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天白区の町名の由来

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このページを印刷する最終更新日:2012年10月26日

天白区の町名の由来について

天白区内の町名の由来を紹介しています。

参考:なごやの町名(名古屋市計画局)、天白区の歴史(愛知県郷土資料刊行会)

相川(あいかわ)

字相生と字藤川の各一字をとったものです。

字相生は松林の多いところであったため、永遠や長寿を象徴する「相生の松」に因んだめでたい地名です。
字藤川は野並と古鳴海の間を流れる藤川に基づいて命名されたものといわれています。

荒池(あらいけ)

地内にある荒池(ため池)の名によります。

井口(いぐち)

天白川右岸に沿っていて、天白川の引水場所を井口といったことから名付けられました。

池場(いけば)

 古くからこの地域の集落名として地元住民の方から親しまれた字名から名付けられました。年魚市潟(あゆちがた)の退化と共に、ここに海跡湖ができました。その池のあるところの意味だろうといわれています。

※年魚市潟とは氷河期の終わりに、縄文海進と呼ばれる海面上昇により出現した旧愛知郡一帯の低地のこと。

池見(いけみ)

 この辺りに池之内・東広見・西広見という小字名があったことから、池之内の「池」と広見の「見」を組み合わせたことから名付けられました。

 池之内は、かつての八事遊園地の上池・下池の下にあり湿地帯であったところです。昔はここも池でした。また、広見は広い田の意味であると言われています。

一本松(いっぽんまつ)

 街道を行き交う人々の目印となる大きな松の木があったことから名付けられました。その一本松は安政年間(1854年から1860年)の台風で折れたといわれ、根っこは大正時代まで残っていたそうです。

井の森(いのもり)

川井のあたりに森があったのだろうといわれています。

植田(うえだ)・植田西(うえだにし)・植田東(うえだひがし)・植田本町(うえだほんまち)・植田南(うえだみなみ)・元植田(もとうえだ)

 以前はすべて天白町大字植田の一部で、大字名から名付けられました。植田は「上田」の転化で、上の田ということ。古代の年魚市潟(あゆちがた)の中で、比較的上方にあった田で、島田が下の田といわれているのに対照的です。

植田山(うえだやま)

 植田山は植田村の北西部にある山地で、御林山(おはやしやま)の一部でした。御林山は、尾張藩の藩有林で、一般の者が入ることは固く禁じられていました。「張州府志」では御林山が青や緑で覆われ、遠くから眺めると、他の山々と違って格別であると記し、尾張の名所としてあげています。

梅が丘(うめがおか)

 字名梅森坂の一字と南向きの丘陵地であることから名付けられました。梅が丘辺りには、「梅森…」という地名が多くあります。梅の木の森があったことから名付けられ、梅森坂もその梅の木の森へ行く坂道のあるところから名付けられました。

海老山(えびやま)

 太古、年魚市潟(あゆちがた)にのぞみ、海老がつれたのではないかと想像されます。真意は不明。対岸は南区の桜・呼続の村々、漁場ができたのだろうといわれています。

大坪(おおつぼ)

大坪とは条里制の名残であり、「九の坪」のこと。

※条里制(じょうりせい)とは、古代から中世後期にかけて行われた土地区画(管理)制度である。基本単位である坪を6行6列に並べた区画を「里」と呼んだ。

大根(おおね)

この地域の北側に「大根池」というため池があることから名付けられました。

音聞山(おとききやま)

鳴海潟の海なりの音が聞こえたという説などがあります。

表台(おもてだい)

字名表山の一字をとって、この一帯が丘陵地で高台であることから名付けられました。

表山(おもてやま)

八事山の南に面したところの意味です。

鴻の巣(こうのす)

鴻が巣をつくったところであるといわれています。

御前場(ごぜんば)

この一帯が古くから領主の狩場で、領主が休憩する所という意味で御膳場といい伝えられてきました。

境根(さかいね)

根とは尾根のことであり、隣村との境の山(相生山)の土地を意味するといいます。

笹原(ささはら)

かつて笹が多く生えていた所とされています。

山郷(さんごう)

 この辺りが通称山田と呼ばれていたことと、字名が東上郷であったことから一字ずつをとりました。東上郷の「郷」とは屋敷と同じ意味です。

塩釜口(しおがまぐち)

塩釜神社への参詣口として塩釜口の呼称が定着していたことから名付けられました。

島田(しまだ)・島田が丘(しまだがおか)

 古代、年魚市潟(あゆちがた)の海底には起伏があり、その隆起していたところは島でした。こうした島々が多くあり、そこが稲作地でした。一つひとつの島は輪中のようになっていて、高いところが居住地で、低いところで稲作をして、周囲は堤防で海水の浸入を防いでいました。こうしたところにつけられた名称が「嶋つ田」であり、島田になりました。

