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平成28年11月14日 市長定例記者会見

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このページを印刷する最終更新日:2016年11月24日

報告事項

  • 平成28年度世界エイズデー関連事業について
  • 「信長攻路 名古屋城戦国フェス」開催及び「信長攻路 ロゴデザイン公募」について

会見動画

報告内容

◎平成28年度世界エイズデー関連行事について

 それでは、11月14日(月曜日)でございます。会見を始めたいと思います。皆さん、おはようございます。12月1日は、国連合同エイズ計画が提唱する「世界エイズデー」でございます。その関連事業について、ご報告いたします。

 「バックボードをごらんください」ということでございまして、バックボードのデザインが、エイズに対する理解と支援の象徴であるレッドリボンに変わっております。

 皆様、エイズが減っていないことをご存知ですかということで、これは私が国会議員だったときに、非加熱製剤の問題が一番最初だったかな、あのころはNPO法案がやっていましたけど、非加熱製剤の問題とか、例のオウム真理教のTBSの問題をやっていたころだったと思いますけれども、エイズは減っていないということでございます。

 国のエイズ動向委員会によりますと、昨年1年間、患者、感染者を含めた新規報告数は全国で1,434件となりまして、平成16年度から12年連続で1,000件を超えています。

 また、名古屋市の報告数は82件でした。そのうち4割は感染して、数年から十数年間経過し、エイズを発症して初めて感染に気づいた方でございました。早期発見のため、検査の重要性が高まっております。

 そこで、12月1日(木曜日)の世界エイズデーにちなみ、11月23日(水曜日・祝日)正午から、アスナル金山におきまして、普及啓発イベント「レッドリボンライブ2016」を開催いたします。ラジオのDJらも出演するトークショーを企画しておりますので、楽しみながらエイズについて学んでいただけると思います。

 11月中は市営地下鉄の車両にエイズ検査をPRするステッカーを掲出しております。一人でも多くの方にごらんいただきたいと思います。

 また、HIVと同じ感染経路の梅毒は、ここ数年、全国的に増加しております。12月の1カ月間は平日昼間にエイズ検査を受ける方に、通常は有料で実施している梅毒検査も無料・匿名で実施いたします。この機会に多くの方にエイズや梅毒の検査を受けていただきたいと思います。

 

◎「信長攻路 名古屋城戦国フェス」開催及び「信長攻路ロゴデザイン公募」について

 次に、「信長攻路 名古屋城戦国フェスティバル」の実施及び「信長攻路ロゴデザイン公募」について、ご報告します。

 この攻路というのは、この間、あるテレビを見ていたら、たまたまやっていましたけれども、これは攻める路と書きまして、新語でございますけれども、これは井沢元彦さんが命名したものでございまして、これを新語として流行るようにならないかと。「行く路」というのは、暗夜行路とか志賀直哉にしてもそういうものがありますけれども、信長というのはやっぱり新しい物好きで、常に人生攻め続けた人でございますので、この信長が攻める路というのが非常にいいのではないかというのが井沢さんのご提案で、大変ベストセラー作家でございますので、なかなかいいことを言わせるなということで、なったわけでございます。

 名古屋おもてなし武将隊、信長殿と家康殿が入室されます。なかなかいつもながら、幸せそうな顔でいいですね、やっぱり。

 

(家康:皆様のおかげで幸せに。)

 

 おかげでございましてね。なかなか。あとであんたら、しゃべるわけだな。

 

(家康:さようでございます。)

 

(信長:では、早速じゃな。)

 

 まだまだ。ちょっと待っとれ。最後の最後。ちょっと待っとれや。

 まず、この信長攻路につきましては、これは、今回1年のイベントだけで終わるものではありません。私が言っておりますように、四国の八十八カ所めぐりとか、西国三十三観音とかありますけれども、愛知県でいいますと、知多の新四国八十八カ所霊場めぐりがありますけれども、一番有名なのは四国の八十八カ所ですね、弘法さんの。ああいうように、ずっとだいたい少なくとも1000年は続けるということでございまして。皆さん、名古屋の努力は知りませんけれども、マスコミの皆さんの努力によって、あと二、三年たったら世界中に報道されるということを目指しておりまして。あれなんかやってるじゃないですか、スペインの巡礼の道と言って。この間テレビを見ておりましたら、やっていましたけれども。あれもしばらくは全然大したことはなかったのだけど、今は世界的に有名になりまして。織田信長が27歳、青春の夢をかなえた世界史上まれに見る大逆転劇、これを書いておいてくれないかんですよ、桶狭間の戦いというのは、世界史上ですから。

