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「名古屋南区 東海道まち歩きの書」が完成しました!

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このページを印刷する最終更新日:2016年4月12日

「名古屋南区 東海道まち歩きの書」が完成しました!

平成28年2月に、南区の東海道周辺の散策マップとして「名古屋南区 東海道まち歩きの書」が完成しました!
本書は下記からダウンロードできるほか、南区役所3階の地域力推進室でも配布しております。

名古屋南区 東海道まち歩きの書 タイトル画像

名古屋南区の東海道へようこそ

東海道は、古来より日本の重要な道で、経済・文化の交流および情報伝達の役割を担ってきました。
特に1601 年、徳川家康が五街道整備を決め、江戸日本橋から京三条大橋に至る東海道に53 の宿駅を開き、一里塚を設置して以来、幹線道として日本の発達に大きな役割を果たしてきました。
また、歌川広重による浮世絵木版画『東海道五十三次』や十返舎一九による滑稽本『東海道中膝栗毛』などの文化面でも数多くの歴史を育んできた道でもあります。
旧東海道が南北に伸び、市内で唯一現存する一里塚のある南区には、数多くの史跡があります。本書を片手に、散策してみてはいかがでしょうか。

 

散策おすすめコース

1.法泉寺(呼続二丁目1-21)

本堂は東海道より高い位置にあり、かつての松巨嶋( まつこじま)の最北端にあたる。松巨嶋とは、昔、熱田方面から眺めると、南区の半分にあたる高台の地域が、「大きな松の島」に見えたことから伝えられている地名である。

2.安泰寺(呼続元町16-22)

山崎城跡地に建つ。山崎城は三方に崖のある要害で、現在の名鉄本線の場所が西側の堀と推測される。
城の荒廃後、笠寺観音の北側に位置していた宝珠庵( ほうじゅあん)が移ってきて、現在のかたちになった。

3.熊野三社(呼続二丁目6-33)

境内には樹齢500 年といわれるクスノキの神木や、古くから神社に伝わる手水鉢がある。
この手水鉢は、明治期の合祀の際に、何らかの理由で境内に埋められ、1960 年頃に掘り出されたもの。表には「松巨嶋」と刻まれ、この地域が松巨嶋と称されていたことを伝えている。

4.白毫寺( 年魚市潟勝景跡) (岩戸町7-19)

平安時代中期に開山。この辺りは昔、あゆち潟・知多の浦を望む勝景の地で、万葉歌人などが歌を詠んだ。旧「年魚市潟」展望地として、市の名勝に指定されている。「あゆち」は「あいち」に転じ、県名の語源となったといわれる。また、源頼朝が京都へのぼる途中、ここで休んだので「棧敷山( さじきやま)」とも呼ばれる。境内には、勝景跡の碑や歌碑、芭蕉句碑などが点在している。

5.地蔵院(呼続三丁目11-27)

京都醍醐寺の末寺で室町中期建立と伝えられる地蔵院は、東海道と鎌倉街道の交差する北東部にある。ここに安置されている2.3mの珍しい地蔵菩薩坐像は、鎌倉時代に鋳造されたもの。人びとが湯を浴びせて祈願したことから「湯浴( ゆあみ) 地蔵( または鉄地蔵)」と呼ばれている。戦災と伊勢湾台風の被害に遭ったため、今では仏頭と両掌だけが旧形をとどめている。

6.黄龍寺(呼続三丁目11-23)

創建は1468 年で、山門や本堂は1767年の再建。境内には幼稚園と天満宮がある。天満宮には菅原道真直筆と伝わる画像があり、毎年1月4日のみ開帳される。

7.呼続公園(呼続四丁目)

公園を中心とした一帯は、縄文末期から中世までの曽池遺跡である。
漁具や船の一部も出土しており、人々が居住した様子がうかがえる。曽池の東側に位置する湿地からは、湧き水がしみ出ている。

8.東宝寺(西桜町98)

1394 年に創建。元は現在の桜台高校東付近にあった。本堂西側の墓地には、双子での記録的長寿で話題となり、可愛らしい人柄から「きんさんぎんさん」の愛称で慕われた姉妹のうち、姉の「成田きん」さんが眠っている。

9.桜神明社(呼続四丁目27-39)

神社は古墳の上に建ち、境内は桶狭間合戦のとき、織田側の兵卒の宿舎であったという。神社前の道は、中世から近世にかけて前浜塩が運ばれ、「塩付街道」と呼ばれている。

10.長楽寺(呼続四丁目13-18)

元は寛蔵寺といい、立木観世音堂の十一面観世音菩薩は、1921 年に枯れた境内の大松を、夢のお告げにより菩薩に建立したもの。
また、動物霊園を開いており、盲導犬慰霊碑には主人を守ったために片足を失った名犬サーブたちが眠っている。

11.清水稲荷(呼続四丁目13-18)

本殿南側の森には弘法大師( 空海) 像をはじめ多くの石仏が祀られている。ここを巡ることにより、四国八十八カ所をまわっのと同じご利益があるといわれている。

12.富部神社(呼続四丁目13-38)

国の重要文化財である本殿は、1606年に建てられた桃山様式を伝える格式高い姿であり、徳川家康の四男・松平忠吉の病気平癒のお礼に建てられたといわれている。また、山車蔵にある高砂車山車は300 年以上前に造られたもの。市指定有形民俗文化財に指定されており、祭礼時のみ公開されている。境内には、郷土玩具として伝わる「戸部蛙」の置物が点在している。

13.西方院(笠寺町上新町81)

