ページの先頭です

平成27年10月13日 市長定例記者会見

ソーシャルメディアへのリンクは別ウインドウで開きます

このページを印刷する最終更新日:2016年1月27日

報告事項

  • 防災・減災啓発ポスター「歴史災害から見る名古屋」の作製について
  • 名古屋城本丸御殿における重要文化財障壁画の展示について

会見動画

報告内容

◎防災・減災啓発ポスター「歴史災害から見る名古屋」の作製について

 それでは、10月13日(火曜日)の会見を始めたいと思います。

 

 まず、本日は、防災・減災啓発ポスター「歴史災害から見る名古屋」の作製について、ご報告いたします。

 

 過去の災害記録の調査により収集した資料を時代ごとに整理しまして、市民の皆さまに伝えることで、防災・減災意識の向上に資する啓発ポスターとして、「歴史災害から見る名古屋」を作製いたしました。

 

 内容につきましては、過去の災害記録調査から得られた災害の被害状況に関する記述や写真、逸話、また、名古屋市内の地名に関する言い伝えなどを紹介し、関係する場所を地図上に落とし込んだポスターになっております。

 

 これは、昔から、私、言っておりますけれど、当たり前のことですけれど、忘れたころにやってくるということで、東北の大震災においても、ようテレビでやっておりましたが、当時。どこか、石の石碑から、これより下に人は住居を造るべからずというような石碑も実はあったということだけれど、もう何百年もたっちゃうと、どうしても人は忘れて、そのころにまた来るわけですわ。

 

 だもんで、名古屋で過去何があったかということを、いっぺん徹底的に調べよまいと。で、それぞれ、一応これをやりまして、あとは学区ごと、町内ごとでね。本当は。町内ごと、まあ、本当は個人ごとですわ。

 

 個人の、世帯ごとに、実はこういうことがあったのかと。もう一回起こるか分からんわなということを、わがことのように感じてもらえるのが、一番の防災の基本中の基本なもんですから。そういうことで、一応の、取りあえず中間のところでまとめができたということですね。

 

 各時代の主な災害としましては、江戸時代は、宝永地震や、安政東海・南海地震などについてと。明治から昭和(戦前)は、濃尾地震、昭和東南海地震などについて。この濃尾地震というのは、明治24年だったと思いますけれど、これはどえらけないものだったらしいですよ。内陸型の地震では、過去、歴史上、一番すごいんでないかと。何かで読んだことがあるけれどな。ということです。

 

 例の根尾谷の有名な断層もありますので、わしもいっぺん行ったことがありますけれど、今でも分かりますわ。ああいうふうにガクンとはなっとらんけれど、緩やかにしてありますけれど、横には、1つの、博物館というのがありますわな。ということです。

 

 昭和(戦後)から平成にかけましては、何といっても伊勢湾台風、それから東海豪雨などにつきまして、記述しております。また、名古屋市の土地の成り立ちや地名の由来に関するトピックなどについても、取りまとめております。

 

 ということで、地名を、わしは旧地名に早う変えよまいと言っとるんですわ。わしが国会議員時代に郵政省に言いましたら、「いや、何の何の何だけ残してもらえれば、ええですよ」ということでですね。こういう地名を、何か味気のない、何でもええで丸の内にすればええというような、こういう無味乾燥な、人間の歴史を全て破壊するようなことは、いかんですよ。本当に、これ。

 

 これもテレビでやっていましたけれど、鬼怒川を、鬼が怒る川というふうに。ああ、そうして。これも変わった名前だなと思っていましたけれど、そういうことだと。それから、東京の荒川もそうだと言っていましたね。荒れる川というふうになっていまして。

 

 名古屋で一番すごいのは、北区の、名古屋城からちょっと下へ下りていったところで、船附町っていってありますわ。船が附くと。何でこれ、船附町だといったら、昔はあそこまで入り江が入っとったらしいんだな。

 

 そういう名古屋市の土地の成り立ちや、地名の由来に関するトピックについても取りまとめておりますということで、監修は名古屋大学の溝口常俊(みぞぐちつねとし)名誉教授様にお願いしまして、防災危機管理局を中心に、名古屋市鶴舞中央図書館、名古屋市博物館、名古屋市蓬左文庫などの協力を受けまして、作製いたしました。

 

 ポスターは4枚組でA1版フルカラー、1000部印刷して、区役所・支所や市内小中高等学校に掲示してまいります、ということです。

 

