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広小路今昔コース詳細
朝日神社(あさひじんじゃ)
慶長16年(1611)、「清洲越し」にともなって、朝日村からこの地に移り、広小路神明宮として親しまれた。
祭神は天照大神として天児屋根命。境内・児宮社も赤丸神事は子どもの厄除けとして知られる。
広小路通りに面して立つ透垣は、向かい側にあった尾張藩牢屋の「不浄除け」の名残として珍しい。
所在地:中区錦三丁目22-21
白川公園・科学館・美術館(しらかわこうえん・かがくかん・びじゅつかん)

昭和42年に開園した面積8.93ヘクタールの都市公園。園内にある科学館は市制70周年記念事業の一環として建設された。
所在地:中区栄二丁目17
<名古屋市科学館>
昭和37年に天文館、昭和39年に理工館、平成元年に生命館が開館した。館内にはプラネタリウムや物理学、化学、工学、宇宙天文学にわたる展示が数多くあり、楽しみながら学べる日本一の科学の殿堂である。
<名古屋市美術館>
昭和63年に開館。ゴールド・パリ、メキシコ・ルネサンス、地元作家の優れた作品を収集、展示している。
洲崎神社(すさきじんじゃ)
社伝では貞観年間(860頃)の創建で、広井天王、牛頭(ごず)天王社、天王崎神社などとも呼ばれた。
古くは、ムク、エノキ、カシ、マツなどが密生した広大な境内だったが、慶長の名古屋城築城のときの堀川開削で狭くなった。
五色の鈴の郷土玩具が昔から知られており、大須新地の女郎衆の信仰も厚かった。
市指定文化財の宝物など多数所蔵。
所在地:中区栄一丁目31-25
若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)
もとは那古屋庄の今市場という地(のちに名古屋城内になる)にあったが、慶長の名古屋城築城のときに現在地へ移された。城下名古屋の総鎮守として親しまれた。
名古屋三大祭のひとつに数えられる例祭(若宮まつり:5月15日、16日)は、神輿、山車をひき出し華麗だったが、戦災でほとんどの山車が焼失し、現在は福禄寿車山車(市指定文化財)を残すだけ。
所在地:中区栄三丁目35-30
政秀寺(せいしゅうじ)
万松寺での父・信秀の葬儀に、香をわしづかみにして投げつけるなどの狂気の振る舞いが続く若き日の織田信長の守り役として、死をもって諌めた平手政秀はあまりにも有名だが、この寺は、天文22年(1553)、信長が政秀の菩提を弔うため、小牧山の南、小木村に建立したもの。
慶弔15年(1610)、現在地に移る。臨済宗妙心寺派。
所在地:中区栄三丁目34-23
白林寺(はくりんじ)

臨済宗妙心寺派。
寛永2年(1625)、藩祖・徳川義直が重臣・成瀬正成の菩提のため創建したという由緒をもつ。以来、成瀬家(尾張藩家老、犬山城主)の菩提寺として護持されたが、昭和20年3月12日の震災で御霊所を除いて焼失した。
剣術で有名な尾張柳生家の菩提寺でもある。
所在地:中区栄三丁目25-18
勝鬘寺(しょうまんじ)
本寺を岡崎の勝鬘寺とする真宗大谷派の寺院。
もとは清洲にあったが、慶長17年(1612)、名古屋に移り、寛永9年(1632)現在地へ移った。
境内東北角には入母屋造の大屋根の上に同じ造りの重層をあげ、太鼓を備えた鼓桜があり、明治を迎えるまでは太鼓を打って時を知らせていたという。
山門、本堂、太鼓桜は市指定文化財。これらに鐘桜を加え都市景観重要建築物に指定されている。
所在地:中区栄三丁目33-10
萬福院(まんぷくいん):栄・成田山
真言宗智山派の寺院だが、「栄の成田山」として広く信仰を得ている。
安土・桃山時代(1596から1615)、名古屋城の築城にともなう町づくりの一環として、名古屋・栄に移転。大正元年、成田山の大本山である新勝寺より、不動明王ご分身を勧請しご本尊とした。同時に成田山・名古屋祈願所となった。
平成14年(2002)、栄から現在地へ移転した。
所在地:中区栄五丁目26-24
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コンテンツ掲載日 平成17年4月4日|修正日 平成19年10月1日
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