ページの先頭です

瑞穂区の町名(ま行)

ソーシャルメディアへのリンクは別ウインドウで開きます

このページを印刷する最終更新日:2012年12月27日

ページの概要:瑞穂区の町名について紹介します。

瑞穂区の町名(ま行)

前田町(まえだちょう)1・2・3丁目 

昭和20年(1945年)瑞穂町の一部より成立。町名は、瑞穂町字名の北前田・東前田からつけられた。
区の中央西側に位置する。

牧町(まきちょう) 1・2・3丁目

昭和20年(1945年)瑞穂町の一部より成立。町名は、瑞穂町字名の中牧・東牧による。
牧は、丘や山麓を取り巻くような状態であることを示す。
区の中央西側に位置する。
名古屋市立瑞穂小学校があり、学校の敷地内で見つかった瑞穂遺跡からは土器などが出土している。

松栄町(まつさかえちょう)1・2丁目

昭和9年(1934年)南区青山町・弥富町・密柑山町・春山町の各一部より成立。
町名は、この辺りは山林でとりわけ赤松が多く、松の縁起にちなんでつけられたという。
区の北東部に位置する。陽明コミュニティセンターがある。

松園町(まつそのちょう)

昭和27年(1952年)弥富町・瑞穂町の各一部より成立。
町名は、江戸時代、松林が開拓され畑になっていたのでつけられたという。
区の南部中央に位置する。山崎川が西に流れる。

豆田町(まめだちょう)1・2・3・4・5丁目

昭和6年(1931年)南区熱田東町・瑞穂町の各一部より成立。町名は、瑞穂町字名の西豆田による。
昔、この辺りに「あら池」があり、池から付近の水田に水を引いていた。水を引いた溝のあぜ道に大豆を植えたところ良作であったので、この地域を「豆田」と呼ぶようになったという。
平成23年3月、町域の中心を東西に通る豆田町線といわれる道が、東の郡道の交差点から空港線堀田通5の交差点までの拡幅工事が完成し、一方通行から双方向の交通となった。
区の西部に位置する。豆田公園がある。

丸根町(まるねちょう)1・2丁目

昭和27年(1952年)弥富町の一部より成立。町名は、弥富町の字名による。
丸根町1丁目付近に織田越中守信照(織田信秀九男、信長の弟)が建てた中根中ノ城(城主は、村上弥右衛門)があり、現在の観音寺に、中根南ノ城があったという。
区の南東部に位置する。

密柑山町(みかんやまちょう)1・2丁目

昭和7年(1932年)南区弥富町・春山町の各一部より成立。町名は、弥富町の字名による。
この辺りがかつて蜜柑畑として利用されており、それにちなんでつけられたとされるが、漢字が異なっているのは不明。
区の東部に位置する。名古屋市立陽明小学校がある。

瑞穂町(みずほちょう)

大正10年(1921年)愛知郡呼続町大字瑞穂より成立。町名は、かつての瑞穂村に由来する。
瑞穂村の村名は、明治天皇が東海道の八丁畷で収穫を視察したことにちなみ、明治9年(1876年)県令の安場保和が命名しているといわれる。
瑞穂町は、瑞穂区の半分以上の町域であったが幾つもの町に分かれ、現在は二箇所に分かれている。
「瑞穂町字山の畑」は、名古屋市立大学の経済学部・人文学部などがある、滝子(山の畑)キャンパスの住所となっている。
「瑞穂区字西藤塚」は、昭和税務署の住所となっている。藤塚の由来は、名古屋市立大学の敷地内に残る、八高古墳に関係しているともいわれる。
「瑞穂町字川澄」は、名古屋市立大学の医学部・看護部・附属病院などの桜山(川澄)キャンパスの住所となっている。
字山の畑と字藤塚は隣り合っているが、字川澄は、その約500メートル東に離れている。

瑞穂通(みずほとおり)1・2・3・4・5・6・7・8丁目

昭和9年(1934年)南区瑞穂町の一部より成立。町名は、瑞穂町の中心を貫く大通りであったことからつけられた。
区の中央を縦断している。北は市大病院前交差点から、南は新瑞橋で南区との境となる。
瑞穂通商店街、名古屋市博物館、愛知県瑞穂警察署、瑞穂区役所、眞好天神社などがあり、地下鉄桜通線が地下を通る。

御剱町(みつるぎちょう)1・2・3丁目

昭和6年(1931年)南区瑞穂町の一部より成立。
町名は、町内に熱田神宮の境内の別宮「八剣宮」からの分祀と伝わる八剱社があり、それにちなんだとされる。
区の北西部に位置する。

南山町(みなみやまちょう)

昭和6年(1931年)中区広路町・弥富町の各一部より成立。町名は、広路町の字名による。
由来は、飯田街道の南にあるため南山とした説や八事山の丘陵地の南に面しているからという説などがある。
区の北東部に位置する。

妙音通(みょうおんとおり)2・3・4丁目

昭和20年(1945年)瑞穂町の一部より成立。町名は、「藤原師長」の法名「妙音院」による。
区の南部に位置する東西の通。

村上町(むらかみちょう)

昭和6年(1931年)南区瑞穂町・弥富町の各一部より成立。町名は、瑞穂町の字名による。
寛文6年(1666年)尾張藩士村上治兵衛が開墾した土地で、村上新田と呼ばれたことに由来する。
区の東やや中央に位置する。村上神社がある。

明前町(めいぜんちょう)

昭和35年(1960年)熱田東町の一部より成立。
平成2年熱田東町・神穂通・塩入町・南浜通の各一部を編入し、住居表示を実施。
町名は、瑞穂町字名の神明前から、浜神明社の前ということからつけられた。
区の南西部に位置する。株式会社エルモ社がある。

桃園町(ももぞのちょう)

昭和20年(1945年)熱田東町・瑞穂町の各一部より成立。
昭和62年(1987年)花表町・熱田東町の各一部を編入し、住居表示を実施。
町名は、熱田東町字名の桃ノ木による。桃の木密生するところであったと伝わる。
区の南西部に位置する。西は新堀川、南は国道1号線と接している。
名古屋市上下水道局伝馬町水処理センター、株式会社トヨトミ本社、パロマ本社などがある。

師長町(もろながちょう)

昭和7年(1932年)南区弥富町の一部より成立。
町名は、治承3年(1179年)、平清盛によって井戸田の地へ流された、太政大臣藤原師長が、この辺りで琵琶を弾いており、その場所が琵琶ヶ峰といわれたことにちなむ。
区の東部に位置している。瑞穂区休日急病診療所、山崎川親水広場、あゆちの水の碑、弥富コミュニティセンター、瑞穂公園東児童園などがある。

このページの作成担当

瑞穂区役所区政部地域力推進室地域力推進係

電話番号

:052-852-9302

ファックス番号

:052-852-9306

電子メールアドレス

a8529302@mizuho.city.nagoya.lg.jp

お問合せフォーム

お問合せフォーム

ページの先頭へ