 「歴史災害から見る名古屋」を通じまして、市民の皆さんに、お住まいの地域特性に応じた災害の危険性について認識していただくとともに、防災・減災意識の向上や地域における減災行動の推進を行ってまいります。

 

 ということで、後で説明してもらいますけれど、防災もありますけれど、わしが、ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ言っとるのは、区役所があるじゃないですか。区役所が。そういうところで、いろんなまちづくりをやる人もようけおるんですわ。そういうところで、そろそろ手が挙がらんかと。「わし、やりたいが」ということでですね。

 

 防災ばかりじゃなしに、かつてこういう街道があったとか、何か、ちょっとロマンスに関係することも出てくるか分からんしですね。尾張名古屋の。いろいろ、尾張名古屋以前も。だから、そういうことで、なかなか楽しいですよ。名古屋のまちというのは。

 

 そういうことがないところで、何もないところにボコッとつくったまちだと、そういうのが出てこおへんけれど、ご承知のように、名古屋は、本来は熱田神宮の、1900年の歴史の時代からありますので、相当いろんな人の喜びや悲しみをこのまちが吸収していった、この名古屋ですので、そういうふうに、早うやろまいということでやっておりますので、ぜひ。

 

 これはまず第一弾で、それからあと、町内単位ぐらいで、あなたの住んどるまちでは、過去、どういうことがあったということをですね。で、どういうところだったということを理解してもらうというのが、災害の備えにもなりますし、どえらい楽しいことだということでもあります。ということで、職員からPRをさせていただきます。

 

(当局:それでは、今、市長からもご説明がありましたが、このポスターについて、もう少しご説明をさせていただきます。

 

 このポスターは、名古屋市で発生しました災害の記録とか、あと、市内の地名についての言い伝えなどをトピックとして取りまとめるなど、皆さまに興味を持っていただけるような内容として作製させていただきました。それでは、4枚のポスターについて、簡単にご説明をさせていただきます。

 

 まず1枚目、江戸時代です。江戸時代に書かれている古文書などから、今の時代と同じように災害が発生していることが確認できております。例えば、庄内川の洪水の被害であったり、それから、宝永地震であったり、安政の東海・南海地震のような、南海トラフを震源とするような地震も発生しております。津波は、今の熱田区の辺まで来たというような記述も確認しております。このような記述や被害の状況を、図画として掲示をさせていただきました。

 

 2枚目は、明治から昭和(戦前)にかけてです。この時代は、今、市長からもご説明がありましたが、濃尾地震といった大きい地震があったというのが特徴です。近代の都市化が進む名古屋で、これらのような大きい地震で、まちの被害が非常に大きかったというようなところです。あと、枇杷島橋の倒れた様子とか、そういったものを、この時期はやはり、新聞とかで写真が発達して記録も残っておりますので、そういったものを掲示をさせていただいた、地震が中心の内容になっております。

 

 3枚目は、戦後から平成にかけてということで、やはりこの時代は、忘れてはならない、われわれ名古屋市が大きい被害を被りました伊勢湾台風、それから平成12年の東海豪雨など、風水害で非常に被害が大きかった時代です。ということで、今回、こちらのポスターでは、伊勢湾台風と東海豪雨で浸水をした場所が実際どうだったかというのを、地図上に落とし込みました。非常に広範囲であることが分かりまして、皆さまにもぜひ知っていただきたいなと思っております。

 

 それから、4枚目は、災害の歴史記録という部分ではございませんが、災害を知る上で、われわれが住んでいる土地の成り立ちであったり、地名の由来。こういったものから、災害の危険性とかリスクなどというものを分かっていただければと思いまして、取り上げました。

 

 名古屋市は、大きく3つのエリア。東側の丘陵地、中央部の台地、それから西部の低地の部分は河川とかの堆積等、あと干拓とか埋め立てなどでできた土地で、大きく3つのエリアに分かれております。それぞれのエリアで特徴があって、災害の危険性にもいろいろあるかと思っていますので、そういうものを分かるように掲げました。

 

 それから、あと、各区の1カ所ずつ、地域の名前であったり、仏閣の歴史であったり、そのようなものをトピックとして、16区1カ所ずつ取り上げているところです。

 

 今回作らせていただきましたポスターにつきましては、過去の災害を忘れないという観点で作らせていただいております。今回、このポスターを皆さんに見ていただいて、家族だんらんの場であったり、あと、お友達と普段しゃべっている中で、防災について話をしていただくことで、防災・減災について考えていただくきっかけになればと思っております。区役所とか、学校等でも掲示をしてまいりますので、ぜひご覧になりましたら、足を止めてご覧いただきたいと思っております。)

