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平成24年2月20日 市長定例記者会見

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このページを印刷する最終更新日:2015年7月30日

報告事項

  • 「名古屋城の将来を語る市民大討論会」の感想
  • 春の火災予防運動について

会見動画

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報告内容

◎「名古屋城の将来を語る市民大討論会」の感想

 それでは、2月20日(月曜日)、会見を始めさせていただきたいと思います。皆さん、こんにちは。

 

 まず最初、昨日、名古屋市公館で開催されました「名古屋城の将来を語る市民大討論会」に、パネリストとして参加してまいりました。大変に楽しい、意義ある会だったと思います。時間も1時間ほどオーバーして。出席の市民の方が180人おみえになりました。

 

 皆さん、いろんな思い入れがある中で、僕は何べんも言ってましたけれど、まず都市には自慢が要ると。当然のことながら、産業とか福祉とか、こういうのが一番重要なテーマでありますけれど、やっぱりまちに住む人間の自慢が要ると。

 

 それから、私も老人会の青年部でして、もうはや63歳だとなると、今日も幹部会で言いましたけれど、60歳近くになるとだんだんあの世へ近づいてきまして、次の世代へバトンタッチしていかないかん。

 

 そういう場合に、500年、1000年後の名古屋に住む子どもさんたちが、平成24年ごろの市の人間、名古屋市の皆さんが「ええプレゼントを残していってくれたな」と言ってもらえるようなものを、ハードで分かりやすいのを1個、シンボルをつくっていくというのは、大変ええことではないかということがあります。

 

 私の気持ちとすると、いろんなものがあり得ますけれど、やっぱりシンボル的なものがええということで、本当は、名古屋の一番の大本は熱田神宮の草薙剣(くさなぎのつるぎ)ですけれど、やっぱり名古屋城天守閣というのが1つの江戸時代からのシンボル、精神的基柱、アイデンティティです。

 

 繰り返しますが、図面があるということが決定的な違いで、昨日の集会でも言っていましたね。麓(ふもと)先生が言っていまして。あそこに飾ってあったのが、僕は初めて見たけれど、279枚、昭和7年から20年かけたんだったかな、実測図というのが残っとって。非常に先人が丁寧に。本物を見ましたけれど、今まで見たのは縮刷版ですけれど、細かいところの寸法まできちんと書いてあるということですから、世界初めての木造の、いわゆる本物復元ができると。400年の時空を経ましてね。ということで、ぜひやっていきたいと。

 

 お金のことについては、意外となかったですわね。お金の話、皆さん、何か、ちょこっとありましたけれど、「寄附でみんなで集めましょう」ぐらいの話でしたけれど、これでよく分かりますわ。

 

 これを仮に名古屋市債で全部やったとしましょうか。日本国債が半分で名古屋市債が半分か、尾張名古屋共和国債が全部だったとしましょうね。これが仮に390億円だったとしますと、これでよく分かりますね。借金か、財産かが。

 

 この場合はいわゆる建設国債そのものになるわけで、「そんなこと、当たり前だ」と言われるか分からんですけれど、あと1000年、2000年、法隆寺を超えて大事にしたら、かけがえのない財産になるんでね。

 

 財産的価値もそうだけれど、その間の観光客という。あまり僕は観光客という名前はそう好きじゃないけれど、それより名古屋の人の精神的なものは、どえらい大きいですよ。本物ができたら。「カムバック、シェーン」ってありますけれど、何かそういうようなことになるので。

 

 名古屋のアイデンティティを語る上においても、また堀川から熱田神宮の辺を1つの背骨にして、尾張名古屋共和国ができれば、1つの「エルサレム」みたいなのが登場するであろうということになると思います。

 

 問題は今の建物をどうするかということで、その議論は出ましたね。やっぱり今の建物も既に50年たっておりまして、50年たちますと、文化財的に言うと登録有形文化財というのの申請資格ができるということで、あれは時代の特徴のある建物だから、登録有形文化財にまずなると思います。

 

 それから、そのときの皆さんの寄附で成り立っておりますので、そういう建物を壊してええか、という問題はあるんですね。私はそれで「壊しちゃいかんで」と、ずっと言ってきた方ですけれど、この名古屋城だけは、壊すというより本物に復元するということですから、ちょっと状況が違えへんかと思いますけれど、そこら辺はよく話をせないかんですね。

 

 一番最後は、1つの案としては住民投票をやるという手はありますわね。非常に面白いと思いますね。「お金が」と言うけれど、それは選挙と重ねてやればいいですから、そんなにはかかりません。

 

