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家庭の日

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このページを印刷する最終更新日:2019年12月9日

「家庭の日」について

 家庭は私たちの生活の基盤であり、家族の心のよりどころでもあります。また、子どもたちにとっては、生きるルールを覚える最初の学校であり、知らず知らずのうちに、人格が形成されていく場でもあります。
 家庭がそのような働きをよりよく発揮するためには、家族みんなの心がふれあう明るい家庭づくりを進めることが大切です。

 毎日をともに過ごす家族のすばらしさや、話し合いのできる家族のありがたさは、身近にあり当たり前に考えてしまうため、かえってその価値を見失いがちです。

 名古屋市では、家庭の大切さ、家庭の役割のすばらしさについて改めて考える機会としてもらうため、毎月第3日曜日を「家庭の日」と定めています。

 そして、この日をきっかけにして毎日が「家庭の日」となるように、みんなの工夫でそれぞれの家庭にあった楽しい「家庭の日」をつくっていきましょう。

たとえばこんな「家庭の日」を

家族みんなで話し合いやだんらんの時間を持ちましょう。

子どもの話を最後まで聞いてあげる心のゆとりを持ちましょう。
何でも話せる信頼関係をつくり、子どもの発する注意信号を、見逃さないようにしましょう。

家族みんなで食事をする機会を持ちましょう。

食事の時間は、ゆっくりと家族がおしゃべりできる大切なひとときです。たまには家族で一緒に作ってみませんか。子どもは喜び、さらに食事もおいしくなるでしょう。

家族の中で役割分担を決めましょう。

みんなで家事の分担をして、家族が共に助け合いながら生活している意識や責任感を育てましょう。

家族が一緒に過ごす時間を持ちましょう。

晴れた日には、家族で一緒に外へ出て、ハイキングやスポーツ、レクリエーションを楽しみましょう。また、家族で音楽を聴いたり、本を読んだり、芸術鑑賞に出かけたりして、すばらしいものにふれて感動する心を育てましょう。

家族みんなで地域での行事に参加しましょう。

親子で地域での行事に参加し、地域の人々との交流を深めましょう。

子どもにとって、異年齢の友達とつきあうことは、大切な経験となり、社会性が育っていきます。地域においても、親子で参加できる行事を積極的に進めましょう。

「家庭の日」普及啓発ポスター・作文入賞者決定

名古屋市では毎年、名古屋市立の小学校、中学校、特別支援学校に通う児童・生徒を対象に、「家庭の日」を普及啓発するポスター・作文を募集しています。令和元年度もポスターについては、小学生の部に1,613点、中学生の部に144点、また、作文については、小学生の部に128点、中学生の部に42点の応募をいただきました。その入賞作品をご紹介します。