 何かと言いますと、この暗殺とかいうのがありますけれども、正規軍が、いろいろな説がありますけれども、10倍とか20倍の軍隊に対してですね、奇襲説もありますけれども、最近は正面でぶつかったという説も有力ですが、10倍、20倍ある軍勢を破ったというのは、これはなかなかないですよ、いろいろな昔の戦いのことを勉強していただいても。ということでございまして、「世界史上まれに見る大逆転劇」ということですので、ぜひ、人生の、私がしょっちゅう言っておりますけれども、なかなかうまいこといかないことが多いですよ、世の中は。ろくでもないいろんなことがありますので。だでまあ、子どもさんだったら、受験にうまくいかなかったとき、それから、就職にちょっとつまずいたとき、女に振られたとき、選挙に落ちたときとか、商売うまいこといかなかったときなんかに、この道を歩んでいただきまして、生きる勇気をいただくという。パワースポットが三十何キロ連続しとると思えばいいですよ。連続しとると。そこでずっと歩きながら、信長の力をいただくという。最後は暗殺されますけれども。それはいいけど、そういうものでございます。

 それで、本市に残る戦国武将ゆかりのルーツ・史跡の中でも日本史上名高い、日本史上名高いどころではないです。世界史上まれに見る大逆転劇ということでございますが、桶狭間の戦いを本市の重要な観光資源として活用・PRするため、10月17日(月曜日)に「桶狭間の戦い 観光ルート検討会」を実施し、織田信長が桶狭間の戦いで通ったとされるルートを「信長攻路」、これは繰り返しますが、攻める路と書きます。新語でございますが、「信長攻路―桶狭間の戦い 人生大逆転街道―」と命名したところでございます。これ、英語は何だった。あんたおらんかったか。家康は英語をしゃべれるでね。なかなか。確か、あれはクリス・グレンが英語で言ったら、何とかって言っとったわ。

 

(家康:さようでござるか。)

 

 なんだ、忘れたか。

 

(家康:わしはちょうどそのとき)、

 

 おらなんだか。

 

(家康:申し訳ござらん。異国の地にて名古屋を発信しており申した。)

 

 ほうかね。どこ行っとったんだ。

 

(家康:ニューヨーク、ニューヨーク。)

 

 ニューヨーク。うそだろ、それ。

 

(家康:さようでござる。名古屋を大発信し申した。)

 

 何か飲み屋か何かのニューヨークだにゃあか。違うの。

 

(家康:さようではござらん。)

 

 本物のニューヨークかね。

 

(家康:そうじゃ。)

 

 そりゃあザッツ・グレイト。

 

(家康:ありがとうござる。)

 

 ということのようでございますが、「Nobunaga's Victory Road」じゃなかったかな。クリス・グレンは、「Nobunaga's Victory Road」と。いうふうに名前がついております。その「信長攻路―桶狭間の戦い 人生大逆転街道―」をPRするとともに、皆様に戦国気分を体験していただくため、12月11日(日曜日)に「信長攻路 名古屋城戦国フェス」を実施します。新進気鋭の女性書道家 青柳美扇氏によります「書道パフォーマンス」や、スポンジ刀の白刃取りによる「ギネス世界大会チャレンジ」、織田軍、今川軍に分かれて戦う「桶狭間大チャンバラ大会」、名古屋城からスタートする「信長攻路ウォーキング」などを実施いたします。また、代表作「北斗の拳」を始め、「花の慶次」、「影武者 徳川家康」といった歴史マンガの第一人者であります原哲夫先生の作品「いくさの子 織田信長三郎伝」と名古屋市がコラボレーションしたポスター等の展示や、ノベルティ等を配付しまして、桶狭間の戦いをPRするなど、盛りだくさんの内容で実施いたしますので、皆さんもぜひご参加ください。

 また、「信長攻路」を象徴するロゴデザインにつきまして、「桶狭間の戦い 観光ルート検討会」の有識者から公募が望ましいとの意見を受けまして、本日より来年の1月13日(金曜日)まで、プロ、アマ問わず、広く応募いたします。詳しくは、「信長攻路」のホームページの「ロゴデザイン公募」をごらんください。

 さて、ここで、武将隊からもPRさせていただきますということで、偉いほうからかね。家康さんかね。

 

(信長:わしからじゃ。)

 

 あんたかいな。ほな、真ん中へ来て。

 

(信長:ありがとさんじゃ。では、早速じゃな。)

 

 あんた、どこ行ったの。家康殿。

 

(家康:ぜひとも市長を囲みながらやらせていただきたいと思いますゆえ。)

 

 いやいや、ありがたい。

 

