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名古屋市秀吉清正記念館 特別展示室

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このページを印刷する最終更新日:2021年7月17日

ページの概要:夏休み特集展示「豊臣秀吉の合戦」を開催しています。

特別展示室

夏休み特集展示「豊臣秀吉の合戦」

7月17日(土曜日)から9月20日(月曜日・祝日)

 豊臣秀吉は、尾張中村(今の名古屋市中村区)に生まれました。若くして織田信長の家臣となり、すぐれた武将として、力を発揮し始めます。そして信長の死後は、秀吉自身が中心となって天下統一を達成しました。
 秀吉は数多くの合戦に参加し、指揮をとりましたが、そのほとんどで勝利をおさめました。秀吉はなぜ、これほど強かったのでしょうか。また戦国時代の合戦では、どのような武器が使われていたのでしょうか。
 今回の展示では、秀吉がどのような得意戦法を使って戦ったのか、戦国時代にはどのような武器武具が使われていたのかを紹介します。

主な展示資料

高松城水攻めを描いた浮世絵

豊臣勲功記 高松城水攻之図(とよとみくんこうき たかまつじょうみずぜめのず)
江戸時代後期 慶応3年(1867) 月岡芳年画 秀吉清正記念館蔵
天正10年(1582)に秀吉が、備中高松城で水攻めを行う場面を描いた浮世絵。

秀吉あるいは徳川家康が、近習に着用させた甲冑。

色々威二枚胴具足(いろいろおどしにまいどうぐそく)
桃山時代 秀吉清正記念館蔵
秀吉あるいは徳川家康が近習(小姓)に着用させた甲冑と考えらる。

戦場でのファッションとして、背中に付けた布。

緋母衣(ひほろ)
桃山から江戸時代前期 秀吉清正記念館蔵 名古屋市指定文化財
戦場でマントのように着用した布。戦国時代には、戦場で目立つためのアイテムとされた。

羽柴秀吉が大豆の受け渡しを指示した書状

羽柴秀吉自筆書状
安土時代 天正9年(1581)5月6日付 いとう(伊藤吉次)宛
鳥取城攻めの直前に、大豆の受け渡しを指示した書状。

ただいまの展示目録

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このページの作成担当

教育委員会事務局 秀吉清正記念館
電話番号: 052-411-0035
ファックス番号: 052-411-9987
電子メールアドレス: a4110035@kyoiku.city.nagoya.lg.jp
郵便番号:453-0053
住所:名古屋市中村区中村町茶ノ木25

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