 

(当局:このポスター、できる限り多くの皆さまの目に留めていただきたいということで、区役所や支所、また、小中学校、高校にも掲示するのですが、それ以外にも、防災訓練の場ですとか、さまざまな防災のイベントでも、今後、PRしていきたいと思っております。

 

 本当に興味深い内容が載っておりますので、ぜひこちらを見掛けられたら、じっくり見ていただいて、ご家族とか、あと、お友達と、ちょっとお話をしていただいて、防災・減災意識を高めていただければ、うれしいなと思います。どうぞよろしくお願いいたします。)

 

 ということですので、ぜひ。これは、ほんだけど、第一歩として、本当に町内ぐらいまで進めないといかんのですわ。

 

(当局:そうですね。)

 

 うん。自分の住んどる町内は、過去、1000年ぐらいさかのぼれば大体いいと思いますけれどね。何があったきゃあもということが、まず分かってもらわないといかんということで。

 

 地名もね。地名も、昔の名前に変えたほうがええで。本当に。今、コンピューターが発達しましたので、何丁目何の何と。何の何の何と。あれが残っておればよ、できるんですわ。ということで、ご注意をいただいて、また、今言いましたように、名古屋の郷土史のいろんな面白い話にもつながっていくと、楽しいかなということです。

 

 ええですか。質問があったら、ここのところで、何か。ええですか。まだおりますので、ありましたら。

 

◎名古屋城本丸御殿における重要文化財障壁画の展示について

 それから、報告は以上ですが、名古屋城本丸御殿における重要文化財障壁画の展示について、お話しさせていただきます。

 

 ということで、戦前は国宝だったんですよ。戦前は重要文化財と区別がなかったと思いますけれど、これは国宝だったんですけれど、江戸時代初期に狩野派の絵師によって描かれまして、戦災を免れた重要文化財の障壁画を、本丸御殿の公開以来、今までに4回、公開してまいりました。

 

 今年は、10月16日(金曜日)から11月3日(火曜日)までの19日間、重要文化財障壁画「竹林豹虎図(ちくりんひょうこず)」を、玄関一之間と二之間の境にはまっていた江戸時代に極めて近い状況で、両側から襖2枚を鑑賞していただけます。こういった、江戸時代に極めて近い状況でということです。

 

 「竹林豹虎図」は、金箔が貼られた上に、勇壮なトラやヒョウが竹林に集う様子が描かれておりまして、本丸御殿でも人気の高い障壁画です。

 

 また、名古屋城では、10月10日(土曜日)から11月23日(月曜日)まで「秋の陣」を開催し、多くのイベントも行ってまいります。歴史や文化に触れていただく、良い季節となりました。ぜひ名古屋城にお越しいただき、在りし日の本丸御殿に思いをはせていただければと思います。

 

 ということで、この障壁画につきましては、かねがね言っておりましたけれど、全部模写に変えるということはいかんと。それは。ということを私は言っております。だけど、模写は模写でやりかけたことだで、それはそれで飾るとしまして、やっぱり、せっかく本物が、確か70本じゃなかったかな。

 

(当局:襖は73本です。)

 

 73本ですね。73本。73本、ありがたいことですよ、これ。空襲の直前に、あそこの西南隅櫓と乃木倉庫ですね。違うか。

 

(当局:はい。障壁画については、乃木倉庫ですね。ほとんど。)

 

 ほとんど乃木倉庫か。そこに先人が避難させてくれとったということですので、やっぱり本物を見ていただくということが重要なので、私は、2週間ごとでも。1週間はちょっと短すぎますので、2週間から1カ月とかですね。そのくらいで順番にずっと行くと、リピーターも来てもらえるし、やっぱりそういうことが大事なので。

 

 これこそ単純なことでね。じゃあ、もし「モナ・リザ」が模写だったら、どうします? 皆さん。フランスへ行って、「モナ・リザ」が。それから、フェルメールの、こう髪の毛をやった、有名な女の子の絵がありますわね。この間、テレビでやっとった。近いところで本物がありますけれど。

 

