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鳴海東部周辺のみどころ一覧2

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このページを印刷する最終更新日:2018年4月5日

鳴海東部周辺のみどころ一覧2

鳴海配水場

昭和57年に名古屋市の東南部に配水するために標高90mの住宅地に突如現れた巨大構造物で、空飛ぶ円盤かと見間違えるようなユニークな外観で緑区のシンボルタワー。円盤部は水槽(12,000立方メートル)になっている。

毘沙門天像

熊野社本殿の裏から長い尾根道を進むと雑木林の中に毘沙門天の石造が建っている。建立記念の石碑によると大正10年(1921年)1月岡崎市の久右エ門が長坂順治に彫刻させたと記している。ここから143段の急な階段を降りると毘沙門天参道入口に出る。

清兵衛先生顕彰碑

天保の頃庄屋の小島清兵衛が息子と二代寺子屋を開き、明治6年幼導学校を開設した。孫の六代清兵衛は志を継ぎ東部小学校の揺籃期に訓導として30余年学童教育に情熱を傾けた。昭和2年教え子達が清兵衛先生顕彰碑を建立し、東部小学校西の鳴海商工会東部支所前に三忠魂碑と並んでいる。

平手神明社

平手新田の氏神であり、江戸時代の承応2年(1653年)に開発された新田村に勧請された。明治26年(1893年)に造られた拝殿が老朽化したため、昭和62年(1987年)に本殿・拝農を造営している。境内には「平手新田造営奉賛碑」と「平手の町と神社の由来」の碑がある。

道しるべ地蔵(報恩寺内 他)

境内にかつて平手交差点にあった道しるべがあり、「左白土」「右モロノキ」と刻まれている。他に熊野社参道前の正観音堂や後山墓地、鶴ケ沢霊園内にある。

諏訪社

創建は不詳で神ノ倉の熊野社が古くからの氏神であったが、後に戦いの神として信仰の厚い諏訪明神を勧請した。そのため熊野社を山奥の神ノ倉へ移転し、諏訪上社の祭神の建御名方(たけみなかたのかみ)を祀った。境内に山神社他多数が鎮座している。

水車小屋跡の看板

昭和40年頃まで扇川が蛇行し流れていたとき、水車があった。その跡に看板が建っている。

相原庚申堂

諏訪社東の鎌倉街道に庚申堂があり、手水鉢に観音堂と同じ「天保十二年丑三月」の銘が刻まれている。建立は日露戦争の頃といわれるが、詳細は不明である。

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