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平成31年4月22日 市長定例記者会見

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このページを印刷する最終更新日:2019年5月16日

ページID:116427

報告事項

  • スリランカの爆発事件について
  • ノートルダム大聖堂の火災について
  • 児童虐待防止推進月間における取り組みについて
  • 名古屋城現天守閣解体にかかる現状変更許可申請について

会見動画

報告内容

スリランカの爆発事件について

(市長)
 はい。それでは、4月22日(月曜日)でございますが、会見を始めたいと思います。

 まあ、皆さん、おはようございますということでございます。

 初めに、スリランカでの爆発事件についてでございますが、犠牲者となられた方々のご冥福をお祈りし、そして、ご家族に哀悼の意を表するとともに、負傷者の方々に心よりお見舞いを申し上げます。

 なお、スリランカには、名古屋市上下水道局から国際協力機構(JICA)の「技術協力プロジェクト」としまして、水道分野の技術支援事業で職員を派遣しております。

 爆発のニュースが入った段階で当該職員に連絡をとり、無事を確認しております。当面は自宅待機の予定でございます。今後は、国際協力機構(JICA)と連絡をとって情報収集に努めつつ、対応を検討してまいりますということであります。

ノートルダム大聖堂の火災について

(市長)
 次に、4月15日にフランス・パリ市内のノートルダム大聖堂で発生しました火災についてでございます。

 ノートルダム大聖堂で発生した火災の報に際しましては、私も大変、心を痛めております。

 本件に関しまして、在京都フランス総領事を通じまして、書状をもってお見舞いを申し上げたところでございます。

 姉妹都市になりましたランスにも、やっぱりこのノートルダム・カテドラルですかね、がありまして、あちらのほうは第一次世界大戦で、すごい空襲を受けて破壊されまして、写真も残っておりますけど、姉妹都市のなる前提として、向こうのほう、ランスの人の書いた、あの文章、ランスの人いうか、実際書いたのは日本人かもわかりませんけど、よると、その、やっぱり一旦地獄を見たというか、ランスは第一次世界大戦、名古屋は第二次世界大戦、そこから復興してきたということで、大変精神性に共通性があるということを言っておられたのは、よう覚えておりますけどね。はい。

 名古屋においても、第二次世界大戦の戦火で名古屋城が焼失し、多くの名古屋市民が嘆き悲しみましたと。今回のノートルダム大聖堂の尖塔が崩れ落ちる姿を見たパリの人々の思い、悲しみ、喪失感を、名古屋市民は強く共感しているだろうと思います。

 先日、テレビのインタビューに対しまして、現地の方が「焼失する前の姿に復元されることを願っている。」と、僕がたまたま、これ、多分NHKだと思いますが、と答えられていました。名古屋市においても、引き続き、名古屋城天守閣の木造復元事業の推進に努めてまいりたいと考えております。

 ノートルダム大聖堂の一日も早い再建を心よりお祈り申し上げます。

 ということですけど、まあ、ぜひ、きょうも幹部会で言ってきましたけど、皆さんに、テレビ見ながらぜひ感じていただきたいのは、ヨーロッパの石の文化と日本の木の文化というのの、違いですよね。あの、あれだけのすごい火災であっても、あの外の外観は残っとるわけです。その両側、こう、ランスのカテドラルもおんなじですけど、こう両側残って、で、奥で木造部分が崩れ落ちるということでございますけど、木造の場合は何にもなしになりますね。名古屋城天守、本丸御殿もそうでしたけど。disappeared、消えてしまう、消失するということで、なかなかその本物をやっぱり残そうというのが文化財の精神の、英語で言うとauthenticityっていうんですけど、そのauthenticity、オリジナルでもいいんですけども、を残そうというのが、基本的考えですけど、ヨーロッパの場合はだから、今回のノートルダムもそうですけど、壁が残ったり、下の基礎が残ったりするんですわ、それが。だけど、日本の木の文化の場合は、何にもなしになってしまうということで、そこからつくり直していくものというのは、authenticityということについてはどう考えたらええんだろうかというのは、これ、歴史的な大きな問いなんです、実は、これ。

 それで、文化庁さんが非常に熱心にですね、まあ、若干いろんな解釈の幅はありますけど、「奈良ドキュメント」というのは、これはぜひ、あの、ネットで見ていただくとわかりますけど、何年になるだや、20年、20年から30年ぐらいに前になるじゃないですかね。やっぱりその本物性というのをどう考えるかについては、やっぱりその、第一といいますか、全体的に、やっぱ、木のものなら木のものの特質いうのは考えるべきでないかという、主張してくれとって、今度の名古屋城が、まあ、私も、外で、話があったときに、「河村さん、どんだけ頑張ったって、焼けたじゃないか」と。「全部なくなったじゃないか」と。「だから、新築建造物なんだ」と。「だから、エレベーターをつけてくれ」という話がありました、そこには。で、「おまえ、ちょっと待ってくれ」言って。「松本城には私たちはエレベーターつけろとは言わん」と。つけてくれと。「名古屋城は新築なんだ」という話があって、「ちょっと待ってくれ」言って、「新築いって、ツー・バイ・フォーや建て売りとは違うよ」言って。それは再建ですね、これ。というものはちゃんと文化庁が認めたカテゴリーがあるんだと。

