有松周辺のみどころ一覧1
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昭和50年 (1975年)県内の伝統産業のトップをきって、有松・鳴海絞りは国の伝統的工芸品に指定され、製品の保存と展示を目的として同59年(1984年)有松絞商工協同組合が建設した。隣の信用金庫と町並みの景観に合わせた塗籠造りになっており、それを機に有松絞りまつりが再開されることになった。会館では絞りの製品の販売を始め、歴史資料・製品の展示、絞り加工の技法の実演、ビデオなどを見ることができる。
慶長13年 (1608年)尾張藩の奨励で知多郡の英比郷 (阿久比)から庄九郎はじめ8名の者が新しく村を開拓し、庄九郎が絞りの技法(九九利染)を考案した。この功績を称えて昭和7年(1932年)に有松絞商工同業組合がこの地に「有松絞開祖竹田庄九郎之碑」を建立した。隣に絞り中興の祖鈴木金蔵翁の顕彰碑がある。
屋号は井桁屋、有松を代表する建物。創業は寛政2年 (1790年)で、今から200年前である。棟数は11棟の大屋敷で、主屋1、井戸館1、客室1、門1、蔵6、門長屋1がある。蔵の名称は店蔵、米蔵二、藍蔵、味噌蔵、宝蔵蔵。建築様式は卯建、塗籠造り、海鼠壁、連子格子と有松の町屋建築のすべての特徴を備えた建物である。平成7年には庭のクロガネモチが都市景観保存樹に指定された。
裏庭から見た服部邸は、右に見える木々のところが庭になっていて、待合、茶席とが揃っている。正面の三層建ての土蔵は右から米蔵、藍蔵で後の高い鬼瓦が見えるのが宝蔵である。 昭和39年愛知県指定有形文化財になった。
屋号は笹加といい現在8代目。建物は江戸末期から明治期にかけての絞り問屋の特徴をよく残した建物で、明治から大正にかけて増改築された。特に主屋と書院、茶席は重厚な造りで他に蔵が5棟あり、建築学的にも貴重な建物となっている。建築様式としては1階に連子格子、海鼠壁、2階は黒漆喰の塗籠造りに虫籠窓の有松の商家の伝統的形態を踏襲している。主屋の屋根には明治期のガス燈の名残のランプがある。 平成7年名古屋市指定有形文化財になった。
建物は江戸時代末期の建築で、有松で代表的な錦絵、絞り商丸屋丈助の名で描かれた主屋である。重厚な絞り問屋の建築形態をよく残した建物で、1棟の建造物としては有松で一番大きな建物である。建築様式は連子格子、海鼠壁、虫籠窓、塗籠造りで、2階窓の優美な縦格子、軒は波状で美しい外観を備えた建物である。昭和62年名古屋市指定有形文化財になった。
天明の大火後すぐ建てられた約200年前の建物で、屋号を山形屋といい明治期まで絞り問屋を営んでいた。建物は主屋1、蔵2、茶室1の構造で主屋は1階に女中、2階に小僧部屋があった。建築様式は連子格子、海鼠壁、虫籠窓、塗籠造り、卯建があり、軒下には駒止の金具が残っており、重厚広壮な有松の絞り問屋の形態をよく留め、家並みの景観上からも貴重な建物である。また茶室は尾州久田下村宗匠好みの趣がある。 平成4年名古屋市指定有形文化財になった。
祇園寺の西に大正時代まで一里塚の築山が残っていたが、平成24年に有松一里塚として復元された。東海道の一里塚は西は笠寺、東は阿野にあり、いずれも史跡になっている。
弘法大師を祀っている弘法堂が長坂道の途中に建てられている。御堂には大師のほか毘沙門天と不動明王が祀ってあり、敷地内に西町の秋葉社が鎮座している。
地蔵菩薩が祀られている地蔵堂はお天王坂にあったが、少し奥に移された。他に東海道沿いの有松郵便局の東に延命地蔵尊が祀られており、江戸時代から有松の人々によって守られ、旧暦 6月16日には延命地蔵尊供養祭が行われる。
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