職員に対するヒアリング結果【第1回目 令和5年10〜11月実施】 ☆目次☆ 1 市民からの意見聴取(市民アンケートと討論会)の企画立案について (1)公募結果公表後に改めて意見聴取を行うこととした理由、意義等は何か。また、発案は誰(どこの部署)か。 1 (2)企画にあたっての市長からの指示等はどのようなものがあったか。 3 (3)企画にあたっての副市長からの指示等はどのようなものがあったか。 3 2 市民アンケートについて (1)実施目的、意義等は何か。 4 (2)実施方法や説明資料等の検討はどのようなものであったか。 4 (3)アンケート項目の検討等はどのようなものであったか。 5 (4)アンケート項目の内容が市民の誤解を招いたのではないか。 7 3 討論会について (1)開催目的、意義等は何か。 7 (2)「討論会」という名称にした理由等は何か。 10 (3)木曽川導水路事業を参考にしたのか。 12 (4)令和4年度の間に何を検討・準備したか。 14 (5)検討・準備期間等は十分だったか。 14 (6)実施方法や説明資料等の検討はどのようなものであったか。 17 (7)公平性の担保(障害当事者の参加がない等)は検討したか。 18 (8)市長の出席に関して公平性の観点から検討したか。 18 (9)参加申込書の参加動機欄に対してどのような認識を持っていたか。 19 (10)参加申込書の配慮欄に対してどのような認識を持っていたか。 20 (11)参加者アンケートの意図は何か。 20 (12)参加者アンケートの結果に対する評価はどのようなものであったのか。 21 4 討論会当日の運営について (1)シナリオが変更された理由等は何か。 22 (2)変更されたシナリオを職員間で共有していたか。 23 (3)武将隊をなぜ進行に加えていたのか。 23 (4)市長はじめ市側の出席者はどのように決まったのか。 24 (5)市側の出席者の役割分担等はどのようであったのか。 25 5 討論会での差別発言について (1)差別発言は認識できていたか。 25 (2)どのような点が差別だと思うか。 26 (3)なぜ差別が発生してしまったと思うか。 26 (4)差別発言をなぜ制止できなかったのか。 26 (5)差別発言等があった時の会場の雰囲気についてどのように感じたか。 27 (6)差別発言は想定できなかったのか。 28 (7)差別発言後や討論会終了時等においても注意喚起ができなかったのはなぜか。 28 (8)差別事象対応マニュアル等は知っていたか。 28 (9)どのような検討や対応等を行えばよかったと思うか。 29 (10)差別発言をされた障害者への対応等は検討したか。 29 (11)差別発言を行った市民への対応等は検討したか。 30 6 名古屋城復元整備事業に関する市長、副市長、職員の認識等について (1)考え方や認識等の不一致をどのように認識していたか。 31 (2)考え方や認識等の不一致による職員のモチベーション等への影響はなかったか。 31 (3)副市長と職員の間の連携等はうまくいっていたか。 32 7 昇降技術について (1)設置に関する市の方針は決まっていたのか。 35 (2)市長の考え方はどのようなものだったのか。 36 8 名古屋城復元整備事業に関する業務について (1)人事異動に伴う業務の引き継ぎは十分だったか。 37 (2)市民アンケートと討論会の業務に関して過度な負担はなかったか。 37 (3)主に技術職の職員が業務を担当していたが無理等は生じていなかったか。 38 (4)業務に関して他部署等に協力を求めたりはしなかったのか。 38 9 委託業務について (1)再委託先に「障害差別解消に関するに特記仕様書」の順守を指示していたか。 40 (2)業者との打ち合わせはどのように行われたか。 40 (3)討論会の開催目的等を業者としっかり共有できていたか。 42 (4)資料作成等の役割分担はどのようになっていたか。 43 (5)差別事象等のトラブル対応について打合せ等を行っていたか。 43 10 インターネット配信について (1)リスク予測やリスク管理はきちんとできていたのか。 44 11 再発防止について (1)どのようなことが必要だと思うか。 44 12 その他 (1)その他 46 1ページ 1 市民からの意見聴取(市民アンケートと討論会)の企画立案について (1)公募結果公表後に改めて意見聴取を行うこととした理由、意義等は何か。また、発案は誰(どこの部署)か。 ・記憶がちょっと定かでないですが、私の感覚としては、討論するということではなくて、ご意見を伺うということで、この会をなぜやるかというところも含めまして、今年の1月、2月ぐらいだったと思うんですが、副市長から2月定例会の本会議答弁のこともあり、そこでいろんな市民の方からのご意見があるということでしたので、一度そういう場を設けて意見聴取をした方がいいというお話がありました。どういう形でやろうかという検討を進めた結果、人に集まっていただいてやった方がいいんじゃないかというようなことになったと記憶しています。 ・副市長からそういうご意見をいただいた覚えがありますが、指示としてやれということではなくて、市民意見を聞く必要があるんじゃないかというようなお話がありましたので、そのやり方としてどうするかは、事務方で検討を進めたというところでしたので、やると決まったのがどちらかと言われるとちょっと記憶があいまいです。 ・昨年の年末から年始にかけて、副市長の考えに少し変化があったということもあったものですから、今年に入ってから、副市長との意思疎通が少し滞る形になったところがあったんですが、その中で2月定例会での本会議答弁の草案が出てきた中で、意見を聴くということも必要なんじゃないかというようなことも出てきたと記憶をしております。それで、そういう場を設けるのであれば、どういう形でやったらいいかを検討するということになりました。 ・ちょっと本当に記憶があれなんですけど。議会答弁の草案を作っていくときに、こういう文章でやりとりをしたいんだというお話があったときの中に、その意見聴取を改めて設けてというのが副市長答弁でありましたので、副市長が直接そういうふうにやるようにという話ではなくて、というところがきっかけだったかと思います。 ・我々の方からは、特に意見聴取の場を設けるということをやったほうがいいとは、その時は思ってなかったです。 ・(副市長の答弁から、そういう話に)なってきたという記憶をしております。 ・名古屋城側から提案した内容もあると聞いております。市民に意見を聴かなくてはならないというのは、副市長の認識と理解しております。その中でどのように市民の意見を聴いていくのかということの中で、アンケートという方法がありますとか、ちょっと正確に私、どちらから、どのようにというふうなことをしっかり把握できておりませんけれども、名古屋城からの発案というのも、いくつかあったと認識しております。 ・いろんな経緯のある中で、こういう討論会の形式かどうかはさておき、市民意見を伺う場が必要ではないか、ということのひとつの考え方として名古屋城総合事務所が提案をしたところです。 ・基本的には副市長と局長と議論する中で、そういうことも検討の必要はあるのではないかという話合いをしました。 ・討論会というか、最初は、市民から意見を聴く場といって、ワークショップじゃなくて、市民ミーティング、そういう名前で直接、市民に聴く機会が必要じゃないかと、所管の名古屋城の方から提案があったと思っています。こういうのも必要じゃないですかと。私自身はアンケートだけでいいかなという思いがあったんですけど、やっぱりアンケートだけでは設問もちょっと限られますし、深いところまで入り込めないというところもあって、やっぱりこういう機会、場を持つことも必要じゃないでしょうかという提案を名古屋城の方から受けたと思います。そうだなといって私も理解を示したんですけども。 2ページ ・市長がもう、エレベーターというのかな、昇降機ですけど、これを付けるとか付けんとか言い出したときに、周りの人の意見だけを聞いていたわけです。名古屋城の方にもいろいろ意見はくるんだけど、その一部の人の意見だけをまとめると7対3か8対2ぐらいで、エレベーター付けない派の意見が多かったんですね。ただ、それは一部の人の意見ですから、それを市民全体の意見としてとらえるわけにはいかんので、広く市民から意見を聞いた形にしたいので、アンケートやりましょうということをまず、みんなで話し合って決めたんですけど。そういうことで、無作為抽出、5000人で、市民の総意というのがどういう方向性なのかというところを掴むためにアンケートやりましょうと。 ただ、名古屋城の方でもっと考えていただいて、アンケートだけではもったいないので、市民の意見も聞く場を持たないといけないということがあって、それはそうしましょうか、と決めたということなんですけど。 ・(名古屋城から提案が局の方にあって、松雄副市長からは、最初アンケートや討論会について必要性があるのかちょっと疑問で反対だったけれども、議会への説明として必要ということで、観光文化交流局から提案があった?)そうです。そういう提案があったので、一応そういう段取りして、どういう形で、いつまでにできるか、スケジューリングしてみましょうと。で、そうしたら、何とかやり切れるスケジュールが立てられたので、副市長、市長にこうやって上げてこうかと、最終的には局の方で、日程表みたいなやつを作ってですね、説明に入ったということです。 その提案を受けた技術についても、まだ市民の方がよく知らない状態でしたから、それもきちんと情報提供して、こういう技術ですとわかってもらった上で、やっぱり市民の意見をもらうべきだということで、その技術もアンケートの中に入れながら、聞くのがいいんじゃないかということにしたんですけど。 市長がエレベーター、エレベーターと言っているんですけど、ずっと私は、あれはエレベーターじゃないですよ、ニュー・テクノロジーですと言っているんですけど、全然聞く耳持たれなかったですが。 ・(討論会は名古屋城から提案があったのか。議会の方で副市長が言っちゃったからやらざるを得なくなったという経緯なのか?)私の記憶では、名古屋城の方からそういう提案があって、そこまでやらないと市民意見聴取、アンケート、ミーティングというスタイルを取らないといかんと。 ・毎年説明会やっているコンサルが、上手に仕切って説明会やっていたし、そういう市民意見聴取のノウハウもあるということを私は聞きました。上手に意見聴取ができる、会議が持てるんじゃないかということで、発案してきたと思うんですけれども。 ・一部の意見の人だけを受けて、こういう方向になっちゃいそうだと思ったので、それじゃいかんで、何か市民意見全体で聞かないかんのじゃないかといって、その具体的な方法として、名古屋城から二つの方法でということで局で決めたんですけど。 ・スケジューリングして、あの当時は5年度の予算を市長につけてもらわないかんかったもんですから、技術開発の関係ですけど。そこでもう市長、こういうスケジューリングでやってこうというお話をしないと、なかなかその予算をつけるとかつけんとかいうところで、つけんとか言われてもいかんもんですから。こういう方向で、やってこうと思いますというお話をしたので、それが1月中旬ですので、その前ぐらいには決めとったと思いますけど。 ・(令和5年2月市会の答弁書の作成の段取りは)通常の感じだけど、ちょっと状況的には、ベテランの議員さんの最後のご質問だったので、それに対して、ちょっと強い思いで、ご答弁されたかったように思えるんですね。だから、自分なりの考えというところは前面に出た形になっているかなとは思いましたけど、それは副市長の思いですから、これぐらいでいくかねと言って、理解したんですけど。 ・もうあのスケジュール表を見ながら、答弁書を作っているもんですから。それに合わせて、流れで、市長最終判断のところまでいくことになったと思うんですけど。 ・(令和5年2月定例会の答弁で討論会の話が出たからやらざるを得なくなったわけではな 3ページ い?)違います、違います。もちろんこれ、もうちょっとその2月ぐらいには作っていましたもんでね。 ・討論会とアンケートの結果を受けて、市長から最終的なご判断をいただくと。 ・アンケート結果ではこうだった、討論会ではそれについてこういうお考えで、こういう意見になっていましたというところを踏まえて、市長として、最終的にどうするかを決めてもらおうとしていました。 ・(1階で留まるのか、上までいくのかっていう判断の材料にしてもらうっていう感じ?)そのつもりでした。 (2)企画にあたって市長からの指示等はどのようなものがあったか。 ・昇降機に限らず、木造天守の復元事業に関しての市民説明会というのを、私が着任する前からもずっとやっているんですけれども、そういったところでは、木造天守の復元事業そのものに、賛成派・反対派、両面ありまして、そういう場面では、反対派の方々というのがかなり強硬に、強い発言をされることも散見されたということが記録としてはあります。そういったことを、市長としてはやめたいと。要は簡単に言うとあまり強硬な反対意見が出ないようにしたい、というようなことはおっしゃっていました。そういったことは、なかなか発言の内容まで規制できないですから、どうしたものかなと考えておりましたけども、そういう発言はありました。 ・1点はですね、参加を、例えば希望制にしますと、参加される方というのは、フラットな意見を持たれた方というよりは、むしろ自分の主張をしたいがために参加したいということで、最初からそういう強い意思を持った方々が応募される可能性が非常に高いということで、なかなか難しいことではあるんですが、無作為抽出のような形で実施するというひとつの考え方としてあるのかな、ということは考えておりました。 ・5000人アンケートを無作為で実施した上で、その中から選ばれたご希望の方ということであれば、一定のそういう極端な意見はある程度、除外できるんじゃないかなという想定のもとで実施をしたということです。 ・例えば、討論会のアンケートの内容で、設問の仕方で、もちろん原案は我々が作るんですけど、それを市長・副市長に説明する中で、こう変えたほうがいいんじゃないかという指示は、いくつかあったと記憶しています。 (3)企画にあたって副市長からの指示等はどのようなものがあったか。 ・副市長は、市民の意見を問うことに関しては、当初、若干、慎重な意見がありました。市長の意向が当初からかなり明らかではあったので、それに対して市民意見を問うということの判断については、まず入口のところで、副市長が若干、躊躇をしていたと。一方で市民の意見を聴く必要もあろうということは、我々との意見交換の中である程度、理解していただいたので、そういう方向性については必要なことかなというふうに変わっていったと記憶しています。 ・(副市長は、市長がバリアフリーに消極的なので、あまり市民の意見を聴く必要はないんじゃないのか)という感触でした。むしろ、今更聞いてどうするんだみたいなことをある程度、その表現ではないにしてもおっしゃっていたように記憶しています。(それに対して)私どもとしては、少なくともこれから進んでいくにあたって、市長が右だと言ったから右だという判断で果たしていいのかと。当然、政治判断というのが最終的にありますが、市長が決めたから、後のことは何も検証も議論もせずに、それでいいんですという話を、行政としてはなかなか、特に議会に対して問 4ページ われた時に説明ができないんじゃないのか、という発言はしています。 2 市民アンケートについて (1)実施目的、意義等は何か ・よく電話がかかってきた時がありました。やはり賛成だ反対だという声はいろいろありますけれども、主張されたい方の声がやっぱり多いかなと思っております。無作為で選ぶことで、普段発言されない方も含めて、広く市民の方が、どういった意見が多いのか取れるのではないかということで、無作為抽出で5000人アンケートをとったというところです。 ・やっぱり忌憚のない意見、どちらかに偏った意見ではなくて、無作為抽出してご意見をいただくというところが大事じゃないかということで、バリアフリーをやる、やらない、どちらかということを期待するところではなくて、単純ですけども、素直に無作為抽出でいろいろ意見をいただいたときにどうかということを期待していたというところです。 ・まずは市民の方の素直な意見として、木造天守に昇降機をつけることを、容認する人とか、つけたくない人、そういった人がどういう割合でいるのかを知るのが目的だったと思っています。 ・直接的には市長が、昇降機を設置することに、非常に判断をためらわれていた、もしくは否定的な見解を述べていたこともあり、かつ市長の考えとしては、市長のところにお越しになる市民の方もしくは意見を寄せられる方の大半、市長は圧倒的な多数と仰っていましたが、つけないことを望んでいるという発言がありました。一方で我々は肌感覚というか、通常業務を実施する中で、必ずしもそれが圧倒的多数ということではなくて、実態は本当にどうなんだろうと非常に疑問ではあった。市長の強い意向がある中で、我々は実態をまず把握する必要があるだろうということで、アンケートを取って判断材料にするべきではないかなということで、実施することにしたということです。 ・やっぱり一部の意見の人だけ聞くと、ああいう状況でエレベーター要らない派の声が大きかったですから、それではなくて、本当にフラットに多数の市民というのはどう思っとるのかなというところが知りたかったというのはありますね。 ・無作為抽出の5000人アンケートですから、ある意味フラットな市民の縮図といった形で、名古屋城に対する、特にバリアフリーに対する市民の考え方がきちんと把握できるんじゃないかと思って進めて参りました。 ・特に具体的に設問で、「5階まで上がる」から「1階までしかつけない」という3択みたいな形で設問を設定してきましたので、それに対する市民の割合というか、それがきちんと把握できるんじゃないかと期待しておりました。 (2)実施方法や説明資料等の検討はどのようなものであったか ・アンケートに同封する説明資料のレクを進めている状態で、その資料の内容について市長から、こういうふうにして欲しいという話はありました。 ・史実に忠実な復元とバリアフリーの両立って、対外的に、議会で何回も言っています。それを取るのは、あんまり記憶はないんですけど。設問にそうやっていく上では、この表現が不釣り合いということで無くしたのかな、ごめんなさい。あの、記憶がないです。 ・アンケートの設問というか、建築基準法の逐条解説を引用して、ちょっと正確に言葉わかりませんけど、文化財を残していくことについては、我々の任務なんだという、そういう表現を入れてく 5ページ れということは言われて、そこは反映させております。 ・(市長の指示で)アンケートの趣旨みたいなところに確かそういったことを入れ込んだのと、あとは当日のパワーポイントの資料の中にも、そういう「任務」だということを反映させたりとか、天守の中にMHIが提案している垂直昇降装置を入れた時に、どんなイメージなのかというパースというか、それも確か入れた記憶があります。 ・副市長からの指示で直したという記憶はあまりないです。 (3)アンケート項目の検討等はどのようなものであったか ・事前送付のアンケートですと、何階までいきますかというところで、当初は選択肢がそれぞれ1階、2階、3階、4階、5階と、あと「いらない」と「わからない」というふうにあったんですけども、それを5階と、1階までと、つけないという選択肢にする指示を(市長から)受けたように記憶しています。 ・(昇降技術を)つけない、という意見も聞かないと、というわけではなく、本当にフラットに、付けないも含めて1階から5階までのすべて、選択肢を出した上でアンケートをするべきではないかなということで最初は考えていたというところです。 ・(当初アンケートは、エレベーターの設置は、つけない、1階、2階、3階、4階、5階まで、これが全部入っていたのですか?)そうです。1階2階3階全部のフロアを書いていました。 ・(市長のレク等で、つけないと1階と5階になったということですね?)はい。 ・(アンケートを行う)その時点で設置階が決まったものがあるわけではないと私は思っていて、最初はフラットに全部の階で提案させてもらっていました。 ・(公募条件の最上階を目指す)私個人の思いとは違うんですけども、選んだ技術を何階までつけるのかは、何も決まっていない前提と記憶しています。 ・すべての意見をきちんと、まずは聞こうというところで。 ・(市長は)アンケートに何を載せるかというところについては、こだわりを持たれていたなという印象はあります。 ・もともとつけないという状況であれば公募をやる意味がなくなってしまうので、そもそも論として。公募をやるということは木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針を平成30年5月に出していますけれど、そこで可能な限り上層階を目指し、という言葉が書いてありますので、つけないという選択肢はまずないというふうに思っていましたので、何らかの形でやると。何か取り組むと。 ただ、現代の技術の限界だというのであれば仕方がないという考えで進めていましたので、つけないというのも確かにその時に覚えはありますけれども、そういう選択肢がないわけじゃないという覚えもありましたけれども、アンケートに載せるかどうかっていうところまでは(私は)把握できてない。 ・(昇降技術を)付けないということもありうると私が初めて聞いたのは、副市長からなんですけど、もしここで付けないとこの先も付けられないので、ゼロでは駄目なので、最低要求水準の1階だけは付ければその先にも可能性があるというようなことは覚えがあって。それは、公募をやる前からの前提条件ですので、ゼロはないですよねっていうことは、いろいろと言った覚えはあります。 ・(年度末の選択肢(案)だと、設置することに賛成、設置することに反対。賛成の場合は、1階、2階、3階、4階、5階まで)それは覚えがあります。