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平成26年1月6日 市長年頭記者会見

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このページを印刷する最終更新日:2015年7月27日

ページID:54391

報告事項

  • 市長の新年あいさつ
  • 議長の新年あいさつ
  • 副議長の新年あいさつ

会見動画

報告内容

市長より

 明けましておめでとうございます。


 まず、水道の(給水開始から)100年ということが一番最初でして。これは、名古屋の皆さんはみんな知っとると。名古屋の水はうみゃあと。木曽川の水はうみゃあということです。100年、24時間、皆さんの食卓に届いておりまして。これも、「広報なごや」の冒頭に書いておきましたけれど、当たり前ではありませんので、岐阜県や長野県の皆さんのおかげですので。感謝しながら、うみゃあ水がさらに飲み続けられますように、努力をしたいと思っております。


 それから、陽子線がん治療設備も、キャンサーボードという、それぞれの症例をドクターの皆さんが、この症例ならこれでいけるということをきちっと、エビデンスといいますけれど、医学的なそういう証明も付けてやるという、非常に信頼感の強いのができましたので、ぜひ皆さんにおかれましては。直接はいかんことになっとるで、医者の紹介が要ることになっとりますが、ぜひご利用いただければと思います。


 それから、ESDという、環境といいますか、エデュケーションというのを。これを「教育」とは訳しませんけれども、人間応援に関する国際会議が開かれますので、これもいろんな意味があるかなと思います。


 ということで、まず最初は「災害に強いまちナゴヤ」ということです。


 名古屋は伊勢湾台風を経験しておりまして、私も小学校5年のときに体験をしております。私のところは、水には浸かりませんでしたけれど、木造2階建ての壁がほとんど全部落ちまして、半壊になったと。半壊認定をきちっとしたかどうか、ちょっとよう分かりません。この間調べたら、「もう記録がない」と言っていましたので。そんなことを死んだおやじが言っとった記憶があるんですけれど。


 あのときのことを繰り返さんように。名古屋はね。これにまず集中すべきだと。すべきということは、地震がありますので、地震と台風とはまた違いますけれど、思っております。


 あの(伊勢湾台風の)次の日、私も、旭丘小学校ですけれど、山口町に行きまして、結局休校になりましたけれど、ものすごいええ天気だったですね。何べんも言いますけれど。本当にええ天気だったです。あのときに、情報がなかったものですから、名古屋の南部を中心として5000人以上の方が亡くなられたと。あの大悲劇があったということは、本当に分からなんだ。特に白水小学校のいろんな材木が流れたやつですね。


 そういうこともありますので、そういうことがないように全力で取り組んでいきたいと思いますので、市民の皆さんも、また自分のところの土地がですね。人任せにせずに。市民の皆さんが住んでみえる土地が、昔、1000年ぐらいまで、できたらさかのぼって。昔、池があったんでないかとか、小川はあふれたんでないかとか、裏山が崩れたんでないかとか、そういうことをぜひ。こちら側もフォローしますけれど、ぜひ自分の。図書館でも行かれたり、市に問い合わせしていただいてもいいんですけれど、理解して事に当たっていただくと、非常にええかなと思います。


 それから、次は、「子どもを守るまちナゴヤ」ということで。私も65歳になりまして、若作りにしとるけれども、老人会青年部で、だんだん八事(霊園)が近づいてまいりましたので。となると、次の時代に、年が食っとるのだけは何ともならんもんで、バトンタッチしていかないといかんがね。若い名古屋の皆さんに。みんな、若い衆に、「立派になってちょうよ」ということを、社会的な制度として、つくっていくのが人間の務めですね。私自身の務めだと思って、事に当たっております。


 南区で中学生が亡くなったという残念なことがありまして。彼が遺書の最後のところで、正確に言いますと、「死後の世界があったら見ています」と。こういうふうに彼は書いて亡くなっておりますけれど、「死後の世界があったら見ています」ということを、私は存外、これを本当に忘れたことはないです。よく言いますけれど。やっぱり見つめられとるんだと。彼にですね。


