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すいどうみち緑道と周辺史跡散策コース 庄内川から矢田川まで

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このページを印刷する最終更新日:2013年1月8日

ページの概要:「すいどうみち緑道と周辺史跡散策コース 庄内川から矢田川まで」を紹介します。

コース

川嶋神社→御用水路跡→すいどうみち緑道→ブロンズ像「翔」→大永寺→水屋→熊野社→守山瓢箪山古墳→神明社(廿軒家)(約4.5キロメートル)

コースの主な見どころ

1 川嶋神社

川嶋神社の写真

祭神は伊邪那美命(いざなみのみこと)・大苫辺命(おおとまべのみこと)・誉田別天皇(ほむだわけすめらみこと)。平安時代初期(807年)尾張の国の連、沖津世襲が白沢川新堀割落口近くに創建後、元宮を経て現在の地に鎮座。「延喜式神名帳」に名前が載る古刹、式内社

2 御用水路跡

御用水路跡の写真

寛文3(1663)年柳原で庄内川から取水した御用水は、瀬古で矢田川を横切り(伏越水筒)、名古屋城池掘を満たし(総延長距離約8キロメートル)、巾下住民の飲水となった。後に、この水路は農業用水に転用、暗渠となった

3 すいどうみち緑道

すいどうみち緑道の写真

犬山で取水した木曽川の水は庄内川底を横切り、守山区内を通り、矢田川を潜り鍋屋上野浄水場へ送られ(総延長距離23キロメートル)、名古屋市の飲水となる。守山区内埋設送水管上の道(約2.5キロメートル)が「すいどうみち緑道」

4 ブロンズ像「翔」

ブロンズ像「翔」の写真

名古屋市山下中部土地区画整理組合が昭和57年4月、彫刻家・画家の故「三枝惣太郎」氏の作品をここに寄贈した

5 大永寺

大永寺の写真

本尊は釈迦如来。建久年間に山田重忠が天台宗寿昌院を創建するが戦火焼失。大永元(1521)年山田氏子孫岡田重頼が曹洞宗大永寺(開山:柏悦道根)として再建するが、再び戦火焼失。元和3(1617)年岡田善同が再興

6 水屋

水屋の写真

明和5(1768)年以前、旧白沢川下流(現:古川)域の大永寺・瀬古等の村は、低湿地帯で、大雨の度に家屋浸水被害を被った。一部の豪農は1メートル以上に石積・盛土した高台に家屋を建て、食料等を貯えた

7 熊野社

熊野社の写真

祭神は伊弉諾命(いざなぎのみこと)。村社。元和3(1617)年創建。合祀は山神社、本宮社、天神社、神明社、八幡社、御嶽社、津島社

8 守山瓢箪山古墳

守山瓢箪山古墳の写真

5世紀末から6世紀初頭の古墳で全長63メートル、前方部幅58メートル、後円部径36メートルの前方後円墳。昭和27年の調査では、周囲に濠があり、墳丘部では川原石の葺石、須恵器質の円筒埴輪を出土

9 神明社(廿軒家)

神明社(廿軒家)の写真

祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)(主祭神)・豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)・建速須佐之男大神(たけはやすさのおおおかみ)。 元和3(1617)年当地の看視役として、犬山城主成瀬隼人正正成に召抱えられた同心10名が産土神(うぶすながみ)として神明社を創建した

まちあるきマップ

PDFの表・裏面と中面を印刷いただくと配布しているマップになります。まちあるきにご利用ください。守山区役所3階まちづくり推進室などでも配布しております。
すいどうみち緑道と周辺史跡散策コース 庄内川から矢田川まで 印刷用マップ表・裏面

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すいどうみち緑道と周辺史跡散策コース 庄内川から矢田川まで 印刷用マップ中面

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