(信長:「信長攻路 名古屋城戦国フェス」というものを先ほど紹介していただいた。12月11日(日曜日)にここ名古屋城、ここにおる徳川次郎三郎家康が築城いたした名古屋城じゃが、実は、名古屋城が建つ前に、旧名古屋城というものがござった。そこは、わしが2歳にして城主になった城なんじゃが、非常に、わしにもゆかりの深い城である。そこにて、戦国を体感できるフェス、いわゆる祭りじゃな、をとり行おうと思っておる。中身は、先ほども申した書道家、青柳美扇殿による書道パフォーマンスや大チャンバラ合戦、これは織田軍と今川軍に分かれ、お互いに磁石で玉をくっつけ、玉を落とし合い、チャンバラをしていくという。こたびは織田軍、今川軍、どちらが勝つか、まだわからんからな。ひょっとしたらこたびは今川が勝つかもしれんな。うん。そして、楽市勝負飯ブース。名古屋城にて勝負飯がいただけるという非常に楽しみな企画もある。そして、先日、わしが今川義元を打ち破った戦い、桶狭間の戦いで行軍した道が「信長攻路」という名前をつけていただいた。信長攻路ウォーキングと申して、名古屋城から約4キロほどを実際にわしが通ったとされる道を皆で歩いて参るという企画も用意しておる。これは、現世で言うコスプレじゃな。仮装しての参加も受け付けておる。)

 

 名古屋城から歩いて、熱田神宮を通って、ずっと。

 

(信長:熱田までは参らんかもしれんな。知らん。4キロほどじゃからな。)

 

(家康:こたびは、名古屋城近くをぐるりとめぐり。)

 

(信長:そうじゃ。実際にわしが通ったところをぐるりと回る。)

 

(家康:その全ての攻路の一部だけを通るといったものでござる。)

 

 いやいや、桶狭間まで行くかしらんと思ったもんで。まあええわ。

 

(家康:数十キロありますしの。)

 

(信長:そうじゃな。わしは清洲城から熱田神宮に寄ってな、必勝祈願をいたしたんじゃが、清洲城からわしは約4時間もかけて行軍したんじゃ。これは、ただ回り道をしたわけではなく、わしとともに戦う兵を集めたということじゃ。こたびのウォーキングはわしの戦に参加する気持ちで、皆で歩いて行軍してほしい。)

 

 こうやって見ると、なかなかええ男だな、あんたも。

 

(信長:何を言う。最初からええ男じゃ。)

 

そうか。おなごはどうした、女は。ほんだで。

 

(信長:濃か。吉乃か。たくさんおるの。)

 

 今度呼んで来い。

 

(信長:そうじゃな。)

 

(家康:そんな男前の信長公が描かれし絵もございますしの。)

 

(信長:そうじゃ。そして、何とギネス世界記録にチャレンジすると。)

 

 何や。

 

(信長:世界記録じゃ。これは、互いにスポンジの刀で真剣白刃取りをつないでいくという、何と250人によるリレー方式じゃな。これをつないで。)

 

 そんなもんでギネスに出れるのかな。

 

(信長:らしいぞ。)

 

(家康:さようでござる。)

 

 何でもありだにゃあか。

 

(家康:なかなかすごいんですぞ。となりの者が掲げた刀を手に取り、そして真剣白刃取り。そして、またとなりの者を攻撃いたし、連ねていくという、なかなか難しい命がけのギネス記録。)

 

(信長:そうじゃ。当たったら終いじゃ。)

 

 白刃取り、手で挟まないかんということかね。

 

(信長:そうじゃ。)

 

 挟まなんだら、どうなるの。もう終わりか、ほんで。

 

(家康:挑戦失敗。)

 

(信長:挑戦失敗じゃ。うん。そういうことじゃ。)

 

 もう終わりか。ほんで、ギネスはどうなるの。

 

(信長:また次の機会じゃな。)

 

 そうかね。

 

(信長:また何べんもこのフェスをやってくれ。)

 

 ずっとやるよ。

 

(家康:大逆転して参るからな。)

 

(信長:そして、我ら名古屋おもてなし武将隊も、この開会式にて演武をとり行うでな。楽しみが盛りだくさんなんじゃが、ほかにも、この、原哲夫殿じゃな。)

 

 ポスターな。

 

(信長:原哲夫殿が書いていただいたこのような絵の展示や、何やら記念品の贈呈なども行われるようじゃな。)

 

(家康:さようですな。こちらの絵を使ったノベルティグッズなるものがちょうどおぬしたちの手元にござるな。チラシやポスター、クリアファイルやティッシュなどを配付いたし。)

 

 ノベルティって何や。

 

(家康:ノベルティというのは、記念品ということじゃ。)

 

(信長:そうじゃ。)

 

 英語使やええもんでないで。

 

(家康:さよう、さよう。そのほうがわかりやすいと聞きましたがゆえに。名古屋に桶狭間ありということを知らしめるためにな。我らは奮戦してまいるがゆえに、これからもどうぞよろしくお頼み申す。ということで、男前ですな、信長殿。)