 ということで、どうやってやったら子どもさんを応援することができるのかと。励ますことができるのかということを、いっときも忘れたことはありません。


 それで、何べんも言いますが、ロサンゼルスに行きまして、向こうの教育委員会が日本の教育委員会と、向こうの場合は選挙ですから違いますけれど。スクールカウンセラーというのが全然違うんだというのに気付いたことが、去年の夏でしたけれど、僕は去年の1年の中で一番うれしかったですね。自分自身として。国会議員も長いことやってきましたけれど、この辺の指摘が全くないということで。


 名古屋では、日本で初めてですけれど、「子ども応援委員会」という名前で、今年の春からスタートしたいと思います。応援するわけですわ。


 繰り返しますが、今年のこちらの方のテーマで言いますと、「エデュケーション」というのと「教育」は違うと。「教育」ということはもう廃止したいと。教育の右側のあれは、「ムチ」の象形文字なんです。ムチで子どもをぶったたいて導くというのが教育の言葉でして。


 「エデュケーション」というのは、繰り返しますが、新年だで、新年の決意で言っておきますけれど、ラテン語ですけれど、「エ」というのは「外へ」と。「デュース」というのは「引っ張る」ということで。子どもの持っとるいろんな多様性をみんなで応援して外へ引っ張ってあげる、というのがこのエデュケーションの意味なんです。


 そういうエデュケーションを、名古屋で、日本で初めてやっていきたいというふうに。そのためには予算も惜しんではいけません。という絶対的な決意でやってまいります。


 それから、待機児童につきましては、何とか、とにかくゼロにするように全力で取り組んでおりまして。この間、保育園の園長さんの会にちょっと出てきまして、皆さんに「とにかく応援してちょうよ」と。


 今まで、子ども青少年局ですか、が中心になって電話をかけたりして、いろいろフォローしてまいりまして。それはそれでやり続けますけれど、園長さんにもぜひご協力をいただいて、みんなで総力戦で待機児童ゼロ。働くお母ちゃんにニコッと笑ってもらえるような、そういう制度をつくっていきます。


 それから、「被災地支援」は、明日1月7日(火曜日)から3日間にわたって、陸前高田市の中学生が名古屋にやってまいります。本当に、これは職員が言いかけたことですけれども、「ええことができたな」ということで。陸前高田の、これは(報道で)流れとらんかどうか分かりませんけれど、子どもさんも、ぜひおみえになりましたら。


 また、名古屋へ来た中学生。これは市民の皆さんの本当にありがたいカンパで、大衆献金で成り立っておりますので。名古屋城の下のところにそのときの写真が全部ありますから、年を食って、60歳、70歳になって孫ができましたら、「昔、名古屋へ来て、こういうええ体験ができたな」と。「そうか、それは名古屋の市民の皆さんの大衆献金のおかげなのか」というふうに、ちょこっとでも心の中に、陸(前)高(田)の皆さんに思っていただければ、名古屋の皆さんも喜ぶし、ええんでないかなと思います。


 今後とも、陸前高田には限りませんけれど、陸前高田を集中的に長く。お互いに、名古屋は陸前高田、陸前高田は名古屋となったらええなと思っております。


 あと、「どえらけにゃあ おもしろいナゴヤ」ということでして、これは先ほど職員の皆さんにも言いましたけれど、実話ですが、ちょっと短く言いますと、名(古屋)フィル(ハーモニー交響楽団)を正月に聞きに行ったときに、横に70歳ぐらいの昔のお嬢さんが座ってみえまして、「津島から、私、来たのよ」と言っていましたわ。それで、「名古屋のまちがね」と言って。「戦後、私、すぐ来て、名宝会館ですわ」。「柳橋ですか」と言ったら、「そうです」と言って。「あそこから、宝塚が来た」と。「あんなときに来たかしらん」と思いますけれど、「いつ」と言ったら、「戦後すぐだ」と言っていましたから。「そのとき、東を見たら何もなかった」と。「松坂屋のビルだけ覚えとる」と。「本当に何もないところから、ようこんな立派になったがね、河村さん」というふうに言ってござったです。


