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名古屋市史編さんの歴史

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このページを印刷する最終更新日:2017年3月30日

ページID:2657

ページの概要:「新修名古屋市史」以前に編さんされてきた名古屋市史のご紹介です。

名古屋市では、明治四〇(1907)年八月に市史編纂室が設けられ、「神代より大正初期に至る名古屋市の人文発展の経路をたづね、その発達消長の次第を究め、これが隆替興亡の因つて生ずる所以を明らかにし、以て読者をして稽古照今の資を得させようとする」ことを目的とする『名古屋市史』の編纂が始まりました。
同四十一年には、東京帝国大学教授上田万年を顧問とし、大正四(1915)年から五年にかけて、社寺編、政治編(三巻)、学芸編、風俗編、産業編、地理編、地図、索引の10巻が刊行されています。続いて、人物編の編修とと産業編の補修が行われることになりましたが、産業編の補修はならず、昭和九(1934)年に、人物編(二巻)が追加され計12巻が完成しました。

『大正昭和名古屋市史』は、昭和一五(一九四〇)年、『名古屋市史』はその記述が明治期までであり、編修後既に30年余の年月が経過していること。この間の名古屋市の発展はあらゆる部門にわたり驚異的な躍進を遂げていたこと。などを理由に、紀元二千六百並市制五十周年記念事業として、「名古屋市郷土資料叢書」の編修とともに「名古屋市史続編」の編修事業として計画されました。
編述の範囲は、大正・昭和の両時代とし、経済・産業・文化その他各方面の事項を記述する。前後の連絡、或は記述の都合上、各編とも明治時代に遡つてこれを概観する。経済編については、既刊の『名古屋市史』産業編の記述が簡略すぎること。その後における名古屋市の経済的発展が著しいことなどから、維新以降のみでなく維新以前の事項についても連絡上簡述することとしました。市史全体としては経済及び財政編を主とし、記述の終期は、日華事変の勃発、増区の断行などを契機とし昭和一二年をもって一段落とされました。
編纂事業は、昭和一六(1941)年、大蔵省の明治大正財政史編纂主任であった吉川秀造を編纂主任に迎え、本庄委栄治郎を顧問として始まりましたが、平和事業である市史事業は戦争の苛烈化にともない様々な制約を受け、意のごとく進捗しませんでしたが、昭和二三年九月に七年六か月の歳月を費して、ようやく脱稿しました。しかし、公刊は、市財政その他の理由により見送られ、昭和二八年小林橘川市長の就任により同年より印刷頒布することになりました。

新修名古屋市史は、市制百周年記念事業として平成三年度から編さんが始められました。これまでの『名古屋市史』『大正昭和名古屋市史』は、その巻構成からもわかるように、各項目が部門別に独立して記述されていましたが、新修名古屋市史では、こうした形式をとらず、名古屋市域を対象とした、原始・古代から現代に至るはじめての通史(自然・民俗を含む全10巻)となっています。また、平成14年度からは、資料編の編さんに着手し、平成17年度から平成25年度までに資料編全11巻を刊行しました。

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