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前田・戸田ふるさとコース

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このページを印刷する最終更新日:2016年12月21日

ページの概要:中川区史跡散策路前田・戸田ふるさとコースのご案内です。

前田・戸田ふるさとコース(地図)

城跡とからくりの地を訪ねて

コース順路(全長約5,5km)

近鉄「伏屋」駅→(1)称円寺→(2)速念寺(前田城跡)→(3)圓盛寺→(4)宝蔵院→(5)七所神社→(6) 浄栄寺→(7)八幡社→(8)天満宮→(9)鈴宮社→(10)法然寺→(11)宝泉寺→(12)西照寺→(13)浄賢寺→(14)太平寺→(15)白山神社→(16)神明社→近鉄「戸田」駅

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コースガイド

(1)称円寺

称円寺の写真

真宗大谷派、大野光明寺の末寺。創建年は不詳。正中2年(1325年)には七堂伽藍を数え、塔頭も16か寺を数えた。天正2年(1574年)10月、3世西信が石山合戦に参戦のため留守にしている間、信長の家来土方治兵衛の来襲を受け、本坊が焼失したが、同19年(1591年)、仮堂を現在地に建て、世に辻殿といわれた。本尊は木仏立像の阿弥陀如来である。

(2)速念寺(前田城跡)

速念寺の写真

当寺はもと天台宗に属していたが、天文12年(1543年)、中興の意休法師の時、真宗に転宗した。意休は俗名前田利則といい、加賀公前田利家の叔父にあたる。また、当寺は前田氏発祥の地で、境内には前田古城跡の石碑がある。当時の前田氏は蟹江、一色、荒子を傘下に収めていた。寺伝によると、天文6年、前田城にて利家出生、7歳頃荒子に移る。天正12年(1584年)小牧長久手の戦で前田城落城。前田一族城主ら三基の墳墓の脇に速念寺は移り鎮魂の寺となる。その後、利家は金沢城に入るが生まれ故郷を偲び、前田一族先祖の墳墓と土地を守る速念寺に本尊となる阿弥陀如来を寄進。その蓮台には「聖徳太子御作、前田又左衛門尉利家」の銘がある。

(3)圓盛寺(えんじょうじ)

円盛寺の写真

真宗大谷派。寺伝によると、慈覚大師の創建による四明山一乗院長覚寺という天台宗の霊場であったところ、天正6年(1578年)に北畠具親によって禅宗に転宗した。次いで天正9年(1581年)に真宗に改め、慶長19年(1614年)、現在の寺号になったということである。

(4)宝蔵院

真言宗。行基菩薩の開基と伝えられ、昔は雲竜山無動寺宝蔵院といっていたが、宝永7年(1710年)、現在の寺号に改号された。以前は南蔵院とも呼称した。本尊は行基作と伝えられる木仏立像の地蔵菩薩である。

(5)七所神社(しちしょじんじゃ)

七所神社の写真

大明神社ともいい、勧請年月日は不詳。祭神は日本武尊・草薙剣神霊・足仲彦命・平止与命・稲依別命・宮酢姫命・迦具土命である。

(6)浄栄寺

真宗大谷派、三州針崎(現岡崎市針崎町)勝鬘寺の末寺。寺伝によると、開基僧誓真が応仁2年(1468年)の春に蓮如上人の弟子となり、諸国巡行の際、当寺を建立した。天保11年(1840年)建立の木造本堂は、明治24年濃尾震災で倒壊したが、使用できる材木で少し縮小して再建された。その後伊勢湾台風の被害も受けたが、再度修理し現在に至っている。本尊は木仏立像の阿弥陀如来。境内には枯山水風の石庭がある。

(7)八幡社(8)天満宮(9)鈴宮社(れいぐうしゃ)(15)白山神社(16)神明社(しんめいしゃ)

市指定文化財「戸田まつり」ゆかりの社

戸田まつりの起源は、元禄15年(1702年)と西照寺の記録にある。一之割から五之割にある山車を引き出して町内を練り、全体として一つのまつりを構成している。山車の上では文字書きからくり人形、越後獅子からくり人形などが笛太鼓の音に合せて妙技を演ずる。しかし、毎年山車が出るとはかぎらない。各境内に山車蔵が建っている。
八幡社(一之割)…祭神は応神天皇、創建不詳。
天満宮(二之割)…祭神は菅原道真、創建不詳。
鈴宮社(三之割)…祭神は天宇受売命、創建不詳。
白山神社(四之割)…祭神は伊弉冉尊、創建不詳。
神明社(五之割)…祭神は天照皇大神、創建不詳。

(10)法然寺(ほうねんじ)

法然寺の写真

浄土宗西山禅林寺派。快教山智慧光院法然寺と称し、寛永9年(1632年)、快空教然上人によって開山。明治24年(1891年)、濃尾地震により諸堂全壊し、16世定空準恕上人により再建された。本尊は木造座像の阿弥陀如来で、宝物に法然上人一代記と涅槃図がある。

(11)宝泉寺

真宗大谷派、山号は宝樹山。文安2年(1445年)の創建。もとは天台宗であったが、7世順正の代に真宗に改宗した。本尊は阿弥陀如来。元は中野村にあったものを寛永元年(1624年)、現在地に移した。

(12)西照寺(さいしょうじ)

真宗大谷派、山号は慈光山。長亨元年(1487年)蓮如上人の孫教誓が創建し、真蔵坊と名付けたが、寛永13年(1636年)、現在の名に寺号を改められた。本尊は阿弥陀如来。4代淳誓は熱田の裁断橋の架橋に尽力したことで有名。

(13)浄賢寺

真宗大谷派、山号は梅香山。三州針崎(現岡崎市針崎町)勝鬘寺の末寺。寺伝によると、創建は文亀2年(1502年)6月。もとは天台宗であったが、勝鬘寺が蓮如上人に帰依し真宗に改めたため、当寺も改宗した。

(14)太平寺

曹洞宗、山号は海印山。津島興禅寺の末寺。和銅3年( 710年)、行基菩薩が創建したと伝えられ、永亨5年(1433年)、清洲から移建された。嘉吉元年(1441年)、戸田の地頭戸田弾正衛門尉藤原宗光の求めで、実庵永真和尚が開山。薬師堂には行基作と伝えられる秘仏薬師如来が祀られている。

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