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名古屋グルメ草紙

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このページを印刷する最終更新日:2005年4月4日
食に歴史あり名古屋グルメ草紙
渡る風が稲穂を揺らす濃尾平野

渡る風が稲穂を揺らす濃尾平野。

四季折々にふんだんに海の幸があがる伊勢湾と三河湾。

四季折々にふんだんに海の幸があがる伊勢湾と三河湾。

名古屋の食文化は豊かな恵みから生まれました。

何百年もの間、守り伝えられてきた郷土の味は、今なおこの街に生きています。

名古屋は古くから関東と関西の文化の接点として、独自の文化を育んできたところ。

名古屋は古くから関東と関西の文化の接点として、独自の文化を育んできたところ。
もちろん食文化も例外ではありません。

「鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)」は、江戸時代の元禄年間を名古屋で暮らしていた尾張藩の下級藩士、朝日文左衛門が書いた日記です。この文左右衛門さん、実はかなりのグルメだったご様子。というのも日記には、なんと三百数十種類にも及ぶ料理が登場するのです。質素と思われがちな名古屋の食文化ですが、この日記を見る限り、ずいぶん手間と暇をかけた食事をしていたようです。

鸚鵡籠中記(おうむろうちゅうき)
祝い事などのときに食べられていた料理

これは、祝い事などのときに食べられていた料理ですが、今の時代から見れば、ずいぶん贅沢ともいえるのではないでしょうか。

それでは、食通の尾張藩士、朝日文左衛門さんが食べていた元禄時代の料理をご紹介することにしましょう。

→ 「鯉濃醤(こいこくしょう)」へ

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