南西側が本堂、東側が明王堂。明王堂に安置されている烏瑟紗摩( うすさま) 明王は、怨霊や悪魔の出入り口とされるトイレの守護仏として信仰されている。そのため、婦人病や下の病にもご利益があるとされる珍しい寺である。

14.泉増院(笠寺町上新町76)

今の笠寺観音の基となった、玉照姫の像が安置されている。「玉照姫伝説」に由来し、ここをお参りすると、縁結びのご利益や美人祈願に効果があるといわれている。

15.笠寺観音( 笠覆寺) (笠寺町上新町83)

名古屋を鎮護する尾張四観音の一つで、「笠寺」の地名の由来となった、1300 年の歴史を持つ寺。
『笠寺縁起』によると、733 年に僧禅光が開き、十一面観音を安置したのが始まりで、当初は「小松寺」と呼ばれていた。その後荒廃したが、930 年に藤原兼平が復興し、笠覆寺と名づけた。この復興にかかわる「玉照姫伝説」のゆかりの地であることから、縁結びのご利益があるといわれている。1549 年には織田と今川の人質交換の舞台となったといわれ、織田信長の兄と、熱田の加藤図書助屋敷に2年間かくまわれていた竹千代( 後の徳川家康) が交換された。
また、国の重要文化財、県指定文化財などが多数保管されており、境内には芭蕉句碑( 千鳥塚、春雨塚)、宮本武蔵の碑、切支丹( きりしたん) 灯籠、愛智塚、笠寺暁台塚などの史跡や文化財が数多く残っている。

16.東光院(笠寺町上新町47)

菅原道真の肖像画を所蔵し、学問の神様として信仰を集めている。
また、剣の達人・宮本武蔵の足跡をたどると、この地に滞在したと伝えられており、肖像画、自作の書や木刀を所蔵している。

17.見晴台考古資料館( 笠寺公園) (見晴町47)

資料館は、笠寺公園の地下に埋まっている見晴台遺跡を解説する施設として、1979 年に開館した。
見晴台遺跡や市内のほかの遺跡から出土した土器や石器を所、一部を展示している。
この遺跡は弥生時代後期から古墳時代前期の集落のあった場所で、平安から室町時代の陶器なども多く出土しており、毎年夏に一般市民による発掘調査が行われている。
笠寺公園は、春には「きんさん桜・ぎんさん桜」がかわいらしい花をつけ、夏には区の花「ひまわり」が太陽に向かって元気に咲く。秋は紅葉が美しく、新年には美しい初日の出を拝むことができるスポットである。

コラム

南区に伝わる伝説のラブストーリー 玉照姫伝説

玉照姫伝説イラスト

 もと美濃国の豪族の娘「玉照姫」は、あまりの美しさゆえ不運な運命に巻き込まれ、鳴海の長者の召使いとなってしまいました。不遇な生活を送りながらも、玉照姫は決して希望を捨てません。いつも呼続の里の街道脇にあった観音像にお祈りしていました。
 ある雨の日、ずぶぬれになっていた観音像に自分の笠をかぶせてあげた玉照姫は、たまたま通りかかった藤原兼平に出会いました。
 兼平は心優しい玉照姫を見初めてプロポーズ。めでたく二人は結婚し、京で幸せになったのでした。その後、二人の出会った思い出の土地には、立派なお寺( 現在の笠寺観音) が建てられ、笠をかぶった観音像が祀られたというわけです。

戸部蛙ってなぁに?

戸部蛙写真

 富部神社や旧東海道沿いの道中で見かける戸部蛙。目の前を横切る人を無差別に斬り捨てた戸部城主でも、跳ぶ蛙は斬ることができなかったというエピソードから誕生したと伝えられています。「無事に帰る」とのいわれもあり、旅の無事を祈る縁起物も兼ねた郷土玩具です。現在は富部神社の社務所でお守りとして手に入れることができます。

市内唯一の一里塚

一里塚イラスト

 江戸時代、徳川幕府は東海道をはじめ主要街道に一里塚を築きました。36 町を一里( 約4km) とし、一里ごとに土を盛って、その上にエノキやマツを植えました。
 一里塚は旅人の目印となり、荷物を運ぶときの運賃の目安として使われていたようです。一里塚の上にエノキが多く植えられたのは、徳川家康が「よい木を植えよ」と言ったのを「エノキを植えよ」と聞き間違えたからだという説もあります。
 名古屋市内にはもと12 カ所の一里塚があったといわれていますが、現存するのはここ、笠寺一里塚だけです。この地に力強く根を張ったエノキが、今も当時の面影を残しながら、道行く人を見守っています。

見に行きましょう!きんさん桜・ぎんさん桜

きんさん桜・ぎんさん桜イラスト

 岐阜県本巣市には、樹齢1500 年といわれる淡墨桜の巨木があります。きんさん桜・ぎんさん桜は、この巨木から若木を寄贈いただき、植樹されたものです。
 植樹のきっかけは、全国的に親しまれた双子の長寿姉妹「きんさん・ぎんさん」と長寿の淡墨桜のご縁によるものです。お二人は生前南区にお住まいで、全国各地を訪問し、この長寿桜の若木の植樹を通して、長寿のよろこびと健康の大切さを示されました。
 平成12 年に南区役所新庁舎完成を記念して植樹されましたが、その後の成長環境を考慮し平成25 年に笠寺公園へ移植しました。この桜には「健康と長寿」の願いが込められています。

このページの作成担当

南区役所区政部地域力推進室安心・安全で快適なまちづくりの企画担当

電話番号

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ファックス番号

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