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史跡散策路「相生山緑地と自然観察コース」

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このページを印刷する最終更新日:2009年8月24日

ページの概要:史跡散策路「相生山緑地と自然観察コース」について

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1 島田城址

島田五丁目に昔の城跡の一部を残した小高い丘がる。
室町幕府成立のころ、尾張、遠江、越前の三国の守護であり、また管領家であった斯波高経が、鎌倉街道の要所としてこの地に築城したことに始まる。東西70m南北180mの規模であったが、今は、本丸の部分に神社がある。代々の城主は斯波氏の一族で、牧氏を名のっていた。

2 菅田神社

祭神は仁徳天皇を主とし、ほかに天照大神、応神天皇など9祭神を祀る。創建不詳。明治5年7月28日村社となった。古来若宮八幡社と称していたが、明治42年3月16日島田の熊野社と合祀し、島田神社と改称。そして大正12年11月15日現在の菅田神社に改称された。

3 葉書塔

徳林寺の北東、林の中にひっそりと建っている。この塔には昭和2年新愛知新聞社(後、名古屋新聞社と合併して中日新聞社となる)が愛知県の新十名所を募集したときに集まった850万余枚の投票葉書が収められている。塔のそばに、この地が三百余か所の候補地の中から新十名所に選ばれたいわれを記した石碑がある。

4 徳林寺

曹洞宗。大正12年高岡徹宗が相生山を開発するにあたって、千葉県から徳林寺を移したときにはじまる。本堂には釈迦如来が安置されている。平成3年、ネパール人が日本で失くした子息の菩提を祈願して小仏塔を建立した。

5 相生山緑地・桜並木

野並、相生、山根の3学区にまたがり、123ヘクタールという市内有数の広大な面積をもち、良好な自然を残している。緑地内に東西300から400mにわたって桜並木があることはあまり知られていない。野つつじが咲き、野うさぎの姿を見かけることがある。昆虫も多いが、特に鳥類は70余種が観察され、秋になると市内では珍しいコノハズク、ヤマシギの鳥に出くわすことがある。ひととき喧騒から離れ、野鳥の声を聞きながらの散策はいかが。

6 千秋家の墓

梅野公園の東にある墓地のうち、南側の一段高くなっているところが千秋家の墓である。織田信長より野並をはじめ三カ村の所領をいただいた旧熱田大宮司千秋家並びにその分家の墓標が建てられていた。しかし、江戸時代には墓標を建てることは許されず、塚を造りその上に松を一本植えてそのしるしとしていた。現在の墓標は明治以降のものといわれる。

7 鎌倉街道

野並八劔社の裏の細い曲線を描く小道が、昔の鎌倉街道(上野道)の名残である。この街道は整理された道路であったのではなく、多くの旅人が歩いて、そこが道になったものである。当時の紀行文などによれば、かなりの通行、宿泊の人で賑わったようである。目印は山の頂上の大きな松の木であった。(聖松)

8 野並八劔社

祭神は、日本武尊、天照大神のほか7祭神を併祀。旧熱田大宮司であった千秋家の領地であった関係から、熱田神宮にある八劔社の分神として当地に祀ったのがその始まりである。

戸笠公園

相生山の南、緑区との境界が横切る戸笠池を中心に、8.9ヘクタールの広さがある。池では遠くから飛来する渡り鳥を見ることができるほか、各種の野鳥が人々の目を楽しませている。特に池の東では水草が生い茂り、野鳥の繁殖に適し、カイツブリやカルガモなどの繁殖が確認されている。また、公園内の散歩道は、体の不自由な人にも配慮された散歩道もあり、ジョギングや散歩など市民の憩いの場になっている。

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