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名古屋市秀吉清正記念館 特別展示室

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このページを印刷する最終更新日:2020年3月26日

ページの概要:パネル展「武将と治水」を開催しています。

臨時休館延長のお知らせ

休館期間:令和2年2月29日(土曜日)から4月12日(日曜日)
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、3月31日(火曜日)まで臨時休館する旨をお知らせしておりましたが、引き続き4月12日まで休館させていただきます。皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、ご理解くださいますようお願いいたします。特別展示室の今後の展示日程につきましては、おってお知らせいたします。

特別展示室 

パネル展「武将と治水」

2月24日(水曜日)から4月26日(日曜日)

戦国期、川や沼、湖、そして海は、城を守るための天然の堀として最大限に利用されました。また井戸や貯水地により水を確保することは、城兵の命を守る要でした。さらに、秀吉の高松城水攻めなど、雨や川を利用し敵を攻めることもありました。水を制する者が国を征したのです。今回は水に焦点を当てて戦国の城を回ります。

山中城跡の写真

山中城跡の障子堀

 伊豆の山中城跡(三島市)は、狩野川の支流である山田川と来光川の源流に南北を挟まれた丘陵で、南北は急崖をなす。最高点の標高は580m。西の小田原城を居城とする後北条氏により国境警備のため築城され、「境目の城」として機能した。
 天正17年(1589)、秀吉の北進に備え城南西に岱崎曲輪を増築したが、普請半ばの天正18年3月29日、7万余人という秀吉軍の猛攻を受、城主松田康長以下4千人が半日で全滅した。以後廃城となり遺構がそのままのこった。
 山中城の西ノ丸堀は障子堀として名高く、約8m四方の枡状の畝が続く。西側の障子堀は地下水脈を切っており、中央に雨水が溜まり貯水の用もなしたと見なされている。麓に二つの池があり、土塁でしきり高低差を設けている。上段は箱井戸と呼ばれてきたが、井戸痕跡は発掘されず、城兵の飲料水を確保する貯水池と考えられている。下段の湿地は田尻池と呼ばれ。馬の飲み水として使われたとされる。二の丸下にも大きな貯水池があり、標高500mを超す関東ローム層の山城において、水確保がいかに重要であったがうかがわれる。

二俣城跡の写真

二俣城の天守台

 遠州の二俣(浜松市天竜区)は、蛇行する天竜川とその支流二俣川に囲まれている。その中の城山と呼ばれる丘陵地に、今川氏家臣松井氏の居城二俣城があり、永禄12年(1569)、家康が松井氏を討ち家臣の中根氏を置いた。元亀3年(1572)10月、信玄・勝頼父子は信濃から遠江に侵攻したが、水に囲まれた天然の要害二俣城を攻めあぐねた。しかし、二俣城は岩盤が堅く井戸が掘りがたく、天竜川に井戸櫓(井楼)を設け取水しており、勝頼は川にいかだを次々に流して井戸綱を切った。水の手を絶たれた中根氏は降伏したという(大久保忠教編『三河物語』)。
 天正3年(1575)、長篠の戦いでようやく勝頼を破った家康は、因縁の二俣城を取り戻した。その後家康の関東転出に伴い浜松城主堀尾吉晴に領されたが、慶長5年(1600)の堀尾氏の出雲転封後廃城となった。現在、外曲輪・北曲輪・本丸・二の丸・蔵屋敷・南曲輪が確認されている。
 天正7年(1579)7月、家康長男松平信康が武田方に内通したとして処分をせまった。家康は、二俣城で蟄居させていた我が子信康を切腹させた。21歳であった。信康は二俣城から東に尾根を降りた地の長安院に葬られた。家康は廟を建て、また寺に清涼な滝があるのを見て清瀧寺と改めたという。現在、井戸櫓が清瀧寺脇に復元されている。

高松城水攻図の写真

高松城水攻之図 慶応3年(1867)刊 月岡芳年画

 天正10年(1582)5月の秀吉による備中高松城水攻めを描く錦絵。画中に大きく配される三武将のうち、右側の「真柴筑前守久吉」が秀吉、中央の佐藤虎之助正清が清正。いずれも幕府をはばかり文字を一部変えている。
 秀吉は、清水宗治が領する高松城の東の丘陵地に陣を張り、城全体を人工の土手で囲みはじめた。『甫庵太閤記』によれば、土台幅12間20m、上部の幅6間10m、長さ3里12kmという長大な土手がわずか11日で完成した。足守川の水を引き込むと、梅雨の大雨もあいまって、高松城は見る間に水没したという。

「武家文書の世界」コーナーでは、パネル展関連の資料を展示しています。

次回予告

パネル展「天下人の城と戦い」  

4月29日(水曜日・祝日)から7月5日(日曜日) 

このページの作成担当

教育委員会事務局 秀吉清正記念館
電話番号: 052-411-0035
ファックス番号: 052-411-9987
電子メールアドレス: a4110035@kyoiku.city.nagoya.lg.jp
郵便番号:453-0053
住所:名古屋市中村区中村町茶ノ木25

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