 言ってかんとわからんですよ、これは。非常に重要なとこなんですよ、これは。

 で、文化庁は、しかし、一定の要件をしまして、何でもええで新しくつくったら、それが本物性があるかというわけじゃなくて、今んところ、ちょっと非常に長いですけども、短く言いますと、1つは、国宝とか重要文化財のような建物であったことがなくなったこと。それから、その真上につくること、あったところに。それから、もう一つは、梁とか柱とか、材質とか、いろいろなものを含めた、そこで言っとるのは、「再現と言えるものであること」と。「再現」という表現使ってますけど、そういう場合は、これは、それはオリジナルなんだと、これはほんと。うん。そこが考え方の中心ですわ。新しくつくったように見えるけど、それはオリジナルだと、木の文化においては。そういう考えのもとで、名古屋のお城も進んできたということでございますので、そこらを今回のノータルダムの、悲劇を見がてらですね、感じていただければいうことでございます。

 ああ、1994年ですね、奈良ドキュメントは。1994年でございますけど。ということでございます。

児童虐待防止推進月間における取り組みについて

(市長)
 次に、児童虐待防止推進月間の取り組みについて、ご報告いたします。

 「バックボードをお指しください」ということで、まあこれに、オレンジ色になっとりますけど。バックボードは児童虐待防止のシンボルマークである「オレンジリボンと児童相談所全国共通ダイヤル189(イチハチキュウ)、イチハヤク」のデザインに変わっております。

 名古屋市では、6年前の平成25年4月に、「名古屋市児童を虐待から守る条例」を施行いたしました。

 条例では、毎年5月と11月を「児童虐待防止推進月間」としております。特に5月は、名古屋市独自の「児童虐待防止推進月間」でございます。

 実施内容といたしましては、「とだがわこどもまつり」など、親子連れが多数集まる機会でのキャンペーン活動や、新入学児童と保護者向けの広報・啓発、関係機関の職員向け研修会の開催、名古屋グランパスとの連携したポスター、リーフレットなどによるPRなどの取り組みを行ってまいります。

 名古屋市でもさらなる体制強化に努めてまいりますが、市民の皆さんに、条例と、名古屋独自の「児童虐待防止推進月間」が広く浸透し、全ての人が、困っている子供や保護者を見かけたときに積極的に声がけをして、相談機関へとつなげていただけるよう、積極的なPRを進めてまいります。

 虐待かも?と思われる事案がございましたら、児童相談所全国共通ダイヤル189、「イチハヤク」へお電話をください。

 まあ、これは何遍も言ってますけど、これはね、何遍も言っても言い過ぎることはないんです、これ。要するに、常勤の専門職がいるということです。児童虐待っていうのは、多くは0-3歳ですから、ちょっと学校とは違いますけれども、これは。今度の千葉県の野田市の、うん、かわいそうな女の子の話は小学校4年生ですね、4年生。だで、やっぱ、これは日本国がやらないかんです、ほんとに。失政だと思ってますね、これ、私は。

 やっぱり常勤の専門職を国を挙げて養成せなあかんです、これは、教育学部の中に。科目だけじゃなくて、数学とか社会とか理科とかそれだけじゃなくて、子供の人生をみんなで応援してくと。生きるためのスキルをですね、教える人、教えるっていうか、アドバイザーとしていう人を常勤職で置くように国がやらなあかんです、これ。だけど、今んとこやってませんし、マスコミでも一言も言いません、これは。なぜなのかということがほんとにわからんですね。

 このところ、たくさんこうやって不幸が続いてますので、まあ、名古屋でもかわいそうな事案が発生しましたけども、しておりますけど、テレビ、新聞でよう見ますけど、常勤の専門職がいるということはね、誰もいないです。ゼロですね、これ言ってる人は、これ。だけど、それがあるのは実は名古屋だけでございまして、名古屋が今、150人ぐらいになってますけどね、ソーシャルワーカーも入れると。まあ、大変ですわね、養成してこないかなんだで、これ。で、そんなかで大体1万1,000人超える子どもさんを、励ましてきたと。で、その8割が、やっぱり相談相手ができてよかったと答えてますので、実際。うーん、だで、私は表には出てきませんけども、何人かの子どもさんの命は名古屋は救ったんじゃないかというふうに思ってます、ほんとに。

 ということでございまして、大変なことですわ、この失政は、ほんとに。何遍繰り返すんだと。で、もうどの報道も見ても、悪いですけど、先生がもっと注意しろとか、教育委員会がいかんとか、家庭をもっとどうのこうの、それから、地域社会まであんまり言わんですけれども、校長は何やっとったと、こういう話に終始してますけど、今の、意外と単純ですけど、常勤の専門職が必要ということで、名古屋は、名市大で今年、去年19人ですか、今年は10人ぐらいになりますかね、もっとやらないかんですけど、大学院で養成してますわね。臨床心理士のスクールカウンセラー版というのは日本で名古屋だけです、これは。

 で、それと、愛教大は30人だったかな、これ、学部ですけど。これまたちょっと体制が、まだいろいろ違うんですけど。そういう取り組みをさせていただいておりますので、名古屋は名古屋でそれは、それはまだたくさん課題がありますけど、ぜひジャーナリストの皆さんには、日本中広がっていかなかんで、これ。ねえ。ようけ給料もらっとるだったら、公務員や議員や市長が。自分の身をちょっと削ってでもやったらどうだいうの、ほんとに。狂っとるんじゃねえかと思いますよ、私、根本的な価値観が。と思いますね、これは。

 まあ、ここで力んどってもしようがないですけど。これはほんとに思いますよ、これは。アメリカ行きゃあわかることですから。これ、私が特殊な発言をしとるわけじゃなくて、ロサンゼルスで学んできたことですから、これ、5年前に。つい5年前。行きゃわかるんで、皆さんも、あの、どうですか、行かれたら、ジャーナリズムの。一遍ロサンザルスに。「河村さんが力んどるけど、常勤のスクールカウンセラー、どういうもんか」言って、ちょっとNHKに頼んでよう、一遍、見に行かれるといいですよ、全然違いますから。「へえっ」と思いますから、これ。うん。だで、普通の教師と対等であると。