 だから、何かね。わしは、全部模写にしようというのは、何かどこか狂ったんでないのかと。感覚が。人に言わせると、本丸御殿そのものの、その。あれは図面がありますから、昔の建物と一緒に復元しておりますけれど、新しいもんで、これだけ古いものを飾るとアンバランスだと言う人がおりますけれど、本当ですか。そんな恐ろしい感覚に、わしはとてもついていけんですよ。そうだとすれば。

 

 やっぱり見たいのは、400年前に、家康から、誰が直接命じたか知りませんけれど、夏の陣ですね。大坂夏の陣に出陣していくということで、豊臣家を滅ぼすのに、自分の息子の義直さん。義直、九男が結婚するときにちょうど来て、泊まっていったと。そのときに、この中のどの部屋で泊まったか、ちょっと分かっとらんですけれど、泊まっております。

 

 そのとき家康が見たであろう、その本物を見るという、そのどこか歴史的な、継続する人間の営みというものを感じないことには、あまり意味をなさんと思いますけれどね。わしは。悪いですけれど。ただ、傷んだりもしますので、模写が要らんとは申しません。特に名古屋は空襲でめちゃくちゃになりましたので、本物を愛する気持ちを持っていないといかんですよ。本物を。

 

 ということで、今度は境に。場所が同じになるんだね。場所。写真がありますので。ありがたいことに。どこに飾ってあったか、全部分かるわけです。その位置に挟んで置くということになりますね。

 

 ちょっと勉強しとる人は、京都の二条城が、だんだん模写に変わっとるじゃないかと言いますけれど、あれも私は、本物はちゃんと本物で置いておかないといかんと思っていますけれど、二条城は、建物が空襲で焼けなかったから、国宝ですので、だいぶ違うんです。その辺のところが。ということですので、ぜひ。

 

 何べんもこれも言っておりますけれど、家康が泊まったときに、どういう気持ちでこのトラちゃんを見たかなということですわ。義直さんも。これ、どういうことか分かります? 大坂夏の陣にあそこから出陣していくんですけれど、家康は。その前に、二条城の会見というのがありまして、関ケ原以降、秀頼と家康は会っとるわけですわ。それから、息子の義直も、伏見まで迎えに出たと書いてありますね。迎えに。

 

 ということですので、やっぱり、その話した人間。また、特に家康さんは、秀吉から「息子を頼むぞ」と。「くれぐれも頼むぞ」と言われて、「よっしゃ、よっしゃ」といって約束までしとる。その秀頼の命を取りに行くわけです。ここで。そのときには、どういう気持ちで行ったのかなと。

 

 「すまんな」と思ったのか、「戦国というのはこういうものじゃ」と思ったのかですね。そういう気持ちで、ぜひ、名古屋城、この本丸御殿を味わっていただきたいと。となると、本物でないといかんのですよ。

 

 ということでして、例えば、いっぺんは一部屋全部本物で囲うとかですね。いろいろやりようはあると思いますけれど、そんなことです。

 

◎市民税率と平成18年度地方税制改正について

 それから、ちょっと資料としてですね。私からは以上ですけれど、今日は、市民税につきまして、皆さんのところに資料をちょっと置かせていただいております。これは、この間、議会で質問というか議論がありまして、わしは前から言っていますけれど、市民税の。

 

 まあ、2つ付いておりますけれど、まず1つの、「平成18年度地方税制改正要旨」というやつですね。一番上のところでありますが、その一番下ですね。現行というか、これ、市民税ですけれど、これが、3、8、10。左側の、一番下。200万円以下は3%、700万円以下だと8%、それから700万円超だと10%で、平成18年までは、累進税率が適用されておったんです。

 

 だけど、これが、平成18年に、自民党・公明党賛成、民主党・共産党反対ということで、わしも反対した方ですけれど、一律6%というふうに変わりまして、いわゆる市民税の税率には累進税率がないんです。1個となったということで。

 

 次のページを見ていただいても、そういうことですけれど、「給与所得者の皆さんへ」ということで、当時の国税庁の資料を付けさせていただきました。所得税の減税とセットで行われたということです。で、こういうふうに、1つの税率になったと。

 

 しかし、これは議論が当然ありまして、税金というものは、やっぱり何だかんだ言っても、どうしても金持ちから取って、庶民にその分、分けるべきだというのが、税の根本的議論であるわけです。そういうことですけれど、会費収入のようなもんだということで、こういうふうになりました。

 