 このまちづくりは先人のおかげで一つ成功したと思いますけれど、今後はそれに面白みを付けるというのかですね。東京や大阪の人が、ストロー現象じゃなくて逆ストロー現象で、名古屋に半日なり、できれば1泊して遊びに行こうかと、名古屋を。そういうふうに言ってもらえるようなまちになれるかどうかという、大変なちょうどターニングポイントにあるのではないかと。今、この名古屋がね。「天の時」「地の利」「人の和」ということで3つそろっておりまして。特に「地の利」に関しては、名古屋は圧倒的にいいですから。


 それと、現状、何べんも言っておりますけれど、日本中の貿易赤字が6兆円もあるのに、名古屋港だけで貿易黒字が5兆円もあると。これは民間の皆さんのおかげなんだけれども、そこまで持ってきていただいた私らの先人のおかげですが、それをここから一つ、さらに面白いまちへと。世界で名が通る名古屋になる、まちをつくっていく、世界の名古屋元年というふうにしたいと思っております。


 それについては、蒸気機関車の話も楽しいですし、名古屋駅がどうなっていくかということが非常に重要だろうというふうに思っております。ちょこっと報道されましたけれど、関西線に蒸気機関車を走らせようじゃないかという話も、結構、海部郡の皆さんと話が進んでおりまして、これも尾張名古屋共和国の1つの。


 名古屋、名古屋と言いましたけれど、これは名古屋だけじゃない。尾張名古屋国と、愛知も同じですけれど、この辺のすごい総合力で日本を今引っ張っとるのが、この地域だということです。


 最後ですが、今言いましたように、ちょうど名古屋はターニングポイントを迎えて、さらに空前のチャンスを握っていると。「天の時」「地の利」「人の和」と。世界から名古屋へ1泊で来てもらえるような、そういうまちをつくっていかないといかん。


 また、福祉や教育の面においても、「ぬくとい市民」ということで、民主主義においても、日本をリードしていくと。世界をリードしていく名古屋をつくっていきたいと思いますので、ぜひ一つ皆さん。


 大きい話ばかりじゃなしに、生活でいろんなお困りごとがあると思いますけれど、これはこれでどしどし強い市民になっていただいて、もう何でも、とにかく手を挙げて発言していただくと。納税者としてですね。有権者として、市民として。そんなふうに思っております。


 だから、そういうのを「歴史に残るまちナゴヤ」というふうに、一言で言っとるわけです。


 そういうことで、市民の皆さんにいろんなことをお伝えいただくメディアというのは、mediumという、真ん中に立つ、市民の皆さんとの。市民の皆さんは忙しいもんだでよ、やっぱりマスコミというか、ジャーナリズム経由でないと分からんもんだで。一つ、面白い話もどしどしご報道いただいて、市民の苦しみもありますで、それもどんどんお伝えをいただきたいと。こんなふうに、ジャーナリストの皆さんには、優秀な名古屋のジャーナリストの皆さんには、お願いをしたいと思います。


 ということで、今日は平成26年の最初の記者会見ということでして、市議会の方から議長さん、副議長さん、お二人にご同席をいただいておりますので、お二人からもごあいさつをお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。では、議長。

 

議長より

 まず、あらためまして、明けましておめでとうございます。旧年中はいろいろと各般にわたりましてご厄介をかけてまいりましたが、本年もまた変わらずに、よろしくお付き合いいただきたいというふうに思います。

 

 今、市長さんから、るる、さまざまな、各般にわたるお話をいただきましたけれども、私ども議会としては、今75の議席があるわけですが、75人の市会議員がそれぞれフルパワーでその能力を結集できるような、そういう議会を何とかつくってまいりたいなという思いで、年頭を迎えさせていただきました。

 

 特に、このお正月、これは新聞さんに限ってしまいますけれども、元旦記事等も読ませていただきました。その中で、やはり非常に世論の注目を浴びているのは、リニア中央新幹線に対する地元の市民、そして経済界、さまざまな各方面の期待感が非常に表れた年頭の記事ではなかったかなと、こういうふうに感じております。

 