 ということで、こんな名古屋の都市の在り方の根本のハート(心臓)を決めるような話は、僕は住民投票も面白いと思います。いろんな議論を出し合ってですよ、まず。というふうに思います。

 

 今後ともぜひ、この建物、名古屋城天守閣本物復元ということにちょっと引っ掛けてでもないですけれど、いろんな名古屋の歴史の話がいろんなところで話されるというのは、大変ええなという印象です。

 

◎春の火災予防運動について

 それから、本日は「春の火災予防運動」についてご案内します。

 

 3月1日(木曜日)から3月7日(水曜日)までの「春の火災予防運動」期間を中心に、各区で市民の皆さまや事業所の皆さまに火災に対する備えなどを啓発するため、消防訓練やキャンペーン等を行います。

 

 今の時期は空気が乾燥し、火災が大変起きやすくなっておりますので、ストーブやたばこ、コンロなどの火の取り扱いには十分ご注意していただき、火気の周辺には燃えやすいものを置かないようにしてください。

 

 コンロというクラシックな名前が出てきますが、まだだいぶ使っとるのかね。よう分からんけれど。昔はコンロって、ようありましたね。懐かしいことです。普通の歩いとる歩道のところでも、何かコンロみたいなのを出して、あれはサンマか。何か分からんけれど、よう、じいさんはあまりやっとらんけど、ばあちゃんがやっとりましたけれどね、昔。

 

 また、先週、東京で5歳と3歳のお子さんが火災で亡くなられるという痛ましい事件がありました。ライターの火遊びの可能性もあるとのことですが、そのライターは幼児対策がなされていない旧型の物だったとも報道されております。

 

 今は、子どもが簡単に操作できない幼児対策を施したライターしか販売されていませんが、旧型のライターもまだご家庭には残っている可能性があります。

 

 市内でも、平成23年の火災件数848件のうち、火遊びによる火災が54件、うちライターによるものが21件発生しております。

 

 幼児対策がされている、いないにかかわらず、ライターは車や家の中に放置することなく、子どもの手の届かない場所にきちんと保管するとともに、火遊びの危険性を各ご家庭できちんと教えていただくことが大切であると思います。お気を付けいただきたいと思います。

 

 私からは、以上です。

 

質疑応答

◎2月議会の開会について

(記者)

 今日開会した2月議会について、あらためて意気込みをお願いします。

 

(市長)

 相当いろんな分野に配慮しておりまして、減税というシンボル政策もありますけれど、都市の魅力をつくっていく上においては、相当ええまちになっていっとるんではないかなと思います。

 

 特に医療は。僕もタクシーに乗ったりすると、運転手さんが「うちのお母ちゃんが喜んどるで」と言って、中学生の医療費を結構言いますね。とか、救急のたらい回しはほとんど聞いたことがないし。ワクチンには、これは間違いなく日本の最先端都市ですので、子どもさんのワクチンは。ということもあり。

 

 決めた以上はしっかりやろうと思っていますけれど、陽子線がん治療設備もできると。そのかわり、これは、「ええわ、ええわ」で金もうけには絶対しません。これはやっぱりキャンサーボードということで、きちっと、これでしか治らないというか、そこのところはきちっとして治療するということですけれど、そういう面も相当充実しておりますしね。

 

 だけど、名古屋に何が足らんかというと、あとはやっぱりソフトですわ。「面白いまち」ということですわね。ほんだで、そのために名古屋城の構想やら、世界の金シャチ横丁、それから堀川、熱田の辺の盛り上げと。

 

 それから、昨日も夜中、風呂から出ましたら、テレビで夜遅くまでSLをようやっとるんですね。日本のSLですけれど、やっておりましたけれど、名古屋駅から走るSLは、相当面白いんでないかなと思ってね。

 

 あまりみんなは感じないかね。僕だとちょうど中学校のときに、古出来町から大曽根の方へずっと歩いていきまして、中央線の横を歩いていきました。まだあのころはSLが走っておりましたので、SLの運転手に手を振ったりすると、向こうが手を振り返したりして、ああいう記憶が結構ものすごい鮮明にあるんですわ。ほんだで、そういうのとか。

 

 本当にあれですね。音楽があふれるというか、面白いまちをつくれるかというのが名古屋の課題だと思います。名古屋の「吉本」みたいのとかね。某有名なエンターテインメント施設がなくなったような状況ではいけませんので。

 

 SKE(48)や、いわゆるOS☆Uのご登場も大変結構だということで。近いうちに栄のあの辺、もうちょっと南、広小路通り、テレビ塔の間ぐらいで、とにかくほとんど常設型で飲んだり食ったりして大騒ぎをやるというのを、今、やれるように段取りしております。

 

 そんなところも、予算のええポイントになっとるんでないかなと思います。

 

