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小幡・川村コース-在りし日の古跡を訪ねて-

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このページを印刷する最終更新日:2021年6月29日

コース

小幡城跡→生玉稲荷神社→牛牧遺跡→川村南城跡→長命寺→白沢渓谷→川村北城跡→川東山1から4号墳→城土公園(約3.9キロメートル)

コースの主な見どころ

1 小幡城跡

小幡城跡(おばたじょうし)

 大永2(1522)年岩倉織田氏の家臣岡田重篤が築城したと言われている。城は天文5(1536)年徳川家康の祖父清康が尾張に軍を進めた時に在城、その後天正12(1584)年小牧長久手の戦いの時は家康が城を修復し一時在城したがのちに廃城となった。

2 生玉稲荷神社

生玉稲荷神社(いくたまいなりじんじゃ)

 社伝によると西暦1200年頃の創建とされている。天正12(1584)年徳川家康が小牧・長久手の戦いのため、長久手へ向かう際、家臣が稲荷山より竹を伐り旗竿を献上したころ、家康は大いに喜んだと言われている。名古屋地区最大級の稲荷神社として多くの人々から崇拝されている。

3 牛牧遺跡

牛牧遺跡(うしまきいせき)

 昭和32(1957)年に発見。当時の守山市教育委員会、その後愛知県埋蔵文化センターにより発掘調査された。多くの縄文時代晩期の土器・石器のほか、甕棺墓、竪穴住居跡、弥生時代から戦国時代の物などが発見され、長い期間にわたり人々が住みついていたと思われる。

4 川村南城跡

川村南城跡(かわむらみなみじょうあと)

 築城時期は1500年代半ばと推定され、築城者は水野右京進で、織田信長の家臣であったといわれる。その後、城主は5代続き水野氏の菩提寺である長命寺の本堂裏手には石碑が現存する。位置については、長命寺から150メートル南東の丘陵上(旧字城山)にあった。

5 長命寺

長命寺(ちょうめいじ)

 もと川嶋神社付近にあり、天正12(1584)年小牧・長久手の戦いで焼失。本尊の薬師如来は救出されて、元禄13(1700)年に長母寺末寺、医王山・長命寺と号し開山した。境内には、蓬莱七福神の寿老尊を祀る寿老殿、観音堂、濃尾震災慰霊碑、長命水など。

6 白沢渓谷

白沢渓谷(しらさわけいこく)

 市内唯一の渓谷。平成8(1996)年白沢川護岸整備に人工的なロックガーデンの滝と市内唯一の吊り橋長さ25メートル、高さ9メートルが架けられた。耐用年数により、平成28(2016)年ほほえみ橋が再架された。平成九年度建設省都市景観大賞、名古屋市都市景観賞を受賞。桜の名所である。

7 川村北城跡

川村北城跡(かわむらきたじょうあと)

 川村には、かつて南北に城があり区別するため川村北城というが、二つの城に直接的関係はない。築城時期は明応元(1492)年頃で、築城者は津田武永。その後城主は岡田時常、牧長義と続いた。位置は、ゆとりーとライン「白沢渓谷駅」北西の丘陵上にあったと推定される。

8 川東山1から4号墳

川東山1から4号墳(かわひがしやま1から4ごうふん)

 川東山古墳群9基のうちこの地点では、4基の円墳が至近距離に所在する。それぞれ直径10から35メートル、高さ0.5から1メートルで、1・2号墳では横穴式石室が確認され、6世紀後半から7世紀前半の築造と推定される。出土遺物は、土師器、須恵器、埴輪、鉄製武器、馬具、装身具等である。

まちあるきマップ

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