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平成27年8月31日 市長定例記者会見

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このページを印刷する最終更新日:2015年9月11日

ページID:72818

報告事項

  • 名古屋市博物館常設展「子どもたちが見た伊勢湾台風」の開催について
  • 防災週間の取り組みについて

会見動画

報告内容

◎名古屋市博物館常設展「子どもたちが見た伊勢湾台風」の開催について

 はい。それでは、8月31日(月曜日)の会見を始めたいと思います。おはようございます。

 

 本日は、名古屋市博物館常設展示室内で展示する「子どもたちが見た伊勢湾台風」について、ご報告をいたします。

 

 伊勢湾台風の際、被害が甚大であった南区白水小学校では、台風の被害やその後の生活の作文集を保管しておりまして、昨年、その作文集が小学校から博物館に寄贈されました。白水小学校というのは、私も、小学校5年のときでしたので。伊勢湾台風がですね。

 

 私のところは東区で、風が大変でして、うちも木造だったもので、壁が抜けまして、半壊になりましたこともありましたが、白水小学校というのは、非常に、よう、有名と言うと変な言い方ですけれど、子どもさんが、要するに、ラワン材かな。あれ、港の。あれで亡くなられたという、1つの悲しい出来事として、大変みんな記憶にしっかりとどめた学校でして、わしもよう覚えていますけれど。

 

 博物館では、その一部を昨年8月・9月に公開・展示し、そのことをきっかけに、作文を書いた方々を探しまして、作文の公開を同意いただく活動を始めました。

 

 作文を書いた児童・教師、全1,669名のうち、これまでに150人を超える方から、作文公開の同意をいただきました。多くの報道をしていただきました記者クラブの皆さまには、感謝申し上げます。

 

 作文には、被災時の過酷な体験や、懸命に生きていこうとする子どもたちの姿が書かれています。作文を確認された多くの方が、56年前に書いた自分の作文に心を揺さぶられまして、自らの体験を回想され、伊勢湾台風の被害を後世に伝えるために、積極的に公開に同意していただきました。また、当時の写真などの情報を提供くださる方もいらっしゃいました。

 

 こうした成果をお知らせするため、9月15日(火曜日)から10月25日(日曜日)まで、博物館の常設展示室におきまして、公開の同意をいただきました全ての作文を、原資料と写しによって公開いたします。

 

 併せて、新たに提供いただいた、被災時の白水学区の写真や当時の子どもたちを写した写真も展示いたします。甚大な被害と、そこで強く生きる子どもたちの姿をご覧ください。

 

 博物館では、今後も作文を書いた人を探し、お話を聞くなど情報を集め、災害の恐ろしさや人々の生活を後世に伝える活動を続けてまいりたいと思います。ということで、職員からもPRさせていただきます。

 

(当局:昨年は、皆さま、さまざまな形で報道いただきまして、たくさんの作文を書かれた方に来ていただきました。ありがとうございます。

 

 そういった中で、実際、作文を書かれた方の話などを聞いている中でも、やはりこの被害というのは、後世に伝えていくべきもの。この作文の存在というのも、名古屋市民はもちろん、もっと広く皆さんに知っていただかないといけないものなんだなということを思っております。今後も博物館では、こういったことをずっとアピールしていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。)

 

 はい。じゃあ、ここでいいですか。こちらに、ご質問は。後でも結構ですけれど。じゃあ、ちょっと持って、一応待機しとってちょうだい。はい。

 

◎防災週間の取り組みについて

報告は以上ですけれど、防災週間の取り組みについてもご説明を申し上げたいと思います。

 

 8月30日(日曜日)から9月5日(土曜日)は防災週間です。既にお知らせをしておりますが、名古屋市におきましては、9月1日(火曜日)に名古屋市災害対策本部の運営訓練、9月6日(日曜日)には16区一斉に「なごや市民総ぐるみ防災訓練」を開催します。また、この時期に合わせて、各局においても独自訓練を行います。

 

 名古屋市災害対策本部の運営訓練では、私も午後から本部長としまして訓練に参加します。南海トラフ地震を想定した、発災直後の本部運営を行うことで、各局の初動対応を検証したいと思います。

 

