿20万枚を戦災で失い、職も失って、ペンを鍬に持ち替える日を送りました。やがて研究を再開し、昭和42(1967)年に『外来語辞典』(角川書店、2万5千語、10年後改訂で2千語追加)を世に出しました。また、外来語を嫁に例えて「よそから来た嫁さんをいじめちゃいかん。嫁さんの実家まで理解をしないと、日本もだめになる」「元は他人でも嫁は家の人である如く、外来語は国語」とも言ったといいます。そして外来語の他にも、昭和16(1941)年『こくごこくじせいさくろん』、昭和45(1970)年『科学と宗教』、昭和47(1972)年『ナゴヤベンじてん』などの論文、辞典、エッセイ、詩歌も含めた多くの著作を残しました。晩年はほぼ失明し、雪子夫人の助けを借りて研究を続けました。

 反戦、反骨の人で、大戦中も「この戦争は負ける」と公言し、終戦の日、小牧中学職員室黒板に「不義の聖戦、大まけだ。横暴軍部の天罰だ」と大書して教壇を去りました。侵略戦争反対や国民主権の主張を貫く一方、戦争責任も曖昧にして権力に復帰した勢力の対米従属、金権政治等には厳しい批判を浴びせました。年賀状に「くにを売り、くにたみを売り、腹こやす売国奴らがよよ首相とは」と書いたこともあります。

参考文献

荒川惣兵衛『角川外来語辞典』初版 角川書店 昭和42年

同第二版(増補、改訂) 角川書店 昭和52年

荒川惣兵衛『ナゴヤベンじてん』自家版 昭和47年

同復刻版 マイタウン 平成14年

舟橋武志 ブックショップ「マイタウン」ウェブサイト

中日新聞「幻の本やっとかめ復刻」 平成14年4月16日夕刊

中日新聞「外来語研究の第一人者」平成23年7月23日朝刊

朝日新聞「反権力に徹した明治人」平成7年6月19日夕刊

朝日新聞「荒川惣兵衛の仕事法」平成14年1月9日夕刊 他

『中川区人物事典』とは

『中川区人物事典』とは、中川区で誕生や活躍などされたゆかりの深い偉人、有名人を紹介するものです。

中川区ゆかりの人物について、区民をはじめとする多くの市民に知ってもらい、人物を通して区の歴史や文化、産業を再発見し、地域への関心を高める目的で実施しています。

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