 もう1枚見ていただきますと、地方税法。このところ、所得割の税率。これが、平成18年に変わったやつです。314条の3。所得割の額は、課税総所得金額、課税退職所得金額及び課税山林所得金額の合計額に、100分の6の標準税率によって定める率を乗じて得た金額とする。この場合において、当該定める率は、一の、1つの率でなければならない。この1つの率を覚えておいてちょうだいよ。

 

 これは、実は、減税するときにだいぶもめたんですわ。もう1個付けておくとよかったけれど、地方税のいろんな税率は、いろんな地方の状況によっていろいろ変えられるんだと。標準税率ってそういう趣旨があるんですけれど、という規定がありまして、私はやっぱり、まあ誰でもそうですけれど、金持ちの減税額を少なくすると。そういうのを目指してはおったんです。そちらのほうの条文を使いまして。

 

 だけど、当時、総務省といろいろやり合ってやっとったんですけれど、最終的にでもないですけれど、「市長、悪いけれど、この地方税法314条の3で、この場合において、当該定める率は1つの率でなければならないと書いてあるので、地方税率を累進的にするということはできません。違法です」ということになりましたので、残念ながら、累進的に、逆累進ですね、やることができなかったと。

 

 だから、金持ち優遇、金持ち優遇と言いますけれど、金持ち優遇と言うのなら、単一税率のことを、ここで勝負しないといかんです。6%。だから、今日おみえになる皆さん、全員6%ということです。名古屋は5.7%。5%減税。名古屋だけ、日本中で、5.7%ということですので、ここは、答弁でもちゃんと言わないといかんと言っとるんですわ。1つの税率だということで、違法だと言われてしまったと。

 

 だいぶ議論したんですけれど、どうしようもないと。違法なものを、言われることを、挑戦していくというのは、減税自体が駄目になりますので、残念ながらこういうふうになったということで、ぜひこれは、基本的な知識として覚えておいてください。ということです。

 

質疑応答

◎名古屋駅の再開発について

(記者)

 名古屋駅の再開発なのですが、リニアの27年開業に合わせて整備していかなくてはならないという中で、鉄道であるとか、国や県だとか、関係者が非常に多い大事業なのですが、経済界などからも、名古屋市のリーダーシップを求める声が強いと思うのですが、市長はどんなふうにリーダーシップを発揮されていこうと考えておられますか。

 

(市長)

 今のところ、いろんな土地の買収といいますか、そういうものについても、初めはいろいろゴチャゴチャしておりましたけれど、そんなことを言わずに、ちゃんと、名古屋でこんなありがたいことはないんだで。このリニアの新幹線を造ってもらえるということはね。誰が頼んだわけでもないと思いますわ。だで、積極的にやらないといかんということで、名古屋の方からも何人か行きまして、やっておりますし。

 

 それから、まちづくりですね、やっぱり。これは、実は、私も相当いろいろ言わないといかんと思っておりますけれど、やっぱりこうなった以上、名古屋駅をどえらい面白うしよまいということですわ。単に乗り換えじゃなくて。名古屋駅って何といったら、乗り換え至便、さよならと。こういうふうにならんようにですね。わしは、まあ。

 

 こんな空前のチャンスはないでしょう。大きいのは、京都へ行くのがですね。品川区から、東京圏から、京都へ行くのが、名古屋乗り換えの方が早くなるんですわ。リニアで名古屋へ来て、名古屋から京都まで新幹線で行った方が。ただ、京都がまだ、リニアが来るのを諦めておりませんので、「そんな、勝手に言ってちょうすな」と言われると、ちょっと困りますけれども。ということもありますし。

 

 そこら辺のところを、面白くするという中で、わしは1個、レトロホームみたいなのを造って、それこそ蒸気機関車やら。蒸気機関車に限らんですけれど、昔の旧型の電車でもええですけれど、そういうのが走ったり、それから、横で、例えば昔の駅弁売りみたいな人がおったりですね。建物も、昔のホームみたいなのでずっと造ると。一ホーム。

 

 そういうようなことをやって、やっぱり駅自体が楽しいものにしないといかん。もっと。言っとるんですよ。

 

 それに一緒になって、駅前の楽しさ。それから、駅西ですね。中村。僕は、あそこの、新幹線の駅からあれだけまちがすぐ見えるのって、ないでしょう。確か。東京は八重洲がありますけれど、だいぶ遠いですし、ちょっと高いテントみたいなのが付いておりますので、見えませんよね。まち自体は。

 