 それと、議会と今日もちょっと話をしましたけれど、本当に、議会の在り方と。これは新たな挑戦ができるとええですけれどね。議会と首長の在り方というのが。

 

 国は議院内閣制ですが、政党がそのまま残って地方議会にありますので、地方議会も政党政治で、同じようなことになっとるところが結構ぎょうさんあるんですわ。そうすると、そっちが過半数あると首長の言っとることが通れせんのだな、全然。ないしは、もう立候補する前から、過半数を取る政党が推薦した議員しか市長にはならないというんですから。実際上は議院内閣制度ということか。結局、立候補の前から。そういうことになるのかもしれませんね、下手すると。

 

 ということのいろいろな考えも含めて、例えばSLを走らせるのに与党、野党で対決しとったってしようがないですからね。というような話ですわ。そういう挑戦をしていきたいなということだもんでね。面白うしよまいということですわね。とにもかくにも。

 

 じゃあ、なれ合い議会とどこが違うんだということになるんですわね。多分、僕もよう考えとるんだけれど、なれ合い議会と今回の名古屋で挑戦しようとする首長と議会の在り方と、やっぱりそれは、みんな給料を半額にしてしまって、私は3分の2も減らしてしまって、市民の皆さんに、それを1つの大きな財源として、金に色は付いとりませんからいろいろですけれど、減税までしていくと。ほんで、日本一の医療都市をつくっていくということをやるんだったら、それはなれ合い議会とは言わないんじゃないですかね。

 

 だで、なれ合い議会というのは、議会と首長さんがいわゆるなれ合って、「高い禄(ろく)を食(は)む」というのをなれ合い議会と言うんじゃないですかね。という感じがちょっとしております。

 

 そこら辺の仕組みがちょっと整っておりませんで、アメリカの話ばかりしてはいけませんが、日本の地方自治法はアメリカのGHQが作った物まねですので、それこそ。向こうの場合はやっぱり、両方議会で市長が選ばれる場合は、議会は無党派であって、何ですか、無党派、それからボランティアで。ロサンゼルスは3期12年で終わりというような、いろいろ、ちゃんと仕組みを持っていますわね。両方の。権力の調整の仕組みを。議会が強いですよ。議会が強いのは市民の代表だからで、それはええんですわ。

 

 そういうことが、まだ議論はあまりされていませんね、日本の中で。議院内閣制を前提として言っとるだけだということで、そういうような話も含めて、予算の。市民の皆さんの血税ですので、とにかく市民の皆さんに喜んでもらえるように使えるように、やっていくということです。

 

◎金シャチ横丁について

(記者)

 金シャチの件ですが、「面白いまち」ということで、新年度にも予算案が盛り込まれていますが、新年度で、どういうスケジュール感で、何をどう決めていきたいとお考えか。

 

(市長)

 一応、世界の金シャチ横丁でしょう、プロジェクトチームになっていますわね。なっとって、初めは何だった、調査費だったですか。調査続けて300年になるといけませんので。

 

 今のところそこからはちょっと聞いておりませんが、東海農政局と、水資源(開発)公団と、それから、ホームレスの皆さんがお住まいになっておられますので。早う私が頼みに行くでと。報告に行かないかんで、まず。というふうに、これはもう何べんもお願いしてありますけれど、まだスケジュールはセットされておりません。

 

(記者)

 何でセットされないのですか。

 

(市長)

 知らん。なかなか、分からんですね。「もうちょっとお膳立てしてから」とも言われております。

 

 もうちょっと、そういう皮肉っぽく言わずに言うんだったら、ちょっとここで言うのは何ですけれど、仮にちょっと場所をご退去いただく場合に、次に入るところをきちっと確定していきたいと。ホームレスの皆さんのね。という、名古屋市の職員の皆さんの温かい配慮があるのではないかと、こういうふうに思います。

 

(記者)

 では、あらためてになりますが、金シャチ横丁というのは、どういう町並みになるとにらんでいらっしゃるのでしょうか。

 

(市長)

 昨日の話では、見に行かないかんけれど、木があるみたいだね。ええ木が。イチョウの木と。3本ぐらいええ木があるといって。これはまた見に行かないかんけれど、そういうのは大事にして。

 

 昔の、あそこは天王社と、家康様の、東照宮の御廟(ごびょう)があったところでして、何か、ちょこっとしてそういうのもあるそうですけれど、そういうのを大事にしながら。

 

 町並み的には、江戸時代の町並みのような町並みで。昨日の話にもありましたけれど、ちょっとお堀ぐらい造って、入っていくところが、関所でもないけれど、そういうところで。

 