 まあ、最後だけ、この辺にしときますけど、私が5年前に行ったときに、名古屋でも不幸が起こって、で、彼が遺書の中で、「さようなら。もし死後の世界があるなら見ています。ありがとう。」って、まあ、亡くなったわけですよ。ほんで私はロサンゼルスではどうなっとるんだろうなと。アメリカなんかはやっぱり貧富の差も激しいし、それから、まあ、いろいろな人種の問題もありますんで。それから、やっぱりキリスト教ですから、やっぱり基本的に。キリスト教っていうのは、私は浄土宗ですけど、「All men are created equal」っていう、全ての一人一人の人間を大事にしろという思想ですからね、どうなっとるんだろうな思って聞いたら、向こうの、で、「向こうのスクールカウンセラーの人に会わせてくれ」って言ったんです。4人だったと思いますけどね、女の人でしたけど。こう言いましたよ、彼女たちは。「私たちは数学の授業は苦手です」と。「だけど数学の先生は私たちのような仕事は苦手なんです。私たちの仕事いうのは、スクールカウンセラーです。だけど私たちと数学の先生は対等なんです」と、こういう話だった。それで僕はびっくりこいた。サプライズっていうやつ。日本は対等じゃないですから。日本のスクールカウンセラーは、みんな安月給で、それこそワーキングプアだって言われるぐりゃあですよ。週一遍ぐらいで。まあ、みんな熱心にやっとるけど、物すごく苦労しとられる。これ、学校の中で全然違いますよ。学校は教師のもんですから、日本において。

 で、対等だ言ってびっくりして、それから、さまざまな、調査を行って、髙原さんに来ていただいて、今、ここまでどうにかこうにかやってこれとるということでございますから、ぜひ皆さんも、ジャーナリズムはまずやらなあかんわ。アメリカ一遍行って、ロサンゼルスでええで見てりゃあと。ほんとに。で、これは、商工会議所の副会頭さんですけど、「意外にええよ」って言ってました。ロサンゼルスに行って副市長に会ったら、「Mr.Mayor Kawamuraさん、どうしとる」言って。「今までようけの人が来たけど、みんな写真撮ってくだけだった」と。「河村さんはちゃんとロサンゼルス、ええとこ見つけ出してくれて、で、アメリカのスクールカウンセラー呼んでくれて、ほんで制度を導入してくれた」と。「初めてだと言ってましたよ」言って。副市長がね、アメリカ人ですけど。

 というお話があるということで、実は極めて重要な話で、人を救うというね。なぜやらないんだと。こういう動きが起こらない。文科省は「チーム学校」という名前でやろうとしてますわね、ほんとに。ええ。文科省は気づいておるんです。というのが、これはちょっとちゃんと言ってかないかん。I can’t stress this enough.どんだけ強調しても強調し過ぎることはないという話です。

 それから、スクールカウンセラー、入れたから全てようなるというものではありませんけど。必要十分条件じゃないですけど、大変大きな必要条件であろうというふうには思いますね、僕は。

名古屋城現天守閣解体にかかる現状変更許可申請について

(市長)
 次に、名古屋城現天守解体に係る現状変更許可申請についてご報告いたします。

 名古屋城天守閣整備事業について、4月19日に現天守解体に係る現状変更許可申請書を文化庁に提出させていただきました。

 本日は、事務方のトップでございます観光文化交流局長より補足の説明をさせていただきますので、よろしくお願いいたします。「僕が行って、直接、自分の気持ちを記者クラブに伝えたい」ということでございますので、どうぞ。

(観光文化交流局長)
 皆さん、こんにちは。

 多分、名古屋城の、天守閣の問題について、局長が出てきて、事務方がですね、出てきてご説明するというのは多分初めてじゃないかなというふうに思います。また、皆様の報道に対してですね、やっぱり国もすごく、敏感になっておりまして、たくさん、国からもですね、問い合わせをいただいているということもありますので、一度やっぱり事務方として、この問題に対してどういうふうに考えているのかといったことについて、ご説明するのもですね、よい機会じゃないかなというふうに考えまして、市長の指示もありましたけども、私からもお願いをして。

(市長)
 いやいや、私は指示してません。

(観光文化交流局長)
 いえいえ。

(市長)
 自分からいうことはええことだ。

(観光文化交流局長)
 金曜日の夜に、ご指示をいただきましたので。ばらしますと。今日、出ることにいたしました。

 まず、天守閣の木造復元に対する事務方の、認識でございますけども、私ども観光文化交流局にとりますと、やっぱり名古屋城というのはものすごい大きなやっぱりコンテンツだというふうに思っております。皆様御存じのように、まあ、本丸御殿ですね、非常に大勢の方がお見えになっております。日本人の方を含めて、外国人の方も含めてですね、大変、多くの方をお招きをしておりまして、本丸御殿も、10年かけて再建をいたしましたけれども、やはり、図面がありまして、今の技術を駆使しまして、できるだけ本物に近づけるといったようなことでございます。

 また、復元模写につきましても、これ実は、西尾市政からですね、綿々と復元模写をやっておりました。西尾市政、松原市政、そして、河村市政といったふうに綿々とつなげて、その復元模写をやっておりましたが、これもですね、やっぱり、往時の姿を想像できると。特にさらに、本物を一緒に出すことによってですね、両方、まあ、感じていただけるということで、非常に多くの方に来ていただいているといったようなことでございます。

 そして、天守閣につきましては、私たちの先輩、先人がですね、詳細な実測図を残していただいたといったこともありますので、私ども事務方といたしましても、何としてでも、この天守の再現をしたいというふうに、思っておりますし、こういうやっぱりビッグプロジェクトにですね、どうしても今の職員が携わることに対して、正直喜びもありますので、何としても、観光文化交流局の総力を挙げて、実施をしてまいりたいというふうに考えております。