 

(信長:そうじゃな。これ、今のわしにも似とる。)

 

 いや、家康もなかなかええ男だけど、あんた、なかなかかっこええわ。本当に。

 

(信長:そうか。何べんも。ありがとさんじゃ。そして義元もえらいかっこいいの。)

 

(家康:さようですな。やはり今川義元さまは今でこそ愚かであると言われるらしいが。)

 

(信長:実はそうではない。)

 

 義元はこっちかね。

 

(信長:そうじゃな。)

 

 あきゃあほうかね。

 

(家康:さようですな。)

 

 なるほどね。

 

(家康:天才的な戦術家でもあった義元公、そういった側面も描かれておる。)

 

 普通はお歯黒なんかして、貴族的な、ふっふっふっふという格好で描かれとるわな。

 

(家康:描かれておるが。)

 

 これ違うと。

 

(家康:いつ命を落としても、戦にて華々しく散れるようにというように、このような姿をされておる。)

 

(信長:そうじゃ。)

 

(家康:さよう。実は、わしも桶狭間の合戦に参戦して、今川軍であったということでござるな。)

 

 うまいことやって、それからあれだな。上手に仲よくなったもんだな。

 

(家康:さようでござる。)

 

 処世術はどういうもんだい。

 

(家康:やはり、がまん、辛抱、忍耐でござる。)

 

 なるほど。

 

(家康:さ、続いてこちら。先ほど信長公が申された信長攻路のロゴデザインなるものを本日から一般公募いたすよということで、こちら、採用のあかつきには、銘板やガイドブックなど、信長攻路のPRなるものに使用いたす。そして、賞品は、ロゴデザインをあしらった表彰盾を進呈いたすでな。締め切りは平成29年1月13日(金曜日)までじゃ。詳しくはな、信長攻路ホームページなるところにて確認されたしといったところじゃ。)

 

 しかし、これはやっぱり英語もちょっと入れといたほうがええぞ。な。

 

(家康:やはりわかりやすいと。)

 

 そら、トランプも大統領になったことだしね。関係ないか、それは。

 

 「Nobunaga's Victory Road」ですわ。これ、やっぱりどっかにな、これ。外人って結構好きでしょう、そういうの。

 

(家康:さようですな。やはり勝利というものは、国問わず、非常にありがたい存在であるということですな。特に、逆転なるものは、さらに価値があるということで。やもや勝てるとは思わなんだ戦を仕掛け、そして、勝ちをおさめるということは価値がありますな。)

 

 それと、あそこの桶狭間公園に行くと、「近世の曙」と書いてあるぞ、大きいの。あれはでかい。

 

(家康:確かに。さようですな。)

 

 単なる古戦場ではないと。中世、すなわち貴族の世界。要するに、親が武士なら、武士はあまりおらんけど、貴族なら貴族、そういう人たちしか世の中に出れなんだんだけど、そういうのを展開していったと。自分で商売やってもええよという、革命ですわな、一つの。それをやったとこに意義がある。その非常に大きなチャンスがこの27歳。青春の夢、信長ね。ということ。これを言わなあかんで、そら。革命の戦争であったと。

 

(家康:さようですな。そして、その後の日ノ本の人生の価値が変わったということですな。まさに近世の曙。すばらしき戦をぜひとも知っていただきたい。)

 

 こりゃああんたら、いろんなところへ行くときに、信長は楽市楽座で、減税ですからね、あれ。減税なんだ。

 

(信長:誰かと一緒じゃな。)

 

 それを言わなあかんぞ、おみゃあさん。

 

(家康:さすが、現世の信長公。)

 

 そんな全然大したことありませんけど。マスコミから全然評価されませんので、日本では。

 

(家康:いやいや、そんなことは。)

 

 減税というやつ。これは今、トランプも言ってるじゃないですか、減税がええと言って。でしょう。やっぱりね、行政改革とかいろんなこと言うけど、減税がスタートなんですよ。そんな当たり前のことで。な。

 

(信長:そうじゃな。)

 

 年貢をちょっとでも少なくして、庶民にお返しすると。これが政治の原点でないといかんということをやろうとしたのが信長であって、それを全国に広めようとしたのが楽市楽座ということなわけで。

 

(家康:楽市の部分は経済、そして楽座というものもこたび、催しにありますな、信長殿。)

 

(信長:そうじゃな。)

 

(家康:この城内各所にて催しものがござるがゆえに。)

 

 いろんなことをやると。

 

(家康:ぜひとも参加されたしというところでござる。)

 

(信長:待っておるぞ。我らからは以上じゃ。)

 

 終わりか。そういうことでございます。ぜひ、ようけおいでいただきてゃあということですね。

 

(家康:皆の衆も、まこと、貴重な時間、ありがとうさんじゃった。さらばじゃ。)

 

(信長:また会おう。)

 

(家康:ご無礼いたす。)

 

 ありがとう。サンキュー・フォー・カミングということで。

 

(家康:Thank you for inviting us.)

