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香流川コース(詳細)

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このページを印刷する最終更新日:2011年3月15日

ページの概要:香流川コースの詳細についてご案内しています。

猪子石神社(牡石)と大石神社(牝石)

牡石と牝石の写真(上が牡石、下が牝石)

子どもの年中行事として、旧暦10月の亥の日に「亥の子の祝い」があり、この日には亥の子のぼた餅をつくる習慣がありました。

この地には、地名の由来となったとも伝えられる猪の子に似た自然石「猪子石」が牡牝の二体あります。

猪子石神社にあるのは牡(お)石で、昔から触ると「タタリ」があるといわれてきました。

大石神社にあるのは牝(め)石で、これに小石が付着していることから「子持ち石」と呼ばれ、安産の神として敬われてきました。

和示良神社

猪子石原の氏神様で、創始は明らかではありません。西ノ切にあった木花開耶姫命を祭る浅間神社と、欠下にあった大山祗命を祭る山ノ神社を明治41年に合祀し、村社にしたと伝えられています。

薬師寺

曹洞宗のお寺です。弘化4年(1847年)の創建といわれ、現在の本堂は昭和29年に再建されたものです。本尊の薬師如来座像は秘仏で、普段は見ることができません。

境内には、西国三十三観世音石像をはじめ、庚申塔など、猪子石原に伝わる様々なものがあります。

また、このお寺には御詠歌を奉納する慣わしがあります。

このお寺の西に、小さな祠がありますが、これは猪子石原の山ノ神です。

月心寺

月心寺の写真

曹洞宗のお寺です。創始年月日は明らかでありませんが、寛文2年(1662年)東春日井郡大永寺の末寺となり、現在地(猪子石城跡)に禅宗伽藍を建設したと伝えられています。現在の建物は、昭和45年から61年に新築・改築されたものですが、山門は以前の姿形をそのまま再現しています。

境内の西側には観音堂があり、十一面観世音立像が安置されています。現在の地には明治になってから移されていますが、「蓬萊の観音」として江戸時代以前からこの辺りにあったと伝えられ、城東三十三番観世音の二十番札所となっています。この像は18年に一度ご開帳する慣わしです。

このお堂の南側に「従是西南御留場」と書かれた石碑が立っています。この碑はもともと矢田川左岸の堤防上に立てられていたもので、かつて矢田川と香流川の合流点あたりの広大な河原が、藩の大砲(おおづつ)の演習場になっていたため、いわば立ち入り禁止の立て札であったわけです。

弁天堂の西側には馬頭観音があり、本堂の裏手には歴住塔(歴代住職の墓塔)が並んでいます。この中にはかなり古いとみられる墓塔もあります。

なお、本堂正面にはクスノキが名古屋市の指定保存樹として力強く息づいています。

神明社(猪子石)

神明社(猪子石)の写真

猪子石の氏神様で、創始年月日は不明ですが、安永2年(1773年)村民の総意で現在の地に鎮座されたと伝えられています。現在の社殿は昭和39年に改築されたもので、末社には天王社など、祠堂には猪子石神社などがあります。「体育の日」に行われる例大祭を始め、9月の秋分の日には子ども相撲を奉納するなど、様々なお祭が地域の年中行事として行われています。

クスノキやアベマキの名古屋市の指定保存樹4本を有するなど、大変緑豊かな境内で、敷地内には御料地払下記念碑や、日本一の規模といわれる猪子石土地区画整理事業の完成記念碑などがあります。

また、この辺りは月心寺とあわせて猪子石城址とみられていますが、何も残っていません。近隣にある民家の中に「痔塚」があり、長久手の合戦の頃に猪子石城主だった横地氏と所縁があると伝えられています。

神明社資料館

神明社資料館所蔵の馬標と馬具の写真

神明社(猪子石)に隣接して建てられている神明社資料館は、猪子石土地区画整理組合が事業の完成を記念して建設したもので、土地区画整理事業の資料と、古くからこの地域のお祭りに使われていた馬具及び棒の手の道具等を保存しています。毎月第1日曜日などに開館し、一般市民に利用されています。

名東区の魅力スポット

神明社(藤森)

藤森一帯(本郷・藤が丘・豊が丘)の氏神様で、創始年月日は明らかでありません。始めは現在地よりも西方の低地にあったのですが、いつの頃か不詳ですが、現在の高台に移されました。今ある社殿は昭和45年に新しく造営されたものです。

境内の西側に「和尓良以神旧墟」と彫られた小さな石碑が立っていますが、これは前述の神社の旧地跡に立てられていたものです。

了玄院

了玄院所蔵の延命子安地蔵菩薩の写真

曹洞宗のお寺です。創始については、中絶の期間もありましたが、文明2年(1470年)法名「玄庵道了禅門」という人を開基(=在家の人。地元では藤森城主小関三五郎と伝えられている)に、東春日井郡大永寺三世明嶽良哲大和尚を開山(=僧)として創建されたといわれています。以前は現在の本郷二丁目にありましたが、昭和51年に現在地に改築・移転されています。

堂内には弘法大師の作である「延命子安地蔵菩薩」と呼ばれる有名な地蔵尊が安置されています。安産に霊験があるといわれ、安産を祈願する女性や乳の出がよくない女性が数多く参拝していたようです。

境内では藤森に伝わる数多くのものを見ることができます。鐘楼塔の西側にあるのは「藤森の行者像」で、昔は農民が夏の日照り続きの際、雨乞いの祈願をしたと伝えられています。その横には「藤森新田の弘法像」があり、その他に「了玄院の墓地にあった六地蔵」や「了玄院の開山塔」などがあります。

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