 それから、申請書につきましては、市長からもご報告申し上げましたように、先週の金曜日、事務方のほうで出させていただきました。皆様にはA3、1枚の、概略の資料を出させていただきましたけど、実は、これだけの分厚い資料を私どもで用意をいたしまして文化庁さんのほうに出しました。A3で、皆さん、これだけの資料がございます。

 この中ではですね、文化庁さんのほうから、もう全部目を通していただきまして、一言一句、ご覧をいただいて、修正すべきは修正してほしいといったこともありましたし、あるいはその科学的な数字をいろいろ出しておりますけども、これはどういう意味だといったことを、職員が膝詰めで、調整をしてまいりました。

 文化庁さん、私どもも役人だもんでよくわかるんですけども、これから多分日本の中で、戦後つくったお城が、コンクリートでつくったお城がですね、多分これからずうっとやっぱりどういうふうにするだという時代がやがて来ると。そのときに私どもは先陣を切って、できるだけ石垣に、傷つけないような工法を、名古屋の技術の粋を尽くしてですね、ご提案をさせていただきましたので、ここは文化庁さんもやっぱり興味を引いていただけたんじゃないかなというふうに思います。まあ、石垣部会のご提案について、確かにやり切れてないといった部分はございますけども、文化庁がですね、申請に当たって5つの留意事項といったことを私どもに指示をいただきましたけども、そのことに対しましては、事務方としてやり切ったというふうに思っておりますので、ここはあとは文化庁さんのほうでどういうふうにするかといったようなことだなというふうに思います。

 なお、文化審議会におきまして、文化庁からですね、いろいろやっぱりご指摘があるかもしれませんけれども、それについては、ぎりぎりまで真摯に対応していきたいというふうに考えております。事務的にはやり切ったというふうに思っておりますけども、これでやっぱり許可が出るというふうに思っておりませんで、市長には私どもからお願いして、今週の25日の9時半に文化庁に出向いていただく予定にしております。25日の9時半に、出向いていただく予定にしておりまして、本当は文化庁長官にお会いをしたかったんですけども、やっぱり向こうのご都合もありましたので、村田次長にですね、ご面会をさせていただく予定にしております。

 やはり市長には、このやっぱり天守閣の木造復元に対する、国家的、世界的なその意義、私どもがなぜこれを真剣にやりたいのかということについて、市長の口からやっぱり語っていただきたいというふうに思っております。それはやっぱり、私ども、事務方ではですね、その言葉の思いとか言葉の強さというところではどうしてもやっぱり表現できませんので、ここは市長に出向いていただいて、文化行政全般についてもですね、語っていただくことによって、私たちの思いを伝えたいというふうに考えております。

 なお、マスコミの皆様におかれましては、村田次長とのやりとりが詳細にご報告は多分できないと思います。向こうの、先方の意見もありますので。ただ、私どもがどういうやっぱり主張をしてくるのか、してきたのかといったことについて、まあ、いわば天守閣の意義ですね、木造復元の意義については、何らかの形でペーパーにまとめて皆様方にもお伝えをして、共有できればなというふうに思っております。

 それから、天守閣の木造復元の時期、2022年のことについて、事務方としてやっぱりどういうふうに考えておるかといったことについてもご説明をしておきたいというふうに思います。

 正直、(観光)文化交流局長に来る前はですね、やっぱり、あの、本丸御殿が10年かけてやりましたので、やはり少し時期を決めてやるのは私自身もあんまり納得をしておりませんでした。ただ、今回、フランスのノートルダム大聖堂の火災に対して、マクロン大統領が5年以内にやり切ると、こういうような、発言をされたことに対して、やはり、時期を区切るというのは事務方の判断を超えとる事項だなというふうに思いました。ですから、それを、トップの行政をつかさどる市長が2022年というふうにおっしゃられるならば、私ども事務方といたしましては、いろいろ困難はあるとは思いますけれども、それに向けて全力を挙げて取り組んでまいりたいというふうに思っております。

 そして、この点に対して、もう一つですね、お伝えをしたいのが、先週、セントレアの、中部国際空港の幹部の方とですね、いろいろ意見交換をいたしました。インバウンドのことに関してでありますけども。名古屋は確かに外国人の方がふえておりますけども、ここ3年、5年がピークだというふうにおっしゃられて、この3年5年の間に名古屋の文化的価値、あるいはインバウンドを含めて、その対応策をとっていただかない限り、名古屋は通過地点になるといったようなこともおっしゃられました。ちょうど2022年というのは、今年入れて4年だもんですから、3年から5年という中には入っとるもんですから、そういう面でもやっぱり多くの外国人の方に名古屋に訪れていただきまして、名古屋城を含めてですね、名古屋のこの町全体をですね、見ていただきたい、これは観光文化交流局としての思いでございます。

 そして、最後でございます。実は、あの、うれしいニュースですけれども、トリップアドバイザーでですね、名古屋が今まで番外だったんですけれども、6位になりました。外国人が見た、日本を訪れたい町の中で6位といったようなことになりました。東京が1番で、うーんと東京が1番ですね。京都が2番、3番が大阪、4番が札幌、5番が福岡、6番が名古屋といったようなことだもんですから、私どもは、これはやっぱり事務方がですね、頑張った成果だというふうに思っておりますので、何とかその上の5位の福岡を抜きたいと。市長も最近言いませんけど、文化で京都をしのげといったようなこともありますけれども、本気になって、京都をしのぐような対策をやっていきたいというふうに思っております。そのためには、やっぱり、マスコミの皆様のお力添えをお借りするというのは非常に大事だと思っておりますので、観光文化交流局長の部屋、いつも開けておりますので、ぜひ、マスコミの皆様、来ていただいて、応援をしていただければなというふうに思います。