 9月6日(日曜日)の「なごや市民総ぐるみ防災訓練」は、市民の皆さんに防災に一層の関心を持っていただくために、毎年、16区一斉に開催しています。私も中区と港区の訓練に参加する予定です。各区において、救出救護や避難の訓練をはじめ、警察、自衛隊やボランティアの皆さんにもご協力をいただいた連携訓練も行います。

 

 南海トラフ地震などの大規模災害では、皆さん一人一人の「自助」も大切ですが、いざというときには地域の皆さんが助け合う「共助」が重要となってきます。普段やっていないことは、いざというときにもできませんから、皆さんもぜひ積極的に訓練に参加していただきたいと思います。

 

 以上ですが、わしが、これ、いつも着とる服ですけれど、アロハと間違えとる人がおってですね。非常に堅い席にアロハを着てくるのはどうだという。あれは、ハワイでは多分ええと思いますけれど、これはアロハではありませんので。これは有松絞り。

 

 有松絞りを言うときは鳴海絞りも言ってちょうと言う人がおりますけれど、これは有松絞りですけれど、有松絞りの本物ですので。名古屋で400年続いたやつですのでね。これは。ぜひ皆さんにもよう知っていただこうということで着とるんですので、そういうええかげんなあれでは。ええかげんと言うとアロハの人に怒られますけれど、そういう、アロハは関係なしに、遊び着ではありませんので、ぜひご承知おきをいただきたいと思います。

 

 この間、ちょっと、真面目な会の人に言われたんだわ。で、ちょっとそこで言っておきましたけれど。

 

 はい、以上です。

 

質疑応答

◎教科書の採択について

 

(記者)

 ちょっと古い話になるのですが、教科書採択なのですが、特に中学校の歴史教科書の採択なのですが、今回、手続きも含めて、少し変えたということがあるのですが、最終的に教科書は変わらずに採択されたということなのですが、それについて、感想とか所見がございましたら。

 

(市長)

 これはいろいろ、悩ましくはないんですけれど、教育委員会が行うということになっておりまして、具体的に指示。指示といっても、独立になっていますから指示はできませんけれど。そもそもですね。かといって、採択の方針を言う、伝えることはいいというふうに、今回、なっとるんですね。

 

 だけど、それにもかかわらず、これというようなふうに、ことは私も言いませんでしたけれど、まあねと。何べんも言っておりますけれどね。日本の国がどういうふうにこの自立を守ってきたかという。ちょっとさかのぼりますと、聖徳太子以来の大変な苦労が、労苦があるわけですね。

 

 そういうことをもうちょっと、あれですわね。いろいろ、客観的に分かりやすくといいますか、書いていただける教科書が、私はええと思いますけれど。私は。

 

 今、時が時だで、変なことを言ってどつぼにはまるのもつまらん。ずっと延々と続くものというふうに、あまり思いませんがね。わし。ずっとね。本当に。なぜ戦争は起こるんだと。でしょうかね、これ。本当に。

 

 よう言っとったの、わし。何で300万人も死んじゃったと。ということですわ。ということをね、いろいろちゃんと世界史を踏まえて。

 

 とにかく、授業でやらせんでいかんですわ。現代史を。よう言っとるがね。サザンオールスターズが、「ピースとハイライト」で、紅白歌合戦で歌っとったがね。私らは今の現代史を知りたいのに、ちょうどそのころは、授業は時間切れということでね。

 

 何を言っとるか分からんと思いますけれど、どつぼにはまるのが嫌なもんだで、あまり自分の気持ちをストレートに言うことを差し控えております。

 

(記者)

 特に今回は、教育委員会にご自身の方針を伝えたことはないと。

 

(市長)

 もっと伝えてもよかったけれどね。考えてみれば。方針だから。

 

(記者)

 伝えていないと。

 

(市長)

 え? いやいや、いろんな話はしましたよ。あの、会合の中で。特定のどうのこうのは、一切言いませんでしたけれど。ねえ。

 

 まあ、いろいろ斟酌していただければ、お分かりになると思いますけれど、教科書というのは、どえらい重要ですよ。本当に。中学時代にね。

 