 僕のイメージからすると、(大阪の)水掛不動さんみたいなやつね。「月の法善寺横丁」。金シャチか分からんけれど、人間の方が雰囲気が出るから。金で、そこへ触ると金がもうかるよとか、よう分かりませんけれどね。幸せになれるよとか、そういうのがちょっとあって、入っていって。

 

 飲んだり食ったりもそうですけれど、芝居小屋もええですわね。芝居小屋、それから何ですかね、飲んだり食ったり、芝居小屋。何がありますかね。世界の、飲み屋の路地みたいなやつね。お好み焼きとチヂミとピザとどっちがうまいかとかですね。ちょっとよう分からんですけれど。何かそういう、ちょっと、本当に、歴史が感じられて、楽しめるという雰囲気ね。

 

 1日おれるところ。風呂を造ると1日おれますわね。今、はやりですけれど。風呂を造ると、1日。江戸時代みたいな風呂でも、ええか分からんね。あのころは混浴だったって、違いますかね。これは違うかな。混浴禁止令っていつ出たか、ちょっと知りませんけれど。あまり変なことを言ってはいかん。適当なところでやめとかないかんけれど。

 

 (徳川)宗春さんがやった、あれですわね。(徳川)吉宗が増税して、がちがちの質素倹約ばかりで庶民の経済をぶっ壊してまったみたいな、それに対抗して宗春さんがやった、遊郭を一番初めに造ったんですけれどね、あの方は。3つ造ったんですけれど、それから芝居小屋をたくさん造って。実は大繁盛して大成功しとったという説がありますね。いろいろ調べてみると。藩政の運営、財政運営に失敗したという説もありますけれど、それは違うという。歴史って勝者の歴史になりますので、違うという説もあります。実際は。尾張藩は、事あらば天皇家を守れという方だったですから、それに対して幕府のお怒りが下ったという説がありまして。

 

 そういう商売というか、とにかくどえらけない面白いまちをつくらないかんという感じに。名古屋の人も1日行って楽しめると。そこから、本当は船でね、名古屋城に入っていくところの、ちょっと空堀になっとるんですけれど、あのすぐ横のところから行って、堀川をずっと熱田神宮まで行けるとええんだけれど。

 

 この間ちょっと文化庁に確認したら、どえらい堅いことを言っとって、「本当に江戸時代は空堀だったところに水を入れてはいかん」と言わっせるもんで。ほんなこと言ったって、「ちょこっと100メートルかそこらだけや」と言うけれど、それが「いかん」と言っとらっせるけれども、もうちょっと朝日橋の方に100メートルぐらい歩いていけば、すぐ船に乗れますから。そういうのも連携した金シャチ横丁みたいな感じで。

 

 そのときに、こっちの方が早いですけれど、名古屋城が本物の復元をしとると面白いわね。その場合はやっぱり、金シャチも替えないかんかな。これはどうしようかなって。金シャチも後で造った(もので)、戦災で燃えていますので。今は茶釜になっとるで。あれはまた戻して、本当のシャチに、昔のシャチそのものに。インチキで、だんだん不純物を混ぜていった金じゃなしに。何金だったか忘れた、24金か20金ぐらいだったか分からんけれど、そういうものにせんならんかどうか、とかね。

 

 コスプレのまちもええですわね、やっぱり。コスプレサミット。数少ない世界のチャンピオン行事が名古屋で行われておりますので。

 

 何ぞええアイデアがあったら、ちょっと教えていただいて。ほんでも、早うやらないかん。やっぱり雰囲気が出てこないかんで、早う東海農政局と水資源開発公団、早う行ってこまい。早う、まず。返答がなかなかないですけれど。まず早う行って。電話したんですよ、もうはや。水資源開発公団はまだしてないね。東海農政局というか、農林大臣、副大臣には、もうはや1年、もっと前に電話しました。「別に代わりの場所があったらええですよ」と言っていました。

 

 それと、ホームレスの皆さんにおかれましては、近々ご説明に謹んでお伺いいたしますので、しばらくお待ちをいただきたいと思います。

 

◎予算と議会について

(記者)

 先ほどの発言の中にも、議会との在り方を新しく構築していきたい、みたいなお話がありました。今回の予算というのは、割と議会側の要望も、今までよりも受け入れられた形になっているということで、議会の皆さんもかなり喜んでいらっしゃいましたが、そういったことも含めての、布石の部分もあるのですか。

 

(市長)

 ん?