 長くなりました。申し訳ありません。ありがとうございました。

(市長)
 はい。ということで、以上でございます。

質疑応答

名古屋城天守閣について

(記者)
 市長が、文化庁の次長とお会いするということですけど、具体的に何を説明されに行くんですか。

(市長)
 やっぱり、大きく言や2つだと。

 1つは、やっぱ圧倒的な名古屋市民の願いですわ。うん。やっぱり文化財っていうのは、やっぱり日本的、世界的なものではありますけど、やっぱり市民のものでもあるんです、これは。名古屋の町に333年間、国宝としてあった、国宝1号としてあったものを失ったという、今のフランスを見りゃわかるじゃないですか。ものすごいみんな集まられて祈っとるじゃないですか、みんな。ということですよ。市民の圧倒的なやっぱり木造復元、本物復元にかける願いを伝えると。

 それは先ほど言いましたように、木の文化と石の文化との違いでね、日本は木の文化だから、何もなしになって、何か、それで全部なくなってしまって、新たにつくったものは全く新築建築物だというような人もいますが、それは違うんだよと。まあ、要件がありますけど、一定の要件の中でですね、これ、再現していくと、復元していくと。こういう考え方で先人のつくってきた文化的遺産をずっと将来、1,000年、2,000年引き継いでくと。その、僕は巨大な一歩になると思いますよ、これほんとに。ないんですから。初めてですから、これ。

 で、戦後12だったかな、あれ。空襲で燃えた、広島城なんかは原爆で、まあ壊れたんだけどね、そういう建物が、それぞれコンクリートの天守がですね、いよいよまあ、寿命等を迎えてきますんで、今後、どうやってやっていくのかということのリーディングケースになるぐらいの、まあ、こちら、慎重にし、丁寧、文化庁さんが丁寧にやっているもんで、丁寧が上にも丁寧にやってまいったということで、僕は、まあ、前の話だけど、石垣の、本物、プロの、実際つくるプロの方に聞きましたが、いや、こんなとこまでやったお城はないですよ言って、石垣のことも。番号全部つけてですね。ネットで出てましたね、何か。産経のネットだったか、何か、「すげえー」っ言って、名古屋城の今やっとること。ものすごい丁寧な復元だということを言ってましたので、ぜひこれがモデルになると、今後のね、いうふうになっていくと思いますよ、私。初めてですから、ここまでやるのは。やりかけても、また45億ありますからね、これ、予算の中に。505億の中に、中に45億、石垣のお金が入ってます。

 竹中方式というのは、やりながら。で、天守は要するにケーソンで支えてますから。つくってまってからでも石垣はいろいろできるわけです。そういうこともやりながら進めていくという方式だもんですから、これはこれで。中のね、中の造作もものすごいよう考えてあると言っとった人たちがいましたよ、竹中方式というのは。まあ、その辺のところを、文化庁にお伝えすると。

(記者)
 はい。で、もちろん、許可するか否かは文化審議会の先生が決めることだと思うんですが、文化庁の立場から、市民の願いですとか、事業の意義というのを説明してもらうということをお願いするんですか。

(市長)
 もしよかったら、「わし呼んでくれませんか」と言いますけど。「名古屋市民の願いを届けさせてもらってええですか」言って。これはICOMOS、世界遺産の、偉い人に聞きましたけど、「いやいや、河村さん、その復元的な世界的な話はあるけど、その地域にとってどれだけのやっぱり宝であったとかって、ものすごいでかいんですよ」言って、文化財の中の意義は、ということは聞いてますんで、ええ。

(記者)
 文化審議会がですね、許可を出すかどうかっていうのは、技術的に、石垣のほうが可能かということを主に話し合うと思うんですが、そこに市民の願いっていうのが要素として加わってくるもんなんですか。

(市長)
 はい、そうですよ。そんな市民の気持ちは離れて、全く別個のね、空中楼閣として文化財があるわけじゃありません、そんな。それはそうですよ、当然のことながら。尾張名古屋からね、培ってきたでしょう。よく言われる「尾張名古屋は城で持つ」と言われて、333年間、国宝1号だったんですから、これ。それが、何と戦争で焼けてしまってコンクリートになってしまったと。その名古屋市民の持っとる悲しみっちゅうのはね、それはやっぱ、これ全てを言うとちょっといろいろ、まあ、世界的な、文化的な価値の話もしゃべる方おるかもわからんけど、これは一番ベースになると思いますよ、何といったって。市民にとってどうかっちゅうのが。市民の皆さん。

(記者)
 市長、今の関連で、松雄さん(観光文化交流局長)も、石垣部会の提案については、確かにやり切れてない部分もあるけれども、文化庁が出した留意事項についてはやり切ったというコメントがありましたけど、あとは文化庁がどう判断するかと。認められるための、こうポイントっていうんですかね。何が、どこが、まあ石垣のその保全方法についてなんだと思うんですけど、どういうところが認められれば、解体の許可が得られると考えていますか。

(市長)
 まあ、最善の方法だということだと思いますけど。見果てぬ夢のことを言われても困りますんで。松雄さん(観光文化交流局長)が言ったのはそういうことやと思うけど。見果てぬ夢いうことで、これもやれ、あれもやれ、これもやれ言ってですね、うーん、ことになってきますとね。

 これはなかなか、2、30年かかる言う人もいますわね。かかっても、じゃあ、石垣やった場合に、上に木造なりつくった場合、それがさらに石垣にどう影響するかいうのは、これはまた、今のとこではわかりませんわね、これ、はっきり言いまして。ケーソンの上に乗ってますから、ちょっと違いますけども。だから、そういう状況の中で、ベストな方法でやっていくと。