 私ども議会も、中央リニアというのは、今の新幹線は昭和39年に開通をしたという覚えでありますが、ちょうど私の生年月日が昭和39年でありまして、50年を迎える節目が私も同じでありますので、まさに新幹線とともに育ってきた世代ということであります。

 

 今年からですか、着工するという記事もございましたので、当地域においては非常に期待も大きいということでありますが、ただ、新幹線が来る、中央リニアが来るということに、安穏とそれを待っておるということでは、決していけないわけであります。

 

 私ども議会も、その中央リニアの開通に向けて、名古屋駅を中心に、名古屋のまちづくりをこれから真剣にまた考えていかなければなりませんし、議論だけではなくて、行動的にさまざまな取り組みをさせていただきたいというふうに思います。

 

 特に、名古屋駅、名古屋市ということに限定をせずに、周辺地域、特に通勤圏内の市町を含め、周辺地域の、いわゆる地域の連携ということも、議会としてはこれから積極的に取り組んで、名古屋市外の住民や議会、地方自治体の皆さんの意見も酌み取りながら、この名古屋、中部地域の発展の起爆剤と中央リニアがなるような、そういう提案もまたしていければなということも思います。

 

 先ほど市長さんから「逆ストロー」という言葉がありましたけれども、別に新年から苦言を呈するわけではありませんが、「東京に勝つんだ」、「大阪に負けないようにするんだ」ということをよく言われるのですが、日本の中心である中部、名古屋という役割を、きちんと明確に、私どもがまず主体的にまちづくりに示していくと。

 

 その上で、国とも協調しながら、この中央リニアをきっかけにした名駅の周辺開発、要するに、日本の中の名古屋、愛知、中部であるということをきちんとアピールできるような、そういう提案もしていければなというふうに思います。

 

 「ストロー」というと、向こうへ持っていかれるか、向こうから吸い取るかという印象があるのですが、これはあくまでもインフラでありますので、交流が一番大事でありますから。向こうの方々にも来ていただかなければならないし、こちらからのいわゆる人材も、やはり首都は東京でありますので、中央へ優秀な人材を送り込んでいくというような、インフラとして有効活用ができる、そういう名古屋の開発であるべきというふうに、私は考えております。

 

 また、インフラの面では、周辺地域を考慮したインフラも当然考えていかなければいけないし、もう1つ、極めて重要なのは防災対策、特に、今後名古屋駅が、そういう意味では非常に基幹的に重要な地点、地域になってまいりますので、災害に最も強い、そういういわゆる中心市街地というのをきちんと検討してまいらなければならないだろうというようなことを年頭、考えております。

 

 まちづくりの話はその程度としまして、特に議会は75、先ほど申しましたように、それぞれの地域でそれぞれの地域課題、市民課題を聞いて市政に反映するのが議会の役割でありますから、平成23年の選挙後、今、議会で提案、可決をみました議員条例が、確か私の覚えでは4本であったと思います。

 

 今後も議会としては、そういった市民のヒアリング、広聴効果も考えながら、広聴機能の向上も考えながら、市民生活に密着をした、そういう市民生活条例の立案、そして可決に向けて、今後も取り組みを続けていけるように、議長といたしましても議会の支援をしっかりとしてまいりたいというふうに思います。

 

 過去の例をご披露申し上げれば、先ほど市長さんからも「子ども応援委員会」というような話がありましたが、児童虐待防止条例、古紙持去り防止条例、がんの防止条例、そして、口腔外科という、いわゆる医療・健康の面というような条例を、今まで検討、可決をしてまいりましたし、今、議会では、一部の有志の議員さんたちが、空き家の対策条例というのも勉強されておるというふうに聞き及んでおります。

 

 ですので、先ほども申し上げたように、行政の手の届かない、もしくは行政の発想の届かない部分で政治的な役割を果たす、そういった市民生活条例、議員条例の立案、提案、可決に向けて、今後も努力をしてまいりたいというふうに思います。

 

 最後になりますが、昨年は非常に議会の中で長時間にわたるさまざまなドタバタがございました。こういうことが起きないように、本年、できる限り議長としても努力をさせていただいて、市民生活第一の名古屋市会というものを、各会派、それぞれ思惑はおありでしょうけれども、一番最初に市民を見つめた議会運営がきちんとできるように努力をしてまいりたいと、こういうふうに思います。

