城下町散策コース
城下町散策コースの紹介です
徳川家康が清須越により名古屋台地に城を築き城下町を造成しました。藩政時代に上宿・幅下と呼ばれた一帯は本来の城下町として、旧町名も由緒ある町名が多く残されていました。藩の御用達商人も多く住み、堀川周辺には藩や商家の土蔵が立ち並び江戸時代の城下町として当時の賑わいと繁栄の跡がしのばれるところです。
コース総距離:浅間町駅から約4.6キロメートル、栄生駅から約3.8キロメートル
見所紹介
鴫塚(しぎづか) 別名:刈跡塚(かりあとづか)
法蔵寺の境内にあり、松尾芭蕉の「刈跡や早稲かたかたの鴫の声」の句が刻まれています。名古屋市指定文化財。
菊水寺(きくすいじ)
江戸時代の創立。昔、きれいな水の湧く泉があり、「菊( 水 )の井」と呼ばれていたことが「菊井町」の町名の由来といわれています。
津島神社(つしまじんじゃ)
石取まつりは、3台の山車が鐘と太鼓を打ち鳴らして町内を練り歩きます。
多賀宮(たがぐう)
伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀る長寿延命と縁結びの神社。「おもかる石」があります。
圓頓寺(えんどんじ)
承応3年(1654年)創建、享保9年(1724年)に今の地に移りました。本堂は名古屋城天守閣使用の余材を拝領して建てたといわれ、本堂脇には藩祖義直の側室が寄進した鬼子母神像が安置されています。
慶栄寺(けいえいじ)
境内にある太子堂は奈良の元興寺五重塔の古材で造られ、聖徳太子像が祀られています。松涛庵は足利義政が銀閣寺を建てたとき、茶室として造らせたものを京都東山より移築したといわれています。
子守地蔵尊(こもりじぞうそん)
四間道の路地を1本西に入った細い路地の奥にあります。付近で井戸を掘った際、お地蔵さんが出てきたたため、現在の場所に建てられたそうです。
浅間神社(せんげんじんじゃ)
正保4年(1647年)に現在地へ勧請。境内には300年以上の樹齢を誇るクスノキ、ケヤキがあります。
城下町散策コース地図・見所紹介データ
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