令和元年度 「家庭の日」普及啓発ポスター入賞作品

小学生 最優秀賞 明治小学校6年 田中 七那葉さん

小学生 最優秀賞 明治小学校6年 田中 七那葉さんの画像



小学生 優秀賞 平和が丘小学校6年 木村 心春さん

小学生 優秀賞 平和が丘小学校6年 木村 心春さんの画像



小学生 努力賞 港楽小学校1年 真下 怜さん

小学生 努力賞 港楽小学校1年 真下 怜さんの画像



努力賞 宝小学校2年 石川 結都さん

小学生 努力賞 宝小学校2年 石川 結都さんの画像



小学生 努力賞 鳴海小学校4年 井上 琴音さん

小学生 努力賞 鳴海小学校4年 井上 琴音さんの画像



小学生 努力賞 大高南小学校4年 神谷 栞里さん

小学生 努力賞 大高南小学校4年 神谷 栞里さんの画像



中学生 最優秀賞 鳴子台中学校3年 山田 みちるさん 

中学生 最優秀賞 鳴子台中学校3年 山田 みちるさんの画像



中学生 優秀賞 丸の内中学校2年 稲垣 桃さん 

中学生 優秀賞 丸の内中学校2年 稲垣 桃さんの画像



中学生 努力賞 桜丘中学校3年 大石 夏子さん

中学生 努力賞 桜丘中学校3年 大石 夏子さんの画像



中学生 努力賞 長良中学校3年 森本 ゆめさん

中学生 努力賞 長良中学校3年 森本 ゆめさんの画像



令和元年度「家庭の日」普及作文入賞作品  *入賞作品の表記は、一部変更して掲載しています。

小学生 最優秀賞 村雲小学校6年 山根 樹さん 「家族で歩く幸せ」 

 「今日もがんばって歩こう!」

ぼくの家では、春と秋に家族でウォーキングに出かけます。あらかじめ決められた駅からスタートし、途中に神社仏閣めぐりや酒蔵みそ蔵の見学。広い緑地など、その日の決まったコースを十キロほど歩き、ゴールします。

 春、まだ少し寒い中みんなで気合を入れて出かけます。この季節は桜を始め花がとてもきれいです。写真を撮りながら、

「今年の桜は去年より咲くのが遅いね。」

「入学式まで散らずにいてくれるかな?」

と話しながら歩くと、いつもよりずっと春を感じることができます。道に咲いている花の写真を撮り、帰ってから名前を調べるのも楽しいです。

 秋、猛暑が終わり歩きやすくなった時期にまたウォーキングが始まります。あちこちの木々が色づき、

「今年の紅葉は特に真っ赤だね。」

「すごく大きなどんぐりが落ちてるね。」

こんな風に話しながら歩いていると、十キロもある距りがあっという間です。

 ぼくが特に心に残っているのは、秋の終わりのウォーキングのことです。すごく寒い日で歩いても歩いてもなかなか体が温まらず、寒さと疲れで無口になっていた時、途中のみそ蔵でみそ汁が参加者にふるまわれました。とても熱くて、冷え切った体に力をくれました。家族みんなが笑顔になり、元気を取り戻すことができました。

 夏、名古屋は暑すぎてとても昼間には歩けません。この季節だけは夜ご飯が終わった後に近所を散歩します。公園でセミの幼虫を見つけ、家に持ち帰り暗い部屋で羽化を見た時は感動しました。ウォーキングの時のほどではありませんが、散歩でも家族ではなします。

「ここにあった家、壊したんだね。」

「新しいお店ができたね。今度来たいね。」

たいした話ではありませんが、こうして家族と話すことがぼくにとってとても幸せな時間です。

 歩きながら話していると、家で向かい合って話すよりもなぜか素直になれます。学校のこと、友達のこと、勉強のこと、ニュースや新聞の話題、季節の花や木のこと、話すことがどんどんあふれてきます。たまに落ち込んでぐちを言うこともありますが、それを聞いてもらい、感想やアドバイスをされるとはげまされます。だからぼくはこの家族で歩く時間が大好きです。

 ぼくが将来けっこんして子どもができたら、同じように家族でいろんな場所に出かけていき、ぼくの知っていることを教えてあげたり子どもの話をたくさん聞いてあげたりしたいと思います。ぼくが大人になるまでにはまだ何年かあるので、それまでたくさんウォーキングに行っていろんな話をしたいと思います。

小学生 優秀賞 富士見台小学校1年 大石 葵さん 「なきむしかいじゅう」

 わたしのいえには、「なきむしかいじゅう」がいます。

 きょねんうまれた、いっさいのいもうとの「ふうちゃん」です。

 ふうちゃんは、おかあさんにあまえんぼうでおかあさんからはなれません。すこしでもはなれると、すぐにないてしまいます。

 だからふうちゃんとおかあさんは、いちにじゅういっしょにいます。

 おかあさんがきゅうけいできるように、おかあさんがおふろにはいっているあいだは、わたしとおとうさんがふうちゃんのめんどうをみることにしました。

 まず、おかあさんがおふろにはいろうとすると、さっそくふうちゃんがなきはじめます。

 ここから、わたしとおとうさんのにんむすたーとです。

 はじめはおとうさんがふうちゃんをだっこしてなきやませてあげます。

 そのつぎに、わたしがつみきでたわーをつくって、ふうちゃんにたおさせてあげます。わたしがつみきでたわーをつくっているあいだは、おとうさんが、おもちゃでふうちゃんをあやします。