(記者)
 石垣(部会)の先生方もかなり、いろんな、懸念事項を出されてますけども、全部をやり切るというのはなかなか大変だということで、やれる範囲でやったことが認められるかどうかということですか。

(市長)
 そうですね。一番極端なことで言や、先、石垣やってまえと。極端なこと言やね。先、石垣やってまえと言うんだけど、それはどういう意味なんだと。一個一個外すんですかと、石を。

 それじゃあ、これ。そんなことできるかどうか問題ありますよ。天守そのものの、耐震強度が大変低いので危ないですから、下で工事をやることは、これは。そもそもその問題があるけど、じゃあ、石垣を一個一個こう外すのかと。それまでね。もうそういうことも考えられないような話もありますわね。

 しかし、一方、私が学者から聞いたのでは、「河村さん、違うよ」言って。明治24年の濃尾地震のときに、あのときは石垣の上に乗っとったんです、荷重が、ケーソンありませんでした。そのときに実は無傷だったんだと。まあ、完全に無傷かどうかって、ちょっとあれですけど。だから、ほぼ何にもしないほうがいいんだという説もあるんです、これ、一方。

 熊本城の石垣もぜひ皆さん、何遍も言っとるけど、あの石垣の天守、大天守の石垣は無傷ですから。12センチ沈んだだけです。何でかいったら、あれはコンクリート、8本のコンクリートパイルで支えられておって、天守が。あれ石垣の上に乗ってない。内側は、ちょっと傷んでます。大天守の石垣。あとは無傷なんです。

 だから、あれを見て、えー、というのは間違いです。だから、近代工法の部分もね、やっぱりそれは意味があるんですよ、コンクリートパイル。だから、そういう中で、非常に総体的な意味がある中でですね、最善の努力をしてきたと。それは文化庁さんのご指導に基づいて。何遍も言っとるけど、もう4、5年になりますか、これ。そのときにおったのは、まあ悪いけど、文化庁さんも全部かわってます。名古屋市役所も全部かわっちゃっとる。わしだけになっちゃったもん。ほうでしょう。で、わしは、文化庁さんから技術提案・交渉方式でいいです、オーケーももらって、「そのかわり丁寧に事あるごとに説明してね」言うもんで、事あるごとに説明させていただいて、その指示に従ってですね、ずっとやってきたと。

(記者)
 先ほども何を説明されるかという中で、名古屋市民の圧倒的な願いを説明されるとおっしゃってたんですけれども、それって多分復元についてだと思うんですよね。

(市長)
 はい。

(記者)
 今回は復元はとりあえず一旦置いといて、解体について申請をされると聞いていたんですけれども、以前の記者会見では。その解体の、例えば、危険性とかそういうものについての説明はされないんですか。

(市長)
 うん?

(記者)
 多分名古屋市民の願いっていうのは、解体に対する願いじゃなくて復元に対する願い。

(市長)
 いやいや、それはまあ、それは理屈であってですね、それは全体がですね、木造復元にあるっていうことは、それはわかり切っとることなんで、技術提案交渉方式でやってきましたんでね。だから、それは全体の一つの大きい流れは言いますよ、そうでしょ。だけど、まず第一歩として、こちらもよっぽど気を使ったやり方なんですよ。これ、文化庁さんにも、石垣部会の方にも、これ。よほど気を使って、石垣だけをまず先に先行して取り壊すと。取り壊す。

(記者)
 天守閣だけをまず先に。今、石垣を壊すとおっしゃった。

(市長)
 いやいや、天守をね。失礼、失礼。まず天守だけを、壊させていただくと。うん。で、やりながらも、いろいろ進めていくわけですけど、これは非常に気を使った考え方なんです、これは。丁寧にやってきたということです。

(記者)
 全体的な流れをお話しされた、その復元に向けた流れと思いをお話しされた上で、その解体の意義について、お話をされてくるということですか。

(市長)
 うん。まあ、それと、この4、5年前から、私しかおりませんので、先ほど言った話ですが、文化庁さんと丁寧な上にも丁寧に話をしてきて、文化庁さんの、指導はしますからいうことで、ご指導にのって、そのとおりやってきたと。最大限の丁寧さでやってきたということを盛んに言うつもりですけど。うん、これは。

(記者)
 石垣部会の先生方が要望してることを、全部仮に満たしてなかったとしてもですね、解体が認められる可能性はあるということ。

(市長)
 いや、私はいただけると思いますよ。僕はちょっと今、松雄氏(観光文化交流局長)とは若干違うんだけど。これはもう完全に言われることをやってきたと。うん。で、見果てぬ夢というような話はですね、これは冒頭から違うんだと。見果てぬ夢でやりますと、初めのね、技術提案・交渉方式でやるときに、私の議事録が出てますけど、書いてありますけど、それは、石垣に10年、20年かかるいう説だって十分あったわけですよ、これは。そんなことやっとると、天守の耐震性がもたんから、もうこれは天守を、じゃあ、コンクリートで修繕、直そうかというふうになってしまうと。そうなると、一旦そういうことやりますと、一般的に言うと30億。それで、50年、一般的に言うとね、はもうなぶれんわけですよ。すると、私どもは名古屋市民として願っとる木造復元の姿は見れないということになっちゃいますんで、だから、そういう中で、どういうふうにやったらええんですかと、こういう場合。市営住宅をつくるのと違うんです、何遍も言わないかんけど。