 それから、新横浜は新横浜だし、大阪は大阪で、新大阪だから、家並みがざっと見えるといったら、ないですね。だから、名古屋だけ見えるんですね。あの西口が。ずっと。

 

 新幹線は1日40万人、全お客さんがいったん止まりますので、あそこから秀吉さんの中村公園にかけて、何か、来た人が、「ああ、いっぺんこれは降りようかな」と。乗り換えるだけじゃなしに。いっぺん降りて、何かちょっと、名古屋の秀吉さんの顔でも見に行こうかと、ぐらい、清正さんでもええですけれど、思ってもらえるようなまちづくりをできんかしらと思っています。

 

 それと、最近ようあります高速の乗り入れも、面白いかと思いますけれどね。乗り入れしても、西側がみんな見えんようになるようなことでは、いかんなと思っていますけれど。

 

 名古屋は、ええかどうか分かりませんけれど、大きい道を造って、車が非常に通りやすいまちになりましたので、そういう面では、やっぱり高速の、自動車の道路なんかも、新幹線から、リニアからすぐ乗れるようにすると。そういうようなのも、面白いですわね。ということで、この駅自体をどえらい面白うしよまいと。まちづくり、駅前も含めて。

 

 この間、ちょっと言ったでしょう。古い、昔の、戦前の飲み屋が2つあるじゃないですか。大名古屋ビルヂングの裏に。わしも昔から、あそこは、たまには行っていましたけれど。だけど、あれがリニアのちょうどオープンカットする一番端なんだけれど、ああいうところでも、ちょっと知恵の使いようがあると思うんですよ。

 

 あそこからずっと、この名古屋城、何とか木造になれば、ゴールデンコースになりますよ。あそこは。歩いていくのに。四間道やら、円頓寺やらがあって、それから堀川とかいうふうで、いろいろ、どえらい面白うなるのには、空前のチャンスをいただいとるんじゃないですか。

 

(記者)

 そういう市長のお考えをどうやって反映させていくのかということが大事なことだと思うのですが、それは何か、市で。

 

(市長)

 それが大問題でして。そういう気持ちで都市計画を考えていくと、シティープランニングを考えていくというためには、どういう市の体制が必要なのかというのが、どえらい重要でしょう。本当に。

 

 エンターテインメントと言うのも、ちょっと感じが悪いけれど、まあね、それを今、考えていますわ。住宅都市局か何か、いろいろありますけれど、そういうところで、まちづくりはそっちだけでというんじゃなしに、やっぱり地域を盛り上げるというのが重要だと思いますよ。

 

 「面白いな、名古屋は。いっぺんちょっと降りてみるか。リニアで来たけれど。京都へ行く前に」。名古屋城天守閣なんかができたら、必ずそうなりますよ。「いっぺん行ってみようか」と。「本当にそんなことができたのか。コンクリートで造ったやつを」と。そんなことですわね。

 

(記者)

 ということは、市としては、そういう組織図というのはまだできていないと。

 

(市長)

 今、大体考えているところでして。僕は、相当厳しくというか、楽しくというか。どこら辺まで民営化になるか知らんけれど、名古屋にお客さんがようけ来たら給料が増える体制をつくらないといかんですわ。とにかく。名古屋にお客さんが来なんだら、給料が減ると。会社がつぶれると。そういう人たちがやらんと、いかんですよ。

 

 それと、こんなありがたいことはないですよ。わしは零細企業をやってきましたけれど、こんな。リニア新幹線が来るんですね。で、1日40万人も新幹線が止まるところの駅をどうしようかといって、考えられるんでしょう。民間の会社でどれだけ努力しとったって、そんなチャンスはほぼないですね。

 

 だから、公共的なものというのは、ものすごくええところに財産を持っとるんですよ。それを本当に市民のために、楽しんで使えるように、そういう組織づくりもやらないといかんわね。内部のね。今、ちょうどやっとるところですけれど。ということだと思いますよ。

 

 今のところ、日本といえば京都と東京ですから。大阪も京都に入れてね。そこにやっぱり名古屋というふうにならないといかん。それは、口でわあわあ言っとりますけれど、何と言うのかな。やっぱり、企業でも何で努力するかといったら、みんな倒産するから頑張るんだでね。言っておきますけれど。本当に。

 

 そういう気持ちで名古屋駅もやっていったら、むちゃくちゃのチャンスですがね。蒸気機関車なんか、どえらい喜んでくれるがね。みんな。ねえ。どうなっとるんですか。これは、一体、本当に。

 