 

 ちょっと思い付きのまま、とりとめなくお話をいたしましたが、ひとまずは、年頭のごあいさつは以上とさせていただきます。

 

副議長より

 どうも皆さま、明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりまして、また本年も名古屋市政の公平な報道をお願いしたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。


 藤田議長の補佐役として、約10カ月間務めさせていただいてまいりました。10カ月の月日が本当に長いなと、この時点でも思えているほど、さまざまな課題に、旧年中は議長を支えながら議会として取り組んできたと、このような感想を持っております。


 そのような中で、年頭から約1週間が過ぎたわけですけれども、私どもを取り巻くさまざまな市民の環境は、私は、地元の、こういう席で何ですけれども、住民さんの朝の自殺に始まり、さまざまな市民の課題に、この1週間、本当にこの1週間も長いなと思いながら過ごしてまいりました。


 市民の生活の大変さというのは、こういう時代の中でもまだまだ続いているし、これが、私ども議会が取り組んでいかなければいけない課題であり、それを、先ほど市民生活条例に表していきたいと議長がおっしゃったところではないかなと思っております。


 その中で、リニア中央新幹線の開通、さまざまと、本当に新年の報道の中では注目が集まっておりました。私もこの推進は心から応援をしていきたいし、また、15年の議員生活の中でも、至る場面でリニアの促進に協力をしてまいりました。


 しかしまた、こうしたものが1つ形が見えてまいりますと、必ず時代と社会というのは、光と陰を持ちます。女性の視点で、やはり弱い市民の立場に立って陰をつくらない。光がある限り必ず陰がありますけれども、やっぱり議会の立場としては、そうした市民の中に陰をつくらない努力をまた今年も粘り強く取り組んでいきたいなと、このように年頭から思っているところです。


 災害対策も、そういう意味では女性の視点で、なかなかと防災会議の女性登用とかが難しい点が数の面でありますけれども、数ではなく実質で、女性の視点、また弱者の視点を生かした防災計画をつくっていく上で、意見を述べられるような、そんな議会でありたいということも願うところの1つであります。


 そして、ESDに関しまして、昨年、小さい、女性議員でのお茶会といいますか、女子会を議長同席の下に開かせていただきました。議会から、小さな動きでありますけれども、しかし世界に発信するような、市民運動を持っている人たちとともに連携しながら、議会発で、また女性の視点を生かしたESDへの取り組みも、また議長にもご協力いただきながら挑戦をしていきたい。このように考えているところであります。


 そして、そのような中で、しっかりと議長を支えながら、今年も1年間取り組んでいきたいと思いますが、ちょうど副議長になりましたときにあいさつ申し上げました、「世界に発信する名古屋をつくっていきたい」ということですけれども、昨年、藤田議長は、トリノ、そしてランスに行かれまして、さまざまな、名古屋市政との新たな結び付きや、また名古屋市民との結び付き、文化交流も果たしてくださいました。


 片や、私どもは、ロサンゼルスを中心に交流事業に参りましたけれども、本当に、私ども名古屋市に縁を持ちながら、連携しながら生きてこられたロ(サンゼル)スの中の邦人の皆さまも、このアジアの縮図と一緒で、大変な中で今やっておられることも実感してまいりました。


 今年はロサンゼルスとの50周年の佳節が参ります。そういう意味では、ちょうど下準備をしてきた去年だったなという思いもはせながら、世界に発信する議会を、また議長と協力して、50年後の子どもたちに誇れるまち名古屋を残すための果敢な取り組みの1年を開始してまいりたいと思いますので、どうか報道機関の皆さまのご協力を、心からお願い申し上げるものです。ありがとうございました。

 

質疑応答

◎今年の課題と展望について

(記者)

 では、市長、手短にお伺いできたらと思います。年頭ということもありまして、今年の課題と今年の展望みたいなところを、ご自身のお言葉で教えていただけたらと思います。

 

(市長)