 

 英語しゃべりよった。サンキュー、サンキュー。サンキュー・ベリーマッチ。アイ・ラブ・ユー。トランプさんが言っておられますけど。

 ということでございまして、繰り返しますが、この信長攻路につきましては、一過性のイベントではございませんので。ぜひ、ずっと予算もあれしておりますけれども、名古屋のあと1000年続く名所として続けていくということでございます。

 あ、ちなみに、今言っていなかったけど、信長さんが今ちょっと言ってましたけど、2歳のころから旧名古屋城ですけれども入城されておりまして、だいたい、今でいうと中学生のころ、信長が。家康が小学生のころに人質で来ておりまして、二人は大変仲ようしたんではないかと。仲よくしたのでしょう。城主のところへ来たのだから、これが。ということで、それが後のいわゆる信長、それと徳川、織田徳川連合につながっていったというふうに言われております。そのときの、もう一回ちゃんと調べなあかんけど、皆さんぜひ行かれるといいんだけど、今度、あそこに「世界の金シャチ横丁」ができますわね。あそこのところにでっかい木が1本、大きなやつが生えております。あれが樹齢450年を超えるんでないかということで、その周りで中学生の信長と小学生の家康が遊んだのではないかということは有力に推測されるところでございますので、本物があるということは、名古屋の大きな特色ということでございます。

 ということで、私からは以上でございます。

 

質疑応答

◎コスプレを活用した名古屋の魅力向上策について

(記者)

 今の歴史の話もそうなのですけれども、今日、名古屋プロモーション会議もあって、いろんなこれから名古屋の盛り上げ策というものが出てくると思うのですが、その中にコスプレというものがあるんですよね。市長の中でのコスプレで市を盛り上げていくプランだとか、実際に指示されている内容とか、今後の思いとか、そういうものというのは、いかがですか。

 

(市長)

 これは本当に自然発生的に生まれてきたわけでしょう。役所がリードしたではなく、テレビ愛知の。今日来とらっせる、あそこに。テレビ愛知さんのおかげでここまでやってきたということでございまして、大変サンキュー・ベリー・マッチということでございますが、無論、当然秋葉原とか、強敵がございまして、よっぽどここで頑張らんといかんというように思っておりまして、今、言っておるのは、コスプレの聖地みたいなものをちょっとつくってくれというのを当事者から言われております。それは民間のお金でつくっていただけりゃ、そりゃええんで、割と名古屋市の公会堂なんかでね、着替えをして、あそこでいろいろ、戦前の建物ですから、あそこで写真を撮るのがええようですけど、あそこも一理ありますけど、僕はこういうところでしか言えへんので言っときますけど、大須通をずっと行きまして、中央分離帯を早よう取って、商売を盛り上げよまいと言っとるとこね、何年かかっとるのか知らんけど、本当にばからしいですけど、ずっと行って、若宮の大通りにありますわね。100メーター道路。あそこになぜか東西にこういう歩道橋があるんだよね、あれ。誰も通らん歩道橋が。あれは世界遺産になるんでないかしらんと思ってるくらいのがありますけど、あの東側のところ。右側はよく今、お化け屋敷があったりしておりますがね、左側は空いておりますので、やっぱり大須を一つのコスプレの聖地に、これも自動発展的じゃないですかね。行ってびっくりこきましたけど、ものすごい数ですね、あれ。ものすごい数の人が楽しんでみえますんで。その大須の近くだと、あそこが大変いいのではないかということで、そういう話を今、検討しているところです、これは。

 そういうことをやって、ぜひ応援していこうと。おもしれえ、楽しい、人生、若干違う、何かわけわからん仮装して歩くと、何か自分の人生もちょっと、とりあえずメイキャップできるというのか。そういうのもええじゃないですか、気分転換ができるという楽しみですので、応援したいと思っております。

 

◎名古屋プロモーション会議について

(記者)

 今のお話に関連する、そもそもの話になってしまうんですけど、今日開かれる名古屋プロモーション会議、この会議に期待していること、今日も開かれるんですけども、どういった点に期待されていらっしゃいますか。

 

(市長)

 それは、Asian Gamesですか、アジア大会ですか。

 

(記者)

 プロモーション会議です。

 

(市長)

 プロモーション会議とアジア大会、違うか。

 

(記者)

 名古屋の魅力を向上させる協議をする。今日開かれる。夕方になります。

 

(市長)