◎名古屋城天守閣に関する市の体制について

(記者)

 今日の朝の天守閣の推進体制を整えるという話なのですが、幹部会の後、総務局の方に聞いたら、あそこの場で初めて聞いたということで、まだ具体的にそんな話が進んでいることではないですという回答があったのですが、朝の市長からの指示を聞いて、今、どんな状況ですか。いつごろの立ち上げになるのかと、どのくらいの規模なのか、どんな目的で立ち上げるのかというのを教えてください。

 

(市長)

 まだちょっと、どなたに聞かれたか分からんけれど、一応、市民経済局ならびに総務局ですか。あんなようなところは、既に話をしておりまして、早うやらないといかんです。早くやらないと。

 

(記者)

 どのくらいの規模になるかというのは。

 

(市長)

 どのくらいですかね。関係局から1人ぐらいは。何か知らんけれど、やる気のある。偉いさまも偉いさまでええけれど、別に、係長になる前の人、ぐらいの人で、やる気のある人ですわね。従来型の思想にとらわれん人です。

 

 で、名古屋の、ズバリ言うと、観光を盛り上げるでええんですよ。あまり今まで言わなんだけれど。名古屋城というのは、名古屋市民のプライドだというのが大きいですよ。日本国のプライドです。だけど、やっぱり、いろんな、インバウンドがどうのこうの。理論ばかり言っとらんと、理論もええですけれど、具体的な、具体策として。

 

 テレビ局だったら、この番組をやって、ちゃんとレートを上げましょうと。そういうやつですわ。そういう人間に集まってもらうと。大至急やらんといかんわね。

 

 この間、材木関係の人が、これは毎年来る、名古屋城の陳情じゃないですけれど、来てみえた方も、オープンでやりましたので、木造の建築物をいろんな公共建築で増やしてくれというような話の中で、名古屋城の木造っていう話がちゃんと入っとって、もう、一日も早くやらないといかんと言っていましたよ。1日と言ったか、1年と言ったか、ちょっと覚えていませんが。

 

(記者)

 では、その推進体制の目的をもう一回、分かりやすく教えていただきたいのですが、今まで、名古屋城事務所もあり、市民経済局もありだったんですね。ただ、それを横断的に、そういった新しい組織をつくるというのは、どのようなことなんでしょうか。

 

(市長)

 1つは、名古屋のまちのシティープランニングですね。都市計画ですか。について、決定的な意味を持つということですね。名古屋城の天守閣を木造にするということは。この400年後まで。その中核的存在になるということですので、具体的に言えば、名古屋駅から名古屋城まで、アクセスをどうするかというね。今言った。

 

 出てくるでしょう。それ。堀川をどうするかとか、人力車で行けるように、例えば今言った四間道なんかを通るなら、するかとかね。シャトルバスはどうなるんだとか、LRTの話もありますけれど、そういうようなまちづくりそのものに非常に大きな影響を及ぼすということだから、当然、住宅都市局か緑政土木局か知りませんけれど、そういうところもおらないといかん。

 

 それから、契約の方式にしても、今度の技術提案・交渉方式という、去年できた法律ですけれど、地方で適用するのは、どこか、先にやっちゃえば別ですけれど、今のところ、名古屋が一番早いと思いますけれど、そういうことですので、契約部局も一緒になってやっていかないといかんし。

 

 それと、財政のことも、いくら出てくるか知りませんよ。これからですけれど、240億円から400億円の間じゃないかと。過去の調査によりますと。そういうことですから、そこら辺の調達をどうやってやっていくのかと。

 

 それから、もう1個でかいのは、市民の皆さんが、理解というか、納得というか、してもらわないといかんし、そのためにはやっぱり、区役所なんかも挙げてやらないといかんです。これは、具体的に地域の方からも要請を受けておりまして、ちゃんと説明してくれと。どういうことになっていくのか。

 

 要するに、敬老パスをどうするとか、保育園の待機児童をなしにするとかというのと、ちょっと違うんですよね。これは、やっぱり。本当の身近の生活にそのまますぐ直結するものではないものだから、やっぱり説明が要りますよね。

 

 だから、今のままにしておいても、端的に言えば、29億円、いわゆる耐震診断の金が掛かって、その場合は、一般的に言うと40年ですよと。それで、経済効果はゼロですよと。マイナスになる可能性もありますけれど。失望によりまして。

 