島田黒石(しまだくろいし)

 「黒石」は実に広い土地で、平針黒石・島田黒石・鳴海黒石と続いています。この土地には名前のとおり、黒い石、チャートが実に多く散在しています。昔はメノウや黄玉などもあったとのこと。またここの地質は石が多く、樹木が育ちにくいといわれていました。

菅田(すげた)

 菅と呼ばれるカヤツリグサの一種が茂っていたことによると考えられています。戦国期の書物にも記されており、かなり古くからある地名です。

高坂(たかさか)

丘陵地で古くから高坂と呼ばれていたことから名付けられました。

高島(たかしま)

大字島田の高台にあったので、島田の島と高台の高をとって名付けられました。

高宮(たかみや)

 明治末ごろ現在の島田神社(旧熊野神社)が、この地域の最高地点(現在の名古屋女子大学付近)にあり、北寄りの集落から見上げる高い所にあるお宮、通称高宮と呼ばれたことから名付けられました。

土原(つちはら)

南の高坂に対して小坂と呼ばれ、その南を大土原、北を小土原と呼んでいたことから名付けられました。

天白(てんぱく)

北東から南西へ貫流する天白川から名付けられました。

道明(どうみょう)

 字東道明・西道明からとって名付けられました。道明については、不詳ですが、かつて八事には大社があったことから、その燈明(とうみょう)の意ではないかといわれています。

中砂(なかすな)

字中砂入から名付けられました。

中坪(なかつぼ)

 中坪とは中ほどの土地の意。かつて北から塩辛田(しおからでん)・中坪・安土(あんど)と細い土地が続いていて、昔の天白川の川筋を物語る地形といわれています。

中平(なかひら)

 平針のほぼ中央に位置したことから、住民の方は平中を希望しましたが、市内に同名の地名が存在したため中平となりました。

西入(にしいり)

かつてこの辺りに西之杁池というわき水を水源とするため池があったことから名付けられました。

野並(のなみ)

 『尾張国地名考』に「鳴海野に並ぶゆへに野並といふなり」とあります。鳴海野とは鳴海潟の野原という意味であるとされています。

八幡山(はちまんやま)

ここに八事神社、合祀前の正八幡社があったところから名付けられました。

原(はら)

この一帯がかつて原新田と呼ばれ、字名も上原・下原があり、通称原と呼ばれていたそうです。

久方(ひさかた)

『古今集』の紀友則の歌「久方のひかりのどけき春の日に」から名付けられました。

一つ山(ひとつやま)

 この地域に一ツ山と呼ばれた丘陵地があり、後に建設された市営住宅が一つ山住宅(現「一つ山荘」)と命名され、この名が住民の方に親しまれていたことから名付けられました。

平針(ひらばり)・平針台(ひらばりだい)・平針南(ひらばりみなみ)

平針とは「平墾(ひらはり)」の転化で、比較的平らな土地である所を開墾したところという意味です。

平針黒石(ひらばりくろいし)

「島田黒石」をご参照ください。

福池(ふくいけ)

字福池は池の名によります。

古川(ふるかわ)

古川は天白川のかつての流路であったことによります。

保呂(ほろ)

 保呂羽の略で、鷹の左右の羽のことをいいます。この辺りに時々鷹の羽が落ちていたことから名付けられたといわれています。

御幸山(みゆきやま)

この辺りは明治・大正両天皇の御野立所の史跡保存のために御幸山と命名されました。

向が丘(むかいがおか)

字名向之山から名付けられました。向之山とは集落から見て向かいの山という意味。

元八事(もとやごと)

八事の中心であったことから名付けられました。(八事は「八事石坂」をご参照ください。)

焼山(やきやま)

昔は山を焼いてそのあとを田畑にしていました。新田開発にはよく使われていた開墾方法です。

八事石坂(やごといしざか)

 大字八事、字石坂から名付けられました。八事の「や」は岩を指し、「ごと」は古語の「こごし」つまり凝り固まって、ごつごつしている、岩のごつごつしているところをさすといいます。

八事天道(やごとてんどう)

 大字八事、字天道から名付けられました。天道は天道山高照寺の山号から付けられたものです。(八事は「八事石坂」をご参照ください。)

八事山(やごとやま)

大字八事字裏山からとった地名と推測されます。

山根(やまね)

この地域が山地であったのと、古くから境根と呼ばれているところから山と根を組み合わせて名付けられました。

弥生が岡(やよいがおか)

字名から名付けられました。

横町(よこまち)

熊坂長範の地蔵堂の横の町という意味です。

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