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天王祭り 那古野神社・洲崎神社

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ページID:187035

最終更新日:2025年6月26日

天王祭り(てんのうまつり)

天王祭りは、田植えを終えて夏に向けて流行する疫病を鎮めるために始まった夏のお祭りです。

昔、中区で行われていた那古野神社の三之丸天王祭、洲崎神社の天王崎祭礼は、車楽(だんじり)、まきわら船などが出された大きな夏祭りでした。

人々の無病息災を祈るお祭りは、現在もこの二つの神社で行われています。

那古野神社(なごやじんじゃ)

  • 那古野神社は、名古屋城ができる前から現在の金シャチ横丁義直ゾーンの南、東海農政局のある敷地にありました。
  • 社伝によりますと、911年(延喜11)に創建され、当時は「天王社」または「亀尾天王社」と呼ばれていました。
  • 1532年(天文元)に那古野合戦の兵火で焼失しましたが、1539年(天文8)に織田信秀により再建され、名古屋村の氏神とされていました。(お賽銭の箱に織田家の家紋がついています。)
  • 名古屋城を築城する時に、当初は城の敷地の外へ移す予定でしたが、徳川家康の配慮で引っ越しはなくそのまま置かれ、三之丸にあるため、「三之丸天王社」とも言われるようになりました。
  • 明治になって「須佐之男社」(すさのおしゃ)と社名をかえ、その後、現在の地に移され、1899年(明治32)「那古野神社」(なごやじんじゃ)と名称を改めました。

天王祭(那古野神社の祭り)

  • 祭神、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などが祭られ、津島神社を総本社とする天王社の一つであると伝えられていて、名古屋城ができる以前から天王祭が行われていたようです。
  • 江戸時代、天王祭は、東照宮祭、若宮祭とならんで名古屋三大祭りと言われていました。
  • この頃の天王祭は、お隣にあった若宮八幡社の若宮祭と同じ日にお祭りを行っており、二つの祭りをまとめて祇園祭ともいわれていたそうです。
  • 祭りには2両の車楽と周辺の村からは見舞車といった山車が曳きだされ、賑やかに祭礼行列が行われていましたが、戦災で車楽・山車が失われました。
お祭りの様子

現在、例祭は7月16日に行われます。
15日は宵祭りで、戦災を免れた車楽に提灯が灯され境内に飾られます。
16日、お神輿が担がれて若宮八幡社へ渡り、再び那古野神社に還ります。

洲崎神社(すざきじんじゃ)

  • 創建は、貞観年中(859年から877年)と伝えられており、那古野神社と同様に名古屋城ができるはるか昔からあった天王社です。
  • 祭神は、中央に素戔嗚尊、左に五男三女神、右に稲田姫命を祀っています。
  • 昔は「広井天王」「牛頭天王社」(ごずてんのうしゃ)「天王崎神社」などと呼ばれていました。
  • 1908年(明治41)に門前町にある石神社と合祀(ごうし)され、洲崎神社と改称されました。

かつて堀川で一番華やいだお祭り

天王崎祭礼の団扇絵

昔、洲崎神社の「天王崎祭礼」は、堀川で行われていたお祭りでした。
尾張津島天王祭(津島神社)のように、提灯を灯し、川にまきわら船を浮かべ、疫病や災いを流す神葭(みよし)流しが行われていました。

洲崎神社ちょうちん祭り

洲崎神社のちょうちん祭り

現在、7月13日14日に例祭、7月第三土曜日、その翌日にはちょうちん祭りが行われています。

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