 

(記者)

 今回の、かなり議会側の要望を受け入れた予算案というのは、そういう在り方を変えていきたいという思いがあったから、そういう要望も受け入れた形になったのですか。

 

(市長)

 それもありますわね。今調べとって、なかなかね、本当の議事、予算編成のところに議員がどういうふうに関わっとるかとかね。

 

 本当はアメリカを調べないかんですわ。言っとるんですけれど、分かったような分からんようなふうですけれど。地域代表として、アメリカの、ロサンゼルスを調べれば一番ええんだけれど。今、さらにもう1回ちゃんと調べないかんで。本当に。そうなっとるはずなんですわ。与党、野党になっていませんので、向こうは。

 

 何か、私が前に聞いたら、議員さんというのは、ロサンゼルスは15人しかおりませんけれど、その代わり。ほんで、3期12年で終わりですから、絶対に「家業化しない」というか、「癒着しない」という前提、制度を持っとってですよ。ほんで、何か事務所も役所から出とるし、秘書というかスタッフですけれどね。ようけおって、区長みたいな役割も果たしとるんだということを聞いたことがあります。

 

◎「いわゆる南京事件」について

(記者)

 今朝の南京の共産党の方との会合の中で、市長が「南京事件はなかった」と。これは前からおっしゃっていると、事前のご説明もありましたが、あえて今日、南京の方がいらっしゃる前で述べられた理由というのは。あらためてちょっと教えていただけますか。

 

(市長)

 それは、将来の、特に日本国の子孫の皆さんのためにですね。やっぱり南京で日本軍が30万人の、いわゆる一般市民を虐殺したということをずっと語り継がれて、その記念館まであると。アメリカの、ロサンゼルスにおける歴史の副読本には、40万人と書いてあるということを、真実をただすのは、63歳になった、じいさまからすると、私の社会的、政治的使命だと思っとるからです。

 

(記者)

 発言の最後の方で、「討論会を開きたい」というお話があって、南京で開いてもいいかなと。具体的にはどういうイメージをされているのでしょうか。

 

(市長)

 だから、何人か出ていってですね、私も行きますけれど、やっぱり南京で、現場でやるのがいいですから。

 

(記者)

 南京でやるんですね。

 

(市長)

 南京でやるんですね。だから、こちら側の主張。論点は幾つかありますから、3つか4つか5つぐらいに絞って、このことについてはどうだった、こうだったということを、きちっといっぺん、日本人としての主張をはっきり言っていくと。

 

 残念ながら一般的な戦闘行為はありまして、亡くなった方はみえます。中で、捕虜収容所で放火事件があって、そこで銃撃事件になってしまって、それで一般の方が亡くなったり、その犯人と思われる方を連れてきて、揚子江で処刑したという残念なことはあるんですけれど。それから、揚子江に残った中国の方を逃がそうと思って実は船に乗せたんだけれど、夜だったから、向こうの蒋介石の軍隊が間違えて発砲してきて、そこで大変多くの方が亡くなったとかですね。そういう方の死体が揚子江に上がってしまったという悲しい事態。

 

 そういうことの評価等につきましても。やっぱり向こうで、現地で。やっぱり言うことを言わないかん、ちゃんと。言わな。何でもええで、「すんません、すんません」と言って。「ええわ、ええわ」ではいかんのです。と思いますよ。こんなことが固定されてね。

 

 私、何べんも言うけれど、ショックを受けたのは、前から南京事件は勉強していましたけれど、南京事件を勉強して、一般的な戦闘行為はあったけれど、「いわゆる南京虐殺」はなかったというのが、私はその立場なんですけれど。

 

 何べんも言いますけれど、ロサンゼルスは名古屋の姉妹都市なもんで。1年前かな、1年半ぐらい前だわ、大津通りのレストランですわ。公式行事ですよ、夜、歓迎行事で。ミス2世、マリリン・モンローにどえらい似た、どえらいべっぴんだったですけれど、かわいい子ですけれど、私の横におって、訳の分からん英語でしゃべっとったんです、酒を飲んで。

 

 そうしたら、ミス2世が、「Mr.Kawamura,Mr.Mayor(市長)」と。「日本人って中国でひどいことをしたんだね」と言うわけですよ。「え?」と言って、「それ、何?」と言ったら、「南京でひどい虐殺があったらしいです」と言うもんだで、「え?」と言って、「あんた、どこで勉強したの」と言ったら、「ハイスクール(高校)の歴史の授業で勉強しました」と言うもんで、びっくりこいてですね。

 

 それから、調べたんですよ、こっちで。ありますよ。そうしたら、やっぱり高校の副読本ですけれど、出てきまして、40万人のnon-armed citizensですか。いわゆる「非武装の市民を日本軍は虐殺した」という記事が載っとるんですよ。高校の教科書に。あれはショックだったですね。

 