どこまでそれを載せたアンケートにするのかは、年度末の段階では決めきれていなかったと思います。 ・私のとらえ方としては、まず素案があった中で、それをベースにどうしていくかというのと、公募で選定した昇降技術を設置していくと決まっていると認識はしていたので、つけないという設問 6ページ も設けましたけど、何階まで設置していくのかという議論なのかなぁというふうに思っていましたので。あまり外付けだとか、大型エレベーターをアンケートの設問に盛り込むのは、考えなかったです。 ・そのアンケートを取る前は、結果としては、今、市長は、少なくとも1階までは付けざるを得ないという意識は当然ありますが、昨年末から昨年度3月ぐらいまでは、市長は付けないという本音の部分ではずっとおっしゃっていて、我々としては付けないことがそもそも公募条件に合致しないとずっと言い続けてはきていました。市長としては許されるものならば付けたくないという、そういう言い方ではないにしても、かなり表明をしていました。それは全く付けないことを選択肢として盛り込むことが、当然そういう参考値として取っておくことが必要だろうと考えたところです。 ・(市長から指示があったわけではないけども?)忖度ですよね。 ・選択肢1つずつ全部、市長のチェックを受けていまして、全部市長OKを取る形でしか出してないんです。だから例えば5階まで大型の11人乗りのエレベーターをつける選択肢を作ると、たぶん、市長怒りましたね。すべからく市長のOKが通ったものしかやっていないということなんです。 ・(基本的には市長が全部チェックを入れて?)そうです。だから途中のページ構成もそうですし、途中の文言もかなり詳細なところまで、添削入っています。そこは全部市長のチェックが入ったもので出てます。事務方だけで勝手につくれません。 ・市長の指示も直接ありました。ここはこういう文言で出してとか、ここ違うとか、この図を入れるようにとか、この写真使うようにとかですね。全部入っていました。 ・(説明資料ですね。最初5階まであったのが、だんだんそうなっているのがそういうことでしょうか?)そうです。ただそれでも5階までの選択肢は我々としては入れざるを得ないとか、入れないとバランス取れないから入れると。最初は5階までの選択肢を入れるのも、かなり抵抗していたと思うんです、市長は。 ・(資料で、最初バリアフリーの両立という表現が使われていたが、だんだん表現が変わっていったのは市長がチェックをして、変わっていった?)そうですね。 ・市長の周辺では、つけないようにとの話がある中で、つけない選択肢を外して、その場面で、「何でつけることになっているんですか」というような意見が出た場合、誰が答えるのかということです。市長は最上階まで障害のある人もない人もその眺望を楽しめるようにしますと言ったのが、付加設備の方針。一方で、ちょっとこれは本人がおっしゃっていたんですけど、エレベーターをつけるなんて断固許さんって言ってわしの取り巻きは何人からも言われたと。だから、要は、前言撤回しているわけです、つけないと。5階までと言っていたのが急遽いわゆる公募で選ばれたものが、エレベーターの小型版だったから、それに激怒されましたけど、市長は。それで最初は認めないという言い方も一部していた。これも事実です。ただ、絶対認めないと言っていましたけど、途中で半分折れたような形になって、しょうがないと思ってはいるんだと思いますが、それでも付けるなという意見をたくさんもらうから、先ほど申し上げたように年末の段階では俺はつけないと言っていたと。ただそれがちょっとこれも本当にリアルな話として、再三、副市長のところで話していますので、本音の部分ですけど、付けないと訴訟で負けますよという話を、副市長も市長にお話しすると、ちょっと正直それは困ると思ったのか知りませんけど、じゃあそれは付けざるを得んなというふうに訴訟リスクの観点から、おっしゃっているというのが正直、半分以上あると思います。それだけじゃないにしても。だからそういう意味でいくと、本来は、市長は、支援者の考え方を踏まえると、付けたくないし、付けないで済むなら付けたくないんです。そういう意味の表れとして、付けない、1階、5階という選択肢になっています。だから付けない選択肢をアンケートの中で省くのは、おそらくありえなかったと思います。 ・一部の人の声がいっぱいきたというところで、もう付けるなという意見も多かったんですね。だからフラットな市民の意見として、アンケートをやるべきだということで、そういう選択肢に入れさせてもらったということだと思うんですけど。 7ページ ・最終は市長の判断だもんですから。ただ、付けるな言う人もこんだけおるけど、やっぱり今の世の中、健常者だけの建物じゃないので、私としてはこうしたというふうに最後は言って欲しいな、という思いがあったんですけど。ただ、「なし」という意見もいっぱい来とったもんですから、フラットな意見としてやっぱり聞くべきじゃないかなということでああいう設問にしたという覚えですけどもね。 ・(フラットに聞くために「設置しない」を選択肢に入れたのであれば、「大型エレベーター」の選択肢も入れるのがフラットになるとも思うが?)付加設備の基準で、もうああいう形でやらせていただいてましたし。基本方針としてもう柱・梁が、そのまま本物にして、その間に入る技術をお願いしますということで公募しましたので。そこはもう11人乗りは無理ですから。そこはもう、大前提としては(11人乗りのエレベーターについては)聞かないということにしました。 ・大前提としては、まず本物作って、その中に入れ込める技術を公募して、その提案が出てきたんです。それを今から、施工者と、技術的に入れ込めるかどうかを開発していくんですけど、今の提案があった技術で、どうしたいかを聞きたかったんですね。 ・付加設備の基準があり、あれに沿ってやっていく方針を出していますので。もう外付けは絶対ないというところと、柱・梁を傷つけないという大方針になりますので、その中で、聞いたということだと思いますけどね。 ・(市長にちょっと忖度した?)いや、と思いますけどね。私自身はそんな思いはないです。 ・(フラットに聞くならこうなるだろうとの思いでやったということで、別に指示や忖度でそうなったわけではない?)はい。 ・(昇降技術を設置しない選択肢について、例えば、市長へのある意味忖度などの事情とかは?)ちょっとそこの経緯は、把握していないですね。 (4)アンケート項目の内容が市民の誤解を招いたのではないか ・正直なところわからない。1階、2階、3階、4階、5階っていう選択肢を示しながら聞くという素案がもともとあって、最終アンケートの設問を取りまとめていく中で、つけない、1階、最上階というふうになったので、僕は付けないという選択肢もあるのが、もうそれを事実として受け入れていたので、そこ(差別発言が発生する可能性)は考えたことがなかったです。 ・振り返って今思えば、当然市民の方はそれまでの議論の過程は知らないわけなので、何でエレベーター議論がないのと思ったかもしれないです。 ・こうだからこうなんですよというきちんとした情報を、市民に開示して、説明して、その上での議論がよかったのかなというふうには思っています。 3 討論会について (1)開催目的、意義等は何か ・(市民の意見を聞く会ではなくて説明する会?)ではないですけど、一定程度、今選ばれた昇降機がどういうものかをお示しした上で、こういうものが入る可能性を知っていただき、市民にどういった意見があるかを直接いただきたいと考えて、市民討論会の内容の検討はしていました。 ・(説明会と今回の討論会の大きな違いは、昇降機について皆さんに意見を問うことがねらい?)そうですね。市民説明会はあくまで天守閣整備事業全体を説明するもので、今回の討論会はバリアフリーの問題になっていますけど、天守内部の昇降機をどうしていくかを考えてもら 8ページ うのが主眼です。 ・(名称は「バリアフリーに関する市民討論会」だが、実際広くバリアフリーということではなく、昇降機の説明と意見を聞く会だったのでしょうか?)そうですね。メインは昇降機と考えています。当日の説明の中には地上から天守まで行くスロープも説明しましたが、そちらはあまり意見が出ないという思いはありました。 ・市民討論会での市民意見を踏まえて市長が判断するものと聞いていました。 ・アンケートだけではなく、当日来た方の思いを市長に伝えた方がいいという話があったと記憶しています。アンケートの結果と市民討論会当日にいただいた意見も併せて、市長にご報告し、その上で、どうしていくかを判断すると聞いておりました。 ・(市長に、そういうのを直接聞いてもらうことで、よりきっちりした判断をしていただきたいという意図のものという認識ですか?)そうですね、はい。 ・局としてなのか市としてなのかわかりませんけど、討論会をやっていくものだというふうに決まったので、それが最終的には市長に判断していただくものであるということなので、私としては、なるべくどちらかの意見に偏ることがないように、フラットにやった上で、意見をきちんと聞いて、それをお伝えしていくものだというふうに思っていました。 ・やっぱり名古屋城総合事務所へご連絡いただける方というのは、どちらかというと両極端なご意見で、つけるべきだ、つけないべきだ、と完璧に分かれている意見をよくいただきましたし、手紙や電話でもよくいただきましたが、それはある意味両方に偏った意見ということですので、220、230万ぐらいの都市でいくと、大体、統計的にどれぐらいの人数以上あれば、市民意見の反映ができるのかなというところで、5000人ぐらいであれば十分じゃないかということがありましたので、それで5000人の意見をいただいて、どういうふうに皆さんお考えなのかというところを、素直なご意見をいただきたかったというふうに思っています。 ・(バリアフリー全体というよりは、昇降機のことについて意見する会だった?)はい。そう認識しています。 ・市民討論会に市長にご出席いただくので、市長に直接、市民の方々からの意見を聴いていただくというところがまずあったと思いましたので、それを踏まえて、市の施策として判断をするというような流れでしたので、その場でいろんな意見を言っていただいてそれを市長が聴くという趣旨だったと思います。 ・公募をやる前提から、障害者団体とかバリアフリーを主張されている方からのご意見をたくさん聞いてましたし、確かに歴史的建造物の中にそういう現代物があるのはどうかと、市民の方から反対するご意見もたくさんいただいておりましたけれども、公募をやった以上は、お互い譲り合うというか、お互い100%は無理なので、満点ではないですけれども、お互いに譲れるところという技術を提案いただいたと思いましたので、あえてまた意見を聴きますかというようなところでした。ただ市長に生の声を聴いてもらうということであれば、確かに過去はそういう場がありましたけどもこの数年はなかったと思いますので、そういうのも確かに必要だろうというふうに思いました。 ・(そもそもここまで進めてきて方向が決まってるから、今更聞いて変わると言われてもということで、消極的だった?)どちらかというと、はい。 ・(討論会を行う意義はフラットに聴いて、市長に生の意見を聞いてもらうことが大事だったということ?)はい。 ・確かに公表した資料、新聞に出た昇降技術の中身では、なかなかご理解いただけていない部分もありましたので、柱・梁を取らずに、取り外せば元に戻せるという技術がどういうものなのかということと、確かにカゴが動くんですけども、これから新しく開発していくものですので、どういう技術で、特許とか絡むかもしれませんのでなかなか出せない部分はあったんですけれども、こういう仕組みで動くものですよというところはお示しをした方がいいんじゃないかと。それが何階まで行けるかというのは、建物全体の構造の話であったり、観覧動線の話だったり、そういう 9ページ いろんな要素があると思うので、技術的な面だけではなくて、お城全体としていいかというところを、後々それをまた検討すべきだと思うんですけども。現段階ではこういう技術が最優秀に選ばれましたよ、というところまでをお示しをする、それで実際に、何階までならいいのかというところも、今のご意見として、お話を聞くということというふうに思ってます。 ・柱・梁を取らずに既存のエレベーターはつけられないというのは、皆さんわかっていて、障害者の方々もわかっていると認識していましたが、柱・梁を取ればでかいエレベーターつけれるでしょうというご意見もらっても、それでは木造復元する意味がないので、コンクリートで作ったものの周りに木がついているだけであれば、それは木造復元ではないですよねというようなところは再三ご説明をして、一部の団体の方にはまだご理解いただけてないんですけども。ただ、木造復元した城を早く見たいという方は、障害のある方の中でも多いので、その中でバリアフリーをどうするかと。人力とかドローンとかではなくて、現代の技術で何とかして欲しいっていうのが実際のお話でしたので、今回はちょっとエレベーターに近いものにはなりましたけれども、一部の団体以外は最優秀の技術で仕方がないといいますか、これならまぁとおっしゃる団体が多かったです。とはいえ、これから技術開発なので、もしかしたら1階までしか行けませんと、そうなったらもうそれが現代の技術の限界であれば申し訳ないですっていうことは説明させていただいていたので、何年後になるかわかりませんけど、時間が経つと木造復元の考え方も、もしかすると市民の方々も変わってくればということもあるのかなと思えば、今この段階で、あまり極端な話にしないほうがいいのではというようなことを思ったというところです。 ・一番の目的が、アンケートだけではわからない部分、市民の思いがこもった声を聞く、そこが一番のメリットという意識で進めていました。 ・我々も当然ですけれども、市長に聴いていただきたいというのが一番大きかったです。 ・直接市民の声をお聞きする場というのが、確かそのままの文言が2月市会の中にはなかったかもしれませんが、そういう発想があったのと、あと市長は、先ほど申し上げたように、直接付けない派のご意見を、お聞きしてるとおっしゃっていましたが、付ける派のご意見をお聞きしてるのかは、非常に疑問なところでもあったので、むしろそういう声をお聞きする場面としても、必要じゃないのか、というふうには思いました。 ・整合性を取るとすると5階まで目指せる技術を公募で選んでいる以上は、技術的な制約がなければ5階までつけるんだと思います。それができないのは市長の意思があるから。明確ですよね。もともと公募条件の中で可能な限り上層階を目指す技術ということで、公募をかけました。つまり簡単に言うと、建物の設計に入る前なので制約はさておき、技術として5階まで行ける、もしくは可能な限りと言っていますからそれが4階かもしれませんが、上層階を目指す技術として公募しているので、そこで採択された技術は当然のごとく5階、最上階、目指せるはずなんです。ですが、市長はそれをつけないと言っているんです。そこですでに公募の条件に反していますよね。5階までつけるなとおっしゃっているのは、市長なので、それ我々どうやって実現したらいいですか。そもそも公募に矛盾する発言をされているのは市長ですから。ですが、その市長の発言を補完するための意味合いも、苦渋の選択としてこの市民討論会は担っていると思うんです。結果としては。 ・アンケートをしていただいた人に、こうやってご回答されたご意見というか、その深層のところを深くお聞きして、こういう考え方でこういうことなんだ、というところを複数の人から聞きたかったということですね。 ・そんなイメージ(市民同士の討論)じゃなかったんですけど。本当にご意見を、行政側でお聞きするという。市民同士で議論を闘わせるというイメージじゃなかったです。 ・いろんな考えを持った方が出席してくださると期待しておりましたので、その生の声を、エレベーターをつけるべきだとかつけないべきだとか、その立場によって、どういう考え方に基づいてそういう意見があるかが聞き出せるんじゃないかなということを期待しておりました。 ・市長も含めて市として、生の声を聞きたかったということです。 10ページ ・アンケート結果で、大体の割合はわかると思うんですが、それを補完する部分でどういう考え方があるかは、やっぱり生の声を聞く必要があったと思いましたので、討論会と銘打ってやりましたけど、市民の考え方を直に聞く機会は設ける必要があったと思っております。 (2)「討論会」という名称にした理由等は何か。 ・具体的な中身が決まってない最初の時点から、確か、討論会という名前を使っていたと記憶しています。 ・ちょっと時間もない中でアンケートも作って、市民討論会の内容を決めていく中で、少しやり方が討論会と違うよねという話が、少なくとも名古屋城総合事務所内で一度あったと記憶しています。 ・少し正確さに欠けるかもしれませんが、確かアンケートに同封の、その参加申込書に市民討論会を6月3日にやりますと、名称を書いていたので、もう変更できないねという話になって、討論会という名前を降ろせなかったと。 ・討論会の内容をどうやっていくか検討する中で、市民意見を戦わせるというのが好ましくないというところもありました。それと併せて、名古屋城総合事務所の方で、目的は違いますが、市民説明会というものを毎年やっていたこともあり、考え方のベースが全くゼロからやるよりも、身近にあるところから、どういう形式にするかを考えていく中で、どちらかと言えば説明会寄りの進め方がイメージしやすく、そうやっていた。 ・(討論会という名称だけれども、具体的な昇降機がどういうもので、設置された際のイメージを説明する。その上で市民の意見を聞きたいということ?)そうですね。 ・私は全く記憶がないので、申し訳ないのですが、討論する場ではないというふうに考えておりましたので、意見交換だったりとか、そういう名称なのかなというふうに思っていましたが、名称をどうするかというところまではっきりと3月末までに決まっていたわけではありません。人を集めてやるということは決まっていましたけれども、どういう名称でやるかは、決めてなかったと思います。 ・私は意見交換会というイメージを持っていまして、木曽川水系連絡導水路事業で、反対と賛成の両方の意見があるというのを、5月連休明けぐらいにやるんだというお話をいただいて、バリアフリーの意見交換も同じ時期にやるので、同じように賛成と反対の人が集まる場の中でやり方を劇的に変えると市長が混乱するといけないので、というお話もあったので、意見交換会と同じような形の方がいいんじゃないかと私は思いましたので、そういう形も含めて調べた結果でやらせていただきましたけども、実際のやり方は木曽川水系とは全く違うやり方になってしまっていました。そもそもの発端はそこからかなというふうに思っております。名称についてはですね。 ・討論して何かを決める場ではなくて、ご参加いただいた方に意見を言っていただいて、それを聞いている市長が後々、市の施策として判断をするというような流れでしたので、議論をするというか、言い合いはあるかもしれませんが、そこで何かを決める訳ではなかったので、討論という認識はなかったです。 ・もともとは市民意見の聴取というところから議会答弁もあったかと思うので、最初は意見聴取会みたいな感じで、ちょっとぼやかした感じで、こういう会をやりたいということはコンサルの方とかにも話をしてました。ただ、ちょっとすみません、その辺りが討論というところは、ちょっとよくわからないです。 ・僕は業者から出てくる書類の中で、ある時期に市民討論会と名称が変わった経緯を、ちょっと承知してないです。 ・双方の意見をちゃんと聴くというのが主目的だったと思っていまして、意見を闘わせるという頭 11ページ はなかったです。 ・(名称について)個人的には違和感はありましたけれども、途中で名称を変更することも結果的にはなかったですし、看板は違うけれども中身としては、市民からのいろんな意見を聴くという目的で、それを達成するというふうなことであったかと思っています。 ・当初、討論会というイメージでいくのか決まっていない段階で、正直、まだ深く検証してない段階で、仮の状態でつけました。説明会というと、従来は先ほど申し上げたような、木造天守復元事業に対する説明会というような位置付けでやっておりましたが、一方的に、我々行政の側が、現在の進捗状況とか、事業内容についてお話をする機会として実施をしていたので、若干それとは異なる事業ということで、意見交換会とか、そういう言い方もあるかなという話はしておったんですが、長いので、仮置きでとりあえず討論会という形にはしておったんですが、途中で名前はさすがに討論という形じゃない方が、変えたほうがいいんじゃないかということは私も話をしたんですが。その時に討論会という形で、いろんな広報物とかに、先付けで、準備段階で出していた段階なので、変える段階じゃなくなったこともあり、討論会という名前のまま実施をしたということで、結果論としては必ずしもふさわしくなかったと思っております。 ・(3月15日の副市長レクの段階では「ミーティング」で、3月28日の局長レク以降に変わっていますが?)そうですね、変えようがないとわかった段階が多分その状態だと思います。当初は、ミーティングという名前にしておったんですが、詳しい経緯まで記憶してないんですが、変えられる段階じゃなくなったので討論会でいくんだという話は聞きました。どういう経緯だったかちょっと記憶ないんですが。 ・(仮置きで討論会としていたが、変えたいと思ったけれども、もう今更変えられなかったから?)そんなような経緯だったと記憶しています。 ・(なぜ変えられないんですか?)私は直前にもやっぱり変えたほうがいいんじゃないかという話はしていましたので。理由までちょっと今、記憶してなくて、すみません。 ・僕は変えて欲しいと言っていましたけれどね。 ・討論する場というよりは、いろんな多様な意見をお聞きする場と思っていたので、だからそういう意味では最初のネーミングが、ちょっとおかしかったんだと思います。そういう形としては、討論じゃない方がいいだろうなというふうには、思っていました。 ・記憶だけになりますけど、あのとき木曽川導水路も同時並行でやっていたんですけど、同じ松雄副市長の所管ですから、それと合わせた形にしようということで。たぶん、導水路の方は市民討論会という名前だったので、ネーミングはそうするかと。体裁だけは。申し訳ない、そういう記憶ですけど。 ・(名称を変えられなくなる時期とか事情はあり得る?)細かい事情はわからないですけど。いや、変えようと思えば変えられると思うんですけど、いくら外向けに出していたとしても。こういう表題でやりますとひと言。以前討論会としてご案内しましたが、市民意見交換会ということにさせていただきますと、その送る文書に書いとけば。 ・副市長レクやっていたときに、木曽導も同時並行で行くから、それと合わせてやっていった方がいいということで、上下水道局に聞きに行って、こういうネーミングだったと思うんですけど、その時点では。それと合わせたというだけのことだと思うんですけども。 ・資料を見ている中で、最初は、市民ミーティングだったかな、ワークショップとか、そんな言葉があったことは確認しましたけど、令和5年度当初にはすでに市民討論会になっていたから、ちょっとそこはどういう経緯で変わってきたかは、あまり詳しくは聞いておりません。 ・討論会というネーミングなんですが、実際は意見を闘わせるというよりも、それぞれの意見を聞くという性格だったもんですから、実際の内容とネーミングがぴったり合っていたかというと、ちょっとそれは疑問だなというところもありましたけど、上下水道局でも同じような時期に、徳山ダムの木曽川の導水路の市民討論会を予定していまして、それが先にあったもんですから、それと同じネーミングにしたということを確か聞いたと記憶をしております。 12ページ ・(木曽川導水路は過去に討論会という名称が使われていたが?)たぶん、その流れが、ずっと頭にあったんじゃないかなと思いますけど。 ・おそらく、アンケートの発送の時に、その名称で案内もしていたと思いますので、あえてそこで名称を変えるという判断には至りませんでした。 ・あまりその討論会なのか意見交換会なのかというところについての議論をした記憶はないです。 ・(討論会というネーミングを変えたいんだけど、変えられない理由はあったりするんですか?)特にそれは、どうしてもその討論会じゃなければいけないということではないと思いますので、ただそこまでの議論が正直なところなかったという。 ・(最終案内の段階で、名称を討論会じゃなくて、こういうふうにしますってことは可能ですか?)それは手続き的には可能だと思います。どうしてもそれにこだわる必要はないと思いますので。 ・(この名前は適切じゃないから変えたほうがいいんじゃないかという話自体)そうすべきだというは意見にはならなかったと記憶しています。 ・(変えたほうがいいんじゃないかという話題も出なかった?)ちょっとあまりそこは記憶がないですけど、主にその意見を聞く場だから、討論会というと意見を闘わせるとか、そういうことにもなるもんですから、ちょっと実態と違うねという話はした記憶もありますけど、名称を変えるというところには至らなかったという、そういうことです。 (3)木曽川導水路事業を参考にしたのか ・(討論会と同時期に開催予定だった上下水道局の「木曽川水系連絡導水路意見交換会」と整合性を取った形で開催するよう副市長から指示を受けた認識はありますか?)それは受けました。 ・(上下水道局とお互いに確認しながら実施を検討したのですか?)そうですね。はい。そこは間違いありません。 ・木曽川の方の意見交換会の名称が、いつ固まってきたのかわからないですけども、ただ4月19日と記憶してるんですけども、アンケートを出した時点で、市民討論会開催のお知らせとなっていたので、そこから変更することはなかったと記憶してます。 ・(討論会の)中身をどうしていくかに頭がいっていたので、少し名称に関しては、注意がいってなかったと思います。 ・(討論会の)やり方をどうしていくか何もない頃に(上下水道局に)一度お伺いしに行ったと記憶しています。その時には、1月の市民説明会のような、資料を説明して会の終わりに少し意見や質問をいただく方法とか、昨年度公募を実施する中でワークショップを開いて、提案した技術を説明した上で、グループワークみたいな形で話し合っていただく方法に近いものから、最初、検討を始めたという記憶があります。その中で、木曽川の件は、確か3月中はまだあまり決まってないという話だったかと思います。 4月に再度行った時に、意見交換会という形式を考えていると言われたと思っておりますが、そのタイミングが4月19日の前後どちらだったか、はっきりしませんが、そこで、やり方を教えていただいて、我々でいう市民説明会のやり方に近いなというところで、そちらをベースに検討を始めていました。 ・上下水さんの方は、有識者の先生方に賛成反対の意見両方言ってもらう形を取っていたと思うんですが、私どもの方は、タイミングも遅かったので、そういう形が取れないなと思った記憶はあります。有識者の先生に依頼するにしても、討論会開催まで1ヶ月あるかないかだった記憶があるので、そのタイミングからお願いするのは、難しいと思った記憶はあります。 13ページ ・とにかく時間がない中で、場所も決めて有識者の手配もして、会場の下見もして、どうやって当日捌いていくかという方法を検討していたので、深く考える時間はなかったですね。 ・(副市長から指示があったのはいつ頃だと記憶されていますか?)話をまず聞いて来いというので、それが、2月か3月かちょっと定かではないですけど、少なくとも昨年度のうちには、1回ありました。 ・上下水の方も検討しながらの状況だったので、前もって、詳細を教えていただける状況ではなかったと聞いています。 ・木曽川水系連絡導水路事業を所管している部門の担当の方にどういう形でやるのかをお聞きした。ただそのときは、まだはっきりといろいろ決まってないと。ただ何年か前にやった事例があるので、そのお話は聞きましたので、反対と賛成の意見両方あるので、それについては、いろんな有識者の先生方とか、反対する方とか何人か発言してもらってそれを市長がその場で聞いて、どうするかを判断するやり方だということぐらいまではお聞きしたので、そういうようなイメージと近いのがいいのかなという考えで進めていければと考えました。 ・少し時間的なものもあるんですけど、木曽川水系連絡導水事業の話はもともとわかっていたので、そういうやり方ありますねと。ただ、本当にこの名古屋城でやるんですかというところをずっと思っていて、反対・賛成の意見をお互い木曽導と同じようにやりますかと言うところも、なかなかその指示はいただいたんですけれど、本当にそれをやるべきかどうかというところもあったので、ちょっとその辺りが少し時間的なものだったら申し訳ないんですけど、その辺はちょっとごたごたしていたかなと思っています。ただ草案が出てくるのは大分前でしたので、議会答弁が3月にされましたけども、その1か月以上前に先生とやりとりをいろいろされていますので同じぐらいの時期だったんじゃないかという感じはしていますが、その辺は、ちょっと記憶があいまいです。 ・木曽川水系の方は中身を全然存じ上げないので、単に話を聞いたというところでした。ただ賛成と反対の意見がありますけども、当然折り合うというか、そこで皆さん納得するというものではないのかなと思っていましたので、お互い言いたいことを言っていただいて、それを市長に聞いていただいて最終的に市長が判断するという感じで認識していましたので、それと同じ形で今回どちらにしても折り合うことはなかなか難しいと思っていましたし、個人の攻撃ではなくて、障害者への攻撃ではなくて、城とはこういうものだみたいな話で、総論的な形で意見言っていただければと思っていたところが少し甘かったのかもしれないです。 ・記憶が曖昧ですけど、副市長からの指示もあって、上下水道局の方にどういうふうな運営をされるのかというのは聞きに行きました。それを聞いた上で、まず先方はホールでやられるというようなことで、こちらは少し規模も小さくなっているとか、参加する人、あちらは基本的に希望者全員という中で、(運営や進行などをお互い確認しながら実施しなかったのは)特段参考として取り入れるところがなかったためだというふうに記憶してます。 ・あまり記憶が定かではないんですけれども。もともと名古屋城としてこういう会にしたいという構想があった中で、(あまり参考にしなかったのは)上下水道局の話も聞き、比較しながらの判断だったと思います。それで大きく運営方法を変えるまでに至らない判断をしたと。 ・(木曽川水系連絡導水路意見交換会と整合性をとるなら、名称を意見交換会に合わせることは検討されなかったのか?)特段の検討はなかったと思います。途中でそういう話が出たような記憶もしていますけど、最終的にあまり議論にならなくて、当初の市民討論会という形で実施することが決まっていて、アンケートを送付した資料にもそのように書かれていて、それを途中で変えるという議論にはならなかったです。 ・木曽川水系連絡導水路の会議の情報は実施前から聞いていましたし、当日私も傍聴していましたので状況は何となく把握はしました。やっぱり最終的にはその会議の中では、強い発言をされていた方が何人かいらっしゃったので、そういったことについては極力避けたいということは考えていましたし、手法の問題はありましたが、そこについては注意をする形をとらなきゃいかんということで副市長等にも、事前にそういったことのなるべく無いようにしたいということは、発 14ページ 言をしています。 ・大勢たくさん入られるホールの形でしたので、若干、構成としては違う。あと壇上とその下の傍聴席という形だったので結果的には大分、雰囲気が変わりましたので、そういう意味では必ずしも参考にならなかったかなというふうに思います。 ・(上下水道局が意見交換会だけど、討論会の名称は変えられなかった?)結果論としてはそうです。 (4)令和4年度の間に何を検討・準備したのか ・6月の上旬ぐらいに市民討論会をやるという話は決まっていたはずです。ただ、具体的に市民討論会の中で何をするかは、昨年度末の時点では何も決まっていなかったと思います。 ・有識者が誰とか、会場とか全くない状態でした。 ・市民の意見を聴くというところをどういう手立てで、どういう手法でやるかというところで、年度末の短い時間で検討した中で、通常のアンケートではやっぱりちょっと、事業の中身的にそれで意見を聴いたとは言いにくいというか、それを表明しにくいだろうということで、よくそういう市民説明会でも司会をやっていただける企業の方がいましたので、過去も含めて、市民の意見を聴くときに、どういうやり方であればより意見を出していただきやすいかという中で、無作為抽出をして、アンケートをとって希望される方に集まっていただいて、そこでも意見を言っていただくというステップを取れば、意見としては収集できるかなという形でいきましょうというようなところまでは、3月までには決めていたと思います。 ・5月中に何とかやりたいというところで調整して、5月の最後の週の日曜日を想定したんですけれども、有識者の先生が5月中は出張でいないという話がありましたので、それで6月でやろうというところは、ほぼ決まっていたと思います。 ・(時期だけが決まっていた?)そうですね。 ・本当にその4月の市会議員選挙の前にやるのか、選挙の後にやるのかというところでも、いろいろ意見が合わなくて、3月中に決めきれなかったということです。 ・(具体的な運営などの議論は)ほとんどしていないです。そういう慣れたコンサルがいるし、市民説明会を何度もやっているんですね。そこの取りまわしも非常に上手にやっているコンサルだったもんですから、ある意味信用しています。 (5)検討・準備期間等は十分だったか ・検討する時間は少なかった。 ・所管する先生方が選挙で代わられるかもしれないので、選挙前の先生方に説明して理解をもらってからやったほうがいいのか、新しいメンバーになってからやったほうがいいのか、どちらがいいのかというところもありました。選挙が4月の上旬でしたので、年度明けということもありますので、そこまで急に実施をしてしまって、また、逆に言うと後でそんな性急にやってという話になってしまっても困りますので、本当にそれはよく検討した方がいいんじゃないかと、いろいろとご意見の相違がありました。 ・(早くやれと)副市長から言われていました。12月に決まっていますので、早く方針を決めて、早く復元事業が進むようにと。 ・(副市長も2月議会で答弁しているし、議員もそう聞いているのに、ということもあって?)はい。 15ページ ・期間は短かったと思います。アンケートを取り終わって、残り1か月ぐらいで結構、具体的に討論会の内容を決めて、そこから急にバタバタと、先ほどのYouTubeのこともそうなんですけれども、動いたというところもあるので、十分ではなかったとは思っています。 ・僕がそこまできちんと理解する余裕があったかというと、なかったと思っています。討論会で、何かこうしゃべらなくちゃいけない場面も想定されましたけど、それは上司なり他の人がフォローしてくれるのかな、とは思っていました。 ・(スケジュールに合わせて、詰め込んだ?)おっしゃる通りです。 ・(スケジュールは)何度も無理だと、難しいと言っていましたけどね。昨年から引き続き、もしくはもう■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■も無理だと。とにかく8月は無理ですと、もう何度もお話を、直接、副市長室でしたんですが、全く聞いてもらえない。なぜ8月なんですかと言っても、そんなこと言っていたら、いつまでもできないだろうというすりかえになってしまって、8月の理由をおっしゃらなかった。理由は、わかりません。 ・(スケジュールは)全く十分じゃないですね。もともとスケジュールの問題以前に、こういうバリアフリー問題、いわゆる障害者とそうでない人が、木造天守が完成した時にどういう利用の仕方をされるべきなのかという観点での議論が、非常に希薄。ただ、市長が作りたいお城を作るんだということを、そういう意味の我々としては作業班的な発想で置かれていたように思うんです。ただやっぱり、本来はこれから50年、100年とある、いくら市長が公共施設じゃないとおっしゃっても、公共財として作る、天守、いわゆる建物なので、そういう発想での議論が全くない。そういう流れの中で、果たしてこの事業を進めていっていいのかというのがずっと疑問に思っていましたし、有識者の先生方にも海外事例に詳しい先生もおられて、そういう意味ではヨーロッパ、特にドイツとイギリスについては、もうかつてのお城であっても昇降エレベーターが付いているところも散見されて、当然のようにバリアフリー対応がされてきているので、何らそれを否定することはないはずなんですが、最初からそれは異物だと、市長が。そんなかつてなかったものを付けるのは、けしからんというところで議論が止まっているもんですから。果たしてそれが、そのままスタートを切って、粛々と建設に向かっていいのかというのは、我々も、疑問に思っています。本来はそういうことは、市長の一存で決めることじゃないんじゃないかというのは常々思っています。 ・やっぱり市長の想いもある。選挙公約も当然ありますし、市長の支援者の方々のご意見もわかるんですけど、ただそれで、想定の範囲で505億円、ただ物価上昇でもうちょっと高くなるかもしれませんが、そういうものを費やして、未来永劫にあるような、そういう施設を作っていっていいのかと。やっぱりみんなの財産になるようなものじゃないといけないんじゃないかと、私以外の職員もたぶん思っていると思いますから、そういうことの決定の仕方というのは、もう少し違った形が必要なんじゃないのかなというふうには思います。 ・本当は、僕らは技術的な限界をきちんと開発を進める中で明らかにして、技術そのものは5階までいけるんだけれども、建物の中での設置場所とか、避難経路の問題とか、同時に入室できる人数とか、二方向避難の問題とかいろいろあるので、制約がどっかに出てくるんですね。そういう意味で、技術的な限界でここまでしかできませんということが明らかになった段階で、市民にご説明をして、それで、ご納得、納得しないかもしれませんが、皆さんにお願いしますということで、そこまでの説明を尽くした上で、何階まで昇降機をつける、もしくは昇降機が、それ以上登らないところをどう処理するのか。健常者だけが上に登れるのが良いのか、それとも健常者も障害がある人も、両方ともが途中階まででいいのか。そこも含めて、本来はいろんなケースを想定して、示した上で決めることだと思うんです。VRとか最終的にはそういう代替施策も含めてですね。そういう手順を踏まえて、おそらくやっていくはずなんです。そこを飛ばして、結論ありきで、市長は早く決めて来いという話ですから、根本的な問題として、今回の討論会の不十分なねじれた状態に陥っていると思います。根本原因はそこです。 ・実際のところ言いますと、名古屋城からは、ちょっとこれやり切る自信がないですということを、途中で聞きました。その時、まだこうやってね、詳細にスケジュールにしてなかったですから、1回 16ページ これに当てはめてスケジューリングしてみようと言って、検討したんです。こうやってうまくいけば、この8月の文化庁第1回目に間に合うし、今の段階で諦めるということを言わんでも、これ目指してやっていきましょうということで進めていけばいいわねと。 で、ちょっとずるいですけど、どこかでまた支障が出てきたら、例えば12月に延ばすとかそういうことにしていけばいいので、今の時点ではもう、これを目指してやっていきましょうって皆で頑張ろまいと。で、局として総意でこういうふうにしたということです。 ・(ある程度、名古屋城側も含めて、ちゃんと合意をとった上で、スケジュールを組まれた?)それはもちろんそうです。最初、だからさっき言ったように、ちょっと、とか言ってましたけど。 ・(「ちょっと」というニュアンスは難しい。これ無理ですという感じ?)選挙があったり、アンケートの期間、新しい議員になってからいろいろ説明に回って、アンケートをやって市民説明やってという、ちょっとこのタイトな期間でやり切れるかどうか不安だったんでしょうね。ただ、こういう期間をあてはめてみれば何とかやり切れるだろうと。こうやって、こういう姿勢で進めようって。 ・(8月の文化庁の関係から逆算する中で、とにかく無理やりこれでやれって感じでは?) そういうわけでは。私はそういう高圧的なことは嫌いなので、みんなで話し合った形にして。 ・(令和4年度末までの状況においては、そんなに無理にやれみたいな感じではなかった?)じゃないです。我々だって前年度末までに、整備基本計画まとめますという約束を議会とかにしていて、それ何とかやり切れたんですよね。一部、バリアフリーとか宿題みたいになっていたんですけど。あれだけ困難な状況から我々、やり切ったじゃないかと。もう少し頑張れば何とかこれもやり通せると思うよと言って。だからもう皆で頑張ろうって、こういうことでみんなでそういうふうにしたんですけど。 ・(結構スケジュール大変かもしれないが、慣れたコンサル、委託業者がいるので、そこをちゃんと活用、連携していけば、何とかやっていけるだろうというイメージの中で、もう行けるだろうという感じ?)その辺も大きい要素ですね。名古屋城の職員、今までやってきて非常に優秀な職員が揃っていたもんですから。そのコンサルの力も借りながら、やり切れるんじゃないかというのはありました。 ・(やり切れる認識だったので、副市長から無理難題を押し付けられた理解では)ないですね。個人の心の中は分かりませんけれど、局としてこうやって資料を作ってですね、市長まで話に行っている限りは、もうこれで理解していたということだと思います。 ・確かにね、(副市長は)早くやれという言い方をしとったのかな。まあできるだけ1回目の文化庁めがけてやりましょうというところは言われていたので、強くそう思っているかもしれません。しかし、こうやって当てはめていったら、やり切れるというね、認識は持ったと思うんですけど、名古屋城の職員も。ただ、個人的にそうやって思っている職員はおるかもしれません。あれは圧だったのかなと。ただそこは、私とちゃんと話し合いながら、こうやってスケジューリングしていたもんだから。腹の中に落としてもらっていると思うんですけど。少し、そうじゃない職員もいたかもしれませんね。 ・一応、いついつまでにというスケジュールがある程度フィックスされていた部分があったので、そこに向けて頑張ってくれという、そういうことでした。 ・令和5年度以降に、そういう(スケジュール的に難しい)話はなかったと思いますけど、ただ色々その前の資料を見ていると、もう少し余裕を持ったスケジュールで、当初は組み立てられていたものが、途中から大分それが前倒しになったという経緯は、承知しております。 ・例えば文化庁に出す整備基本計画でいきますと、3月末の段階で、このバリアフリーの部分と、あと石垣の保存方針みたいな部分が少し積み残しで残っていて、そこをクリアすれば完成するという段階まで進んでいたもんですから、そのスケジュール感で、あとこれをこなせば、いけるんじゃないかなと見通しておりました。 ・部下がどういうふうに思っていたかわかりませんけど、一応実行可能なスケジュール感で動いていたと認識しております。 17ページ ・(無理なスケジュールではなくて、十分できるということで?)はい。 ・(仮に、ちょっと難しいですという意見が上がってきていたら、8月を後ろ倒しにするっていうことは、十分許容できるんでしょうか?)もちろんそれはできますよ。ただ例年8月に国の復元検討委員会が開催されるという話を聞いておりますので、できればそこに間に合わせる形で、スケジュールを逆算して組むというのは、我々としては当然のスケジュール管理なのかなと思っております。 ・(スケジュール管理してあるけども、無理だったら無理で、もちろん再調整?)