 今年の課題は、1つは、世界の名古屋と言えるようなね。環境は整っとるわけです。「天の時」と「地の利」もある、「人の和」というのがある。それにふさわしいまちづくりへの元年となるべきことを実現していくかどうかというのが、1つ大きい。

 

 それから、もう1つ、繰り返しますけれど、やっぱりエデュケーションですね。応援。戦後というか、明治維新か何か分からんけれど、お上下々というふうにやってこざるを得なかった日本社会があるんですね、ここに。それに対して、市民の自立だとか、いろんな人がいますので、それをみんなすべからく応援するんだと。

 

 こういうことで、非常に具体的には、いじめ問題の、ずっと繰り返されているじゃないですか、報道が。皆さんもやっとるがね。みんな、どうしても同じパターンになっちゃうんですよ。結局、先生と学校が出てきて、「知らんかった」と。「いや、そんなことはない」と、わあわあもめて、「ああ、違う、すみません」と謝る。で、教育委員会が謝る。それで、テレビのコメンテーターが出てきて、わあわあ、わあわあしゃべる。結局、「地域社会で盛り上げろ」というようなことになるということで、子どもの不幸が繰り返されとるんですね。

 

 そこの中には、貧困とか格差社会の広がりがあると思うけれど、根本的に子どもさんたちをみんな応援していくんだと、社会の中で。エデュケーションの思想ですね。これが本当に名古屋で4月から始まりますので、これを日本に発信できたらなということです。

 

 しようがないですけれど、年末、テレビや何かを見とると、東京のネタばっかりだけれども、それは、こちらでネタを発信できんわが方にも責任があるのであってですね。

 

 そんなことで、東京でなくてもええことができるよ、ということが言えるようになるかどうか。なるという決意です。

 

(記者)

 今年の展望に関しては、いい方に転がるのか、悪い方に転がるのか。

 

(市長)

 それは、ええ方に転がるでしょう。必ず人生、そうでなけないかん。どうせあの世へ行くんだで。

 

 しかし、議会が議決機関ですので、そこら辺のところは、よう相談しがてらはやっとるんですよ、いつも。

 

 ということですので、名古屋の持っとる力の、潜在的でもないけれど、先人に感謝しないといかんですね。焼け野原になったこの名古屋のまちを、ここまで復興してくれた。それをもう一度、違う第二ロケットに点火していくということでね。

 

 その中には、まちづくりだけじゃなしに、今の民主主義とか、子どもの応援とかいう、すごいソフトを含んだまちづくりが始まるということで、ご期待をいただければと思います。

 

(記者)

 市長、今の続きで、難しい課題。取り組みたいけれどもなかなか難しいという課題は、何かありますか。

 

(市長)

 難しいのは、やっぱり議会との関係でしょう。何といっても。素直に言いますと。

 

 外国においては、無党派になっていますので、みんな。それで、議会にすごい力を与えているわけです。それは、僕はいいんです。議会人で、長いことやってきたので。だけど、地方自治なんかは解散権がありませんので、私に。だから、そこは協力し合ってやらないといかんよと。

 

 皆さんに申し上げますけれど、私は国王ではありませんから。皆さん、誤解しとる人があるんですね。解散権もないですから。議会は議決機関なんです。皆さんの市民代表として選んだ立派な人たちなんです。

 

 そこと、市長は市長の民意を得て出てきておりますので。議会は議会の民意もありますけれど、うまく組みながら、先人がつくってくれましたこの名古屋のまちをね。世界から注目されると、本当に。今もばば(副議長)さんが言っていましたけれど、そんなまちに、できると思いますよ。できると思うんだわ。

 

 僕は、端的に言えば、まちづくりもあるけれど、「教育」という言葉から「エデュケーション」に変わっていく、「子ども応援委員会」というのは本当にできていくと。これは、めちゃめちゃ期待していますけれどね。期待するんじゃなくて、つくり上げると。

 

 最後のご奉公じゃないですけれど、世の中にね。もう65歳ですから。子どもさんに「立派になってちょうよ」と言える名古屋ですね。

 

