1ページ 「名古屋城バリアフリーに関する市民討論会」における差別事案に係る検証委員会最終報告書 (概要) 1 検証委員会の目的と設置の経緯について (1)差別事案の概要 令和5年6月3日に名古屋市が開催した名古屋城バリアフリーに関する市民討論会(以下「討論会」という。)において、一部の参加者から他の参加者に対する差別発言がなされ、言い合いが生じる場面があった。 その場にいた職員は、言い合いを制止するため駆けつけたが、その後、別の参加者から差別用語を含む差別発言がされたことも含め、発言の制止や注意喚起などの適切な対応を行わなかった。さらに、討論会終了後においても、差別発言に対する市としての説明や謝罪などの対応も行わなかった。 (2)当日の状況 【討論会の進行概要】 1開会 2市長あいさつ 3講演 4市からの説明:テーマ「名古屋城木造天守復元とバリアフリー」 5討論会 (1)整備に関する有識者からのコメント (2)参加者から提出された質問についての有識者や職員による回答 (3)参加者(市民A〜E)から提出された意見を紹介し、提出した本人による補足説明 (4) 参加者の挙手による自由発言(市民F〜H)注:ここで差別発言が発生 6市民アンケート結果の発表 7市長あいさつ 8閉会 (3)検証委員会の設置趣旨 名古屋市主催の「名古屋城バリアフリーに関する市民討論会」における差別事案について、人権擁護の観点から、問題点や課題等を整理・分析したうえで原因を究明して再発防止を図り、もって市民の信頼回復につなげるための検証を行うもの (4)検証委員会による検証期間 令和5年8月30日〜令和6年9月18日 計11回開催 2ページ 2 名古屋城天守木造復元事業の主な経緯 〇平成27年12月:プロポーザルによって整備事業者募集 〇平成28年3月:プロポーザル優秀提案(竹中工務店案)公表 〇平成29年11月:特別史跡名古屋城跡全体整備検討会議天守閣部会にエレベーターを設置しないとする市の考えを報道 〇平成30年5月:「木造天守閣の昇降に関する付加設備の方針」公表 〇令和4年4月:「名古屋城木造天守の昇降技術に関する公募」開始 〇令和4年12月:上記公募の最優秀提案の公表 〇令和5年4月:名古屋城バリアフリーに関する市民アンケート実施 〇令和5年6月:名古屋城バリアフリーに関する市民討論会開催 3 討論会での差別事案に直接的に関わる事項に関する検証 (1)「討論会」とされた経緯 @「討論会」の目的の不明確さ 『昇降技術』については、史実に忠実な復元とバリアフリーの両立を市が求めてきた結果であったが、こうした経緯等が市民に広く周知・認識されておらず、『昇降技術』が一般的なエレベーターと同一視されているような状況下で、アンケートに「設置しない」との選択肢があったことで、エレベーター設置に関する意見の対立が、本来、『昇降技術』をどこまで設置するのか意見聴取するための討論会にも持ち込まれ差別発言を生じる背景になったものと考えられる。 A 「討論会」の名称の不適切さ ・討論会という名称で開催した以上、議論を“戦わせる”という意識に影響を与え、対立する意見の相手に強い主張を行う展開を招いたことが、差別発言が発せられる契機となったとの可能性は否定できない。 ・アンケートや討論会資料でも『昇降技術』に関する内容が中心で、他のバリアフリーに関する内容がほとんどなかったため、“バリアフリーに関する”市民討論会との名称は、内容と不一致であったと言える。 ・市が「討論会」の名称で実施したことで、市民を誤認させたと言われてもやむを得ないものであり、本来、タイトルと内容が不一致であることは不適切と言える。 3ページ (2)事前の準備 1 毎年実施してきた市民向け説明会とは異なる特殊性 ・名古屋城総合事務所にとっては、市民から意見聴取をする方式の運営は未経験であった。 ・これまで以上に事前準備等で注意する必要があり、市民が自由に発言する場としてあらゆる可能性を想定した確認・準備を委託業者とともにすべきであったと考えるが、不十分であった。 ・職員は、討論会事業に対するスケジュールの厳しさや業務への負担感を非常に強く感じており、事前準備において、さまざまな想定ができない状態に陥っていたものと考える。 ・委託業者を頼る中で、責任の所在が不明確となり、場のコントロール・進行チェックに甘さや油断が生じていた面は否定できないものと思われる。 2 問題発生の想定の甘さ ・討論会という名称である以上、市民が議論を戦わせる可能性は十分予見できたと考えられる。 ・市長が参加することにより、市長の意向に賛成の人も反対の人も市長に自己の主張を積極的にアピールしようといった意識が働き、議論が先鋭化する結果、感情的な発言等が出てくる可能性は十分に想定できたと思われる。 ・参加動機の記載内容を精査し関係者間で共有できていたならば、討論会の実施にあたっての人権上のリスク対策の検討や準備ができた可能性があったと考えられる。 ・しかし、そこに至らなかったのは、討論会に関する主体的なリスク管理の中で、人権の面での意識が低かったのではないかとの疑念を抱かざるを得ない。 ・その結果として、討論会の進行上の対策を検討することもなく、差別発言が発生した際や差別発言後に適切な対応ができないことにつながったことは否定できないと考える。 4ページ 3 スケジュール設定の無理 ・所管副市長や局長は、市民向け説明会での経験から、討論会開催までの準備期間はスケジュール的に十分であると判断しているが、無作為抽出のアンケートで選ばれた市民から参加者を募る本件討論会の特殊性への考慮がされていたとは言い難い。 ・文化庁への申請に合わせたスケジュールが優先された結果、討論会の実施そのものが目的化し作業的に準備を進めることになり、前述の特殊性を踏まえた検討作業や『昇降技術』に対する正確な情報が市民に提供されていない状況で討論会が開催されることになったものと判断する。 ・名古屋城のバリアフリーに関しては、意見の対立が存在する事項であり、その背景事情や『昇降技術』の設置に向けて進めてきた経緯を関係者が十分に理解したうえで、様々な意見が出されることを想定することが求められるにも関わらず、入念に準備する余裕がなかったことが、参加市民への配慮やさまざまな想定に至れなかった要因の1つであると判断する。 4 委託業者との連携体制の不十分さ ・本事案のような過去からの意見対立があり人権上の配慮が必要な事案では、特に、主催者である市が責任を持って必要なリスク管理や対応の指示をすべきであった。 ・委託業者の企画当初のイメージとは異なる形式となったため、より綿密な打ち合わせや意識のすり合わせが必要であったが、それが十分にできていなかった。 ・委託業者が長年にわたり木造復元事業に携わってきたことへの信頼から、市側が討論会の目的を明示的に委託業者との間で確認していなかったことが、各検討での詰めや運営の方向性、各種判断に影響を与えたと考えられる。 ・意見の対立が背景にあるテーマであったにもかかわらず、委託業者においては、差別発言は別として、討論会の中で市民同士が意見を言い合うことについて大きな違和感はなく、市としても直接自由な意見を発言してもらうことに気がまわっており、これらのことは、さまざまな想定ができなかった背景にもなっていたと考えざるを得ない。 5ページ 5 人権侵害のリスクの想定不足 ・差別事象マニュアルの存在は認知されていても、その内容についての周知が不徹底であったことは、関係職員の人権意識の点で非常に大きな問題と考えられる。 ・問題意識があったとしても、その内容が関係職員に現実的に役に立つものとして受け止められていないという一面もあったと思われる。 ・さまざまな現場で応用できるマニュアルが作成・周知徹底され、十分に認識されていれば、差別発言が誘発されないような討論会の進行や、差別発言が起こった事後に何らかの対応ができたものと考えられる。 ・YouTubeのライブ配信は、情報が世界発信されることによる影響について、市側が意識していなかったことは、討論会全体にわたって人権問題に対する意識が低かったことの一つの表れと考えざるを得ない。 (3)当日の運営の実施・責任体制 1 運営・進行に関する認識と意識の共有不足 ・多くの参加者は『昇降技術』が公募によって選定され設置が決定しているものであることを認識していなかったと考えられる。 ・討論会の目的について的確に説明できる場面はたびたびあったと考えられるが、それをしなかったことも、差別発言につながる一因となったと考えられる。 ・『昇降技術』については、史実に忠実な復元とバリアフリーの両立を市が求め障害者団体への意見聴取など時間をかけて検討し進めてきた結果であるが、その経緯等が市民に理解されていないまま議論が進められていたものと思われる。 ・討論会において、事実上、『昇降技術』を設置しない意見を聞く運営がされていたが、市長レクで市民あてのアンケート等に「設置しない」可能性もあるような表現に修正されていた事実からすると、検証委員会としては、市長の『昇降技術』を「設置しない」という当時の意向が職員の意識に何らか影響し、少なからず、こうした運営にも反映されたと判断する。 6ページ 2 差別発言への対応 ・主催者としては、参加するすべての市民が相互に尊重し合い、安心して議論することができるように参加者の協力を求めるアナウンスを行い、主催者の意思を明確に届ける必要があったと考える。 ・職員が適切に動けなかった理由として、ヒアリング結果からは、差別発言などがあった場合の事前の想定、シミュレーションができておらず、身体が動かなかったということがあげられているが、多くの意識が討論会を無難に終えることに向いていたものと判断する。 ・差別発言を受けた方へ討論会終了後にも駆け寄ることができておらず、職員として差別発言に対する問題意識が欠如していたと言わざるを得ない。 ・本来、主催者である市が差別を容認していないことを、速やかに市の姿勢として毅然と示すことが必要であったはずである。 ・無作為抽出で選ばれた市民に自由に発言いただくことについて市長が非常に重き価値を置いた発言を検討段階からしており、職員も委託業者も同様の認識でいた。そうした市長や職員が非常に重視する市民の自由な発言であったことから、制止や注意することに対して躊躇した面もあったものと判断する。 ・市民への障害者理解を進めるためにも、健康福祉局がより積極的にかかわることが今後の差別事案防止・障害者理解の点でも有用であると考える。 3 差別発言に対する市長のコメント ・差別は人権侵害であって、いかなる場合でも許されるものではなく、差別を表現する自由というものは認められない。 ・市長が仮に当日の発言全体が正確に聞き取れていなかったとしても、記者会見等で、差別は許されないという市としての立場を明確に強く表明すべきであったと考えられる。 ・職員においても、差別発言が聞こえていたのであれば、仮にその場で動けなかったとしても、会の終了までに何らかの手段で市長に進言すべきであったが、その意識がなかったものと思われる。 ・市長の閉会あいさつを聞いている市民としては、市長が、差別発言を不適切と指摘していないことから、すべての発言を「よかった」と指していると認識した可能性もあるだけでなく、むしろ「熱い」という表現からは、過激で強い口調だった差別を含んだ発言を評価したとさえ捉えられかねないため、後日であっても、差別発言に対して積極的に問題提起すべきであった。 ・市長の立場として、市民の自由な発言を尊重することそのものは理解できるが、公職者として、差別には、より厳しい姿勢で対応に取り組んでいただきたい。 7ページ 4 市が差別事案に対して適切な対応ができなかった背景・遠因等 (1) 史実に忠実な復元の解釈等の不一致 ・「史実に忠実な復元」の解釈について、どのようなものが、どの程度まで設置できるのか等、個別具体的な考え方は、市長と、所管副市長をはじめとする職員の中で十分に共有できていたとは言えない状況にあった。 ・木造天守閣の復元という大規模プロジェクトを進めているにも関わらず、市としての理解や意識等を十分に共通のものとしないまま、市がスケジュールの見直しを行うことなく当初の予定を優先して作業を進めたことが、市民の混乱を招くとともに、市民の間での意見対立を招いた背景にあると判断し、問題点として指摘するものである ・加えて、こうした状況が、市としての方針を正確に理解してもらうための市民への情報提供の不十分性や、職員の苦悩や葛藤にも影響していると考えられることを指摘しておく。 (2)市としての方針を正確に理解してもらうための情報提供の不十分性 木造天守復元事業におけるバリアフリー整備に関して、市として十分な共通認識がないままに市民に対して情報発信を行った結果、市長個人や個々の職員の見解ではなく、「市としての方針」を正確に理解してもらうための情報提供が不十分なものとなり、それが、バリアフリー整備に関する市民の理解や考え方を分け隔てることにつながり、市民間での意見対立を広げた遠因となったものと判断する。 (3)職員の苦悩や葛藤 ・通常、プロジェクトを進めるにあたっては、担当する職員には苦悩や葛藤が生じることは自然な事であり、大規模なプロジェクトの場合には、尚更のことである。ただし、名古屋城天守木造復元事業では、担当する職員が特に苦悩や葛藤を感じる特殊事情があったことが認められる。 ・市長は、定例記者会見などの公的な場において「垂直昇降設備の設置は1、2階まで」と発言していたことから、所管副市長は市長が『昇降技術』を設置しないとの判断に傾きかねないことに強い不安を感じ、職員も市長の『昇降技術』の設置は望ましくないという思いをレク等で繰り返し耳にすることで、相当なプレッシャーを感じていた者もいた。 ・市長や所管副市長の言動をパワーハラスメントと感じる職員が生じるほどに関係者間の円滑なコミュニケーションが取れていなかった時期も生まれていた。それらのことに鑑みれば、市長は、行政の長として、公募結果の遂行にあたって、苦悩や葛藤を抱える職員に対する配慮に欠けていた面もあったといえよう。 ・職員は、市長の意向を気にしながら事業を進めることになり、対外的な市民説明に対する職員の苦悩をより強くさせてしまうことになったと考えられる。 ・職員の苦悩や葛藤が、市民間の意見対立へのリスク想定不足や配慮不足など、アンケートや討論会の準備にも少なからず影響を与え、討論会当日における差別発言に対して適切な対応を行うことができなかった遠因になっていたと判断する。 8ページ (4)公募選定後に無作為抽出によって市民討論会を開催する際の進め方 ・障害者団体は、討論会がバリアフリーをどのように実現するかを人権・尊厳の観点から考える重要な場であると認識していたのに対して、市には、討論会が人権にかかわる訴えを聴く貴重で重要な場であるという認識は、ほとんどなかった。 ・すでに新技術を公募し最優秀者の選定を行ったにもかかわらず、その新技術を「設置しない」との選択肢を含む無作為抽出のアンケートとそのことを前提とした討論会を実施することで、討論会は公募の選定結果を否定し得る場であるとの印象を参加者の一部に与え、また、討論会の実施について障害者団体へ十分な説明等を行わず、障害者団体から事前に伝えられていた懸念や要望等に対しても十分に対応しなかったことが、討論会における意見対立の素地を作り、差別発言が生じる遠因となったものと判断するものである。 ・市は、木造復元事業のバリアフリーの対応方針に関連して、障害者団体に対して人権侵害に当たる誹謗中傷が数多く届いていたことを認識していたにも関わらず、事業の実施主体である市として、会議等を非公開とするほかは特段の対応をしてこなかった。 ・市民説明会総点検資料では、市は市民説明会に関する障害者団体の懸念に対してトラブルが起こってから対応するとしているが、トラブル予防に関する言及はなく、障害のある方に安心して参加し発言していただくためにどうすべきかという人権意識が働いていなかったことがうかがわれる。 ・これまで事業の実施にかかわった、市長・副市長をはじめとした関係者の人権感覚の希薄さが差別事案の根源的な背景・遠因となっていたものと判断するものである。 5 再発防止に向けて取り組むべき事項 (1)再発防止に向けた提言 1職員研修の充実 ・職員の人権意識・感覚の育成、障害及び障害者理解の一層の促進の実施に向けた実効性のある研修の実施 2障害者差別解消法の推進に関する法律、条例の周知徹底 ・会議や研修等でさらなる周知徹底 3人権施策推進会議・幹事会の企画運営の見直し ・職員一人ひとりが、自分事として理解を深められる実践的な会議運営の検討 4差別事案発生防止のための体制づくり ・市民参加事業について、人権の視点からの相談や内容のチェックなどを行う責任者の各局への設置と実践的かつ専門的な人材育成 9ページ 5差別事象マニュアルの抜本的見直し ・実際の場面で具体的に活用できる内容に改訂 6市民・事業者の障害及び障害者理解の一層の促進 ・市民・事業者のより一層の理解を促進するため、新たな啓発事業の実施など施策の充実強化の検討 7対話によるバリアフリーを推進するための仕組みの整備 ・市が公共建築物を整備するにあたり、障害者や高齢者をはじめ配慮が必要な当事者からの意見聴取や対話の仕組みを整備 (2)市民からより一層信頼を得るための提言 1障害者差別解消の推進に関する条例の改正 ・本条例では、差別相談の相手方としては事業者のみを想定しており、相手方が市となる場合に対応することができない。 ・差別相談の相手方として市を加えるとともに、市を相手方とする助言やあっせん、措置の求め及び勧告の手続きを行うことができるよう改正することが必要である。 2実効性のある人権条例の制定 ・人権尊重の根幹となる包括的で実効性のある人権条例の制定を求める。 ・さらに、市が日本の人権尊重のまちづくりの先頭に立ち、他都市をリードし、全国水準を高めていく「人権施策先導都市」となることを目指し、踏み込んだものとすべき。 6 おわりに ・指摘した点を十分に理解したうえで、市長以下関係者が適切なコミュニケーションを通じて事業に関わる考え方等を共有すること。 ・市長や職員は、個人の見解ではなく、「市としての方針」を正確に市民に伝えること。 ・市長は、行政機関の長として、職員が誤解しないような表現を使用し、市民の誤解や分断を生じさせることがないよう意識した事業運営に努めること。 ・市は、人権が市民にとって最も大切なものであることを改めて認識し直すこと。 ・市は、障害者をはじめ市民の人権に関わる事業を推進する際は、当事者の意見を真摯に聴き、建設的な対話を通じて当事者の真意をしっかりと捉えながら行うこと。 ・市は、日本を先導する実効性のある人権条例を新たに制定し、市の姿勢を市民に明示すること。 ・市には、人権条例を拠り所とした施策を着実に展開し、市民が互いの人権を尊重し合う、安心・安全に暮らせる社会の構築を期待する。