そうですね、途中のその間に、議会の同意もありますし、有識者会議の同意とかもありますので、そういったことを全部きちんとこなした上での8月の復元検というスケジュールですから。一応そこを目指していこうという。 ・もちろん余裕を持ってやっているわけではないとは思いますけど、ただ一応そのスケジュールに向けて、いろんな課題をクリアしながら進めていこうという、そういう形で合意しながらやってきたというふうに理解しております。 ・(例えば副市長の方から、何が何でもこれでやれみたいな感じであったわけじゃない?)それは、その前の段階で、たぶんいろいろ議論した上で終わっている話なのかなと。 ・危機管理の部分を十分検討する時間がなかったというよりは、危機管理ということに対して、何ていうかな、考えが及ばなかったというか。だからその、時間をかければ危機管理が十分できたというよりも、そもそもちょっとそこへの考え方が希薄だったということだと思います、反省点として。 ・(時間がなかったからできなかったんではなくて、時間があったところでそもそもその考えがなかったと?)僕自身はそうです。 ・(深く考える時間がなかったという話も聞いているが?)どこの部分で深く考える時間がなかったかというのが、ちょっと僕もわからないんですが。当日の資料であったりとか、例えば会場から質問があったときの受け答えとかそういったことについては、これまでの積み上げてきたものもありますから。 ・ちょっとあまり僕が気づかない中で職員が苦労していれば、それは申し訳ないことだと思いますけど。ちょっとその、どういう部分で時間が不足していたかは、ちょっとわかりかねる部分があります。 (6)実施方法や説明資料等の検討はどのようなものであったか ・市長からは、アンケートや市民討論会当日のスライドの説明資料について、こういったところを変えて欲しいというのを市長レクなどの際に、指示を受けたのは記憶しております。 ・市民討論会の方でいうと、具体的に建物の中でどういうふうに見えるかCGの絵を、入れて欲しいというような話が(市長から)あったのは記憶しております。 ・アンケートを載せる資料をどうするかがなかなか決まらなかった覚えがありまして、何を市民の方々にお示しして、どんな意見をもらうといいのかは、名古屋城総合事務所の中での考えを載せるのと、市長・副市長のご意向も入ってくるとそこはなかなか資料の調整がうまくいかないというところはありましたので、史実に忠実なという部分をクローズアップしていくのか、令和の時代に復元するというところのバリアフリーをどうするのかというような、そのあたりについてはなかなか資料はどういう見せ方をするのかというところは、3月までにはなかなか決まらなかったというところです。 ・討論会自体は、レクで上げていく中で、市長からご意見を伺ったこともあったとは思いますが、市長に相談という形でこちらから聞いたことでは、討論会に参加していただく方は、広く募って 18ページ いろんな人に来てもらうのか、あくまで今回のプロセスであるアンケートを配った人の中の希望者から来ていただくのか、ということは相談させていただいて、それはアンケートを配った人の希望者の中からだけにして欲しいということは、指示を受けました。 ・市民討論会は、多人数が来るという想定で当初は中区役所での開催を予定していた。思ったより参加希望の方が少ない状況で、なるべく近隣で場所が取れないか、同じ中区役所の会議室みたいなもっと小さい会場でやるようにというような話はありました。 あとは、会場に名古屋城の模型を実際に設置したんですけれども、ああいった何かのアピールというか追加のオーダーであったり、武将隊のなつを、運営側として入れることも途中で決まってきたというようなことがありました。 ・模型の話は副市長(から)でした。なつを最初に提案したのは■■■■■と思います。 ・(有識者の)選定方法は、我々観光文化交流局の中で、人選をして最終、市長に確認したという、副市長と一緒に確認したという流れです。もともとこのバリアフリーについて関係されていた有識者の方の中から確保したという形になります。 ・(人選については、賛成とか反対に偏らないような形で留意された?)そうですね、はい。 (7)公平性の担保(障害当事者の参加がない等)は検討したか ・考えが甘かったのかもしれないんですけども、通常のいろんなアンケートでも、大体、無作為で行った時には、障害があるないとか、性別に関係なく、年齢はもしかすると区別があるかもしれませんがやらないということでしたので、あえてそういう条件をつけるような形にはせずに、今回やってみて障害者の方が入るといいんだけどと思いつつも、もともと障害者団体の方とよく話をしてましたので、障害のある方々のご意見というのはわかっているつもりでしたので、いただいた意見プラス障害者団体の意見も当然合わせる形を市長には報告する形を取らざるをえないかなと。障害のある方がもし参加されなかった場合には。 ・(公平さを考えた場合に当事者参加、そこら辺はどうお考えでした?)申し訳ない、そこまで考えが至りませんでした。 (8)市長の出席に関して公平性の観点から検討したか ・市長は全くつけたくないといいますか、そのまま昔のままでというような思いを強くお持ちでしたので、そういう同じようなご意見も出るでしょうし、バリアフリーがやっぱり大事だという意見も出るだろうという、両方の意見があるんじゃないかな、と思っていました。 ・市長がいることで、市長に沿った意見が出やすくなったことはあると思います。それが、ああいう発言になってしまったけれども、ああいう差別発言じゃなければ、ある程度、それはそうならざるをえなかったかなと、結果論としては、程度の差はあっても、それを容認せざるをえなかったかなと思います。 ・もともと公平を期した事業にならなかったということですね。 ・それ(市長の出席)でどの程度大きくなるというのは、あまり考えなかったです。 ・上下水道局と同じ形で、もう市長にきちんと受けとめてもらおうということで出席いただこうということですけど。 ・(市長出席すると市長にはっきり賛成・反対を言おうと意見が先鋭化しやすくなることから、トラブル発生のリスクが増えることについて、リスク管理は?)今まで市民説明会、何回もやっているじゃないですか。そこに市長も来ていて、ちゃんと皆さん、賛成・反対だの意見、バリアフリーだけ 19ページ じゃないですけどね。ちゃんと受けとめて、答弁していますから。 ・市長がどういう挨拶をするかは、我々自身も読めない部分があるもんですから、それはこの名古屋城に限らずいつも割と心配しているところがあります。ただ、市長を外すわけにはやっぱりいかないですから、市長が参加することについてはこの討論会をやる上で必須だったのかなと思っております。 ・市長との事前の打ち合わせの中で、当然、我々市長の発言の原稿案みたいなの作っていつも渡すことが多いんですね。そこの中でも議論がどちらかにぶれないように、あくまでも中立な発言をお願いしますという話は、今回もしたと思いますので、そこは市長も理解をした上で、当日の会議に臨んでいただけたと思います。 ・令和5年度当初の段階で、もう日にちも市長が出席してこの討論会をやることは決まっておりましたので、特に何かそこに対する深い考えを僕自身も持ち合わせてはいませんでした。 (9)参加申込書の参加動機欄に対してどのような認識を持っていたか ・参加動機の全ては確認できていないですね ・目は通していて、特にファシリテートですと、どちらかの意見に寄ることは、当然あってはならないので、気をつけながらやっていこうと思っていました。 ・(バリアフリーに対して疑問を持っている参加動機がありましたけれが、問題発生のリスクを感じてはいませんでしたか?)今回こういう状況になっているので、十分できてなかったと思ってます。以前から、我々が障害者団体の方にいろいろ事業説明をさせていただく中でも、やっぱりひどいことも言われることがあるというのは聞いていて、わかっていたつもりになっていたんですが、全然わかってなかったんだなと今思っています。なので、あのような発言まで出るという予測が十分にできてなかったのは確かにあると思います。 ・(いろいろ考えることはあるけれども、その段階では強くリスクを感じたりすることは無かったということですか?)そうですね、はい。 ・動機については、どういった思いで参加されるのかをお聞きした上で、最後、資料としてまとめて、市長にこういった動機で来ている方もいるという報告ができるのかなということで(動機欄を)残したと記憶しています。 ・(リスク管理的な対応を考えるために聞いたわけではない?)そうですね、そこまでのものではなかったです。 ・(市長へできるだけ市民の声を伝えるため聞いたということ?)はい。 ・1個1個、全部見てはいません。委託業者がまとめていた中で、こういうような参加動機もあるよというのは、聞いてはいました。 ・(大体の内容のことは?)1個1個にきちんと目を通していなかったので、あまりそこのはっきりした認識はなかったです。 ・意見の傾向は聞いていましたが、私自身が書類にきちんと目を通して、というところまでは至っておりませんでした。 ・事前の申込書の中では、確か自由記述もあって、あとそのアンケートに丸を打つような形で、どういうお考えの方が参加されるかというのは大体、聞いていました。5階まで付けてほしいという案と、付けないというので、かなり割れた形だと聞いていました。 ・正直申し上げると、例えば従来の市民説明会に来られる方々を見ていますと、そんなに過激だとか極端な発言をされる方があまりいなかったので、名古屋市民の方々は、ある程度、言い方が失礼ですけれども節度をわきまえた方が多いんだろうという思い込みがあったので、無作為でこられた方にそういう偏った極端なご意見があるというのは、想定できてなかったということはあ 20ページ ります。 ・(ちょっと気をつけないといけないという認識はあまり?)そういう認識はなかったですね。 (10)参加申込書の配慮欄に対してどのような認識を持っていたか ・参加動機ではなくて配慮事項の欄に、当日、車で行っていいかとか、討論会当日に向けて何か対応しなければいけないかという視点でチェックはしていましたけど、一つ一つの中身を全部、確認してまではしてなかったです。 ・やはりどちらかといえば、当日の運営をしていくという意味で、車椅子の方がいるのかどうかとか、聴覚障害の人がいるのかといった意味での職員間の意見交換をしました。それぐらいです。 ・配慮ということでは、車いすで参加される方について聞いていましたので、その方への対応は必要だろうというような話はありました。それを共有、副市長にお話したかは、ごめんなさい、ちょっと記憶が曖昧です。局長までは言っていたとは思っています。 ・車いすの方の対応については、私も担当から聞いていました。誘導の仕方、誘導担当者、あるいは車いすを誘導する席や場所については、私も聞いていましたし、それについては確か、副市長にも同様の報告をしていたと記憶しています。会の進行の中でどういう取り扱いをするかまでは、事前に私は聞いてないし、多分、想定は十分できてなかったと思います。 ・あまりそこの細かい相談を受けた記憶はないんですが、車椅子の方が参加するという話は聞いていましたので、会場がその車椅子の対応ができるかどうか確認はした記憶がございます。ただ実際、トイレが使いづらくて、確か会場が6階だったかな。1階まで降りてトイレを使っていただいた、パネラーの方(注:主催者側の説明者である車いす利用者)がいらっしゃった記憶があります。ちょっとそういった点では、配慮が行き届かなかった部分がありました。 (11)参加者アンケートの意図は何か ・市民討論会をやった後に、参加者の意識がどう変化したかはあった方がいいのかなとは思っていました。ただそれを指示する前に、委託業者の方から提案で出てきたと記憶しています。その中で、私ももともとやってもいいと思ていたので、特段何か違和感を感じることはなかったです。ただ、そういった前後がいるのかどうかという話を、業者と打ち合わせの場で一度話したとは記憶しています。最終的に、やっぱり参加されて、もともと、例えば反対だったんだけど、こういう昇降機が入るという話をより詳しく聞いて、やっぱり入れたほうがいいとか、その逆ももちろんいるとは思うんですけども、どういった方に意識の変化があったのかを見るというのは、必要というわけじゃないんですけどあってもいいのかなというふうに思っていました。 ・(討論会の参加前と参加後で参加者の意見が変わるんだったら、討論会に参加する前にとった5000人アンケートは優位性がなくなる可能性が高まると思うが、参加前後の変化を調べる意図っていうところがよくわからないが?)ちょっと今そういう風に言われてしまうと、なかなか今どうだとは言えないんですけども。 ・(委託業者から提案があったので、そこまで考えずに受けとめたという感じですか。)参加されてより知っていただいた方がどう意識が変化するかというところを、取ったほうがいいかなというふうに思っていたので。 ・討論会をやったことで、どういう結果が得られたというのはやはり欲しいというところがあって、それは当日のアンケートという形がいいと考えて、そう聞くことにしました。 ・当然、市民討論会の参加前と後で意見が変わることも想定していたと思います。アンケートで 21ページ は、説明資料はお送りしているんですけれども、改めて市側から説明を加えたりとか、有識者の先生のお話を聞いた後で意見が変わるということもあり得て、そういったことも結果として得られるのではないかなということでやりました。 ・答えにくいんですけれど、(討論会後の変化を見ることで)5000人アンケートが無効になるとは考えてなかったです。あくまでアンケートとしての結果もあって、討論会というものの結果もあって、それらを総合的に考えたときにどうしようという、討論会以降の判断があるのかなというふうに考えていました。 ・(少ない参加者へのアンケートのエビデンスはどうなのか?)それを得て、どういう基準で判断していくかは、非常にあいまいだったと考えています。 ・どこの発案かは結構あいまいですけれども、事後のアンケートを取るのは、ひとつ自然な流れとして発案があって、その中でアンケートを取るなら、前と後でどういうふうに参加者の意向が変わったというところも、取っておいたら参考にはなるのではないかというような認識で加えることとしました。 ・(昇降技術は)設置はするものだと思っていました。 ・これは市長が、説明すればわかってくれるというような意図の趣旨のことを以前から打ち合わせの中で発言されていて、つまり、例えば木造天守の価値とか史実に忠実な復元ができる唯一のお城、記録がたくさん残っていてということが伝わっていないから、エレベーターをつけてもいいんだみたいな話が出るだろうと。だからそういう説明をすればみんながわかってくれて、つけなくていいっていうふうに賛同してくれるだろうと言っていました。本当にそうかどうかはわからないので、今回、史実に忠実な復元というのをしっかり説明した上で、それを理解した参加者が意を変えるかどうかを見てみましょうということで、変化をとらえたかったということはあります。 ・討論会をすることによって、考えが変わる方がもし仮にいるんであれば、どういうことで変わったかについては把握をしておきたかったということで、あえてそういう事後のアンケートにその項目を加えたところです。 ・今後のエビデンスというよりも、我々がアンケートの当初に送った資料を読んで、設置すべき、1階まで、設置しないという判断をしたのに対して、当日のいろんなやりとり有識者の考え方、講義を聞いた上で、考え方が変わるのかどうかをちょっと確認したかったこともあって、ああいうビフォーアフターみたいなことを加えさせてもらったということです。 ・(市長としての思いの中からこの項目が加わった?)それは違います。 ・(単純にちょっと聞いてみたかった?)そうですね。 ・(市長の意向とか忖度では?)違います。 (12)参加者アンケートの結果に対する評価はどのようなものであったか ・総数としてそこまで大きな変化はなかったと思っています。 ・(逆に変化を調べることで、変化の量が少ないから、ある程度優位性が担保できる感じになりますか?)そうなります。意図したわけではないです。 ・バリアフリーの重要さは、あそこの説明の中でちょっと抜けているので、逆に言うと、そういうのがない中でも圧倒的に、つけない方が増えたかというとそんなことはないだろうと。同じように、バリアフリーを例えば世界的につけるのがトレンドですよとか、ついてもこういう工夫で、あまり目立たなくできますよとか、あるいは金沢城みたいにすでに付けて、最初から、溶け込ましてますよとかそういう事例紹介があればまた変わっていると思います。資料の構成上は、市長の意を酌んで、史実に忠実な復元の重要さだけを強調しているので、そうなるだろうなと思いますけど。それはそれでも、圧倒的多数がつけなくていいというふうにはなってないと思います。 22ページ ・あまりこの(参加者アンケート)結果を重視しているわけではなくて、当日の発言であったりとか、有識者の発言を受けて、考え方を変える方もいらっしゃるんだなという、そういうふうに感じたということです。 ・(参加後に意見が)変わることを期待していたわけでもないです。 4 討論会当日の運営について (1)シナリオが変更された理由等は何か ・最終になる前ですね。打ち合わせの途中ぐらいの時に、シナリオについて所内で相談した時があるんです。その時に大まかな進め方について、アンケート結果を先に出すことで、その結果に意見が寄せられてしまってはいけないよねと。で、少数派の人が言いにくくなったりすることがあってはいけないよねというところで、結果は後に出すようにした方が、意見として出やすいのかなという話をしていました。 ・シナリオが出てきて、割と最初の方かなと思うんですけど、すいません、いつだったか記憶はないです。 ・事前の打ち合わせの段階でもそういう話(質問・意見用紙の記入者に発言を求める方式への変更)は委託業者からいただいていました。挙手だと話出す人がいない場合もあるので、そういった場合に、質問・意見用紙を活用して呼び水にして、こういう意見ありましたよということでしゃべりやすい雰囲気を作りたいと言われていたと記憶しています。なので、全部読み上げてというところまでは、私は思ってはいなかったんですけども、ある程度活用することは事前には聞いていました。 ・やはり最初にアンケートの結果を出してしまうと、それで皆さんの意識がそちらの方に流れてしまうこともあり得るということで、最後になりました。 ・シナリオに記載してあることは、当日までその進行で進むものだと認識して共有していましたので、それ(参加者の指名方法)が急に変わったという理由は、私もわからないですけれども、どのように市民意見を聴くという、司会の流れの中で、結果的にはそういうふうになったのかなという認識です。 ・(委託業者から事前に相談を受けていたという話もあるが?)正確なところは記憶していないんですけれども、どのように市民に意見を聴いていくのかは、いろいろ議論しながら、最終あのシナリオに決まったと考えています。 ・(アンケート結果について伝えた上で意見を求めるという順番だったのが、最終的には逆に、アンケート結果を後でという形になってますが、その理由は?)両方あるという話をしていました。ただ来られる方の大体の割合は、事前のアンケートでマル・バツをつけるところで、半々で来るだろうということはわかっていました。ただ、アンケート結果がこうでした、ご意見をどうぞという話だと、アンケート結果を肯定する意見か否定する意見かという、いずれにしても、要は持論を述べてしまうことの方が強いだろうと。だから、自分の押している方を強く押そうという意識が働くんだろうなというふうに思ったんですね。だからむしろ結果を提示することによって、よりそういう対立が先鋭化されるんじゃないかというのも若干気になりましたので、むしろアンケート結果を伏せてお話をすると、どちらかに加担する意見ではなくて、ご自身の意見になるのかなと思いました。結果としてはそうでなくても先鋭化しましたので、あまり変わらなかったかもしれませんが、できる限り先鋭化しないようにする一つの考え方としてそういうふうにしたということかなと思います。 ・それ(指名方式の変更)は後からちょっと聞きまして、当初のシナリオにもなかったですし、なぜそうなったのという話なんですけれど、私が聞いたところでは司会者がその場で、そういうふう 23ページ にアドリブというか、判断されたというふうに聞いていまして、私も、その時気づかなかったんですけど、ちょっとそこは場の雰囲気だったり聞きやすさだったり、おそらく手元のものから引っ張った方が、発言が楽だというふうに多分、司会が判断したんだろうなと思いますけど。 ・(アンケート結果について伝えた上で意見を求める形から、最終的に順序が変更されているが?)それはですね、なるべく先入観なしで、生の意見をいただいた方がいいだろうということで、最後に、実は結果こうだったんですというふうに報告する形にした方がいいんじゃないかと議論した中で、変更したというふうに記憶しています。ちょっとあまりどっちが先がよかったのかというところの検証は、あのあとも特にあまり考えてはおりません。 ・討論会に参加する人がどういう意向を持っているかは当然わからないですし、全く付けたくないという方も一定はみえることは想定できましたので、そういった人の意見というのも聴かなくちゃいけない、全く無視してというのは考えておりませんでしたので、そういった意味でいろんな人の意見を聴かなくちゃいけないというような認識で、シナリオにそういう記載(「昇降機は付けない派、1階までバリアフリーにする派、5階までつける派のバランスを見てみる))になったと思っています。 ・(フラットだから全部聞くという感覚で、整合性がないことをやっているがそこについて深く考える時間がなくこうなってしまったという感覚なのか?)そういった意味では、僕があまり事業をよく把握しないまま討論会に臨んだところはあると考えています。