◎名古屋城内における施設の新設について

(記者)

 市長にお尋ねしますが、今朝、某新聞記事に、名古屋城関連の新たな施設を、城内に箱物を造られるということで載っていましたが、事実関係を含めて。

 

(市長)

 あれは今年度から、予算で、調査費だったですかね。要するに、名古屋城は木造に取り換えますので、天守閣を。となると、今、小天守の中に入っているんですよ、障壁画が。だから、あそこも木造に変わりますので、だで、収蔵施設は、障壁画は要るでしょうということで。

 

 あれはちょっと古いネタですよ。だけど、私は、繰り返しておきますけれど、誰が言ったか知らんけれども、年間1、2週間は、本物を、本丸御殿にあったそこのところに。展示するんじゃないんです、障壁画というのは、もともと建物の一部なんですよ。分かっていますかね。建物の一部なんです、あれは。だから、それを変更するつもりは、さらさら。

 

 今日も、来て、「こうやってくれ」と、担当者に。はっきり、もう言うと。「やめてくれ」と。「いつまでもこういう本物を出さないという思想」をと。ということで、怒っております。私は、正直言いまして。何なんだと。一体。そういうことがあるとすれば。来る人に失礼じゃないかと、まず。見に来た人に。私はいろんな人に聞きますけれど、「本物がええ」と言っとる人ばっかりですよ。言っておきますけれど。

 

 誤解されちゃいけませんけれど、年間1、2週間ですからね。だから、模写をしたからできるんですよ、それも。模写がないとできませんので。模写があるから、本物の1、2週間の展示もできると。展示じゃないです、そこにあった場所に。

 

 家康が本物の(障壁画の)前で、(豊臣秀吉の)息子・秀頼を夏の陣で殺しに行ってええかと。名古屋の秀吉の目の前で、俺は遺言書に、息子・秀頼を面倒を見る、よっしゃといって、サインしたんだと。と言ったことは、まず間違いないと思います。2日泊まっていますから。

 

 そういう美術品というか、見るときに、そういう歴史も持った、厚みを持った感覚で見ないといかんですよ。悪いけれど。

 

(記者)

 財源は大丈夫なのですか。

 

(市長)

 何の財源ですか。

 

(記者)

 新しく箱物を造るに当たっての財源は。

 

(市長)

 箱物といって、調査費は今年度の予算で入っているじゃないですか。

 

(記者)

 それはコンサル(ティング)費用であって、新たに造るとなれば、財源が必要ですけれども。

 

(市長)

 財源は、それはあります。

 

(記者)

 どれぐらいあるのですか。

 

(市長)

 どれぐらいか知りませんけれど、別に起債でもいいですし。

 

 名古屋がお金がないなんて、全く間違いで。庶民の生活は大変ですけれど、毎年5兆円貿易黒字があるところですよ。名古屋というのは。それは民間のお金だけれどね。

 

 それはそれで造ると。前から言っとったんです。それはそこでいいよと。

 

 だけど、名古屋城の持つ歴史的な意味ね。要するに。貴族社会を打ち破っていった。3代かかったわけですよ。信長、秀吉、家康と。150年も続いた応仁の乱からの内戦を終結させた最後の戦い、夏の陣に出ていった、それを見とった本物がそこに、なけないかんのですよ。そういう本物性のある名古屋というのを分からんかね。この悲しさを。

 

 「モナ・リザ」はなぜ模写でいかんのですか、それじゃあ。精巧に作った「モナ・リザ」を飾っておいたら安全じゃないですか。今、防弾ガラスを作っただけで問題になっていますけれど。あれは本物でないといかんでしょう。あくまで、ダ・ヴィンチの。

 

(記者)

 こちらからお聞きしたのは、もうこれで結構です。

 

(市長)

 ダ・ヴィンチが描いた本物だからいいんです。そうですよ。

 

◎市長と議会の関係について

(記者)

 藤田議長にお聞きしたいのですが、先ほど市長は、難しい課題として議会との関係を挙げていましたが、どういう感想をお持ちでしょうか。

 

(議長)