 夕方かね。そりゃ、それこそ、期待というか、はっきり言って、税金で食っとる人ばっかりだと思うんで。周りにおるの。マスコミの皆さんも新聞記者さんはお給料がええことにゃあって聞いておりますけど、私は。しかし、それにしても、再販売価格維持制度で守られております、新聞も。テレビはええ給料だわ、みんな。そうでしょう。ほんで、公務員もみんなええ給料もらって、保証されてるじゃないですか。そういうなかにおいて、本当にやっぱり商売やっとる人を応援してあげにゃいかん。

 名古屋のプロモーションというのは、何か観光のよそ事みたいなこと言ってますけど、やっぱり名古屋にようけの人が来ていただくと、とにかくお客さんが。そういうまちにせんといかんですよ。よう言ってますけど、某テレビ局、東海テレビでしたけど、東海テレビなんかへ行ったときに、錦三のママの、俺は給料が安いで、最近は行けへんですけど、ママがおって、「市長、売上半分になっちゃった」と。「これ何とかしてよ」っていう声がありましたよ、本当に。わしはそのときに、だから名古屋城の天守木造なんかやらにゃいかんのだと言ったら、スッとつながらんのよね、それが。こりゃ、俺もちょっといかんかったなと思って。名古屋城の天守木造というのは、文化的にもものすごい意義がありますけど、やっぱりまちづくり全体で。錦三だけを盛り上げることってできんがや言うの、それは。そんなもん。

 だから、名古屋にようけの人が来ていただくようにせないかんのです、とにかく。名古屋で商売やっとる人がにこっと笑うようにせんと。ラーメン屋のおとっつぁんを。そうでしょう。税金で食っとるほうだけにこっと笑ってどうするの、これ。今、織田信長のこれ、やってましたけど、織田信長がおったら怒りますよ、きっと。何を考えてるんだと。せっかく楽市楽座をやったじゃねえかということですわ。

 ということで、私は零細企業を自らがやってまいりましたので、本当にこの名古屋が行きたくないまちナンバーワンになるというので、冗談ごとじゃないですよ、これ。それは庶民の商売を盛り上げてやること。それは税金で食っとる公務員の仕事なんです、これは。という意識で取り組んでおります。

 

(記者)

 その会議自体が方策を検討するというか、いっぱいあると思うのですけど、そういったものに対してはどういうふうに感じておられますか。

 

(市長)

 ほんならしっかりやってもらわないかんけど、本当にできるのかと。だから、商売でも何でも、努力する人たちいうのは、お客さんが来なければ、倒産する人がやるんですよ。だけど、全然倒産しない人がやりますので、本当に切羽詰まった努力ができるのかと、提案が。

 いうことにつきまして、あまり言うといかんけども、わしはそういうところから、市長に選ばれた以上は、それを言わないかんでしょう。反対っこに言やあ、名古屋市のある一定のところは、企画ものなんかは、お客さんの数が、名古屋市に来訪者が増えたら給料が増えると。そりゃ、名古屋市に対する来訪者が減ったら給料を減らされると、決定的なことがあったら失業するという危機感のある人がやらにゃいかんですよ、これは。大変ですよ。私でも給料800万円ももらっとりますけど、これ、ありがたいことですよ、税金でもらうというのは。減れへんもん、全然これ。全然減らへんじゃないですか。私は本当の零細企業をやってきましたけど、大変ですよ。

 

(記者)

 そういう会議を開いて、こういう、考えてるわけですけど、どういうまちづくり、今後、名古屋市としまして、魅力度というか、訪れたいまち最下位だと思うんですけど。どういうふうに、こういうまちづくりを、まちを目指していきたいというのは、どういう。

 

(市長)

 名古屋で、とにかく一言で言えば、降りてもらうということです。リニア新幹線が停まって、新幹線も停まって、下手すると、世界一のターミナルと言ったら終着駅みたいですけど、駅になるわけね。そこで、乗り換えして、駅で。駅内だけで高山へ行ったり、富山のほうへ行ったり、伊勢神宮へ行ったりでなくて、実際名古屋で降りてもらう。最近英語でデスティネーションと言うみたいです、目的地としての名古屋の魅力をつくらにゃいかん。降りると。それは考えりゃええですから、皆さん、自分の頭で。俺なんか、年がら年中、飲みながらそういうこと考えとるもんで。

 ああ、そうだとすれば、ただ一つだとすれば、名古屋城の木造天守ですね、やっぱり。だったら見に行きますよ、私は。自分がどうかということを考えやいいですよ。自分がたまたま東京に住んでいて名古屋へ来たと。伊勢神宮へ行く予定になってると。だけど、乗り換えだけじゃなくて、近鉄に乗るだけじゃなくて、それじゃ、自分でいっぺん名古屋の駅の外へ出ようかという場合ね。1個だったら名古屋城の木造天守だったら、私は降りると思いますよ、多分。すごいだろうなということになると。本物らしいがな、図面があって。そういうことですよ。そういう、だから、自分が、という気持ちになれば出てきますわね。

