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おまけ2 ショートストーリーなごや

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このページを印刷する最終更新日:2016年9月13日

ページID:81442

このページでは、かつて髙羽さんがショートストーリーなごやに応募した作品をご紹介いたします。

※「ショートストーリーなごや」は、現在は作品募集をしておりません。あらかじめご了承ください。

「これ何だろう」 高羽章

壁に埋め込まれた金庫

「おや。これは何だろう」僕は壁の中から出ているような、古めかしい扉を見つけ、その場でじっと見つめていた。

小学校での最後の夏休みに、名古屋港水族館を家族四人で見学し、楽しんだ後、港橋広場公園の近くにあるコンビニの横の少し広い路地で、コンビニから遅れて出てくる二つ年下の妹を驚かそうと身を潜めたところに、それはあった。

僕は扉に気を取られていて、何の策も出来なかったので妹にすぐに見つかってしまった。彼女は近づいてきて僕と同じようにその扉を不思議そうに見た。

先に声を出しのたは妹であった。「金庫じゃないの。でも、どうしてこんな所にあるのだろう」

まだコンビニにいる父に聞きに行った。

「お父さん。あそこに金庫らしいものが壁の中に埋めてあるが、何なの」

「さあ、お父さんも初めて聞くよ」母も一緒になり四人が扉の前に立った。

「お父さんもここで育ってきて知らないの。」「この辺りは昔は長屋で戦災で焼け残った古い家が並んでいた覚えはあるな。そういえば角に銀行らしきビルがあったな。円柱もある立派なビルであった気がする。それに関係があるのかな」

「このプレートにいわくが彫ってあるわよ」母がそう言いながら読んでくれた。

「思い出の金庫。築地第一種市街地再開発事業を記念して魅力ある港まちづくりの新しいシンボル核として設置する。ポートタウン第一号地街づくりの会 昭和六十三年この地にあった旧東海銀行ビルの取り壊しに当たり当時築地で現存する最も古い建物であったこともありビル内にあった金庫を記念に残したものです」

周囲に浮き彫りされた唐草模様は現代風ではなかった。あわせて黒色の雰囲気とともに、何となく、ずっと古い時代を思わせた。中央より右についている直径一〇センチほどのダイヤルが変わっていた。現代の金庫を実際には見たことはないがテレビドラマの中に出てくる金庫はアルファベッドであった気がするが、そこには、「イロハニ・・・」と片仮名で「・・・オワカ」まで書かれていた。

触ってみたら冷たい感触が指先に伝わってきた。右や左に動かしてみた。ひょっとしたら開くのではないかと思いながら手を動かしていると、かたわらから、一本の手が伸びてきた。「私にもやらせて」妹の声であった。妹もいたのだ。夢中になっていた自分に気が付き譲った。

妹の指先を眺めていた。開かないことを願いながら。もし、開いてしまったら兄貴の面目を失う気がしたらからだ。

父も手を出して妹の手に取って代わり、激しく右、左に動かしては、左側についている棒状のハンドルに手をかけた。

一人のおじさんが知らぬ間に後ろに立っていた。最初に気が付いたのは母であった。

制服から床屋さんと分かった。ただ私のイメージでは白いのが普通だと思えたが、その人の服は、白地に茶色の縞模様がはいっていた。金庫に面した向かい側の家が床屋さんであった。

みんなで、挨拶すると、床屋の主人は「珍しいでしょう」と声を掛けてくれた。

私たちが金庫に目をやると、「これは銀行の金庫なんですよ」「なぜここにあるかというと、この辺りが平成元年世界デザイン博覧会が開催されたときに、このあたり一帯が再開発され、今のコンビニのある所に、東海銀行がありましてね、その銀行の金庫を記念に保存してもらったのですよ」

「唐草模様や、ダイヤルのイロハの片仮名は明治時代のものだそうです。ビル自体がクラシックな建物でしたが、保存できませんでした。せめて金庫だけでもと残してもらったのです」

父が「この扉は実際に開くのですか」と主人に尋ねた。「開きますよ」と主人は少し得意そうな顔をした。「でも、番号の控えを持っていないからな」もったいぶっているのかなと思ったら案の定であった。主人は店に引き返し一片の紙を手にして戻ってきた。

「しばらく開けてないから、開くかな」と言いながら、メモを見、書かれた文字をたどりながらダイヤルを回していった。

一度目は失敗したようだ。開かなかった。

「おかしいな。間違いないはずだが」と云いつつ二度目の挑戦をしていた。それも失敗した。息をのんで見守っている私たちは、そのたびに息を吐き、肩の力を和らげていた。

「ここで間違ったのかな」と云いつつ三度目の挑戦に入った。今度こそ開くだろうと両手を合わせて思いっきりの力で握りしめた。

ジジー、ジジという音の末、カチッと音がした。開いたと思ったら顔が自然に前の方に引き寄せられた。

主人のハンドルにかけた手をこれから起こる未知の世界を拓いてくれるヒーローのような思いを込めて見つめていた。

主人の手に力が入り思い切り手前に引いた時、私の口の中の唾がゴクリと喉の奥へ入って行った。

きしんだ音をたてながら重そうに開いてきた。三十センチほど開いた所で止まった。主人はさらに力を込めたが動かなかった。父が扉に手をかけて手伝った。さらに三十センチほど開いた。一息ついてから二人で力を合わせて引いたが十センチほどしか動かなかった。

力が無いなあと思いつつも開かれた扉の奥を早く見たかった。

今度は片側の扉にも挑戦したが、これは全く動かなかった。

「錆びついたな。バールが必要だな。」と主人は言ったが、それ以上働くつもりはなさそうだった。

開かれた扉の奥にもう一枚の扉があったが、第一の扉が開かない限り、無理な状態であった。

「中に何が入っているのですか。」と思い切って尋ねてみた。主人は「金塊ですよ。」と笑いながら答えた。その顔からは本当なのか冗談なのか見分けはつかなかった。金塊か。一度は見てみたいなと思った。まだ見たことのない金塊に想像をめぐらせた。

主人は「今度又おいで。それまでに油をさして開くようにしておくから。」次来た時は金塊がみえるのだ。わくわくしてきた。

父が「これは誰でも開けられるのですか」主人は「誰でも開けていいが、今まで私以外に開けた人はいないな」

この主人が居なくなったら開かなくなってしまうではないか。変な心配が頭の中で駆け巡った。

母が一番普段の顔をしていた。主人にお礼を言って帰路についた。

「見たかったなあ」妹は「何が入っているのだろう」と皆の顔を見渡した。

「金塊だよ」僕はあくまで金塊にしたかった。妹は「金塊ってなに」父が「そんなものはないよ。でも、当時の印刷物か記念品など入っているのではないかな」「何でもいいから見たいよね」

父もすこし興奮しているなと感じた。「あんな所にあんなものがあるとは知らなかったなあ」妹が「ひょっとしたら、まだ他にもあるかも知れないね」皆一日の疲れなど、全くなかったかの如く、新しいものへの好奇心で盛り上がった。

「おじいちゃんなら知っているかも知れないよね」

「そうだな、おじいちゃんなら知っているかもしれないな。なにしろ生まれてからずーとここで生活してきたのだから。戦災にも遭い、伊勢湾台風にも遭いながら生き延びてきた人だから、いろいろ聞けるかも知れないな」

途中、昔からある八百屋でじいちゃんの好物である西瓜を買い、妹と二人で持ち、四人はそこから遠くない父の実家に勝手な空想を話し合いながら歩いていった。

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