 それは市長さんの印象であって、私は、議会人は皆さん同じだと思いますけれども、より深く慎重に検討し、そして素早く決するということを、われわれは信条に議決をしております。そういう意味で言えば、国内の自治体はどこでも同じ関係があるわけですから、別に名古屋の議会だけが特殊に何か難しいものを持っているというふうに、私は思っておりません。

 

 幾度も繰り返しになりますけれど、より深く慎重に検討し、そして素早く決するということを体現的にやれば、市長さんにとっては難しい相手だということじゃないですか。

 

 それは、逆に言うと、たやすい相手であった方が問題だというふうに思いますから、今後も、そういう意味では、難しい課題として市長さんにはお持ちをいただいた方が、議会のいわゆる機能はしっかりと果たされているというふうに、私は思います。

 

(市長)

 ついでに言っておきますと、日本中そうなんだけれど、要するに、市長と議会、両方選ぶ場合は、やっぱり議会というのは無党派なんですよ。アメリカは。これは彼が悪いわけじゃないですよ。そういう制度上の未整備なんですよ。

 

 だから、私は議会人で長いことやってきたから、議会が強いのはいいんです。市民代表だから。市民が強いということなんです、それは。非常にええことなんです。

 

 だけど、あるとき会派を組んで、がーっと、3分の2、4分の3あったら、何ともできないと。解散権がないと。

 

 衆議院の場合は、そのとき解散ができるんです。それがないですから。その辺のところの、今後の日本国の課題ですけれどね。正直言いまして。地方自治における。

 

 ということを申し上げておるので、議会が強いのは賛成ですよ。私は、実は。議会人で長いこと。市民代表だから強いんです、それは。そういうことなんです。

 

 市長が言ったことは市長の言ったことで、しかし、尊重しないといかん。議会が言ったことは、市長は尊重すると。両方を上手にやっとるというのがその制度ですね。だから解散権がないんです。再議でやるんです。

 

(議長)

 加えて申し上げれば、今、「強いことはええ」というふうにおっしゃっていただいたので、私どもは肯定をいただいたと。今のは、市長さんが言うのは、制度上の問題であるということですね。

 

(市長)

 制度上、無党派になっていると、外国は。強いと。その代わり無党派なので。

 

 相談するのも、ロサンゼルスへ行って調べてきました。(ロサンゼルス市議会のトム・)ラボンジ(さん)が言っとったけれど、じゃあ、無党派はええけれど、相談するのかと。「するの?」と言って聞いたんですよ。予算だとか法律を。そうしたら、ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブンと。15人ですから、この7人、過半数までなら相談できると。ここにファインライン(fine line)というのがあって、ここを越えては相談もできない。「投票をこうしよう」ということは、そもそもできない。そういうのが、向こうの、一番のプリミティブ(根本の)というか、制度なんですね。

 

 そうなっていないから、それはしようがないけれども。だで、日本中、市長や知事さんはみんな苦しんでおられるわね。死屍累累というところもあります。という意味も。だから、議会というのは非常に重要なんですよ。

 

◎減税日本代表としての今年の目標について

(記者)

 市長、昨年は市長選とか参院選など大きな選挙があったわけですが、今年は、大きな選挙という意味ではないですが、政治的に、今年の目標というか、減税日本代表としての目標は何かおありですか。

 

(市長)

 一応、小選挙区制度ってつくったわけでしょう。だから、1つの政治においても2つの勢力が拮抗してやっていくという、地方議会においては無党派ということでバランスを取るんです。国においては、二大政党ということでやるんだけれど、こういう現状でしょう。

 

 非自民勢力がばらばらで、これではいかんので。年末インタビューなんかでも言っていますけれど、名前はちょっといかんですけれど、自民党のためにも、非自民党みたいなものがですね。

 

 だけど、主義主張は何だ、ということになってくるのでね。僕は、庶民的な、それこそ納税者の方のグループの政党が。全部2つに分かれるわけじゃない、半分ぐらいは重なっているんですよ。アメリカの民主党と共和党だって。そういう勢力ができていかないといかんし、そういう努力はしていきたいと思いますね。

 

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市長室広報課報道係
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