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なかむら区銘板その七  「かつての稲葉地(城屋敷4丁目)」

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このページを印刷する最終更新日:2023年1月4日

ページID:146904

ページの概要:昔の写真を使った歴史銘板「かつての稲葉地」のご紹介です。

かつての稲葉地(城屋敷4丁目)

中村区では、昔の町並み等の写真を掲載した銘板「なかむら区銘板」を区内に設置しています。

なかむら区銘板に使われている写真は、いずれも古い貴重な写真です。銘板の昔の写真と今の情景を見比べて、区の歴史と現在の発展を感じてみてください。

ここでは、なかむら区銘板第7弾の「かつての稲葉地(城屋敷4丁目)」をご紹介します。

銘板の概要

銘板「かつての稲葉地」の正面写真です。
銘板「かつての稲葉地」の遠景写真です。

現在の神明社付近には室町時代後期に、津田豊後守によって稲葉地城が築かれました。

『信長公記』によると、1552年に、尾張の統一をめざす織田信長が、那古野城から「稲庭地の川端」まで出陣し、ここで「いなはぢの川」(庄内川)を渡って、清須城の坂井大膳らの軍勢に勝利しました。
1847年の村絵図によると、村の西側と北側の集落地の中には、多くの寺社がありました。東側と南側には田畑が広がり、水路が縦横に流れる、農村風景が広がっていました。
1930年に、土地区画整理事業が始まり、道路も整備され、郊外の住宅地として人口が増えていきました。

銘板では、1847年の「愛知郡稲葉地村絵図」と、1955年頃の神明社周辺の様子をご覧いただけます。

 

設置場所

銘板「かつての稲葉地」の設置場所の図です。

神明社稲葉地城跡の鳥居のそばにあります。

このページの作成担当

中村区役所区政部地域力推進課地域力推進担当

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ファックス番号

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