 この技術提案・交渉方式というのも、そのときの国土交通省の皆さんが、要するに、そのときの1年前に全党一致で即日施行された公共工事等の発注方式ができましたので。それはどういう方式かというと、公共工事発注の時点において、そのスペックを発注側が決め切れないとき。その一番最初からプロポーザルをもらって、そこでコンペをしていくという方式が、通りましたと、国会を。だから皆さん、ぱっとわからんかもわからん。それ第1号です、これ。その前の1号は国立競技場です。これが。

 だからまあ、そういうやり方でやってきたということですので、私はこれ以上ベストを尽くす方法はなかったと思いますよ、これは。私からすれば。今から石垣を全部やってくれ言われてもですね、これ。じゃあどうやってやるんですかって。外すんですかって、一個ずつ、石を。ものすごい危ないですよ、それは。それと一個一個の石がほんとにどれだけの耐力、強度があるかについては、非常に難しいですね、やっぱり。「石垣整備のてびき」って文化庁がつくった本があります。私もあれ、何度か読みましたけど。ある石が一定の圧力が加わったときに壊れるかどうかちゅうのは、どうも現代的には断言できんかわからんけど、どうもそこまではきちんとしたのはないみたいですよ、知見は、これ。

 そもそもそれもあるし、ある一定の石垣群の、孕みの部分もあるでしょう。あそこは、これほんとに、どこからどう力が働いたときにほんとに崩れるのか崩れないのかと。石が壊れるのかちゅうのは、なかなかこれはちょっとね、断言は非常に難しい思いますよ。だけど丁寧にやっていかないかんわね、そりゃ。最善の努力をすると。新しい方式が生み出されるんじゃないですか、これで、名古屋モデルとなって。石垣部会の人もものすごい喜んでくれる方法ができると思いますよ。

(記者)
 許可が、もし得られなかった場合の善後策というか、対応っていうのは考えてはいらっしゃる。

(市長)
 それ議会でも質問がありましたけど、そういう失礼なことは申し上げられんと。こちらが心を込めて、誠心誠意お願いしとるときに、もしだめだったらいうようなことを言うことは失礼だと、文化庁に。そう思ってます。

(記者)
 言うかどうかは別として、市長の頭の中には。

(市長)
 ほんなもん、世の中はいろいろなこと考えとりますけどね、それは、うん。だけど、こんなとこで申し上げる、「何じゃ」いうことになりますわね、せっかく考えてくれとるのに。うん。だから、わしはええ結果が出るもんだと。それはまあ、信じてやみませんけど。

(記者)
 前回の会見でもありましたけど、責任をとるのは自分1人じゃなくて、自分1人とは思ってないというような発言が前回の会見でありましたけど、それは今も変わらない。

(市長)
 それは責任をとる言ったって、わし、ここまで忠実にやってきて、文化庁の言われたとおりに、ほんとに。さらに丁寧になったと思いますよ。「それはわかっとります」言ってましたから、文化庁は、ええ。

(記者)
 いや、その前回、その指示書の話を出されて、その全責任をとるという記述があることについて。

(市長)
 技術提案・交渉方式で行うことについて、全責任をとると。

(記者)
 そして、それはご自身1人で責任をとるとは書いてないということをおっしゃっていましたけど。

(市長)
 いや、それは自分で書くんだから自分だけのことですけど、それはしかし、文化庁、勝手にやったわけじゃなくて、勝手にやったわけじゃないだ、これ。国交省、ほれから文化庁と、もうものすごく丁寧に相談してやってきたことだと。ということなんです。

(記者)
 じゃあ、その全責任をとるというと、自分1人が責任をとるという意味に解されると思うんですけど。

(市長)
 もうそれは知りませんけど。やめて済むような問題じゃないですよ、言っときますけど、これはほんとに。こんなの。3億3,000万言ったかな、今、寄附が集まってんの。これは小学生の10円募金も入っとるからね、言っときますけど。それから、俺の知っとる、ある業種の中小企業のおやじも、「100万円持ってきゃあ」っていうのがありますわ。「もし、うみゃあこといかんかったら返してくれよ」言ってました、これは。そういう話ですから。これはそんなやめる、やめんより、そんな問題じゃないです、これは。ほんとに。

市立中学校生徒の自死について

(記者)
 名東区の中学校で、自殺された問題で、市長がご遺族のところに伺う、伺わないという話があると思うんですけど、一応伺うことは考えてらっしゃいますか。

(市長)
 ああ。これは、考えとるいうより、当然、お伺いして、自宅へ。でまあ、手を合わさせていただいて、お話を十分伺ってくると。そんなの市長の務めじゃないですか。

(記者)
 日程は決まりましたか。

(市長)
 日程は今、連休の前だ言ってましたけど、若干ちょっと待ってという、今日先ほどですけど、先方さんから、お父さんから話があって、今、調整中です、ええ。

(記者)
 スムーズにいけば、つまり今月中にはやるかもしれない。

(市長)
 いや、僕はなるべく早く、その、お父さんの都合に、おやじさんの都合に合わせないかんもんで、マスコミの皆さんも、お父さんの、ご希望に合わせて、全然だめならだめでもいいで、初めのとこ、入っていくとこだけなら、入っていくとこだけでもええし。全部なんてやらんでもええけど、お父さんの都合に合わせて、そのようにしたいと思いますけどね。

(記者)
 はい、ありがとうございます。

(市長)
 ほんとは僕が、行こうと思って電話したんですけど、この間も言いましたけど、あれ、第三者委員会がもう始まっとったんだね、たしか。ほんだもんで、まあちょっと、その最中に行くいうのは、第三者委員会の皆さんには、それぞれ自分で、自立的にですね、考えていただくのがええもんですから、それは一応レポートが出てからにしようというふうに、まあ、こうなったわけです。