 日本人は原爆なんかがあって、一定の被害者意識を持っていまして、言っていますけれど。被害者意識って、原爆碑文でもとんでもないですけれど、持っていますけれど。実はアメリカ人はこういう認識なんだと。教科書に書いてあるがねと。副読本だけれどね。

 

 あれから、これはまたさらに言っていかないと。友好都市だから、さらに真実を言わないと。南京、広く言えば中国、南京でもいいんだけれど、喉の奥に刺さったとげをきちっと抜かないかん。堂々と言いに行かないかんですよ。という社会的使命、ミッションを深く感じとるところでして。

 

 老い先短いですから、あとのいろんな。僕もこれで63年間生活させていただきましたけれど、この問題だけはきちっとして、日本の将来の子どもさんたちのためにプレゼントしていこうかと。真実を語ってですね。そういうふうに思っております。

 

(記者)

 ちなみに、今日の南京市の方の反応をどう思われましたか。ちょっと周囲がうるさくて、なかなか聞こえていなかったと思うのですが。

 

(市長)

 反応は、なかなかびっくりした感じじゃなかったですか。びっくりもしていない、淡々としておられましたね。にこにこされていましたね。それで、「ぜひ討論会をやりましょう」と言って。

 

 僕の場合は、死んだおやじが南京で終戦を迎えていましてね。そこで本当に親切にされまして。栖霞(せいか)古寺という古いお寺で戦友がみんな親切にされて、非常に栄養状態もよく、割と早く復員できたと。

 

 だで、おやじが死ぬ前に、「お前がこうやっておれるのも、南京の中国で優しくしてもらったもんで、はよう帰れたんだわ」と言っていましたので。そのお礼で、南京に桜の木を1,000本、戦友の皆さんと送って。これは新聞にどえらい大きい記事で出ていますけれど、当時の。

 

 そういうこともありますので、今日も言いましたけれど、南京事件は昭和12年です。ほんで、終戦は昭和20年です。8年前のことですけれど、8年前に虐殺があったようなところで、そんな優しくしてもらえるはずがないですよね。

 

 ということで、僕は今日も中国共産党の方に言いましたけれど、わしは「南京の人に感謝しとるからこそ言うんだよ」と言って。真の日中友好を実現するために、「ええわ、ええわ」で済まされないと。やっぱり民族の誇りというのがあるんですよ。ということを申し上げました。

 

(記者)

 一部報道では、南京の南京大虐殺記念館の館長が、でたらめの話と強く批判されておりまして、不快感を表明されていますが。

 

(市長)

 そりゃ、向こうはそう言うでしょう。いつ、今日?

 

(記者)

 ええ。

 

(市長)

 河村さんが言ったやつで。

 

(記者)

 ええ。

 

(市長)

 それは、そういう展示をしとる館長が「そのとおりだ」と言うわけにいかんじゃないですか。だから、いいんじゃないですか。そういう議論が巻き起こっていくということは。それは冷静に中国も受け止めないかんですよ。

 

(記者)

 今市長がおっしゃった、「討論会で『こちら側の主張』、『日本人としての主張』をきちんと言わないかん」という、「日本人としての主張」というのは何を指すのですか。

 

(市長)

 だから、南京において、先ほど言いましたように、不幸なことですけれど、通常の戦闘行為があって。多くの方が亡くなられたことは事実ですね、市民が。だけど、いわゆるNanking Massacreと英語で言うような、一般市民に対する、いわゆる虐殺行為はなかったということですね。

 

 いろんな立場で言っとる人がおりますけれど、あれはどういう本だったかな。「戦闘詳報」といって、軍人が全部、各地方における戦闘状況を書くんですけれど、それが「うそだ」と言う人もいますけれど、結構これは命令文と分けて書いてあるんですよ。

 

 だから、そこの南京での戦闘を全部分析した本があるんです。日本側からすれば。それぞれ。抽象的じゃなくて。ここでは、幕府山なら幕府山というところでどういう戦闘があったかと。そういうことを言っていけばいいじゃないですか。1つずつ、1つずつ。抽象論ではいけません。

 

(記者)

 それを日本人としての主張と言い切れる根拠というか。

 

(市長)

 そう言うと申し訳ないけれど。日本人でも「あった」と言う人もいますからね。特に、某新聞の関係の人を通じてこうなってきたんですけれど、だから、日本人というよりも、私が日本人であることということですね。

 

 そういうことより、もっと客観的に冷静に見てみることが必要なんじゃないですかね。冷静に。それぞれの戦闘の状況の分析が大変いいですよ。いろんな戦闘行為があったのは、日本軍はみんな「戦闘詳報」で残していますから、全部。日記みたいなやつで。それで、どこでどういう戦闘があったかということを、きちっとやっていかないかんです。

