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見晴台考古資料館と周辺施設

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このページを印刷する最終更新日:2014年3月4日

ページの概要:見晴台考古資料館と笠寺公園内の施設をご紹介します。

見晴台考古資料館と笠寺公園内の施設

見晴台考古資料館は、名古屋市南区の笠寺公園のほぼ中央に位置しております。公園一帯は見晴台遺跡として知られており、資料館を中心に各種施設が立地しています。

 

見晴台考古資料館の本館建物の画像です。平屋建ての四角い建物ですが、地下にも1階部分と同じ広さの収蔵庫があります。

見晴台考古資料館 本館

見晴台考古資料館と笠寺公園内の施設

見晴台考古資料館と公園内の施設の案内図です。

見晴台考古資料館と笠寺公園内の施設

見晴台考古資料館本館の施設

左には資料館本館の玄関付近の画像、右には展示室内の様子が写った写真です。玄関付近には展示の案内パネルやのぼりが見えます。展示室では見晴台遺跡から出土した遺物がケースに入って展示されています。

左 資料館正面玄関付近
右 展示室の様子

見晴台考古資料館の中心施設である本館建物は、昭和54年(1979年)の開館以来の施設です。本館内には、常設展や企画展、特別展を開催する展示室のほか、主に団体利用の解説の際や映画会において利用される映像展示室があります。また市内の発掘調査の準備や、調査後の報告書作成のために作業を進めている事務室や整理室などどがあります。また、地下は全体が収蔵庫や発掘調査の資材を保管する収蔵スペースとなっています。

住居跡観察舎

住居跡観察舎の写真です。住居跡観察舎は発掘調査でみつかった遺構を特殊な樹脂で固めて剥ぎ取ったものを、遺構を砂で埋めものどした上にかぶせたものです。

左 住居跡観察舎外観です。
右 住居跡観察舎では、弥生時代の竪穴住居跡をご覧いただけます。

住居跡観察舎は公園の施設として、1988年から公開されています。実際に現在の施設が建っている場所を発掘調査した際にみつかった遺構を、特殊な樹脂で固めて剥ぎ取り、遺構に砂をかけ埋めもどした後に、ほぼ同じ場所にかぶせたものです。

お詫び:見晴台考古資料館に隣接する住居跡観察舎は、調査で確認された住居跡とその住居を復元した建物がご覧いただける施設でしたが、平成25年7月に復元住居が傾き、いったん閉鎖させていただいておりました。その後、復元住居の撤去工事を行い、平成26年2月1日より再公開いたしております。住居を再度復元するために部材をブルーシートにくるんで保管しております。お見苦しい点もあるかと思いますが、ご理解・協力をお願いいたします。

公園内の施設

特殊公園として整備されている笠寺公園にはほかにも、見晴台遺跡に関連した施設が整備されています。

濠再現コーナー

弥生時代の環濠断面を実感いただくために、見晴台遺跡の南部、ちょうど台地が風雨で崩れ、断面が露出する場所に設置されています。見晴台遺跡の環濠は、二重に、場所によっては三重に巡っていると考えられています。その一番内側の環濠の断面が再現されています。環濠の形状はV字形をしており、幅と深さともに4m程ある大規模なものです。施設の上から環濠の底をのぞくとその深さが実感できます。

弥生の森

弥生時代に実際に用いられていたと考えられている有用植物が植えられています。ヤマモモやスダジイ、トチやサワグルミなどが植えられ、秋には実をつけているところをご覧いただけます。

 

環濠の断面観察施設と弥生の森の写真です。見晴台遺跡の南部は、弥生時代以来風雨にさらされて、台地の端にあたる部分が削られてしまっています。削られた部分と弥生時代の環濠が重なる場所に、その断面の形をコンクリートで固め、環濠の断面規模がわかるようになっているのが、環濠断面の観察施設です。弥生の森には弥生時代に活用されていたと考えられる、有用植物、ヤマモモやスダジイ、クルミなどの樹木が植えられています。

左 濠再現コーナー
右 弥生の森

笠寺公園内に残る太平洋戦争当時の施設

太平洋戦争当時の笠寺陣地の高射砲台座と弾薬庫の写真です。いずれもコンクリート製で、笠寺公園のなかにいまでも残されています。戦争末期、アメリカ軍の爆撃機を撃ち落とすために、築かれた笠寺陣地には高射砲が6門設置されていました。そのうちの1門は高射砲をすえる台座が今でも地表で見ることができます。またもう一門は、高射砲の周りに築かれたコンクリート製の弾薬庫が残されています。

左 高射砲台座
右 高射砲砲側弾薬庫

笠寺公園付近には、太平洋戦争当時笠寺陣地という軍の施設がありました。これは空襲を行うアメリカ軍機を打ち落とすために設けられたものです。高射砲とよばれる大砲を6門すえた陣地だったのですが、公園内には当時の施設が数多く残されています。これまでの発掘調査でも公園内に埋まったまま残されている施設が数多くみつかっています。その中でも高射砲をすえた台座と、その脇に設置された砲側弾薬庫は公園内に埋まらずに今でも目に見える形で残されています。

名古屋市見晴台考古資料館

このページの作成担当

教育委員会事務局 見晴台考古資料館
電話番号: 052-823-3200
ファックス番号: 052-823-3223
電子メールアドレス: a8233200-01@kyoiku.city.nagoya.lg.jp

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