 するとないていたふうちゃんは、えがおになってあそびはじめます。

 でも、そんなにかんたんではありません。

 おかあさんが、おふろからでてきて、みじたくをととのえていると、ものおとにきづいたふうちゃんは、おおなきします。こうなったら、なきむしかいじゅうをとめることはできません。

 おとうさんがだっこして、わたしがふうちゃんがだいすきな「きらきらぼし」をうたって、おかあさんをまちます。

 おかあさんがでてきたら、ふうちゃんはすぐなきやみます。

 ぶじ、にんむかんりょうです。

 わたしが、もうすこしおおきくなったら、ふうちゃんをおふろにいれてあげようとおもいます。

 そうしたら、おとうさんも、ゆっくりできるから、おとうさん、おかあさん、ふうちゃん、もうすこしまっていてね。

小学生 努力賞 富士見台小学校3年 松永 琴羽さん 「弟のいない一日」

 「ピンポン、ピンポーン。」

弟のかなたが帰って来た。私は大はしゃぎ。でもいつもはけんかばかりしているのになんでこんなにうれしかったのかな。弟が一日、ようち園のおとまり会で家にいなかったからだ。

「かなた、おかえり。」

私は弟がひっくり返るぐらいぎゅっとだきついた。

 私が通っていたようち園では年長になると一日おとまり会がある。みんなでごはんを作ったりキャンプファイヤーをしたりとても楽しいイベントだ。前日の夜弟ははじめてのおとまり会だからとても楽しみにしていた。それを見ながら私は心の中で笑っていた。だってお母さんを一人じめできるし好きなゲームもできるから。

 でも弟のいない家は少しいつもと様子がおかしかった。夜ごはんの時、お母さんがまちがえて弟のはしを出してしまって、

「あ、かなたいないんだった…。」

って笑っていたけれど、少しさみしそうに見えた。テレビを見ていてもいつもチャンネルあらそいする弟がいなくて、ラッキーなはずなのに何か物足りなかった。おふろに入る時はいつも私が弟の体をあらったりしてあげているのにこの日は時間もかからず早ぶろだった。ねる時は弟が私にしつこいぐらいひっついてきてじゃまなのにそれがないからベッドがいつもより広く感じてとてもへんな気分だった。私は弟が帰って来たら、いっしょにやりたいことをおふとんの中でずっと考えていた。レゴで動物園を作ってあげようかな、スイッチを先にやらせてあげようかな、おふろで頭や体をいつもよりきれいにあらってあげようかな、ねる時、お母さんのとなりは、明日はかなたにしてあげようかな、もっとかなたと仲良くしようかな、そんなことを考えていたらいつの間にかねてしまっていた。

 朝起きて、弟が帰って来るのが待ち遠しかった。お昼前弟が帰ってきた。とてもうれしくてたまらなかった。でもすぐに弟は小さなジャイアンみたいになった。弟の物は弟の物、おねえちゃんの物も弟の物。すぐにけんかが始まってそれを見てお母さんのかみなりが落ちて、

「もう一回ようち園におとまりしておいで。」

と言ったらみんなで大笑いした。家族のだれか一人がいないだけで、とても心がさみしくなる。大笑いしたりできるそういう家族がとてもとっても大好きです。

小学生 努力賞 吹上小学校3年 石川 椋脩さん 「家ぞくっていいな」

 家ぞくっていいな。家ぞくといると温かい。家ぞくといると気持ちがいい。家ぞくといると安心する。家ぞくといるとあまえちゃう。何でだろう。

 ぼくは、弟が生まれた時、とってもうれしかった。赤ちゃんだった弟は、お母さんにだっこされて、あったかそうだった。お母さんのおなかから赤ちゃんが出てくるなんてふしぎだった。ぼくもそうだったなんて、今もびっくりしている。ぼくが生まれた時、ぼくは生まれてすぐないていたそうだ。でも、お母さんにだっこされるとなき止んだんだって。ぼくも弟と同じであったかくて気持ちよくなったんだ。

 今も、だっこされると、とってもあったかい気持ちになる。だからぼくは、イライラしたり悲しい時、お母さんにだっこしてもらう。夜、ねる時もだっこしてもらう。ねる時は、弟と、お母さんのだっこの取り合いだ。