実際には、市長とか副市長が言うような、本当はそういうのを付けたくない人の意見も聞くべきだろうという、それが自然な流れなのかなと思っていました。 ・今思えばなんですけれども、名古屋城の木造天守という事業に対して市民の方がどれぐらいの想いを持っているのか、また、そういう一定の史実に忠実というところを、僕があまり感じ取れていなかった、把握できていなかったという部分はあると思います。 双方の意見は出るだろうとは思っていましたので、ただどちらかに偏りそうだったら、他の意見はありませんかと司会から促してもらうような流れになるのではないかと想像していました。 ・今回のような事態を想像できていなかったというところはありますが、一定、業者とは、こんな進行になるということを話してシナリオに落とし込んでいたという認識は持っていますので、おおよそ上手くいくだろうと考えていました。 (2)変更されたシナリオ内容を職員間で共有していたか ・細かい内容ではないんですけども、タイムテーブルぐらいのレベルでの、例えば最初30分講演があって、その次30分、市から説明があって、そういった流れは、お伝えしていますけど、司会が持っているような細かいシナリオの中身までは共有をしてないです。 ・アンケート結果の(説明順序の)共有は、出来ていないです。 ・(最新のシナリオは)スタッフ全員ではないですね。主で担当している者数名は少なくとも知っていましたけども、当日、人出としてお願いしている職員にはそこまで細かい内容は伝えてなかったです。 ・(アンケート結果の説明の順番の変更は、事前にスタッフは理解されている?)そこは皆の合意の上でやってきたというふうに思っております。 (3)武将隊をなぜ進行に加えていたのか ・やっぱり有識者の方だけですと、どうしても硬くなってしまうのと、今回無作為に選んだ方に来てもらうとなると、やはり普段から討論会とか説明会とか行き慣れていない方も多いと思うと、 24ページ 少しそういう和ませるところも必要であろうという判断がありましたので。もう少し上手くやり方もあったかもしれないですけど、一定程度、和んだことはあったかなというふうに思います。 ・なかなか市民の方は、ああいった場で発言をすることに慣れていないので、堅苦しい場の雰囲気を和らげようという目的で、武将隊に参加を依頼しておりますけれども、討論会の途中までは比較的というか、良い雰囲気で進んできていたのではないかと思っています。 ・結果としては、なつがどうかという単体の問題ではないだろうと。もともとのリスクに対する想定が甘かったことも当然ありますし。一番最初の立て付けからして、反対派の方を障害者と同席させることが、ここまでの問題を生じると思ってなかったので、ちょっとどういうやり方が、もしくはやることが可能なのかも今わかりませんが、そもそもの事業のフレームが十分じゃなかったと思います。なつがいて良かったか良くなかったかは、私は判断する外にあると思います。 ・初めて参加される方もいらっしゃるということもあって、場を和ませるという効果があるんじゃないかと思って、なつさんは活用したんですけど、結果的に我々も含めて、ああいう差別的な発言を制止できなかった、そのあたり注意もできなかったことを考えると、何かもう少し良いやり方もあったんじゃないかなと思っておりますけど、どういうやり方が一番よかったのかという、そこの答えにはまだ至ってないという状況です。 (4)市長はじめ市側の出席者はどのように決まったのか ・局内と関係していると思われる方には、名古屋城総合事務所からお声がけさせてもらいました。その上で出席されるか、欠席されるかというのを、聞いておりました。市長以下の職員には。ただ、必ず出席してくださいというところではなかったと記憶してます。 ・(市の障害者差別解消担当には)事前に、こういったものをやりますということで、お伺いしてお話させていただいたときに、1名出席されるということになったというのは記憶しています。 ・これまでちょっと、(市の障害者差別解消担当に)ご相談をさせてもらっていたことなどもありますので、今回どういったことを、名古屋城総合事務所でやっているのかを、知っていただくことが目的にはありますね。 ・特段のプロセスを経て決まってきたというよりは、市長や副市長の出席というのは当初から決まっていましたし、それ以外の方というのは、特段こちらから依頼をして参加して欲しい、傍聴に来て欲しいというふうなことはなかったと思います。 ・(名古屋市の障害者差別解消担当者への出席要請は)していません。特段、進め方について、何かこう詳しく、こういうふうなシナリオでやりますとか、事細かい情報の共有はしておりませんでしたし、そういった流れの中で休日にご出席をいただくところまでは考えておりませんでした。 ・市長は、自分で行くとおっしゃっていたし、我々はぜひ来てくださいとは言ってなかったんですけど、当然のごとく行くと。市長も行くというふうにおっしゃってるんで、そうなんですねっていうふうに思ってましたが、結果としては、お呼びしないほうがよかったと思います。 ・(名古屋市の障害者差別解消担当者への出席要請は)していません。ただ、たまたまご同席され、これも情報提供は当然していますので、当日、障害企画課の方がお越しになっていましたが、そこは我々が依頼したというよりは様子を見に来られたというふうに思っています。直接的には依頼はしてないです。 ・(障害者差別解消担当者を)我々も巻き込んでいいのかどうかはよくわからなくて。今回の問題は、ちょっと言い方悪いですけど、観光文化交流局の事業でしょうという話にどうしてもならざるを得なくて。根本的な問題としては、市長の考えもあるんですが、障害企画課として、その結果を、要は了解できるかというと、できないところが多いと思うんです。アンケートもそうですけど、最終的な結論としての昇降機の設置階もそうですし、これ名古屋城のバリアフリーについて 25ページ は障害企画課にも見てもらってOK出ていますと言ったらたぶん困ると思うんです。だから我々も申し訳ないですけど、そういったところまで責任を取っていただくこともできないし、来てください、いいですねというと、何かあったときに、やっぱりそれは彼らとしては、後であなた出ていたでしょうって言われますよね。そういったところも含めると若干距離感が当然あったと思うんです。我々として胸を張ってこのバリアフリーここまで頑張ってやったので一緒に来てくださいと言えればもちろんそうなんですが、我々として100点じゃないと思っているものですから。おそらくそういったところが何となく距離感の原因にはおそらくなっていると思います。もうこれ想像ですけれど。 ・市長が出席して生の声を聞くということはもともと決まっていた話で、当然副市長も同じなのかなと。事務的には名古屋城の所長以下でいろんな受け答えをする形で、市長・副市長は会場側の後ろのところで傍聴していたという形です。 ・(名古屋市の障害者差別解消担当者の出席は事前に把握されていた?)当日、確か僕は確認したと思います。 ・(名古屋市の障害者差別解消担当者の出席理由は?)ちょっとそこは確認していませんね。うちが頼んで来てくれたのか、自主的に来てくれたのかはちょっとわかりません。 (5)市側の出席者の役割分担等はどのようであったのか。 ・(出席者の間で事前に、トラブルが起きたらどうしようみたいな話し合い)そういうのはなかったと思います。 ・(役割分担等を事前に協議したことは)基本的にはないです。あったとするならば、当日運営スタッフを依頼された人に対して、当日こういう役割をやってくださいね、とか、マイクを渡してくださいとか、受付やってくださいとか、そういったところまでしかやってないです。 ・(出席者の間で対応策は協議されたりしていたか?)特段はなかったです。 ・反省点にもなるんですけれど、一緒に今回みたいな問題について、健康福祉局と連携しながらやっていけばよかったんでしょうけれど、実際には、あくまで観文としてやるという流れの中で、健康福祉局に要請をして当日出席をしていただいて、何か役割を持ってもらうことは、本当に全く考えなかったのが事実です。 ・例えば受付担当ですとか、市民を案内・誘導する担当ですとかは決めておりました。 ・トラブル対応の担当は決めてなかったです。 ・単に、入場者の整理とか、車椅子の誘導とか、あるいはアンケートに対する対応とか個々の作業、分担は決めていましたが、トラブルの内容とそれに対する対応までの想像ができてなかったです。 ・(出席者間で何かトラブルが起きたときの対応は?)それは話してなかったです。 ・特に決めていたわけじゃないですが、答弁する立場にあった所長や主幹であったり、あと主査とか、その辺がもし何かあればこれまでの経験で対応するということだったんじゃないかなと思います。 ・経験上の中でということですね。経験の延長線上で(トラブルに)対処すべきことと思っておりました。 5 討論会での差別発言について (1)差別発言は認識できていたか 26ページ ・差別用語自体知らなかったので、すぐにはわからなかったんですけど、ちょっと会場の雰囲気から、何か変なことを言ったかなというふうには思いました。 ・僕自身は、用語についてはあまり知識がなかったです。ただ、何か「我慢せい」というところ、それは差別であったりとか、非常に偏った発言だなと認識しましたし、エレベーターを設置するのにお金がかかる、税金で払うとか、「けしからん」みたいな発言をしているところは、今の時代にマッチしない非常に偏った意見だなと認識しました。 (2)どのような点が差別だと思うか ・車椅子でこられた方に対して個別に非難するように捉えられるような発言もありましたし、発言者自身の意見はあるかもしれないですけれども、その主張の仕方が、良くなかったと認識しています。 ・差別用語そのものが出たことと、あと障害者の権利を否定する発言もしくはそういう、あと税金との関係で間違ったことを言うとか、様々なそういう誤解も含めて、障害者を敵視するそういう発言が散見されたことは事実、差別だというふうに思っています。 ・まず発言の内容で、お前が我慢すればいいであるとか、その具体的な差別用語を使ったとか、そういったことはもちろんその通りだと思うんですけど、端的にはそういうところだと思います。 (3)なぜ差別が発生してしまったと思うか ・きちんと伺いたい意見の方向性がきっちりと伝わってないから出てしまったのかなと思うんですね。 (4)差別発言をなぜ制止できなかったのか ・当日の役割から、まず自分が止めに行く選択肢は、なかったです。あと、誰か止めに行くのかみたいなところも正直あったので、自分から制止を提案するというのもなかったです。 ・(事前に誰が対応するか決まっていたということ?)そういうわけじゃないですけど、通常の説明会での対応から、勝手に認識していたということです。 ・確かにちょっと言い過ぎだし、個人攻撃しすぎだし、さすがにあれは普通の人でもいかんですよね、というのは思いましたけど、じゃああの場で割って入って、となった時に、止められるかというと、それ市長の方と近い思いだと、止めたことに対して後で市長から怒られるんじゃないかというのは容易に想像がつきましたので、もうそれは無理ですよねという感じかな、というふうに私は受けました。 ・(差別発言が出たときに止めに入るのは、市長の意見と近い方だったので、途中で止めると後で、どんな影響があるかと、それは職員であると、全体的にそういう意識を持ってしまうところがある?)言いにくいんですけど、最優秀者が決まってから、本物は何なのかわかっとるのか、ということを再三言われてましたので、現代の技術でつけるっていうことは本物なのかどうかという部分は厳しくちょっといろいろと言われてましたので、あの場の中に、もしいたとしても、止めるっていうのは、言わなきゃいけなかったとは思うんですが、言った後でおしかりを受けるのはまあ 27ページ そうかなっていう感覚を受けただけですので、必ずそうかどうかはわかりません。 ・発言の内容というよりは、当人同士のいざこざみたいになりそうな雰囲気があったので、それは抑えなきゃいけないと思ったので、ちょっと落ち着いて意見を言いましょうとか、そういった趣旨でお声掛けをしました。 ・そこはちょっと、司会進行の技量だったり、もしくは、ただ、1つは忌憚のない意見を聞くという想定でスタートしていますので、途中で静止するというよりは、発言を終えてから、次に移るということに、どうしても司会者の発想がなっていた可能性はあります。抑止するべき発言とか、ちょっとそういった対応は、やっぱり事前のシミュレーションができてなかったので、発言を途中で切るということに対しての、おそらく判断が遅れたんだと思います。 ・(職員としては市長の考えをかなり意識せざるをえない感じ?)当然ですね。この名古屋城木造復元事業については、市長のとにかく選挙公約のいの一番です。そういう意味では、確かに副市長が、市長の意に沿った木造天守を実現するのは間違っていないんですが、ただこと、バリアフリーに関して、果たして選挙公約だから突っ走っていいのかっていうところまでは、やはり疑問が残る。ただ、従来から市長がとにかく実現したいことなので、それをできる限り実現せざるをえない。こういう問題がなければですよ。実現するのは確かに組織としての目的になっていますから、そこでブレーキを踏むタイミングは非常に難しいと思います。あとは最終的には市長がいつもおっしゃるのは、俺は選挙で選ばれたんだと。けしからんと言うんだったら、簡単に言うと選挙で負かしてみろと、いうようなニュアンスで再三にわたって、お話をされるので、我々は一体誰に向かって何を話したらいいんでしょうか。我々は、市民の最大公約数的な、本当は幸せのためにやっているはずなんですが、市長の判断を駄目と言えるのかという問題、誰が決めるのかという問題は根本的なところありまして、特に市長の選挙公約の1丁目にあるところを、おかしいでしょうと、果たして面と向かって言えたかと。 ・一番最初の方が発言された時に職員がその場に行って、一応、制止したと記憶しております。ただそれで終わってしまったのが現実だったのかなと思います。 (5)差別発言等があった時の会場の雰囲気についてどのように感じたか ・(差別発言後に)拍手が出るとは最初思ってなかったんですけども、拍手された方はおそらく言いたくても言えないことを代弁してくれたということだとは思うんですけども、ちょっと今回の趣旨というか、本当はそういったことではなかったので、そこを、なんて言ったらいいのか、よくないこととは思ったんですけど、なかなかちょっとそこで止めるところまではできなかったなというふうに思います。 ・その差別発言があった後に拍手が起こって、昇降機いらないみたいな、そんな雰囲気は会場には漂ったと思います。 ・その発言をしたときに特に何かこう、雰囲気はどよめいたとかそんなことはなかったんですけど、ただ発言者がかなりヒートアップしていたり、そのあとにその発言を受けて、障害者の方が、ちょっと反論したときにかなり何か言い合った感じにはなってたので、非常にまずいなと思いました。 ・(拍手も?)そうですね。ただ、木曽川導水路でも拍手は起きていまして、確かにそういう意味でいくと反対派とか賛成派の人は、やっぱり自分たちを大きく見せようとして拍手したりするのは、通常あることだと思っていたので、またかという感じはありました。 ・会場の雰囲気は確かにその考え方に同調する方もいらっしゃったとは思うんですけど、ただやっぱり声は出さないまでも、発言には違和感とか嫌悪感を感じる方も中にはいらっしゃったんじゃないかなと思っております。 28ページ ・(雰囲気はかなり問題だと?)そうですね、ええ。 (6)差別発言は想定できなかったのか ・(事前に参加者へ注意喚起を行うことは検討していなかったか?)話は出ませんでした。 ・局としてそういうマニュアルを持っていたわけでもないですし、名古屋城でも特にそういう危機管理のマニュアルを持っていたわけではないですし、過去にもそういう市民討論会の中で、割と過激な意見がある中でも、何とかそれは現場の司会の調整で乗り越えてきた部分があるものですから、本当にそこに関しての思いは希薄だったと言わざるをえないかなと思います。 ・(参加者へ発言等の事前の注意喚起の検討はされなかった?)それはなかったです。 (7)差別発言後や討論会終了時等においても注意喚起ができなかったのはなぜか ・そこまでは考えが至らなかったです、正直なところ。 ・おそらく本来でいうとそうだとは思いますけど、ちょっとやはり今回そこまで、考えが至ってなかったので、今後は、そうやっていく必要があるんだろうなと思っています。 ・そういった想定もなかったので、できませんでした。 ・そのとき誰がどういう考えでいたのかは、確認ができないんですが、発言内容が差別を含んでいるし、先鋭的な発言がありましたので、そこで注意したり、撤回を求めることが結果としては必要だと当然今は思うんですが、ちょっと過激な発言ではあったものの、市長の意を酌んだ発言というふうに、我々の何人かはとらえた可能性はあります。で、それをどの段階でどうやって制止するのかが、なかなかためらわれたところは、あるかもしれません。僕はまずいなと思って司会のところに行ったんですけど、司会もちょっと正直、泡食っている感じですよね。なので、声かけても、ちょっと余裕がない感じになっていて。それで、そのまま続行していった感じになっています。それは、ある意味、想定外のことでもあったのと、あとは最終的には、市長が、なかなかええ討論でしたという言い方になって、あれは、あの発言がいいとか悪いとかっていうよりは全体としては市長の意に沿っていたということの発言だと理解しているので、そういう意味では、過激なことも含めて、市長としては満足していたということのあらわれだと思います。結果として我々は、そういう市長がいる中で、どのタイミングで制止するのか非常に難しいとは、結果として、感じていたことかなと思います。 ・やばい雰囲気になったということは実感していて、ただ、そのあとの行動が何もできなかったというのが正直なところです。だからその指示もできなかったです。 (8)差別事象対応マニュアル等は知っていたか ・(対応マニュアルについては)深く読み込んだわけじゃないですけど、ええ。 ・(対応マニュアルは名古屋城の総合事務所の方では周知されていた?)それはされてなかったと思います。 ・(対応マニュアルの内容については、十分な内容だという認識?)マニュアルがということですか。基本的なことが書かれていて、その応用は割と現場にいる職員の判断による部分があるのかなというふうに感じております。 29ページ (9) どのような検討や対応等を行えばよかったと思うか ・(参加者への注意喚起をおこなうといった検討は)できてなかったですね。 ・(注意喚起をしておいた方が良かった?)はい、その通りだと思います。 ・やはり最初の、今日どういうことをやっていくかっていう説明の時にも、特定の個人を攻撃するような発言はやめてくださいとか、公の場で喋ることなので、発言には注意してくださいという、何か最初にアナウンスはしておくべきだったと思います。ただそれでも、発生してしまった場合には、やはりちょっと発言にはお気をつけくださいということで、都度注意する必要があると思うので、その言い方は色々、私もあまり知ってないとこもあるので相談しながらにはなると思うんですけども、そういった対応も必要だったかなと思います。 ・少なくともというか、こういった説明会みたいなことを開くときに、いろんな意見を持っている人が来るというのは避けられないので、きちんと相手に配慮して、相手の立場、一人ひとりの人権という立場に立って物を言ってくださいね、というような、こちらからのアナウンスというのは必要だったというふうに思ってます。 ・(参加者への事前に発言について気をつけてということは?)確かに導水路でおっしゃっていたと思うんだけど、どうしてもそこの前口上の部分が抜けていることに、事前に気づかなかったのは、非常に問題だったなと。言ってどこまで抑制できたかさておき、事前抑止が十分に告知できてなかったのは、非常に反省点かなと思います。 ・その場で一旦中断してその発言をしたという人に、撤回とかしっかり注意を促すことが当然必要だったと思いますし、そこで止めていれば、ことはそんなに大きくならなかったかもしれません。 ・やっぱり争点が二分化してしまって、ややもすれば市民の分断を招くような恐れがある案件を今回扱ったということを考えると、もう少しその議論の仕方とか、ポイントとか、そういったところを、そうならないような工夫をする必要があったんではないかなと。具体的にどういうやり方が一番いいかという答えまでは今、持ち合わせてはおりませんけど。例えば無作為抽出で参加者を選んだんですが、そのやり方も市民の縮図だというふうに最初言っていたんですが、やっぱりそうなると、声の大きい人、言いたくても言えない人っていうその構造が変わらない中で、やっぱり一方的な議論になってしまうリスクがあったんだろうなということを考えると、やっぱり選び方も含めて、どういうやり方が一番よかったのかについては、ちょっと本当に大きな検討課題を残したなというふうに思っております。 ・エレベーターというかバリアフリー対策をするかしないかということの意見を聞くというよりも、むしろ市としての方針をきちんと議論して、決めて、その考え方について、最後に意見を聞くというか、何かそういうやり方をした方がよかったのかなという。 ・後の祭りかもしれませんけど、公募で業者を選んで、まだ業者の技術開発も進んでいない中で、今回みたいなアンケート・討論会をやったところが、やはり順序が逆だったんではないかなと。業者を決めたんであれば、その技術開発を進めていって、技術的な限界も含めてここまでできますということを示して決めた中で、そのあと当然、市長の判断が入ると思うんですね。それで例えば5階まで行けるんだけど、これは2階までに抑えていくと1階までに抑えていくと。ただその部分、2階から5階については、こういう合理的配慮というか、補完的なものをやるから、そういう計画で進めていきたいという何かトータルの姿を示した形で、市民に説明する手順がやっぱり大事だったんじゃないかなと、今になってそういうふうに思っています。 