 

 しかし、これはどういうふうに考えたら非常に分かりやすいかといいますと、日本人は原爆のことを言いますわね。広島、長崎。これは、25万人は原爆被害者と言いますね。これが日本人の悲劇の1つの中枢的なシンボルとして言いますけれど、これほどのことで、日本人が思っとる心理が25万人。南京で30万人ですから。ですから、日本人が思っているよりも、大変深刻な問題だということです。

 

◎名城住宅の跡地利用について

(記者)

 中国の関係でいくと、昨日、名城住宅の跡地利用を考える集会で、市長も出席されましたが、今後、あの跡地については、移転の問題を含めてどのようにお考えなのでしょうか。

 

(市長)

 あのときも言いましたけれど、まず1つは、ちょうど名古屋城の本物復元の話とも重なりますけれど、あそこは名古屋のシンボル、聖地ですので。ああいうすぐ隣において8,000平米もの巨大な領事館を造ることはぜひおやめいただきたいというのは、初め思っとったんですわ。

 

 ところが、滑った転んだがありまして、「地元の了解を取ってくださいよ」というようなことになりまして。地元は地元で骨を折った方がおみえになりますけれど、そうやってやっとるうちに、いわゆる尖閣事件が勃発したわけです。ああいう状況下において、「そうですよ」なんて、「どうぞ」とはとても言えませんよ。尖閣の、この間の話ね。

 

 そういうことで、申請を、ちょうど(昨年)3月11日ですから、大村さんと一緒に行ったんです。新幹線の中で震災があって止まった日ですから、ものすごい印象が鮮やかなんですけれど、そういうことで、優しく書いてありますけれど、「ご遠慮いただきたい」というのを財務大臣と外務大臣に持っていったんです。そういうようなふうで、ニュアンスとすると、「ご遠慮いただくようにします」ということだったんですよ。この際、明らかにしておきますと。

 

 そんなところが、最近になりまして、また何か変な密約問題とかいう話が出まして。ちょっとまたもう一回調べますけれど、本当に北京における日本大使館の違法建築問題ですか、何かを解決するために、もし頭ごなしに、名古屋のこととか新潟のこともあるようですけれど、それが決められることなら、大抗議をせないかんですね。一体何をやっとるんだと、日本国政府は。本当なら、ですよ。だで、今ちょっとそちらの立場からもね。

 

 「住民の了解が要る」というふうにおっしゃられたというのは、当時の、あれは財務、民主党のある政務官さんが担当していましたので、「それはきちっと条件に付けますから」と。これでやっとって、仮に密約があって「どうぞ」と言ったら、自分のところも矛盾ですよ。契約不履行というのかね。裏切りになってしまいますよね、そんなことをやったら。

 

 だから、中国の皆さんにはぜひ。今日も共産党の幹部の方に言われましたけれど、まず、「日本人は漢字を使っとるじゃないですか」と言って。歴史的に見れば、あまり言うのも悔しいですけれど、やっぱり中国が兄貴でありね。遣唐使の、遣隋使のころからいえば。

 

 聖徳太子が盛んに「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」ということでいろいろ言いましたけれど、やっぱり中国が兄貴であり、日本が弟であったということは、一応言わざるを得ないというか、そうだと思いますね。文明のところからいって。だから、大きい気持ちを持ってもらわないかんです、中国にも。

 

 一番の証拠が漢字を使っとるということなので。それから歴史のいろんな、非常につらい歴史が日中間にありました。大陸とどうやって付き合っていくか、日本との歴史的な大問題だったから、ありましたけれど、ほんだで、中国にはぜひ大きい気持ちになっていただいて。

 

 ここまで名古屋で問題になる、それから尖閣問題があったという状況の中では、ぜひご遠慮いただきたいと。名古屋城のすぐ隣に8,000平米の中国領事館を造られるのは。というのは、私、正直に思いますよ。日中、中日友好のためにですわ。

 

◎尾張名古屋共和国について

(記者)

 市長がこれまでかねがねおっしゃっていた尾張名古屋共和国の周辺のおえらい様というか、首長さん方の飲み会の件ですが、今後、そういう場を通じて、具体的にどういったところを共和国構想の実現のために詰めていこうとお考えですか。

 

(市長)

 どうしやすかねということですわね、まず。どうしよまいかと。要するに、危機感の方から言えば、リニアが来るけれど、30年間、東京―名古屋だけだと言っとるけれど、「そんなもんならへんぜ」といって、そんなの。ならんですって、そんなの。数年たったら、大阪に行こまいとなりますから。

 