 まず、ぼくがお母さんにだっこしてと言う。すると弟が、

「ぼくが先にだっこ!」

と言う。すると、ぼくが、

「ぼくが先に言ったんだから、ぼくから!」

と言う。お母さんが

「一しょにだっこだよ!」

と言うから、ぼくたちは一しょにだっこしてもらう。すると、次はお母さんと、どれ位くっついているかでケンカになってしまって、結きょくお母さんにおこられる。

 だけど、いつもは仲が良いんだ。ケンカもするけど、時々、なぜか弟の事がとてもかわいく見える。そういう時、ぼくは弟をだっこする。弟はぼくの事が大好きだから、とってもうれしそうにする。

 お父さんは、毎朝起きるとかならず、ぼくたちをだっこしに来る。お父さんのだっこは、ごつごつしているし、おなかが出ているから苦しい時がある。でも、心はあったかくなる。何でだろう?お父さんの気持ちがこもっているからかな?

 お父さんは、いつも大きなおなかで、じょうだんを言う。

「この中に赤ちゃんがいるんだよ。」

おなかをふるわせて、本当に赤ちゃんが動いているみたいにする。お父さんのおなかに、赤ちゃんはいないって分かっているけど、ぼくは本当にもう一人の赤ちゃんが生まれたらいいのにって思う。

 ぼくは、ぼくの家ぞくが大好きだ。

中学生 最優秀賞 伊勢山中学校3年 宮脇 一眞さん 「頑固爺と従妹」

 「ジージーイー」

 二歳の僕の従妹は祖父をそう呼ぶ。本当は多分「じいじ」だと思うが、とにかく可愛いから誰も訂正せず、それが正になった。

 祖父は昔から運動が大好きで、若い頃は野球に卓球、大人になってからはテニスにゴルフ、定年退職してからもまるで習い事をするかのように月曜卓球、火曜野球、水曜ゴルフ…。と、こんな感じでとにかく誰よりも忙しい人だった。ところが、一度怪我をし、左手が麻痺するようになってから何もしたくなくなったと言い、本当に全てを止めてしまったのだ。元気だったころはしょっちゅう、

「頼むから少しじっとしていてくれない?」

と、祖母に言われるくらい家の中でもウロウロして嫌がられていたのに、ベッドの上でただただじっとテレビをつけてぼんやりとそれを眺めるのが日課になっていた。

 高齢者の免許返納が話題になるだいぶ前に

「もう運転はしない、車は要らない」

と、スポーツや遊びで出かけるのはもちろんのこと、リハビリや病院に行くことさえも拒否し、祖母を筆頭に皆で今後どうするつもりなのだろう? と途方に暮れていたが、頑固な祖父は誰の意見も聞かず、ぼぉーっとするばかり。完全にお手上げだった。

 ところが、その従妹が遊びに来ると明らかに様子が違うのだ。まともな会話にならない中、彼女が庭に行きたいと主張すれば一緒に外に出て遊び、好奇心旺盛なチビの相手をするのである。同じ孫である僕やもう一人の従妹には見せたことのない笑顔で嬉しそうに対応する祖父を見て、まだ普通に動けるのだねと家族みんなでホッとしたのだ。全く気力がなかった祖父が少しだけ元気になった。

 それ以来、祖父を動かそうと躍起になっていた母たちの祖父に対する態度が柔らかく、優しくなったと僕は思った。話もしないチビの影響は相当大きかったようだ。そして近所に住む叔母はたまにチビを連れて祖父に会いに行ったり、買い物へ連れ出したり、たまに卓球の教室にも顔を出せるよう送迎してくれている。母は感謝しかないと言っている。

 家族は互いにこうあって欲しい、という姿を追い求めるあまり、時に厳しく辛くあたってしまうことがある。その幼い従妹のように話もせず、ただそこに一緒に居るだけで祖父は癒され、そして心を開いたのだと僕達は気づかされた。助言は要らない、黙って寄り添ってくれる存在の大切さを、幼い者に教えられたと思う。