30ページ (10)差別発言をされた障害者への対応等は検討したか ・当日対応できてなかった、終わった後も、できてなかったと記憶しています。 ・観光文化交流局の方で、差別発言を受けた方が、もともと所属していた障害者団体の方のところに行く用事があってですね、発言があった直後に。その時に当日来られますかということを聞いて、来るということだったので謝罪に行きたいというお話をさせていただいていたので、多分その流れで、(市長に対して)当局で対応しますということになったのではないかなと思います。 ・本当は(討論会終了時に謝罪に)行かなきゃいけなかったんですけど、そこで結構取材で取り囲まれていて、身動きがちょっと取れなかった。朝日新聞さん始め、何人もわーっと来ていて、この発言についてとか、これどうするんですかとかっていうので取り囲まれていたので、動けなかったんですけど、本来であれば、■■■■■局長が、謝罪に行くところだったなあと思います。 ・あのちょっと正直、市長が行って話がややこしくなるというか、市長はもともとつけない派ですから、そういう意味の、もしくは「勘弁してちょう」とかって、そういう何か言いすぎてごめんみたいな話をしに行くだけでも、それはそういうことじゃないでしょうというふうに我々は思っていたし、むしろ、今回は事務的に謝っていくことの方が必要だろうということで、これは局長とも話をしていたので、ちょっと市長には出ないで欲しいという話はしていました。 ・それ(差別発言を受けた方に対するフォロー)は申し訳なかったというか何もできなかったことが自分の責任でもあると思っておりますし、例えば、誰かが行かなければ僕でもね、出向いていって申し訳なかったという謝罪の意を伝えるべきだったと思いましたけど、残念ながらその場では何もできなかったというのが実際のところです。 ・市長自身が(謝罪に)行きたいけど、我々が止めた、うーん、あまりそういう認識はないんですが、ただ我々もちょっと1日置いた後だったかな、差別発言を受けられた方が以前所属されていた団体がわかったものですからそこを通じてアポイントを取ろうとコンタクトをとろうとしたんですけど、それがうまくいかなかったという形でずっとそのまま時が過ぎたということです。 ・市長は行きたいけど、それを我々がやりますから、静止したというあんまりそういうやりとりをした記憶はないんですけど。 (11)差別発言を行った市民への対応等は検討したか ・(市長は差別発言をした人が、直接、差別発言を受けた人に謝罪すればいいという考えをおっしゃっていたが)市長がそういう発言をしているのは聞いたことがあります。指示を受けたことはないです。(指示も受けてないから、具体的に何かしたわけでもない?)はい。 ・(市長は差別発言をした人が、直接、差別発言を受けた人に謝りに行けば良いっていう考え方もおっしゃったが、指示等ありましたか?)はい。それは局長が確か副市長からお聞きしたのかな。局長からもそういう話があったというのは聞きました。局長と議論したという話はあったんですけど、さすがにそれは筋が違うだろうと。犯罪者をあぶり出して、要は罪を償わせるみたいな、そういうことに繋がりかねないし、もともと、住所とか名前は参加募集の時には把握しましたけど、そのあとそれは処分した、確か処分していると思いますけど、そうでなくても誰がどの発言した人かわからないので。むしろそういう匿名前提での参加ですから、それはそもそもありえないと。ましてや、発言した人に謝罪させて済む話でもないだろうというふうには思っています。 ・市長の言うような対応はすべきじゃないというのは、局長とも判断を共有してます。 ・最近もですけど、参加者が特定されているから、全員回って、今回のいきさつを説明するとそこの中で、発言した人がたぶん特定できるだろうから、その方から直接謝ってもらうのか、謝罪の意を受けて伝えるとか、そういうことをしたいということは、市長からは言われております。 ・(市長の指示に対して)対応というか、全員を回るのもどうかというのもありますし、今、現にこ 31ページ ういう検証を受けているということもあるもんですから、ちょっとそこについては、市長の思いに今は応えていないというそういう状況です。 ・この検証を受けて、きちんと総括をして、その再発防止策を示すことの方が、やっぱり大事なのかなというふうに思っております。 6 名古屋城復元整備事業に関する市長、副市長、職員の認識等について (1)考え方や認識等の不一致をどのように認識していたか ・(市長と観光文化交流局の考えの)不一致を感じていたかどうかは、あったと思います。 ・(市長の意向が直接、現場に来たのか、副市長が市長の意向を伝えたのか?)どちらかといえば後者の方だと思っていますけども、ただ市長も、公の場でもう1階までという話もしていますし、ちょっと噂などでも、本当はつけたくないんじゃないかというのも聞こえてきているので、完全にどちらかというのはないです。実際に動きとしてあったのは、副市長からという流れと記憶しています。 ・(考えの不一致は)名古屋城総合事務所と副市長・市長との意向だったと思います。どちらかと言うと、観光文化交流局というとどういう範囲かということはありますが、副市長と意見が合わなくてというのは、名古屋城総合事務所として副市長レクに入っている時に何回かは相容れないというようなところで、それぞれがきつい表現になってしまったことがありましたので、今までやってきたことと全然違うじゃないですかというところでの意見の相違が副市長と話している時はあった。どちらかというと名古屋城の方が、それはないんじゃないかということが年末から年明けにあったかなというところです。 ・対外的に説明が全くできなくなってしまいますので、本来進めてきた国際公募のそもそも論のところから入ってしまうので、それは事務方としてはとても耐えられませんという話をしていました。 ・私の感想ですが、それまで公募を進めてきて、それでやるんだと名古屋城としては思っていたので、市民の意見を聴くというところでは、本来であれば、公募して選定された最優秀者の技術を開発していくと思っていたので、できればどちらかというとつけたくないという市長の思いとの間に、隔たりがあることは感じていました。 ・いわゆる通常の行政担当としては、市長の発言のまま行っていいのかということは、ずっと疑問に思っていたと思います。 ・(市長と名古屋城総合事務所と、場合によっては観光文化交流局の考え方の不一致感があった?)そう、思われるのかな、やっぱり。その調整を一生懸命やらせていただいたというところではあるんですけど。 ・(不一致というのは)それは感じました。 (2)考え方や認識等の不一致による職員のモチベーション等への影響はなかったか ・(職員の方々のモチベーションに影響を与えたということは)あったと思います。公募で選んでいるものなので、それに対して、私個人もそうですけど、他の職員と話している時に、やっぱりつけないというのはないよねっていう話は当然していましたし、最上階を目指す前提で公募をしてその技術が出てきたので、少なくとも、きちんと検討した上で、物理的に、技術的につきませんというのはしょうがないですけど、そういったことがない中で、1階までとかつけないという話はないよねということは、話してました。 なので、当然モチベーションが下がらないかと言われたら下がりますけど、それでもやはり業務 32ページ としてこれやりなさいというふうに言われているので、やる必要があると思って、その業務を進めていたというところです。 ・(モチベーションに悪い影響を与えた?)正直なことを言うと、そうだと思います。副市長のお考えが全く正反対の考えになったと受け止めましたので、公募が終わるまでの副市長の考えと、年が明けてから市長の支援者の方々にいろいろご説明に行かれて考えが変わられたんじゃないかと思います。それは全く変わるんですか、というところでしたので。 ・僕自身は、討論会という目標に向けてやるしかないというふうに思っていたので、無いと言ってはおかしいんですけれども。ただ、他の方のモチベーションには影響があったと思いますし、僕もそんなにモチベーションが高くやれたかというと、何でだろうな、というような気持ちはありました。 ・(職員のモチベーションに影響を与えたということは)十分にあります。 ・(準備を行う職員の方々のモチベーションに影響があった?)そこはもうその段階ではないと思います。 ・(職員だから?)いやいやとかそういうことではないと思います。ここまでやると決めたからにはもう、目的に向かって、しっかりやる気を出してやってもらっていたと思うんですけど。 ・モチベーションというか、ある意味、もともと進めていた方向と違う形に、ある日突然なってしまったところがあると思っていますので、そこは上位方針に従ってやっているんだなというふうに思いました。 ・影響がないわけではないとはいえ、自分自身も、公募条件とか、そういったことを進めてやってきたのと違う方向で動いていたというのは、ちょっとびっくりしましたので。 ・これ(影響)はあると思いますね。 (3)副市長と職員の間の連携等はうまくいっていたか ・(副市長の答弁の草案は、どこが作るんですか?)通常は我々がやり取りして作るんですけれども、その時には意思疎通が滞っていたというか、少し名古屋城と副市長とで距離があったこともありましたので、精神的な距離と言いますか、ありましたので、副市長側で作られたのかなと思いますが。 ・副市長は、観光文化交流局長でお見えでしたので、今回の国際公募に関して文化庁との話もありましたので、もう公募やるんだということで、公募の条件もすべて固めた状態で市長までレクをしているんですけれども、その結果、選ばれたものは、ああいう箱が動くものになったんですけれど、市長のご意向はご意向としてあるとしても、公募で最優秀者となったものでしたので、まだ技術的にどこまでいけるかというのはまだ開発する前ですのでわかりませんけども、より上層階を目指すということで、我々としても、障害者団体だとかいろいろなところで説明をして参りましたので、バリアフリーの有識者の先生方にもそういうご説明をして公募をやって選ばれたものということでしたので、昇降技術の開発契約を本来であれば今年度結ぶということで進めておりました。それがまだ契約前の段階で、何階までというのを決めてしまうのはどうかということで、我々としてずっともう何年もかけていろいろとやってきたことに関してすべてがひっくり返されることになってしまいますので、それでは対外的にも説明できませんし、せっかく障害者団体の方々も意見を聞いてくれるようになって、あくまでも木造復元するための、譲ってはいけないところで、柱・梁を取らないとか、機械設備・電気設備は数十年でリニューアルしなきゃいけませんので、その時も大掛かりに建物を壊したりせずに、取り外せば元の状態に戻すことができるという条件をつけて公募をして最優秀となったものでしたので、それをまだ開発の契約を結ぶ前に何階までというところを市側が示すのは、それはちょっとどうなのかというところで、なかなか意見 33ページ が、副市長の意向が変化したこともあったんですけれども、昨年(令和4年)から今年(令和5年)にかけての変化のところで少し意見の衝突があったということで、以前ほど密にお話するという場が少なくなってしまったというところはあったかなということです。 ・本会議答弁のやりとりをする中で、副市長ともそういう状況が続いてもまずいですので、事務方としては、議会と副市長とのやりとりもありますし、とにかく事業を進めるという意味では最優秀者として決めた民間企業さんもいますので、ずっと停滞するわけにいかないということで、我々の方からもなるべく話をするようにして、答弁の方でも、より上層階をこれからも目指しますということにしていただいたというところはありましたので、我々の意見を聞いていただいたということで、関係の方が修復してきたというふうに思います。 ・(副市長は、より上層階を目指すという方向ではなくなっていたということですか?)そこが副市長のお考え次第というところなんですけれども、どちらかというと河村市長の意向に、大分ちょっと偏っていたという部分が私的には受けましたので、それはそれとして結果として何階までとなるのは仕方がないところがありますけど、開発する前から最優秀者の方も、より上層階を目指したいということで、すごいやる気があって提案していただいたこともありました。地元の企業でもありましたし。そういうやる気で、せっかく難しい課題をやっていただけるという民間企業が出てきたので、それだったらまずはチャレンジをしてみて、駄目なら仕方がないというところでまた皆さんとお話して、何階までというのを決めればいいんじゃないかというふうに思っていましたので、そこはちょっとやっぱり副市長も市長の方に少し考えを寄せて、1階より2階あるいは3階ということになってしまったのかなとは思います。 ・(2月の答弁で一緒にやっていけるという方向になった?)はい。我々からも再三、1階とか2階っていうところにしてしまうと、本当に取り返しのつかないことになりかねないので、事業継続するためには1階というのは公募の最低要求水準でしたので、必ず行かなければいけない技術ですと、それ以上についてはこれからの開発ですので、それを目指しますということを入れてください、ということは再三こちらからも言って、そのように答弁していただいたので。 ・(市長の意をくんで、副市長が観光文化交流局長や名古屋城総合事務所長にいろいろ言ってきたということ?)そこもあいまいですけれども、局長はどちらかというと副市長と名古屋城の間に入っていただいて、何とか収めようとすごくされていたこともあって、我々としても局長が取りなしてくれることはよくわかっていました。 ・(副市長が、名古屋城総合事務所と市長の間をなんとか取り持とうとしたという感じでもないのですか?)そういうところはあったと思うんですけど、先ほどのゼロではいけないので、バリアフリーをなんとかやらないといけないので、というところは副市長から市長には言っていただいていると思うので、副市長も間に入っていただいていたとは思います。 ・副市長のお話のされ方次第のところもあるかと思うので、本当はちょっと気を遣っていただいたのかもしれません。 ・討論会までの間でいうと、やはり市長の考えを汲んで、いろいろ動かれているんだろうなととらえていました。 ・(副市長と名古屋城総合事務所との間で円滑な意思疎通が難しくなっていた時期があるという話も聞いているんですけれども、令和5年度に入ってからはどうだったでしょうか)その頃(令和5年度に入ってから)には、市民意見の聴取をやるしかないという方向で進んでいたと思っておりますので、その段階で何か(副市長との間での円滑な意思疎通が難しい)というのは、ないです。 ・アンケートと討論会を進めるということについて言えば、そんなにちぐはぐを感じたことはなかったです。 ・(副市長は、市長の意を汲んで市長がこういう考えだからそれに合わせるように、という感じで動いているのか、逆に名古屋城総合事務所の考え方を何とか市長の方に伝えるという動きをしてるのか?)今の話ですと、前者に近いです。ただ副市長の言葉を借りますと、市長は全く付け 34ページ ない派だと。さすがにそれはまずいだろうから、せめて1階までに俺は説得する、というのは、年初来、ずっと言っていました。ただ、それが我々の答えではないことは再三言ってありましたが、それは言い方悪いですけれど、「だったらお前説明してこい」みたいなですね、何度かそういう話を我々は、実はされています。副市長室で。記録がないし、録音もしてないですけど。若干、語気を荒げた感じでした。人格否定はされてないから、パワハラじゃないかもしれませんけど。 ・市長に直接、お話をしに行く場面も以前はあったんですけれど、直接、話をしても平行線なのと、むしろ副市長が私どもと市長の間に入っちゃうところもあって。そうですね、今年の年初ぐらいからは、我々が直接、市長に話をする場面は減りまして、副市長と我々がディスカッションして、その結果を反映したかどうかはさておき、市長と副市長で、あと局長が入るというそんな形で、名古屋城総合事務所職員は、市長のところに入らないことが多くなりました。あと、副市長のところでも何度か意見交換はするんですが、必ずしも我々の意を反映した形にはならないことも結構ありました。 ・(そうした意思疎通がちょっと難しいという感じは令和5年度に入ってからも?)ありました。 ・(令和5年2月定例会の答弁書の作成は通常と違う経緯で作られている?)当初、我々が用意をしていた副市長答弁の草案というのも当然ありますが、かなりそれを副市長が自ら手を入れて、最終的には議場のたぶん待機されているところで、ご自分で加筆されて、微妙な表現、多少の表現を変更されて、自らの言葉でお話をされたと。通常はなかなかないですけれども、最終的にはご自身の思いで、しゃべられたということです。 ・2月定例会の答弁の中で、市民の意見を広く聴く機会を設けますというふうな、確か副市長答弁があったのですが、それ実は入ってなかったんですね、我々の中では。様々なご意見を伺う機会を設けるとか、ちょっともやっとした言い方にしていたはずなので、そこが実は、副市長は正直おっしゃったので、言っちゃったなあっていう、まだその討論会やるとかやらないとかまだ表明してない時だったので、後に引けない状態を、正直言うと2月答弁で副市長が作られたということです。 ・想定は当然していましたけど、年度がまたがることもあり、次の局長ともちゃんと相談しなきゃいけないということと、もう一つは、ちょうどこの4月というのは議会の選挙がありましたので、議会に対しての説明が十分できてない段階だったんです、3月の段階は。なので、市民討論会をやるかやらないかという最終決定ができてない状態だったんです。だからそういう意味では、我々としてはちょっと正直、6月早々に市民討論会をやること自体はかなり厳しいと思っていました。ある程度やれても、もうちょっと後じゃないと準備ができないんじゃないかと思っていたんです。ですから、正直言うとゆっくりやるかなあというのが、2月市会より前の話で。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■などもあったので、ある程度準備はした上で臨むしかないだろうということで、年度末ギリギリのところで準備されたと。 ただ副市長としては、とにかく早く意思決定をもらって、文化庁にいち早く全体計画を出しなさいということで、かなり我々に、発破かけていたので、そういう意味では本当にやるのかということも含めて、年度のかなり早い段階で動かざるを得なかったです。 ・(討論会を必須的には考えてなかった?)やることはあるかもしれませんけど、ちょっと時間をかけたり、もう少し内容を練る必要があるだろうと考えていました。 ・もう一つは、副市長が正直かなり焦っていた。だから、例年だと8月に文化庁の復元検討委員会が想定されますので、そこに間に合わせたいと。だからそこから逆算すると、ギリギリで7月の頭ぐらいには確定版を文化庁に持っていきたいと。我々は昨年度から、それ無理ですと。いくら頑張っても12月にしかなりませんよと。場合によっては3月ですよという話はしていたんですが、副市長はそれじゃ駄目だと。とにかく全力で、8月に間に合わせるよう強い指示がありましたので、本当にやるのかなと思いながら、やれるスケジュールをとりあえず設定したというのが実態 35ページ です。 ・(文化庁に行くのにあわせて?)そうですね。名古屋市としての案を確定版として提出することになりますので、そうなると市長が昇降機を何階までつけるのかを決めた上で、復元のための全体整備計画を固める。意思決定を市長に早くしてもらって、それを全体整備検討会という有識者会議に諮って、了承いただいて文化庁に提出する段取りになるので、その前段階が、市民意見聴取です。 ・(年末年始ごろから副市長の考え方に変化がかなりあって、副市長と名古屋城総合事務所の関係で円滑な意思疎通が難しくなった時期があるという話もちょっと聞いているんですが?)その頃ですよね、なんかたぶん、名古屋城がもうやれませんみたいなこと言ってきたのは。だけど、そうじゃなくて、こうやっていけば何とかできるので、それで副市長に話に行こうかといってスケジューリングして、■■■■■■■■■■■■■みたいな感じです。ですので、一瞬だけですけどね、そんな雰囲気になったの。そのあとはスムーズに流れていたと思うんですけど。 ・(年末年始一時的に、そういう時期があっただけ?)急に何か、ころっと言われることが変わったもんですから。それはもう市長の意を受けてだなということは、私も思ったんですけど。だけどやっぱり、それだけじゃいけないので、市長の周辺の方の意見だけ聞いて、決めていったらいかんもんだから、こうやって全体の流れをこういうふうにして、やってみましょうということを副市長にも説明しに行って、何とかコミュニケーションが円滑になっていったという感じですけどね。 ・(年末年始の一時的な出来事で、その後は関係改善が行われて、組織として一体としてちゃんと動けるようになっていた?)そうです、はい。局長室でも副市長室でも、ものすごい怒号が飛び交うぐらいの議論をしましたけど。最終的にはこういう形にまとめ切りましたのでね。 ・推測になる部分があると思うんですけど、当然観光文化交流局長を経験した副市長ですから、当時の経緯なんかは全部よくご存知だと思うんです。だから最初は局の立場に立って、いろいろ局と市長の間に入って調整をしてくださったと思うんですけど、やっぱりある時点から、いろいろ議会で答弁しているように、市長がつけないという意向が強いということもあって、やっぱりそれは避けなければいけないという中でのぎりぎりの選択の中で、最低1階まではまずつけるという、そういう判断に至ったんだろうなというふうに思っております。 ・(年末年始ごろに副市長の考え方に変化があって円滑な意思疎通が困難になっていた時期がある?)大分激論があったということは聞いています。 ・(令和5年度は)そういう方向で動いていたから、それほど事を荒立てるようなことはなかったです。その方向、その方針に則って、粛々とアンケート、市民討論会を進めてきたという。 ・(副市長から早くやれみたいな強いプレッシャーというか、指示というのは?)8月の復元検を目指してやれということは、僕も指示を受けておりますので、それはもちろん、最善の努力をしなければいかんという思いで、これまで取り組んで参りました。 ・副市長への説明のところはほとんど僕も同席しておりましたので、すごく自分自身も含めて何かプレッシャーを感じるような、そういうミーティングっていうか、そういったことが数多くあったという記憶はないです。 7 昇降技術について (1)設置に関する市の方針は決まっていたのか ・市民討論会後に指示書をもらうということで、その指示書の内容を確認していたと記憶しています。その時は、やはり市長が、これまで1階までとかつけないというお話がある中、また副市長も、市長に合わせてではないですけれども1階までだろうと言っていた記憶がある中で、市民討論会での意見なども踏まえた上で、本当にこのままいくのか、それとも変えるのかを、議論するためのものと考えていました。ですので、決まっていたのかどうか、ちょっと私はわからなかった 36ページ です。 ・(5月30日の市長指示書(案)では「大天守地下と1階の間には、公募で選定された昇降技術を設置することが最適であるとの判断に至った」と書いてあった。市としての方針は、こういう形で決まっていたということか?)その案自体は市長の意向として1、2階っていうところまでは言っていたので、最終、1階となることも想定しながら準備した案として作成していたということになります。当然、我々の想定なので、最終、別に決まっていたとは考えておりませんでした。 ・最低1階は、もともと公言していたので、最低1階はきっと守られるだろうという意識は持っていました。 ・市長の意向なのでなかなか申し上げにくいですけれども。市長レクの中では、最低1階は守られるだろうと思っていました。 ・(市長の方から1階も設置しないという話はなかった?)それはなかったと思います。 ・「最低1階まで付ける」というのは公募条件でしたので、そこは最低ラインとしては必要なことだと。ただそれ以上の上層階まで設置することの合意が得られていなかったと、市長にですね。なので、最低ラインとしてとりあえず作っておくと。最終的には市長が判断するんですが、市長の意が変わらなければ、そういうことなんだろうなということで、(市長指示書(案)の)作成の指示が副市長の方からありまして。それで作ったということです。 ・(最低1階までは最低ラインとしては決まっていると?)そうですね。 ・市長の中で、決めきっておったのかどうかわかりません。私は常に言わせてもらっていたのは、今まで世界公募で、1億4000万使ってきたんですから、もう設置しないはないですよ、と。最低でも1階と言って公募しとる限りは、そこまでは絶対行くようにしてもらわんといかんですって。この1億4000万ってどういう、どうなるのかわかっていますかって。ここまでお金使っているんです。世界公募やって、学識入れて、障害者、高齢者も参加してもらって、技術対話やりながら決めてきた技術を、ゼロにしますとかそういうことはないですよって言ったんですけど、なかなか説得しきれませんでした。本心がわからんといかんですけど。ただ、整備基本計画にああやって書かせてもらうことをご理解いただいたので、それはないと私は個人的には思っていますけど。 ・(1階までは付けるということは)決まっていたというか、市長の方針は1階までだという思いが強いということは承知しておりましたので、それに基づいた、その指示書の案というか、その内容のように確認を、市長とぎりぎりまでやっていたと、そういうことです。 ・(設置しない可能性は、まだ市として残っていたんですか?)設置しない可能性ですか。公募の最低要求水準で、1階までは設置するということが条件ですから、それはないですね。 ・(市としては、少なくとも1階までは設置することはもう決まっていた?)そうですね。はい。 (2)市長の考え方はどのようなものでだったのか ・公募が終わって最優秀者が決まった後も、本来はつけたくないんだというところは、はっきりおっしゃっておられましたので、ご本人としてはつけたくないということがまず第一にあったんだと思います。 ・私も市長の気持ちが全てわかるわけじゃないですが、3月の段階ではかなり、1階までは付けざるを得ないということに少し傾いていたように感じています。ただ昨年の年末はとにかく付けないという方向だと言って、これはもう松雄副市長も相当、そういうふうに受け止めまして、年末から年始にかけては、もう市長は付けないつもりだと。そういうことだと、ずーっと言ってました。 ・ちょっと脱線して恐縮ですけど、検証のターゲットが討論会だけなので、それ以上申し訳ないですが、根本的にやっぱり今回の問題の前提は、市長の意思が、全て確定しているというか、ほぼ固まっている中で、果たしてそれに沿っていいのかどうか、我々として、非常に悩みの中でなさ 37ページ れたということだけは申し上げておきます。 ・当初、付加設備の方針を市長が出した時には、史実に忠実な復元とバリアフリーを両立するということを、自ら表明されていたんですけど、ここ最近非常にそれが困難性が高いということで、その辺りを、両立というところまでは言わなくなってきていると思います。 ・こういう技術もあるんじゃないかとか、階段上るのにこういうロボットみたいなやつ、そういう提案もあるんじゃないかとか。何かホームページ見て、こういうのもあるぞとかそういうのをちょこちょこ言われるんですよ。だけど、それらの提案にはなかったです、今更言われてもとか言って。そういうような話もしに行ったことがあるんですけどね。 8 名古屋城復元整備事業に関する業務について (1)人事異動に伴う業務の引き継ぎは十分だったか ・どういったことをやるかは、多分されていますけど、具体的な中身まで細かくはやっぱり、どこをもって十分かと判断するのは難しいと思いますけども。ただスケジュール感とかは、伝わっていたと記憶していますので、必要な引き継ぎはあったと思っています。 ・特に最初の1週間、いきなりレクも入ったのでその辺りの説明は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ので、その1週間のうちに、一緒にやりながら、またスライドしていくというふうに考えていたので、それができるように引き継ぎされていたと思います。 ・引き継ぎはちゃんと時間を取ってやったと思っています。 ・正直、そんなにお互いに十分な時間を持てなかったし、引継ぎの中で伝えきれず、十分ではなかっただろうと思っています。でも、引継ぎの中だけできちんと伝えきるというのは、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■無理だと思っていたので、また後で聞けばいいという認識でいました。引継ぎをしてみて、割と気軽に行けそうだから、また後で聞きます、みたいな感じで終わりました。 ・局長は、どういう状況かを把握されていたと思います。■■■■は、前任者からかなり引継ぎを受けて、相当、戸惑いというか、大変だったと思います。 (2)市民アンケートと討論会の業務に関して過度な負担はなかったか ・かなり短時間で毎週のように、市長、副市長、局長とレクをやっていたので、なかなかここまでやるものはないのと、とにかくもう、いつまでにやらなきゃいけないというのが全部決まっていたので、何とかアンケート発送できるようにとか、市民討論会を開催できるこの日までに全部準備しないとっていうのがあったので、かなりちょっと業務的にはバタバタしていて、負担には感じてました。サポートをもらいながら、何とかやっていた感じです。 ・こんな頻繁に市長レクとか副市長レクがあるものなのかな、ちょっと多いな、大変だなというのは思っていました。 ・5000人アンケート自体は作業なので、担当が、業者とか、あるいは住民基本台帳のご提供いただいたスポーツ市民局さんとか、そういったところの調整がむしろ大変だったと思います。ただ先ほど申し上げたように、市長の意思が既にほぼ確定に近いところにある中で、正直言うとアリバイづくりのような形で、そういったことを出すことが果たして本当の価値を持っているのかということは甚だ疑問だったです。ただ何もしないまま市長が決めましたというのは、さすがに我々としては、説明がつかないだろうということで、苦渋の選択ということではありました。そういう意味の、先般違う会議でも発言させていただきましたけれど、職員としては忸怩たるものがあった 38ページ ということは事実です。 ・(レクは)ほとんど毎日行ってましたね。もうこれだけじゃなくてあの頃、トリエンナーレの裁判とかあって、もうぐちゃぐちゃになっていて。みんなそれぞれ、ウクライナの話があったりとかね。これだけでそんなやったかなあという思いはあんまりないんですけど、この問題だけで。 ・そんな大変だった覚えはないですけどね。 ・例えば、資料の細かい表現の仕方であったりとか、あと先ほど言ったアンケートの趣旨の部分の書き方であったりとか、あと当日の進め方であったりとか、どういうメンバーにパネルディスカッションをやっていただくとか、いろんな打ち合わせがあったものですから、頻繁に説明があったということです。 ・もちろん市長からここをちょっともう少し直してくれみたいなことがあって、それに応えるということもありますし、事務的ないろんな当日の進め方とか、段取りとかも含めて、かなり綿密に打ち合わせをしながら進めてきたということです。 ・負担感というか、頑張ってやってくれたなと思っております。 ・負担は当然あったと思います。 ・不満というよりも、いろんな調整に費やす時間であったりとか、そういうことだと思います。 (3)主に技術職の職員が業務を担当していたが無理等は生じていなかったか ・直接関わっていた人、みんなもともと技術系で、どちらかといえば設計というか図面を見る仕事が多い中でやっていたので、十分かと言われると十分ではなかったんですけど、その中でやっていくしかないのかなというふうに思っていましたね。 ・主幹がこの4月から変わっていますが、所長は変わっていませんし、主査、担当もずっと継続してやっていますので、そこの心配はなかったです。 (4)業務に関して他部署等に協力を求めたりはしなかったのか ・この事業自体、なかなか嫌がられる事業なので。やってもらえる人がいるのかどうかはわかりませんけども、はい。 ・(応援とか、他のところに頼むのは難しい雰囲気?)なのかなと思いますね。 ・他の部署との連携や協力はちょっと難しい雰囲気があった?)だったかなと思いますね。 ・過去からいろいろこじれていることですし、他部署の方々も日々忙しい中、こちらから協力を求めることに抵抗があったことは事実です。どちらかというとお願いしにくいというか、もう、そういう調整とか、いろいろもめて説明してってやるならもうこちらでやった方が、確かに不慣れかもしれませんけども、それはやらざるを得ないと思っていました。そういうことに慣れているところにお願いすればよかったのかもしれませんけれども、当時はそういうふうに思わなかったです。 ・(相談や協力が求めづらい事情があった?)過去の話をいろいろ聞くとですね。自分の中で抵抗があったかもしれません。 ・僕自身は経験もなかったですし、何が正解か正直よくわからない中で、担当業務として割り当てられているので、限られた人材とか環境の中でやるしかないというふうに思っていました。名古屋城は市民説明会など行っていて、スタッフの中にはそういったことの知識もある程度持っている方もいましたので、そういった人から聞きながらやっていくんだろうなというイメージでした。やっていけるかという認識があったかというと、どっちかっていうと、もうやるしかないっていうだけです。 39ページ ・正直よくわからない。■■■■■■、周りもよくわからない、進め方もよくわからないという中でしたので、■■■■よく相談させていただいたんですけれども、そういったこと(やりにくい言いにくいなど)を相談したこともなかったですし、そういった話にもあまりならなかったという記憶ですね。 ・他の部署というのが、人権室には想定が及ばず、ただ障害企画課については、従前からかなり足を運んでアドバイスもいただいていたので、そういったところは当然、連携はしていたと思います。 ・(ある程度、連携はできていた?)はい。ただ、我々も十分把握できていなかったですし、障害企画課もそこまでの事態を想定されて臨んでおられなかったと思いますので、我々としては十分に、障害者対応が、日常的に、感覚的に理解できてなかったものですから、根本的な問題はあります。障害企画課にきちんと話はしていたものですから。それ以上は、私も心配しなかったんですけど。 ・(名古屋城総合事務所の中で)大まかにたぶん、2つないし3つあるんですけど、1つは、文化財、特別史跡という名古屋城の開発行為なので、文化財保護室とか、その先に文化庁がありますけど、そういったところには逐一ご相談をしてます。もう1つは建設なので、住宅都市局に技術的なアドバイスをいただいたり、優先交渉権者って言っていますけど竹中工務店さんとかに、直接、技術的な協力をもらっています。その中で安井設計建築設計さんも発注者支援ということで、アドバイスをいただいています。あともう1つは障害者問題については、健康福祉局の障害企画課ですね。ずっとアドバイスをいただきながら、障害者団体とは、連携はしっかり取ってきたつもりです。ただ、障害者団体とはもう何年にわたって意見交換をして、ある程度歩み寄りとか、よっぽどその急進的な方々は別として、大半の障害者団体には、今回の昇降機についてのご理解をいただいている。ただ、その前提が、可能な限り上層階まで設置することを目指すことが条件ですね、そういう説明を我々もしてきたので。なので、ちょっと正直一方的に市長の判断だからということで、1階までしかつけませんという話だとすると、いくら障害者団体と何年にわたって、名古屋市は意見交換をしてすり合わせてきましたと言っても、最終合意点を反故にしているのは名古屋市の方だと思うんですね。そういう意味の、言ってみれば裏切り行為をやっておいて、障害者団体と何年にもわたって意見交換してきましたという答弁をされていますけど、それは違うでしょうというのは、我々は再三言っているんですけど、そこはなかなか聞いていただけないです。 ・名古屋城の調査研究センターという学芸員の集団ですけど、そういったところも当然関わってまして。かつての天守の構造とかですね、そういったことを極力、反映した復元案へ持っていく。そういったことも当然やっていますので。かなり事務所の中でもウェイトが高いと。 ・直接、間接かかわらず、皆さんすごい一生懸命やっていて、日常的には主査であろうが、他の主幹であろうが、ものすごい協力しています。この問題に限らず、名古屋城の問題は、やっぱり一蓮托生だからそういう意味では、考えとか意見を共有して協力しあうことは当然のごとくやっているので、1人で抱えてやることはないですね。皆で一緒に相談しながらやっていますので、抱えて1人でやっていたことは決してないですね。 ・名古屋城総合事務所は、臨時も入れると70人くらいいまして、学芸員はちょっと別セクションですけどそれ以外の3、40人は、かなりそういう意味の横の連携も取れているし、そんなに別に雰囲気悪くないので。 ただ、本当に傷ついてしまった障害者の方には本当に申し訳ないと思っているし、こんな形じゃなくてもうちょっと円滑な形が本当望ましかったと思うんですけど、結果論ですけど、こういったことがあったことで、一旦、ブレーキかかって、大きな問題としてのバリアフリーが、世の中に明らかになったことが、悪いことばかりじゃなかったかなというふうには個人的に思っています。 ・職歴とか、技術職だからというところもあるでしょうけど、名古屋城職員はいろんなことをこなしてきて、本当にもうしっかりした考えを持っていますし、障害者団体とも上手に調整してあそこま 40ページ で持ってこれたということもありました。私はものすごい、技術的なことじゃなくて、事務的なところも信頼していましたので。 運営に関わる職員の方の経歴とか、諸々考えたときですね、他のいろんな部署とかとの連携協力とかっていうのを考えるとか、あんまりそういうのは無かったですかね。 ・例えば、もちろん障害福祉の関係があるもんですから、健康福祉局さんとは十分調整して、今まで積み上げてきましたから、そのあたりは、いろんなことでご協力いただく感じにはなっていました。あとは、局内では、総務課なりが協力する体制になってましたけどね。 ・(名古屋城総合事務所の方からいわゆる協力を頼みづらいとか周りがちょっとここに関わりたくないみたいな意見があったりとかは?)全然ないです。 ・いろんな職員に聞くと、名古屋城で仕事をしたがらない人がいっぱいおりましたけど。あんなところは、仕事がえらいっていうイメージがあるんでしょうね。行ってみると楽しいですよ。 ・(職員の中には、やっぱりちょっとあそこは大変そうだとか、関わりたくないっていう?)そういうイメージなんでしょうね。 ・(そういうイメージを持たれているのを感じると頼みづらい?)そんなことは全然ないです。 ・(これは大変だとか、ちょっと応援いるとかというのを言い出しにくい雰囲気が?)全然。なんでも言える雰囲気にしておりますのでね。 ・趣旨は違いますけど、年に1回名古屋城の市民向け説明会をこれまでもずっと継続してやってきておりますので、そのノウハウは総合事務所の中でも蓄積がされていると思いますので、そこへの不安はそれほどなかったです。 ・なかなか、思い描いていたスケジュール通り動いていないというところは、市の職員全体の共通する思いだと思うんですけど、だからといって、名古屋城を避けるとか、そういうのを露骨に感じたことはあまりないですし、逆に局の応援で、名古屋城に行ってくれと言えば、それはたぶん納得すれば行っていただけると思います。逆のパターンも当然ありますから。 ・(健康福祉局に対して、そこでちょっと遠慮するような雰囲気から、ちょっと迷惑かけられないからみたいな雰囲気?)そういう思いはあまりなくて、逆にいろいろ今回の討論会を開催するにあたって、相談も当然しながら進めてきていると思いますし。 9 委託業務について (1)再委託先に「障害差別解消に関するに特記仕様書」の順守を指示していたか ・特記事項でついているので、当然やっていただけるものだとは思っていました。ただ、それがきちんと再委託業者まで伝わっているか、確認まではとってはいません。 ・添付仕様書に基づいて、提案すべきところは提案して欲しいと。そういったようなことで話し合いを進めてきていました。 ・通常の契約書についている約款の中で記載しかなくて、特別にその辺の障害者差別解消法に関する取り扱いとかは、どこが徹底されたかちょっと私も認識はないんですが、通常の約款の中に入ってる部分は当然あります。 (2)業者との打ち合わせはどのように行われたか ・安井建築設計事務所が元請けになって、その下請けとしてスペーシアの方が入っていました。打ち合わせの際は安井建築設計事務所の担当と、司会のスペーシアの担当の方各1名とやっていました。 41ページ 基本的には毎回、お2人と当局側が、関係職員数名という形でやっておりました。回数が何回いつあったかは、今ちょっとパッと出ないですけど、少なくとも複数回もちろんありました。その中で、業務としてはアンケート、それと市民討論会の開催は、まずは4月19日発送に向けてアンケートの資料とかに問題がないかも、スペーシアさんが特にそういったアンケート業務やられているので、知見をいただきながら、一方で、我々の方は局内それから副市長との資料調整をした上で、どういった意見があったからちょっとここはこういうふうにやった方がいいよねとか進めながら、それぞれ期日までにできるよう打ち合わせをしていったと考えています。 ・綿密にしたつもりではいたんですけど。はい、そういう認識ではいました。 ・打ち合わせの時にはやれていたと思っていましたけど、やっぱり結果をみたら、不十分だったところはあるんじゃないかと思います。 ・資料作成にあたって、なるべく公平にということで、フラットな資料ということで作っていただいたり、それをベースに、局内でもやっぱり視点として入れといた方がいいんじゃないかというところを加味して、最初の案を作っていくところもあったので、そういった指示はしております。また市民討論会当日についても、運営の仕方なども相談しながら、どういったふうにしたら、司会としても上手くまわしやすいかとか、そういった意見交換しながら進めていたと考えております。 ・限られた時間の中ではやれるだけはやっていたかなというふうに思います。 ・(打合せでは、強い意見を言われる方への不安、想定はなかったかというと、)もともと広く市民に周知して誰でも来てくださいという感じではなかったので、特に強いこと言われる方は少ないだろうというふうに思っていました。あまりいないぐらいのつもりの少ないと感じていました。 ・質問・意見用紙を活用するときも、例えば反対の人ばかり言うとか、賛成の人ばかり言うふうにならないよう、そういう意味でちゃんと両方の意見出してくださいねと、市としてはお願いをしていましたけども、それ以上のことについては、ちょっと本当に自然発生的というか、なってしまったと思います。 ・(アンケートは、ノウハウがないので委託業者にアイデアをお願いして、ご提案いただいてやり取りして具体化していこうと考えられたということ?)そうですね。 ・(そのやり取りをした)記録は、あるかないか記憶が定かではないですが、名古屋城総合事務所に委託業者はよく来られていましたので、来られたタイミングで何回かやり取りをしたというところです。 ・年度末ギリギリには、その辺り(やりとりの記録)はもしかするとやれていなかったかもしれません。委託業者にはお金を払わなければいけないので、こういうことをやってどのくらいかかるのかという見積りはもらった覚えはあるんですけど。 ・(やりとりの)文章を残したかどうかは、ちょっと記憶がなくてですね。 ・年度末ということもあったので、集まってこういうことをやりましょう、ということを何回かやった覚えはあります。4月に市会議員選挙があったこともあって、早くとにかくやり方を決めて、早くどういうふうにやるのかを説明しなきゃいけないということもあったので、そういう通常の文書を残すことがちょっとなかったのかもしれませんけど、こういう方法でやってというのは早々に決めてというところで動いていたかな、というところです。 ・当然メールとかではやりとりはあったんじゃないかと思います。 ・(メールは行政文書になると、当然所内で認識されました?)それはもちろんそうです。 ・(通常、資料や文書出してと言われたら、そういうのも調べた上で出していただけるっていうのが普通の仕組みですよね?)はい。 ・こういうやり方はあまりしないものだと思います。大体筋道が決まって、ちゃんと事前打ち合わせをやって、いろんな調整をやってとなると思うんですけど、今回は急に意見聴取の話も出てきましたし、選挙の話もありましたし、もうとにかく早くやれという指示はすごくいただいたので。ただ早くやれとは言っても、中途半端にやってはまた後で大変なことになるので、じゃあどういうふうにやりますかというところを早急に、コンサルさんとか呼んで、すぐに打ち合わせやって、案出うにやりますかというところを早急に、コンサルさんとか呼んで、すぐに打ち合わせやって、案出 42ページ してもらって、市長レク用の資料ぐらいまではすぐ作ってもらってというところで進めていたというところです。 ・文書として覚えているのは、コンサルティングの委託業者から、こういうやり方でやるべきなんじゃないですかというスケジュールとか、やる中身についてのやりとりは覚えがあるんですけども、あとは電話とメールでとにかく早くやるということで進めていたかなと。議事録をしっかり残していたかというのは、ちょっと覚えがない、取っていたかもしれませんし、取っていなかったかもしれない。 ・意見聴取をやるという話になってから、2月の上旬だったと思うんですけど、委託業者に来てもらって、名古屋城総合事務所の中の打合せスペースで話をして、その中で、過去にアンケートをとって、住民の方に集まってもらった、まちづくりの事例が10年ぐらい前にあったということで、(その事例では)そこそこ意見が出たよという話がありましたので、そういう実績があるのであれば同じような形で検討して進めていくかというところで、進めました。 ・数字的なところはやはりよくわからないですけれども、委託業者と打ち合わせをする時は、基本的に概ね4人で話をしていました。回数は、すいません、正直わかっていないですけれども、10回とか、それぐらいかなという感じです。 ・特段、特定の打ち合わせ議事録というのは取っていなかったです。 基本はアンケートや討論会など市民の方に配布する説明資料の作成とか、会の運営はシナリオとか、そういったものを作成しながら、それをブラッシュアップしていくという進め方をしていたので。一言一句、こういうやりとりしたというのは、そういう必要性を誰も感じていなかったからだと思うんですけれども、そういったことはしておりませんし、資料を作り上げていくというところをターゲットにして進めていたという認識です。 ・こちらから出した資料は…何かあったかな。こちらも積極的に関与していく必要があると思っていたので、こういうふうにしてくださいとか、こういったものをベースに、こういった流れで、こういった資料構成にすればいいんじゃないのというのを話し合いながら進めていたと思っていますので、何か特段、こちらから何かを特別に提供したという認識は持ってないです。 ・(案を)見せてもらいながらここはこういうふうにして欲しいですとか、そういう形で(口頭で)やっていました。 ・途中バージョンですね。修正を繰り返しているので、1個1個を保管はしてはいませんでしたね。不要になれば廃棄して、もう次、新しいもの。最終版があればいいというふうに思っていたので。 ・打ち合わせ議事録は作ってなかったと思いますけれども、ここをこういうふうにして欲しいというメールのやりとりはあったと思います。いくつかは残っていると思います。 ・話をしながら細かいことを聞きながら、それはそうした方がいいんじゃないかみたいな会話はあったと思うんですけれども、具体的にと言われると、今思い出せないです。 (3)討論会の開催目的等を業者としっかり共有できていたか ・(討論会の目的が、公募で選定された昇降機をどの階まで設置するかの意見聴取であることは)理解していたと思っております。 ・討論会の直前時点では、ある程度はこういうふうに会を進めていこうというところまで話し合えていたという認識は持っていました。 ・はっきりは覚えていないですけれども、公募で選定した昇降機を、どのように設置をするのかを聞くことがメインというのは伝わっていたと思います。 ・公募では最低1階と謳っていたので、そこは確保しながらどういうふうに、どのように設置して 43ページ いくのかという、お互いの認識はあったと思っています。 ・業者が勝手に判断して、そのような(昇降機は付けない派などのシナリオの)記述になったとは考えていません。その認識(市長としても1階までは付ける)が(業者と)一致していたかというと、正直わからないです。僕はある程度、最低1階までみたいなところを担保しながらやっていきたいというか、そういうふうな市の意向も認識をしていただいきながら進めてきたと思っています。 ・1階までつけることが前提でというところまでは言ってなかったですね。我々は、内々、当然市長の意思としては当然わかってはいるので、理解はしていますけど、ただ、委託業者にまで1階まではつけなきゃいけないという話まではしてなかったと思います。 ・(委託業者からするとつけない可能性もあるという理解で?)うーん、そこまでは。ただ雑談の中では、何度も申し上げていて、市長は1階までは付けざるを得ないと思っているというのは伝えていたと思うんですが、ただ事業の趣旨がこうですとかというところまでは、はっきり言ってなかったと思います。だから、委託先の考えとして、ゼロでもいいということまでは確信してなかったと思うんですが、直接どこまで理解していたかは聞いてないです。 (4)資料作成等の役割分担はどのようになっていたか ・最初に(参加申込書の)案を委託業者に作っていただいた時に、性別とか、もう少し個人的な情報も入っていたんです。ただ不要な情報を聞くのはよくないという話になり性別は削除したと思うんですけども。 ・シナリオ作成、最初の叩きは、委託業者にお願いしました。時期的にはゴールデンウイーク以降だったかな。それ以降、そのシナリオの内容について打ち合わせをしてきました。 ・公募で応募してくれた技術を、1回お示しするということをかなり前から言っていましたので、そこでワークショップという形で昨年(令和4年)の9月にやったんですけども、障害者団体と、名古屋市老人クラブ連合会にお願いをして、それぞれ2日ずつやったんですけれども、平日・祝休日入れてですね。委託業者にはその時に人の集め方とか、集まっていただいてからの進行だったりとかも経験がありましたので、今回の意見聴取する場についてもお願いをしたということです。 ・シナリオとかそういうのは業者からもらっていました。 ・具体的に業者が作るものとして、説明資料であったり、シナリオとか、市民に送付する書類は業者からいただいて、それをレクにも添付しているという認識です。 (5)差別事象等のトラブル対応について打合せ等を行っていたか ・そこが抜けていたところかなと思っています。 ・(今回トラブルが起きたことについて、事後にどうしたらいいのか相談は?)事後の相談はしてないです。 ・今回のような問題発言の対応というよりも、この事業ちょっと反対されている方もいるので、もしかしたら反対される方が、今回無作為で選ばれなくても参加を求めて来た時に、どういう対応をしようかというのは、話をしていました。ただ市民討論会の中という視点ではなかったです。(その場合は)参加させない感じでした。やはり誰でも来ていいのと変わらないことになってしまうので、お断わりする方向で考えておりました。 ・市民討論会のですよね。シナリオにもありますけれども、市民から質問をいただくのはある度想定していて、それは誰が答えるのかとか、そういうことはやっていたと思いますけれども、今 44ページ 回の差別発言みたいな、何かトラブルになった時にどうしようかという具体的なところは、しっかり打ち合わせした記憶はないです。 ・(討論会)当日は、市民に意見を発言していただく時間帯ではないですけれども、会場に急に傍聴したいとか、意見を聴きたいいとか、言いに来たとか、そういうような方はいるかもしれないと想定していましたので、そのときにどういうふうにするだとか、記者対応をどういうふうにしようとかは共有していました。 ・具体的にこういうケースはこうしますというケーススタディ的なところまではなかったです。 10 インターネット配信について (1)リスク予測やリスク管理はきちんとできていたのか ・(YouTubeでの同時発信のリスクについての想定は)できてなかったということですね。 ・あのような(差別)発言を想定していなかったので、そこ(リスク対応)までの検討には至っていません。 ・ある程度、特定の人しか参加しないという状況の中で、参加できない人に、どのように、どんな話があるのかというのをお知らせする目的だったので、それありきで進んでいたというところもありまして、そこのリスク管理はできてはいなかったですね。 ・リスクの想定が十分でなかったということです。 ・(特別にやっぱり注意とかリスク管理とかにならなかった?)正直言ってそうです。そういうところまで考えが及ばなかったです 11 再発防止について (1)どのようなことが必要だと思うか ・もちろん事前の注意喚起もそうですけど、もう少し不特定多数の人が来るとか、いろんな意見が出るような会議、説明会などを運営しているところがどういった対応してるのかを少し聞きに行って、そういうのを参考にしながらやっていく必要があるというふうには、今思っています。 ・そもそも、今回の討論会なのかにもよると思うんですけども、バリアフリーに関してはやっぱり対立じゃなくて、最初から、当事者の方々と話し合って決めていくというのもありますし、再三、「最初のボタンのかけ違いだ」ということよく言われまして、歴史的建造物の復元でそのまま江戸時代のものを復元して欲しいという市民の意見は確かに多いと思います。ただ、平成30年に木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針を出して、障害者団体の方からも大分、反発もあったと思うんですけど、本来はそうならないように事前に話をもっとしっかりとやっておくべきじゃないかなというところは障害者団体の方々、みんな同じことおっしゃるので。今こうなってから、じゃあどうしようかという話になったときに、もうここまで対立がいくともう難しいとよく言われていましたので、今回の討論会についても、一部の団体には、こんなのやる必要があるのかと。何のためにやるのかと。また対立あおるのかと。というようなことは結構厳しくお叱りを受けて。市がやることだからというところでその場では話が終わってしまった形だったんですけど。 こういうバリアフリーに関していいか悪いかを議論する場ではなくて、そもそもバリアフリーそのものを最初の段階からどうすべきなのか、復元するならつけないというのも一つの手だと思いますけれども、対立する前にそれはちゃんと、合理的配慮はいろいろあると思うんですけども、やっぱり事前に当事者の方々としっかり話しておけばと思いました。高齢者の方々からも言われました。ただ高齢者の方々も元気な方はいらんといいますし、障害のある方でも、やっぱり名古屋城 45ページ にはつけてはいかんのだという障害のある方もたくさんお見えで。もうみんな意見がバラバラなんですね。障害者の中でもバラバラですし、高齢者の中でもバラバラですし、市民一般の方々も多い少ないはあってもバラバラなので、それをもう、ぽんと、エレベーターつけませんと出してしまったことがどうかなと思います。結果としてつけないっていう方向性に持っていくとしても、そもそもこういう対立が起こらないようにやる必要があるんじゃないかなとすごく思ってやっていましたので、もうこれからどうやって収束させていったらいいのかも全然、方向性が見つけられないんですけど、やらざるを得ないし、やれというような話で事業を進めることがいいのか、止まるのがいいのか、かなり事務所の中では皆さん葛藤してるというか。お金かかってる以上やらないかんという形で、進めば進むほど首が締まるというのは再三言われているんですけど。そんなような事業にならないように、最初のところでもっと、いろいろやるべきことがあったのかもしれないなと。 再発防止というような話であれば、そもそも論、バリアフリーで市民討論会をやること自体が、やらない方向でしないといけないかなと私は思います。 ・やっぱりああいうのをやらない方がいいと思いますし、やったら必ずこういうふうになるのは、大体そうかなと。過激な方が出てこられたのでそうなったのかな、という気もします。 ・対立をあおった後で、やるかやらないかをどう収めるかというところで、個人攻撃をしないだったり、障害があるかにかかわらず、皆さん個人を尊重してというところは最初にやっぱりやるべきだと思うんですけど、現状みたいに、もうこういう決裂してる状態でこういう会を開いて、それでこういう差別発言ということがないようにということであれば、やっぱり会の最初の段階で、個人の意見もあったとしても、お互いを尊重した形で、生の意見は言っていただいていいですけども、個人を傷つけるようなことはやらないっていうようなことを、出席者の方にご説明をした上で、ご意見をいただくというような形しかないのかなというふうに思います。 この討論会をやらなければいいという話はそもそも論の話になってしまうので、今回の場とは関係ないかもしれないかもしれないので、場違いかもしれないですけど。 ・基本的にはきちんと主催者として、場をコントロールするという責務もあると思っていますので、発言には気をつけて欲しいというようなアナウンスは絶対なのかなと思っています。その上で、なかなか市民の方の発言をコントロールはしきれないので、最悪、発言を制止することもあり得るのではないかなとは思います。やっぱり事前のアナウンス、これは重要なのではないかなと考えています。 ・とにかく目標とするものが決まっている中で、とりあえず形にしなくちゃいけないという中で進んできて、その時々で判断しながらやってきたんですけれども、結果を受けてどのような結論を出すのかというところの道筋立ては不足していたなと。正直、どういうふうにこれがまとまっていくのかが見えない中でやっていましたので、先ほどお話のあった、市民討論会の事後アンケートをどう活かしていくのかというところも、正直、データとそれに基づく結果を、市民の意見を合意形成していくみたいなところ、その辺が、非常にゴールがあいまいなままで進んでいたというところがありましたので、それが一番大きな問題だったのかなと思います。 ・同じような形での討論会とは言わなくても市民との意見交換をすることは、非常に難しいと思っています。なので、市民のご意見をどうやってお聞きするのかはちょっと今、アイデアがない。ただ、その前段階として、決めてこうだとか、もしくは形の上で、どうしましょうと投げかけをすることは、もうほとんど意味がない、意味がないというより弊害でしかないと思っています。だから本来は、当たり前ですけど、決める前に市民に伺うことですし、それを、行政もそうですけど市長が受け入れる姿勢がないままに、やっても全く意味がない。だからそういう意味では、今の市長でそれができるか私はわかりませんけど、市の意思決定をするにあたって、本当に市民の意見を聞くのか、それとも聞かないのか、これ多分二拓だと思うんです。今回は、たまたまその間を取ろうとして失敗したことは当然ありますが、市民の意見を聞く以上は、全員が納得しないにしても、市民の意見をちゃんと踏まえて、真摯に行政としては判断するべきだし、その気がないんだったら 46ページ 聞かない。もしくは、聞かない市長の判断でいいのかどうかは、最終的には、名古屋市民が決めることだから、我々は決めれないと思います。最終的に決めるのは市民が決めることなので、我々は市民の代理人なので。ということでしかしょうがないと思います。 ・本当にそこ(発言)のリスク管理を怠っていたことが一番ですけど。まずやる前に注意喚起ですね。こういう発言はやめてくださいということはしっかりやっとくべきだったですし、そういう発言があったときに、どう対応するのか、職員間でその対応を決めておくべきだったと思ってます。 ・やっぱり、障害者を傷つけたことは、本当にあってはならんことをやったということがあるもんですから。さっき言った、マニュアルに準じてというのが一番なんでしょうけど、そのマニュアルというところに沿って、なかなかやれないと思うんですね。咄嗟に行動しなきゃいけないことも、出てくるもんですから、それはやっぱり自分自身の体に染み込ませるというか、そういう体制にしないといけないもんですから。各職員がそれぞれ今回のことを踏まえて、人権というか、障害者差別のところをよく理解することだと思っています。 ・(マニュアルは)熟読というところまでではありませんけど。上司に相談して、上司からも意見もらって、こうしなさいとかいって書いてあるんですけども、そんなことやってられませもんね、そんな状況になったら。 ・(マニュアルは周知されていた?)これをよく読んどきなさいとか、よく理解しときなさいよということを私自身、申し訳ない、言った覚えはないです。ただ総務課の研修担当の方からは言っているかと思いますが。 ・今回もともと想定していなかったことがやっぱり起きるもんですから、常にそういう危機管理というか、想像力を働かせながら、扱う案件によって、最悪のケースも想定して、その場合には、どういう対応をすべきかをしっかりみんなで共有した形で、今後そういう市民との対話、意見交換には臨んでいく必要があるのかなという認識を新たにしております。 12 その他 (1)その他 ・市長の意に沿うことは、結局できていませんよね。いや、沿おうとして結局うまくいかなくて今回はそういうふうになってないだけのことかもしれませんけど。何にしても、最終的に決めるのは、確かに市長なので。市民の選んだ代表なので、私が間違っているんだと思います、たぶん。 ・本来は市民の意見をちゃんと傾聴して判断をするのが首長だと思っているし、それを我々はやりやすいように情報提供したりするんですけど、なかなか聞いていただけないですよね。そういう意味では、大変失礼な言い方をしましたけど今回は、結果論としてブレーキを踏んでいるんですけど、そういう意味では、大変失礼ですけど、これ踏まなかったら、1階までで走り、かつ、1階までで出して、文化庁が、本当にそのまま了としたかどうか、わからなくて、おそらく市民運動として、何も聞いてないままに市長が決めて、どうなっているんですかみたいな社会運動が起き、結局は、手戻りになっていたんじゃないかなという気は十分しますので、文化庁にも心証悪く、世間的にも、名古屋市1階までしか昇降機付けずみたいな、しかもその根拠は、市長が言ったからみたいな、そういう大々的な報道になっていたと、想像しますと、まだよかったかなと。よいというのは失礼ですね、差別発言があったのはけしからんですけど。実害としては本当に申し訳ない、被害者の方にも謝りますが、天守については、ちょっとまだ救われるかなって気はしますけど。 ・無理をしてきたことは事実だし、でも逆に言うと今足固めをしっかりしていますから、昇降機以外の問題についてはもう大分、しっかりとクリアしまして、今日も石垣の関係の専門家の会議が午前中ありましたけど、しっかり理解していただいて、前は本当に反対派の方々でしたけど、石垣の部会の方もちゃんと理解していただいています。そういう意味では大分雨降って地固まる感じになってきています。あとはもう本当に昇降機の問題が解決すれば、遠からず木造天守、ス 47ページ タートが切れると思うので、ここからは慎重にやるべきと思っています。 ・何かいろんなこと言って本当に申し訳なかったです。結果としても、この事象を招いて本当に申し訳ないと思っています。今も、木造天守をもう1回作ることの意味合いはしっかり我々としては、理論をちゃんと組み立てて、有識者のご意見も踏まえて作っているんですけど、市長はそういうことは関係なく、本物本物、逆に言うと今のは本物じゃないってこと言っているんです。史実に忠実、確かに史実に忠実っていくと、梁とか柱と構造はそうなんですけど。必ずしも細部にわたって、焼失前のものと同じなわけがないんですよね。当然ですけど、工法も現代工法です、クレーンとか重機使えます、電動工具使います、ましてや当然ですけど、避難設備とか消火設備とか、Wi−Fiとか電源とか全部ついています。これは僕らが言っているんじゃなくて、名古屋市立大学の教授になりました千田先生がしっかりお話されてますけど、そういうことも含めて史実に忠実だと言っているんですね。だけどそこを理解しない市長なので、そういったところが、果たして、市長の思いだけで進めて、名古屋市民が、将来、自慢できるのか、もしくは、史実に忠実な復元を市長の思いと同じように考えて、だからエレベーターが付かなくていいんだって言ってるとしたら、明らかにそれはミスリードだと思うんです。そういう議論にまで高まらないままに、白黒つけようということになっていることが問題だと思います。 ・本当にいろんな部分で思いの至らない部分があって、こういう大事を起こしてしまって、本当に申し訳ないと思っておりますけど、やっぱりこれを反省して、市全体として、ずっとこういうことが起きないように、しっかり準備していきたいなと考えております。