 しかし、そういう状況の中で、そういうことをやるんだったら。まあ、松前城はそういう意見が多いと聞いております。大体90%ぐらいの人が、そういう耐震診断をやるんだったら、やっぱり木造に変えようかと言っているんだということを聞きましたけれど。

 

 まあ、350億円か400億円か何か知りません。江戸城は350億円と言っていますけれど、名古屋城の400億円は、石垣も入れてですから、建物で言うとそんなに変わらない。350億円掛けて、最低400年は大事にすると。経済効果は、江戸城のシミュレーションでいきますと、初年度で1000億円というふうに言っていますわね。初年度で。

 

 これは、建築効果による、いわゆる、あれはどこから出しとったんだ。国が、産業連関表というのがありまして、それを入れると出てくるんですけれど、それによって、350億円掛けたのが700億円か、800億円は。700億円ぐらいだと思いますけれど、なって、あと入場者が増えたりと。そういう計算があって、そっちでやるのかということですよね。

 

 そういうこともやっていかないといかんから、やっぱり名古屋市の総力でやらないといかんでしょう。市民の皆さんに分かってもらえるために。と思います。

 

 だけど、ちなみに本丸御殿はやっていませんからね。アンケート等を、やっていません。やっとらんと思うんだがな。ネットアンケートもやっとらんだろう。やっていませんよ、これは。

 

◎インフルエンザワクチン定期接種の延期について

(記者)

 インフルエンザワクチンの出荷の遅れの件で、市の医師会の方が定期接種の予約を遅らせるようにというのを医師に通知をしたという話が出ているのですが、市長は、それはご存じですか。

 

(市長)

 それは知らなかったね。遅れておるというのは、何か報道を、テレビか新聞か分かりませんけれど、ちょっと見ましたけれど。

 

(記者)

 それの影響で、市の医師会の方も、予約の受付を遅らせるようにという指示を出したというようなことなのですが。

 

(市長)

 そうですか。それはちょっと、すみませんけれど。知っとる人がおったらですけれど。その辺のところが来ておりませんけれど、よう知っとるな。あんた。

 

(記者)

 いえ、某紙さんも書かれているのですが。

 

(市長)

 え。

 

(記者)

 某紙さんの夕刊の方に書かれているのですが。

 

(市長)

 ああ、そうですか。

 

(記者)

 ええ。それについては、どう思われますか。

 

(市長)

 インフルエンザも、ここまで名古屋もワクチンをいろいろやっていますのでね。インフルエンザって、毎年打たないといかんですけれど、これは結構重病になりますし、働くお母ちゃんは大変ですので、ちょっと、あまり詳しく知らんでいかんですけれど、早く打てるようにしてあげないといかんわね。

 

 今度、500円ばかり値上がりしますので。インフルエンザの効く範囲を、ちょっとスパンを広げたもんだで。2回打たないといかんでしょう。あれは、確か。1000円ぐらい高くなるんですよ。わしは1000円で打てるけれどね。年寄りだけか知りませんけれどね。

 

◎市民税率と地方税法について

 地方税法の、覚えていってちょうよ、これ、本当に。税率は1個しかないと。なら、河村さん、何で金持ちはゼロと言ったんだといって。それはそれで、もう1個条文があるのを付けておくとよかったけれど、地方税の税率は、いろんな状況においてそれぞれが変えられると。だで、標準税率という名前になっとるんですけれどね。標準税率と言うんですわ、これは。

 

 それで、滑った、転んだ、わあわあ、わあわあやったけれど、やっぱり1つの率というのが、総務省が確定的に言いましたですね。もう1つ条文があるんだけれど、この1つの税と定まっとるからできませんと。変えるのは。金持ちの減税率を下げるということはできませんということですので、何も好きこのんで金持ち優遇だとやっとるわけじゃありませんので。これは、本当に。

 

 しかし、名古屋だけなんですけれどね。いわゆる、5.7%、市民税率。それがいかんというなら、6%の方がええんですかね。問題は。増税した方がよかったということですか。今のところ、金持ちだけ減税率を下げるということはできませんので。この条文があるもんで。そうなると、全部上げないといかんですけれど。

 

 それじゃあ、みんな、結局、増税の方がええんですか。税率って、高い方がええの? 私は全然思いませんけれど。そんなことは。

 

このページの作成担当

市長室広報課報道係
電話番号: 052-972-3136
ファックス番号: 052-972-3355
電子メールアドレス: a3136@shicho.city.nagoya.lg.jp

ページの先頭へ