 コミュニケーションは会話とは限らず、その空間を一緒に共有すること、テーブルを囲みご飯を食べ、テレビ番組を観て笑うことだってそうだと思う。祖父の生活が少し変わっていくこと、そして

「ジージーイー」

の元気な声に癒やされている僕達は、

「じいじ」

に変わる日も密かに楽しみにしている。

中学生 優秀賞 守山東中学校3年 島﨑 優音 「特別な日に」

 朝、目覚めてまず、「どうしよう。」と思った。夏休みのある日のこと……。

 「実は今日、お母さんの誕生日なんだよね。」

部活動の休憩中、友達にそうこぼした。これが「どうしよう。」の原因。私はずっと前から、母に誕生日プレゼントを渡したいと考えていた。今まで誕生日プレゼントなんて、渡したことはない。というのも母が、誕生日を嬉しがっていないから。何年も前の同じ日、母に

「誕生日おめでとう。」

と言ったのだが、返ってきた言葉は、

「やめてよー。」

だったのだ。なぜなのか聞くと、

「だってその言葉を聞くと、自分がまた一つ歳老いたんだって、実感しちゃうんだもの。」

それ以来、母の誕生日を祝うことも、母の前でその言葉を口にすることもなかった。それでも渡したいと思ったのは、特に今年、私はいよいよ受験生になり、勉強、部活、友人関係などに、悩んだり、イライラしたり……。そんな私を、いつも母が、優しく受け止め、支えてくれているからだ。母自身にも、相当なストレスがかかっているはず……。そう思うと、何かせずにはいられなかったのだ。

 しかし問題は、プレゼントの中身だ。一度、母と買い物をしながら色々なものを母に見せ、母の好みを探ってみたのだが、良い結果は得られず。そこで、思い切って、

「お母さんって、何か欲しい物はないの?」

と聞いたら、返ってきた答えは、

「うーん。時間。」

これには苦笑いだ。変に下手な物を渡すよりかは渡さないほうが……、と考え込んでいたら、気が付けば当日に……。私がそこまで話したところで、友達がこう言った。

「そんなに悩まなくても、娘がくれたものなら、何でも嬉しいんじゃないの?」

その言葉が決め手となった。いいお店を知ってるよ、と友達がお店の場所を教えてくれた。

 家へ帰ってすぐ、教えてもらったお店へと向かう。そこにあったのは、多種多様なブリザーブドフラワー。じっくり時間をかけて、色々なものを見比べる。これは花の色が……、これは花瓶の形が……。なかなか決まらない。そのうち頭に思い浮かんできたのは、母との思い出だった。あのときは、疲れが溜まっていた私に、スイーツを買ってきてくれた。あのときは、私がノートが欲しいと母の前で独り言を言った次の日、机に新しいノートが置いてあった。どれも些細で、大切な思い出だ。そのとき、一つのものに目をひかれた。

「この雰囲気、色、形……。これだ!」

 帰り道。吹いていく風が妙に気持ちいい。ふと目を上げると、目に入ったのは、とてもきれいな夕日。特別な日としては、とても良い空だ。そう。今日は私にとっても特別な日。今日、母が生まれていなかったら、私の存在も無かった。この考え、結構いいな、と思った。家に着いたら、言う言葉は決まっている。「誕生日おめでとう。」うまく言えるかな。

中学生 努力賞 守山東中学校2年 生徒 「幸せもの」

 二ヶ月前、母が帰らぬ人となりました。私は、このことを作文に書くのに抵抗がありました。かわいそうな子だと思われたり、心配されたりするのには、正直うんざりだからです。しかし、母を亡くして感じることがたくさんあり、それを皆さんに知ってもらいたいと思いました。

 母は、数年前から病気で入退院を繰り返していました。そして、今年の五月、再び入院をしました。これまでよりも病気の進行が速く、症状も重かったのですが、母は弱音を一言も吐かず、とても強く見えました。最期の時も、話すこともできず、呼吸が浅いにも関わらず、祖母だけしかいないときに息を引き取りました。なるべく多くの人に迷惑をかけたくなかったのでしょう。私は、毎日とても心配で、勉強に身が入らないことも多々ありましたが、きっと元気になっていつもの生活が戻ってくると信じていました。けれど、母が亡くなって、これまであった小さな希望が大きな絶望に変わり私に降りかかりました。多少の覚悟はあったものの、本当に悲しくて何もやる気が起きない程でした。大切な人を失うというのは、こんなにも苦しくて辛いことなんだと実感しました。

