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絶望の中差し伸べられた支援 名古屋と陸前高田の絆

名古屋市長 河村たかし

市長写真

 まずは自己紹介。河村たかしからインタビュー。

 戸羽市長「陸前高田市長の戸羽太(とばふとし)です。この10年間、名古屋の皆さんには大変お世話になり、感謝申し上げます」

 Q.10年前から現在まで、名古屋市がこうやって丸ごと支援と言われとるけど、印象はどう?

 戸羽市長「東日本大震災でまちがまさに壊滅し、市の職員も全体の4分の1にあたる100人以上が犠牲になりました。機能そのものがなくなり、途方に暮れ、絶望を感じていた時に、名古屋市に『支援する』と言っていただき、本当に感謝でございます」

 Q.東日本大震災の経験から、今後に活(い)かすべきことはどう?

 戸羽市長「行政ができることには限界があります。地震や津波に限らず、日頃から、一人一人が考えられることを備えていただかなければいけない」

 Q.(陸前高田の)当時の気仙中学の越校長は、高台へ逃げるように指示して生徒の命を救ったんだけど、「以前から避難所である海のすぐ横の校舎では危険だと考えていたんです」と言っていた。その辺、戸羽さんはどう思う?

 戸羽市長「今の話、想定を鵜呑(うの)みにせず、最悪の事態を考えて行動したから、子どもたちが1人も犠牲にならずに済んだということですね」

 Q.役所でも今まで言われてきたことに疑いを持って、もう一回慎重に考えることが大切だよね。

 戸羽市長「東日本大震災では、当時考えられていた想定をはるかに超える大災害となりました。自分の住むまちのハザードを知ることも大切ですが、それだけにとらわれず、その時とるべき最善の行動を考えておくことが大切かと思います」

 Q.最後に名古屋市民へのメッセージをどうぞ。

 戸羽市長「我々が絶望の中、途方に暮れている時に、名古屋の皆さんが手を差し伸べてくださり、本当にありがとうございました。これからのお付き合いの中でどんなお返しができるかは分かりませんが、これからも是非末永いお付き合いをお願いします」

高田松原津波復興祈念公園(岩手県陸前高田市)



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