ページの先頭です

南区写真館

ソーシャルメディアへのリンクは別ウインドウで開きます

このページを印刷する最終更新日:2013年5月23日

南区の春

きんさん桜ぎんさん桜
上下水道局中部山崎水処理センター前の桜
大江川緑地の桜

南区の夏

区の花 ひまわり
宝小学校のひまわり
笠寺公園のひまわり

南区の秋

秋の富部神社
秋の道徳公園
南区区民まつり

南区の冬

呼続コミュニティセンターもちつき大会
1月26日 文化財防火デー

笠覆寺(笠寺観音)

笠覆寺(笠寺観音)の写真

 尾張四観音の一つ。元は小松寺といい、天平年間(729年頃)に僧禅光が開いて十一面観音が安置された。その後荒廃し、延長8年(930年)に藤原兼平がこの地に復興し「笠覆寺」と名付けた。また、嘉禎4年(1238年)僧阿願が再建した。本堂は宝暦13年(1763年)の建造。
 当寺には、国の重要文化財「色紙墨書妙法蓮華経巻第五」をはじめとして、県指定文化財の「笠覆寺文書」、「梵鐘」、「木造十一面観音菩薩立像」、「銅造十一面観世音並びに六稜式厨子及び古甕附高力種信筆出現縁起二張」などがある。また境内には、芭蕉句碑(千鳥塚「星崎の闇を見よとや啼千鳥」・春雨塚「笠寺やもらぬ岩屋も春の雨」)、宮本武蔵の碑、織部灯籠、愛智塚、笠寺暁台塚など、多数の史跡や文化財がある。

笠寺一里塚

笠寺一里塚の写真

 慶長9年(1604年)徳川幕府が主要街道を整備したとき、一里(約4km)ごとに塚を築き、その上に木を植えて道しるべとした。この一里塚は市内に残存する唯一のもので、土を盛った上にエノキが大樹となって残り東海道をしのぶにふさわしい。かつては、一対の塚であった。他の一基はムクノキが植わり、道を隔てた南側に大正時代まで残っていた。

くつ塚(伊勢湾台風殉難者慰霊之碑)

くつ塚(伊勢湾台風殉難者慰霊之碑)の写真

 昭和34年9月26日の伊勢湾台風は区内で1,417人の多数の死者を出す大水害であった。2週間後に水が引くと、このあたりのアシの根元や田んぼに取り残された靴が集められ、花と線香が絶えなかった。それ以来「くつ塚」と呼ばれた。翌年「伊勢湾台風殉難者慰霊之碑」が建てられた。

見晴台遺跡

見晴台遺跡の写真

 見晴台遺跡は笠寺台地南端に位置し、面積約3ヘクタール、高さ約15メートルの平坦な舌状台地上にある。遺跡からは、縄文から中世までの遺物や遺構が発掘されている。なかでも竪穴住居跡や濠、高坏土器などがあり、質量ともすぐれた遺跡である。また毎年夏に、中学生以上の市民が参加して発掘調査が行われている。

このページの作成担当

南区役所区政部地域力推進室安心・安全で快適なまちづくりの企画担当

電話番号

:052-823-9325

ファックス番号

:052-811-6360

電子メールアドレス

a8239322-02@minami.city.nagoya.lg.jp

お問合せフォーム

お問合せフォームへ移動

このページについてご意見をお聞かせください

ご注意

  1. お答えが必要なお問合せは、直接担当部署へお願いいたします(こちらではお受けできません)。問合せ先等が不明な場合は、ページ下部の「このページの作成担当」などをご確認下さい。
  2. 個人情報を含む内容は記入しないでください。

ページの先頭へ