 今言った信長攻路でもそうですよ。本物が整備されとったら、いっぺん行こうかなと。ほんで信長が1560年の5月19日ですか、午前4時に清州城で「人間五十年」を舞ってですね、それから出ていったのかと。馬6騎でと。本物だったら行こうと思いますよ、やっぱり。そういう気持ちになるところをつくれるかどうか。しかし、それができなかったらやっぱり倒産するという気持ちじゃないといかんですね。やっぱり。倒産する。だから、公務員のこういうもののあり方について、どういうふうに考えていくかという問題もありますよ。わしは零細企業をやってきましたから、常にそういう恐怖と隣り合わせに生きてきましたので。

 

◎名古屋城天守閣について

(記者)

 名古屋城の件で、いま一度確認したいのですけれども、いわゆる専決処分という考え方というのは、もう拳をおろされたということでよろしいのでしょうか。

 

(市長)

 そんなことはありませんよ。今のままで延々と続くということは、市政が停滞しますので。停滞も著しいです。一つは。三つありますけど、分けて言うとね。一つはIS値0.14というのはものすごい低いですから。だで今、看板をつくっておりまして、それの表示の看板を用意いたしますけどね、これ。だから、入場禁止なり、注意してくれということだけ言っておいて、あとの手を考えんのはおかしいじゃないですか、それ。だから、早く、僕からしたら、木造にせないかんと。そのためには、今のコンクリートの建物は壊さないかん。あの予算の中に、取り壊しの基本設計のお金が入っていますから。やらしてもらわな、できんじゃないですか。入場禁止にして、そのままほかっていく、ないし、危ないですよと言って看板だけ出して、津波じゃねえんだから。津波なら30分で逃げりゃいいですよ、1時間で。地震というのは、本当にこれ、ひょっとしたら全く起きないのか、それとも。いろんなところで起きてるじゃないですか、想定外のところで。でしょう。だから、それを早くやらなあかん。

 それからもう一つは、一つ目がその地震ですわね。二つ目もこれ、あれですかね。どうするんですかね、これ本当に、ここのままずるずる行きまして。今、優先交渉権者の方もずるずる延ばしといて、言っておられますわ。費用が増えてきますよといって。それは市民の負担ですからね、言っておきますけど。

 三つ目は、少なくとも僕がいろいろなところで話している限りにおいては、タクシーの運転手さんなんかに、名古屋城、早く木造にしてくれって。強いですよ、こういう気持ちは。言いますよ、結構。やっぱり商売が大きいですよ、みんな。実際は、商売。中小零細企業の皆さんは、あまり零細って言いたくないけど、わしは。士農工商的な言い方であって。商売をやってる皆さんの苦労は、最近になってまたさらに深くなってきとるんじゃないですか。その人たちの期待に応えなあかんということで、早く決めないかんですよ、決めないと。早う可決してくれんと。

 

(記者)

 すると、18日から議会が始まるのですけど、18日の間まで、もうあと数日間で、その間は議会の議論の中で考えていくということですか。

 

(市長)

 また改めてやりますけど、議会の皆さんに可決してくれと、速やかに。くださいと。とにかくもう2回継続になってますので、強くお願いするということです。

 

(記者)

 入場制限の件はどうなのでしょうか。その予約であったりだとか、旅行会社への周知などもどんどん必要になってくると思いますけど、もうそろそろ来年の夏なども旅行の予約なども入ってくる予定だと思うのですが。

 

(市長)

 早うやらないかんもんで、何か知らんけど、2次審査か何か変な話が出てきましたよ。市長がこんなことを言うのは自己矛盾ですけど、市長が。何かようわけわからん、こんな危ない話。

 ちなみに言っておきますけど、皆さんに配ったけど、もう20年前からIS値0.14というのは諮られていますからね。10年前に民主党の、名前を言ってもいいんだけど、やめときますけど、本人了解とってますけど、質問されてますから。名古屋城は危ないんじゃないかということを。、会議録ありますんで。どういうふうに言っとる、ちゃんと覚えないかんな。優先的に対処しますというのが名古屋市の答えじゃなかったですか、確か。ちょっと言葉が違うかもわかりません。それからもう10年たったんですよ、実は。議会でやられとるんですよ、もう既に。議会からの指摘を受けとるわけです。それを延々とこれ、ええとは思いませんね、私。このままほかっていくというのは。だから、看板は今つくっております。

 

(記者)

 すると、年内にもという感じですか。制限に関しては。

 

(市長)

 まず、看板と、それから予約しとるところがありますので、ということです。

 

(記者)

 そこら辺の周知をそろそろ。

 

(市長)

