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名古屋市秀吉清正記念館 特別展示室

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このページを印刷する最終更新日:2017年5月28日

ページの概要:パネル展「愛知の城 三河編」7月17日(月曜日・祝日)まで

特別展示室 

パネル展 「愛知の城 三河編」

5月30日(火曜日)から7月17日(月曜日・祝日)まで。ただし7月1日(土曜日)から7日(金曜日)は、館内整理のため休館させていただきます。

豊臣秀吉、加藤清正、徳川家康ら、戦国の名将を輩出した愛知県には、国指定史跡など優れた城跡が豊富にあります。 今回は、三河の城を中心に紹介します。山道をたどる山城もありますので、足元を固め帽子をかぶり、ぜひお出かけください!

松平郷の写真

山間に開けた谷にある、松平郷。

徳川家康の先祖は、松平親氏とされている。親氏は、三河国加茂郡松平(豊田市松平町)の土豪松平太郎左衛門家の婿となり、次第に所領を広げた。子孫は戦いを繰り返して三河を支配し、最終的に家康が天下を治めることになる。
松平太郎左衛門家の居城跡は、菩提寺高月院境内や近隣の大給城跡とあわせ、松平氏遺跡として平成12年(2000)に国史跡に指定された。現在、松平郷として一帯が整備されており、5月には郷内から湧き出る水を溜めた池にかきつばたが咲く。

大給城跡の写真

大給城跡。巨岩を利用し、堀切としている。

大給城は、松平城から滝川沿いに約4キロ下った位置にある、標高204mの山城。松平氏支族の一つの大給松平氏が代々居城とした。天正18年(1590)の家康関東移封に伴い、六代家乗が上野国那波郡(群馬県)に所替となっため、廃棄された。現在建物はすべて失われているが、尾根や谷筋、巨岩を利用して虎口や堀切、水ノ手曲輪などを複雑に配した縄張がよく残っている。国指定史跡。

吉田城跡の写真

池田氏時代の石垣がのこる、吉田城本丸跡。

吉田城は、豊川と朝倉川の合流点という要の地(現豊橋市今橋町)に建つ。今川氏家臣の牧野古白により築城された後、家康が攻略し、以後は池田輝政をはじめとする譜代大名が置かれた。明治維新後陸軍歩兵第十八連隊が駐屯し江戸期の建物は失われたが、川を背にした本丸には池田氏以来の石垣が残り、後ろ堅固の構えとして知られる縄張を見ることができる。

「秀吉文書の世界」

秀吉が出した文書を1点展示し、内容や背景を探るコーナーです。
今回は、天正10年(1582)6月26日付けの南禅寺評定衆宛の書状(写)を紹介します。
展示期間 5月30日(火曜日)から7月17日(月曜日・祝日)

次回予告

夏休み特集展示「秀吉と家康」 

7月22日(土曜日)から9月3日(日曜日) 
小牧長久手合戦をはじめとする、秀吉と家康の対決について、館蔵品を中心に紹介します。

このページの作成担当

教育委員会事務局 秀吉清正記念館
電話番号: 052-411-0035
ファックス番号: 052-411-9987
電子メールアドレス: a4110035@kyoiku.city.nagoya.lg.jp
郵便番号:453-0053
住所:名古屋市中村区中村町茶ノ木25

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