 大阪維新の会の主張には入っておりますので。ほんだで、そういうときに通過交通のまちになるとあかんよ。産業に魅力がなくなりますと、言っておきますけれど、税収が減って、福祉も大変な痛手を被りますのでね。

 

 という、ちょっと後ろ向きな方からどうやってそれを防御するかという意見と、もう1つは、反対に何年かは東京―名古屋にあるんだから、そこで本当の名古屋、尾張名古屋ということで、1つの中核として、日本最大の都市圏をつくるというね。

 

 幸い、土地も同じような条件で東京なんかから比べると、半分か3分の1でやれますし。それでいて産業集積がありますからね。それは、自動車とか、航空宇宙とか、工作機械なんかを中心にしてね。日本最大の輸出基地でしょう。なら、こういうところでもっとやっぱり。

 

 本当に、強いというのもええけれど、魅力のあるというか、何がええんですかね。やっぱり「魅力のある」ですかね。1つの尾張名古屋国を復興するというのがええんじゃないですか。「どうやってやっていこう」と言って。「同じ水を飲んどるがや」という話ですわ。

 

(記者)

 なかなか、周辺自治体の首長の皆さんが名古屋の方向を見ているかどうかというのは、それぞれ違う、温度差があると思うのですが、それを同じ方向を見て市長が言う構想を実現させようと思ったら、いろいろ腹を割って話さないといけないと思うのです。もちろんクロスしている部分もあると思うのですが、その具体的な詰めなければいけない課題とは。

 

(市長)

 そういう話は話をしながらね。エンターテインメントが一番話がしたいけれど。どえらい面白い地域にしよまいというんだけれども、水道だとか、ごみだとか、それから医療なんかええわね。それから、交通インフラがあるじゃないですか。そういうような話を持っていくと、ええんじゃないの。

 

 企業誘致にこの間も(東京へ)行きましたけれど、名古屋へ来てちょうと。市民税が安いよというのも1つですけれど、名前はまだあれとしても、僕だったら尾張名古屋共和国成立と。独立ですか。尾張名古屋共和国独立と。それで、商売をやってちょうと。税金が安いよと。それから水はうまいよと。原発のリスクはないよと。本当はこれでいくと一番ええんですけれどね。

 

 というようなことを言っていければ、それは来る方も。世界中行かないかん、世界に。ニューヨーク、ロンドン、パリ。というイメージですね。そうやって、「やってこまい」と言って。「どうだやも」と言って。

 

 けれど、問題は結構強い地域ですから、正直言いますと、ここら辺は。結構どころか、たぶん日本で一番強いのかも分からん。東京の方へ行ってね。そうなると、そう無理しやんでもええ、小さな幸せでいこまいかという可能性もあるんだけれど。

 

 だけど、この間ちょっと勉強しましたら、人口も東京に取られていっとると。名古屋はね。大阪にも取られていっとるという数字がにわかに出ておりますので。だで、「いやいやいかんよ」と言って。早期発見ということが重要じゃないかということです。

 

(記者)

 もう一度基本的なことなのですが、場所と時間だけもう一度教えてください。集まるときの。

 

(市長)

 居酒屋かね。「手羽先ワールドカップ」かね。わしが言うのも、まあええよ。だけど、これはもうだいぶ電話しとるで、別に隠すことじゃないんで、28日の夜6時だったですね。どこ行くんだったか。場所はちょっと固有名詞になりますので、市民の皆さんが大量に来ると、入れんと困るもんで、またちょっと場所は聞いていただいて。「手羽先ワールドカップ」というイメージです。

 

(記者)

 どのぐらい参加されるのですか。

 

(市長)

 僕は本当に自分で全部電話をかけつつありまして。まだちょっと、直接かけるで、今日もいくつかかけようと思っていますけれど、今でも24の首長さんぐらいはお返事いただいとるはずです、確か。

 

(記者)

 24人の方がいらっしゃる。

 

(市長)

 はいはい。今の状況でね。確かそのぐらいだと思います。

 

 郷土史家と言っては怒られますけれど、もうちょっと広い歴史の大家の、この方はええわな、言っても。南山(大学)の(安田)文吉(教授)さんに来ていただきますけれど、非常に楽しみにしておられまして、この尾張藩の。安田さんがものすごい、一番詳しい人なもんだでね。尾張藩の栄華と悲しみというか、この辺を話していただけると思います。

 

 尾張名古屋は本当に、江戸の初めまではよかったですけれど、途中から非常に幕府にいじめられまして、なかなか苦難の道を歩んできたと。明治のときも、さっぱりうまいこといかなんだと。どちらかというと、だから、自力でつくってきたまちですね。庶民がみんなで。

 

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