 そんな時に私を救ってくれたのは、親戚や先生、先輩、友達でした。親戚には、特にお世話になっています。父や祖父、祖母は、私よりも母と一緒にいた時間が長いので私よりも悲しみが大きいのは当然です。しかし、洗濯、掃除、食事の準備から家事全般、習い事の送り迎えまでしてくれます。先生や先輩、友達からは、「何かあったら助けるよ」と言ってくださり心の支えになっています。また、母の友達からも、昔の母の話をしてくださり母の意外な一面も知ることができました。私が元の自分に戻ることができたのは、周りの方々のおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。私は、母が生んでくれたこの体を大切にして、母の分まで精一杯生きようと思います。

 私は、母が生きている間にやり遂げられなかったことがあります。そのため、これから家事を手伝うのはもちろん、自分のことをしっかり行い、試験や部活の大会で良い結果を残し、母にも、周りの方々にも、恩返しをしたいと思います。また、私はとても恵まれていると感じます。映画などで、両親が亡くなり、子供の引き取りで揉める場面があります。幸い、私の家庭はそのような状況ではありませんが、揉めることは一切なく、反対に積極的に助けてくださるからです。この家庭に生まれて良かったと感じます。私を生んでくれた母に対して、ありがとうと伝えたいです。

 私は、今でも心に穴がぽっかり開いている感じは消えませんが、そこに多くの方々の愛が詰まって、幸せに暮らすことができています。こんなにも多くの方々に支えていただき、「幸せもの」だと感じます。

中学生 努力賞 長良中学校3年 菱田 美月さん 「あるノートへのありがとう。」

 みなさんは「家庭の日」と聞いて誰とのどの場面を思い出しますか。多くの人が自分の家族との印象に残っている場面を、あるいは悲しい出来事を思い出すと思います。「家庭の日」というキーワードだけでなく温かい言葉がつまった「歌」などからも私は自分の家族との思い出を思いだします。

私の家族は父、母、弟それに私の四人です。両親はよく言い合いをし、止められると言った範囲の言い合いではありませんでした。弟と一緒に止めようと声をかけました。

「もう止めて。」

それでも一向に止まることもなく。徐々に今まで感じたことのない何か重い物が私の心の中に積まれていくだけでした。その時の家族への気持ちは「大嫌い。」そのような言葉が一番最初に浮かんできました。

そんな日々の中私は弟と協力しある物を作りました。それは

「家族ノート」

です。このノートは自分が書きたい日に伝えたいことを書くノートです。中身もシンプルで、

「今日洗濯をしてくれてありがとう。」

「夜ご飯を作ってくれて嬉しかったよ。」

この様なことを一言、書くノートです。宛先がわからなくても、自分のことでなくても自然とそのノートを見る度家族は笑顔になっていきました。それが私にはどれだけ幸せだったことか。そのノートのおかげで両親は互いに意見をよく聞き合える存在に変わっていました。

「お風呂掃除をしてくれてありがとう。申し訳ないけど家の閉じまりをお願いします。」

最近ではそんな願いも日々の感謝と一緒に書かれています。

 ある友達に、今までの私と同じように家族関係で悩んでいる友達がいました。私は友達に

「家族ノートを作ってみてはどうかな。」

と元気良く言いました。

 家族の話を笑顔でする周りの子。昔の私にはそれがどれだけ羨ましかったことか。でも今の家族は私の自慢です。学校であった事や少し傷ついたこと。私の話を家族はそっと聞きアドバイスをノートに書いてくれます。「それぞれの家族の在り方は比較するものではない。」という事に私は気づきました。私達を繋いでくれた「家族ノート」には数え切れないほどの「ありがとう。」があります。

 そして私と同じように家族の事で悩んでいる方、どうすれば良いかわからない方の力になりたいと思っています。私の家庭の日への思いを読んでもらえたら私は幸せです。私は家族の事が「大好き」です。

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