 周知と。一筆書いてくれって今言ってますけど。

 

(記者)

 一筆書いてくれと。わかりました。あと、最後に、私は熊本出身なので。

 

(市長)

 そういう顔しとる。

 

(記者)

 本丸御殿ができたときの当時をよく知っているのですけれども、非常に、できたときに、各県に対しての相当な広報などの活動をして、ものすごい集客をされていきました。また、県に対しても、県内の県民に対してもいろいろな教育をやったりだとか、そういった機会で熊本城の理解というものがものすごく深まっていきました。名古屋城に関しては、そこまで市民への理解というのを感じないですし、市民の盛り上がり、木造天守に関する盛り上がりというものを全く感じません。本丸御殿のときは、一口城主などの制度を使って盛り上げていた経緯があります。名古屋城木造天守に関しては、そこら辺の方策をどのように考えていらっしゃいますか。

 

(市長)

 たまたま、はじめのところで、名古屋は大変ありがたいことに、膨大な貿易黒字を抱えておりましてというか、トヨタ自動車が、半分ぐらいおかげですけど、寄附とか、そういうことをしなくてもできるんですわ。寄附していただけりゃ、それはありがたいですよ。それはそれで、後世まで残さないかんけど。そういうことがありましたので、お金のことの募金というのは、そういうふうにいかなかったのです。

 これは、私はたまたま商売をやってきましたので、やっぱり投資をして、ちゃんとお金で入場料ないし売店のいろんな収入等が、全体が名古屋の経済から来る担税力ですか、それでというのは当然のことなので、だから、そういうお金のふうにあまり行かなかったけどこの間、ある方が300万円寄附されましたけど。一応、名古屋城の天守のというのが今のところないものだから、気持ちは天守の木造ということだけど、名古屋城の基金に寄附されましたけど、そういう気持ちは大変ありますよ。だから、やってもええなとは思いますけど。

 議会できちんと議決をいただくというのが一つの本筋でありますので、それをやって、ということだけど、基本的にはやっぱり、名古屋の、某大会社の人が言ってましたけど、ぬるま湯と言うと怒られますけど、東京、大阪のど真ん中、熊本はやっぱり遠いですから、盛り上げないかんじゃないですか。情熱が要るですよ。名古屋はどうでも、何でも1日40万人、新幹線が停まるんですよ。それから大トヨタ自動車がありますからということで、まあええわと、そう無理せんでもという気持ちがあるんじゃないですか。今のところ、それではいかんですよ。しかし。その差だと思いますけど、僕は。

 それと、コンクリートに対する、私も400年名古屋に住んでおりますけど、失望感というのは大きいですね。小さいうちから行きましたけど、何か魂の、心臓の一番中心地をえぐられたようなですね、失望感。あかんわというのが、もともとある。ありますね。木造に変わるなんてことは、今まで夢物語だったですね、実は。ちょっと前まではですよ。だったけど、そんな感じがありますから、若干スロースタートになっとるんじゃないですか。

 それと、それから言いたいのは、マスコミの皆さんは、やっぱり、何言っとるんだ、それは市長の責任だと言われりゃあ、それで結構ですけど。やっぱり名古屋城の天守に対する、巨大建造物を木造にしていくというね、やっぱり強い情熱ですよね。これは、じゃあ欲しいですね。やっぱり、名古屋の自慢をつくっていこうと、世界に対するですよ。いうのは、欲しいですわね。

 

◎信長攻路の経済効果について

(記者)

 ちょっと信長攻路の話に少し戻りたいのですけれども、岐阜県ではアニメ映画のヒットで250億円の経済効果というようなお話も出てくるのですけれども、この信長攻路で目指される経済効果はどのくらい、何億円を目標にされているのですか。

 

(市長)

 経済効果はまだちょっとシミュレーションしておりませんけど。正確にはお答えすることは今のところちょっとできんですわ。ええかげんではいかんけど。

 

(記者)

 でも、3桁はいきたいですか。

 

(市長)

 いや、ものすごうなると思いますよ、千年続けますから、千年。今言った名古屋城の木造と比すべきというか、こんなもんないでしょう、多分。本物の街道というの。ないと思いますけど。桶狭間の戦いというのは、もう中学校の歴史教科書に出てくるでしょう。全国で間違いないし、世界的にもまれに見る大逆転劇ということと、やっぱり中世を打ち破って近世を切り開いてきた武士の世の中ね。頼朝からあるんだけど武士は。だけど、それはまだまだちょこっと食い込んだというだけで、本当の一流の武士をつくってきたのは3代かかりましたけど。信長も殺されて、秀吉も死んで、家康の後にようやく、京都は京都で残りましたけど、実権は一つの、武士のほうに移ったという。それを切り開いてきた男ですから。

 

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