 1つの例を言いますと、例の南京事件でも、アメリカの教科書で40万人と書いてありますから。40万人の人が亡くなった。これだって、私、公務でアメリカの、向こうのミス2世ですか、聞いてですね。僕に。もう3年、4年になるかな。「Mr. Mayor、市長さん」と、「日本人ってひどいことをしたんだね」と言うもんで、「え、何? それ」と言ったら、「中国で」「何? それ」と言ったら、「教科書に書いてありました」と言って。

 

 調べたら、ありまして。もう1冊、この間行ったときに、マグネット・ハイスクールというところに行きましたので、その場で、その校長に、「1冊、教科書をもらえんか」と言ってもらってきましたけれど、そこにもほぼ同じようなことが書いてありました。

 

 だで、これね。まあ、大変ですわ。本当に。アメリカ人の皆さんは、アメリカの話にちょっと話題をずらしますけれども、教科書で、私にですよ、「日本人って、ひどいことをしたんだね」と言うんですよ。40万人の市民が死んだと、南京でと、書いてありましたね。

 

 それから、hundreds of thousands of。ちょっと英語が、ちょっと忘れましたけれど、そういうような文脈で。だから、教科書というのは。

 

 だから、日本人、だから、ちょっとやっぱり、原爆がありましたので、何か自分たちだけ被害者みたいな気持ちを持っていますけれど、アメリカの人たちって、そういうふうに思っているんだと思わないといかんですよ。日本人に対して。どうなのかと、これ。

 

 本当だったら、もしそれが本当だったら、今から南京へ行って、みんな土下座して謝らないといかんじゃないですか。そんな、ということなら。違っとったら、どうなるんですか。これは、一体。という話ですわ。

 

 ということがあって、どえらい重要ですね。早う、現代史なんかを教えるようにしないと、学校で、いかんわな。何でやらんのやね。受験に出んからかね。結局。そうでしょうね。

 

 それと、そういうことを言いますと、父兄の中で思想が分かれる部分がありますので。かつての戦争は自衛戦争であったのか、侵略戦争であったのかって、やっぱり意見が分かれますので。そうすると、やっぱりやりにくいわけでしょう。いろいろ。

 

 そういうことを避けるということは、まずいわな、やっぱり。18歳から選挙権をもらうようになったんでしょう。みんな。正面向かって、やっぱり自分らで議論するようにしないと。

 

 これ以上の話は、今、各種報道で、の状況ですので。私も長いこと政治をやっておりまして、どつぼにはまるといかんもんだで、若干慎重な言い回しになっておりますけれど。

 

 慎重にやらないといかんことは事実だな。これはいつも言っていますけれど、集団的自衛権のない国はありませんからね。同盟しとる国家で。当たり前ですわね。同盟って何かといったら、集団的自衛権を行使するためにあるようなものでですね。お互いに、相手がやられたときは自分が助けようと。自分がやられたときは助けてもらうと。そのために、それを軍事同盟と言うんですから。

 

 軍事同盟を結んでいないところは、ありません。それは。当たり前ですけれど。その代わり、みんな強固な、自分の国を自分で守る体制を持っていますわな。

 

 だけど、日本はやっぱり、それは当たり前の論理ですけれど、やっぱりこれね。300万人も亡くなっちゃって、特に沖縄の悲劇。それから、広島、長崎ね。名古屋もひどかったですけれど、そういう状況下の中では、よっぽど丁寧にやらないといかんというふうには、わしは最近、つくづく思っていますわ。

 

 だけど、名古屋はやっぱり、空襲被害者の皆さまに補償させていただいて、碑をちゃんとつくっておりますので。ねえ。輝かしい歴史となって残っていくのではないかと、これは。あれをやっとったら、全然流れも違ったと思いますよ。政府も。向かんのかね、そういうところに。

 

 日本中の空襲被害者の皆さんに、まずサンキュー・ベリーマッチと言って、一定の、感謝の、ちゃんと、ねえ、ことをすると。それからですわな。

 

 まあ、その人が言っとるんですけれども、「戦後は終わったなんて、全然終わっていませんよ」といって、「私たちをお見捨てになるのですか」といって、言っていますがな。そういうところがないのが、残念ですな。

 

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