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八事山・五重塔コース

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このページを印刷する最終更新日:2021年1月26日

ページの概要:八事山・五重塔コース

コースについて

地下鉄八事駅→(1)八事山興正寺→(2)徳林寺→(3)山手通→(4)西光院→(5)妙見山浄昇寺→(6)桜誓願寺→(7)光真寺→(8)隼人池公園→(9)威徳山宝珠院→(10)半僧坊新福寺→地下鉄八事駅


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八事山興正寺(やごとさん こうしょうじ)

 高野山真言宗別格本山で「尾張高野」(おわりこうや)とも呼ばれています。貞享3年(1686)に天瑞和尚がこの地に草庵を結んだことが始まりで、その後、元禄年中(1688年から1704年)に2代藩主光友(みつとも)より建立を許されました。
 東西二山からなり、東山を遍照院(へんしょういん)、西山を普門院(ふもんいん)といいます。東山の最高地、呑海峯(どんかいほう)に総本尊大日如来(だいにちににょらい)が安置されています。
 この仏像は藩主光友が母の供養のため、元禄10年(1697)に城下の仏師水野氏に鋳造させたものです。高さが3.6mあり、名古屋三大仏の中で最大です。

亀松山 徳林寺(きしょうざん とくりんじ)

 500余年以前より今の白川公園に建立され、戦時中に強制疎開で現在の場所に移転した浄土宗の寺院です。小高い雑木の自然林の中、正面参道には、鎌倉期のものと言われる不動明王、その側には、明治時代に活躍した相撲力士、初代高砂浦五郎の碑があります。本堂前には、名古屋城築城の時に堀川から現れたと伝えられる別の不動明王があり、その柔和な姿から「童顔不動」と言われています。
 玄関脇には、国文学者で万葉集研究者の高木市之助の歌碑、境内の墓地には、尾張勤皇派として活躍した田宮如雲の墓があります。

山手通(やまてどおり)

 南山大学、中京大学、さらには名城大学・名古屋大学と大学が集中している学生の街です。また、名古屋では珍しい丘陵地帯に坂道が曲がって続く緑の豊かな街路には、新しい店が集まり、若者に人気があります。

永照山 西光院(えいしょうざん さいこういん)

 山手通4丁目のバス停前に建つ、浄土宗の寺院で、立派な朱色の山門が目印です。永正・大永年間(1504年から1522年)に清州に創建され、この赤門も織田信長から寄進されたと伝えられています。
 清州越しの先駆として慶長9年(1604)に白川町へ移転。さらに、太平洋戦争が始まると、白川町を防空公園にする計画が持ち上がり、昭和18年(1943)、現在の地に移ります。清州時代からのご本尊は500年以上経っている仏様です。
 墓地には、頂部が三角形になった武家の墓がたくさんありますが、これらも清州の頃からのものではないかと推測されます。

妙見山 浄昇寺(みょうけんざん じょうしょうじ(川名の妙見さん)(かわなのみょうけんさん)

 参道の階段に「妙見宮」と書かれた鳥居があり、神社と思われがちですが、日蓮宗のお寺です。神と仏は同じであるという「神仏習合」の様子がはっきりと残る興味深いところです。天保3年(1832)摂津国能勢の妙見山から御神体(妙見大菩薩)をいただき祀ったのが始まりです。本堂には2つの破風を持つ入り口があり、「北辰殿」「浄昇法堂」という額がかかっています。妙見大菩薩は、この北辰殿に祀られていますが、「北辰」とは北極星をさし、天帝の星と考えられ、仏教にとりこまれたのが、妙見大菩薩です。また、「妙見」とは、世の中の善悪や真理を見抜くということから、眼病治癒にもご利益があるそうです。
 境内には、「白馬」も祀られています。日清・日露戦争をともに戦った馬と一緒に凱旋した中沢中尉が、別れるのを惜しみこの寺へ神馬を寄進したのが由来です。

法喜山 櫻 誓願寺(ほうきさん さくら せいがんじ)

 元亀3年(1572)清州に創建され、慶長年間(1596年から1614年)の「清州越し」により、現在の名古屋市中区白川町へ移転し、昭和17年(1942)に現在地へ移りました。開山上人が比叡山より持参し、お手植えと伝わる菊櫻にちなんで、「櫻誓願寺」と呼ばれています。
 境内には、「延命みがわり地蔵尊」が安置され、「杉立庵」と「報田庵」の二つの茶室があります。

持福山 光真寺(じふくさん こうしんじ)

 曹洞宗の寺で本尊は聖観世音菩薩です。織豊時代の清州に元興和尚が松寿寺を建立したのが始まりです。清州越しを経て宝永2年(1705)、中区門前町に南佳恵仙和尚を開祖として光真寺を創建しました。後に都市計画の施行により、大正11年(1922)現在地に移転しました。
 寺の山門前の石柱に「南無不截薬師如来」と彫られていますが、この薬師如来は「不截(きらず)薬師」と言われ、平安時代に利修仙人が彫ったものです。その名前の由来は、深く信仰する農民が旅の途中に賊に襲われ斬られたが、お札が身を守ったと伝えられています。

隼人池公園(はやといけこうえん)

 隼人池は正保3年(1646)に犬山城主成瀬隼人正(なるせはやとのしょう)正虎が開拓した藤成新田(ふじなりしんでん)のかんがいのために造成した池です。池の水は、途中山崎川を筧(かけい)で越えて新田に送られていました。

威徳山 宝珠院(いとくさん ほうしゅういん)

 浄土宗、天正年間に清州に創建され、その後名古屋城下の白川町に移転。昭和21年(1946)、現在地に移りました。隼人池周辺は、以前「イヌナシ」の自生地でした。境内に残る2本は市の天然記念物に指定されています。

半僧坊新福寺(はんそうぼうしんぷくじ)

 明治18年(1885)に名古屋城下の南大津町に建立され、明治43年(1910)に現在地に移りました。境内に宮本武蔵の「新免政名供養碑」(しんめんまさなくようひ)があります。尾張藩の二刀流の門下が建立したものです。 

このページの作成担当

担当: 昭和区役所地域力推進室生涯学習担当
電話番号: 052-735-3826
ファックス番号: 052-735-3829
電子メールアドレス: a7353826@showa.city.nagoya.lg.jp

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