市議報酬について

(記者)
 報酬800万円の話ですけれども、先日、改選後の議会でも提案していきたいという話でしたけれど、その考えは今も変わらず。

(市長)
 それは変わっておりません。ええ。

(記者)
 その場合、市長提案というやり方と、議員提案というやり方がありますけど、今回に関してはどちらの。

(市長)
 どうですかね。まだちょっと。前回、市長提案でやりましたんでね、なら、また市長提案で行くのかというのもありますけど、まだどうということは考えておりませんし、1つの要素としては、やっぱり区役所で、各選挙区で議員さんが当選してますんで、その人たちが一遍、ほいじゃあ、説明をやると、まず、これは。これはやるんじゃないですか、さすがに。そちらのほうをまず言うと。まずね。ええ。僕もまあ、これでも言っとると思いますけど、市民の皆さんが納得して、こういうことがあると。納得というのがどういうものかちゅうのはありますけど、ほんで幾らと決まったら、それは、固執するもんじゃありませんよ、僕言いましたけど。それは市民が決めたことですから。だでまず、そういうことをやることが重要なんじゃにゃあかとは思ってますけど。

(記者)
 その現在の報酬に関して、議会、議会というか、議員のほうから、説明会をするか否かと。

(市長)
 はい。せなあかんでしょ、そりゃ、幾ら何でも。これ、しない言ったら、むっちゃくっちゃですよ、ほんとに、これ。ええ。ほんとに。幾ら何でもいかんと思いますよ、私。

(記者)
 ただ、その、さっきの、市長提案ということに関して言うと、今回、減税議員14名当選しましたけど、選挙期間中に、800万ということを、訴えている議員が多数いたのは私も実際現認しとるんですけど、

(市長)
 何、減税日本以外で。

(記者)
 減税日本の議員さん。

(市長)
 はい、はい。

(記者)
 だから、議員提案という手もあるんじゃないですか。

(市長)
 まあ、あり得ますけどね。ちょっと相談してみるよ、その辺は、ええ。

 長年やっとる人もおるけど。この間、減税日本の場合は、これ革命的でございまして、女性が8名おりますし、それから、まあほんとに、何て言うのか、庶民といいますか、出てきておりますんで、ええ。これがほんとに自由にできる議論の土壌があるのかと、まず。この間の例の録音事件の話を見てね、僕はそれを非常に感じるんですよ、僕。「おまえ、今度、議運に出てこれんだろう」いって言われとるようなんですよ。それも8年やっとる田山さんにまでああいう状況だと、状況で、ほいじゃあほんとにね、あんまり形式論言ってもらっちゃ困りますよ、議員だからって出てって堂々と論陣張れいって言ったって、ああいうふうなところで、ちゃんと議論ってできるの、これほんとに。新しく出てきた人も。と思いますけどね、私、これ。

 うーん。ほんとにこれ。だから、正常なやっぱ議会って重要ですから。うーん。ちゃんと市民のために公正な議論ができる、自由な議論ができる土壌があるのかと。あの議会運営委員会のあの状況で。ほんとに疑問感じますね。何遍も言いますけど。国会だったら、まず議員辞職です。これは。

市立中学校生徒の自死について

(記者)
 名東の自殺の件なんですが、再調査は、市長が、ご遺族と会われてから、検討されるということだと思うんですけれども、それまで、その、ご遺族と市教委だったり第三者委員会の意見が食い違っていて、例えば、学校の生徒さんが亡くなってから1年間、臨時の保護者会が開かれていないとか、そういう市教委の、市教委側の対応に現時点で不備があったとか、できていなかったことがあったと、市長はどういうふうにお考えですか。

(市長)
 うーん、そこのところは初めてでもないですけど、とにかく不信感に満ちあふれてますので、悪いですけど。教育委員会、熱心にやっとると言うかわかりませんけど、少なくとも日本中、これは、子供さんがね、亡くなられたときに、やっぱ学校側は、隠蔽するんじゃないのかと。教師の仕組みを守るためにね、隠蔽してるんじゃないのかというのは、残念だけど満ちあふれてますよ、正直言って、これは。だで、私は子供さんやおとっつぁんの味方だけど、教員のただ仕組みを守ってく味方じゃありませんので、これは。と思いますよ。うん。だで、よう話を、話をさせていただいて。市民の声はでかいですよ、やっぱり。そちらのほうに応援するっちゅうのは、私の基本的な、市長っていうのはそういうもんじゃないですか、これ。別個に選挙で選ばれるんだもん。役人がそのまま順繰り市長になるわけじゃにゃあもんだで。僕はそこもよう答え、わかっておりますし、若干河村さんのファンもおりますんで、名古屋には。よう話すると、人間はいろいろ、いろんなことが、わかってくるなりなってくるんじゃないかと思いますけどね。まあお会いしてから。電話では2回ほどお話ししておりますけど。あまり細かい話はしてませんけどもね。

神戸市営バスの事故を受けた対応について

(記者)
 昨日神戸市営バスがですね、事故があって亡くなった方がいるんですけど、名古屋市営で何か点検などする予定はありますか。

(市長)
 まあ、一遍それはチェックしないかんわね。とんでもにゃあ話で、何があったかわかりませんけど。

 それと、やっぱり高齢者の免許については、やっぱりよっぽど考えないかんと思いますね、どうしたらええのかということですね、これ。自分自身のことに降りかかってきますんで、もうすぐ。だで、まあねえ、確かに敬老パスでこんだけ名古屋は応援してますので。なおかつ自分でドライブされて、ねえ、こんなことが起こるんだったら、やっぱり事前に、「まあ、ちょっとご遠慮されたら」と、「敬老パスがありますから」というのは、相当、合理性はあるような気はしますね。私。自分で年食ってきて。自分はええと思うとるんです、みんな。

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