ページの先頭です

平成26年度被災地支援リポート ‐岩手県・陸前高田市・宮古市・気仙沼市‐ 1月分の記事

ソーシャルメディアへのリンクは別ウインドウで開きます

このページを印刷する最終更新日:2015年3月31日

被災地支援リポート ‐岩手県・陸前高田市・宮古市・気仙沼市‐

1月9日(金曜日)

こんにちは。宮古市の文化課に文化財調査員として配属されている職員です。

寒い冬を迎え、ようやく室内での作業となりましたので、これまでの状況を数回に分けて投稿したいと思います。

さて、私の仕事は遺跡の発掘調査なのですが「遺跡の調査が復興支援になるの?」と、いぶかしく感じられるかもしれませんね。先ずは、なぜ私が被災地に来ているのかをお話ししておきたいと思います。

今回の東日本大震災の大きな特徴が、甚大なる津波被害であることはあらためて述べるまでもありませんが、実は沿岸地にあるほとんどの遺跡は被災しませんでした。津波は遺跡の手前で止まったのです。言い換えれば古(いにしえ)の人々は津波の来ない安心安全の土地に住まいを構え、その安心安全より「利便性」を優先した現代人は再び津波に襲われてしまったのです。あまりにも大きな代価ではありましたが、今回は多くの自治体が高台移転の決断をしました。古代人の知恵に現代人も習うことになったのですが、皮肉なことに今度は高台にあった多くの遺跡が壊されることとなりました。結局、遺跡も間接的に「被災」してしまったのです。

被災地自治体の発掘調査件数は一気に膨れ上がり、憂いた文化庁は全国の自治体へ調査員の派遣を要請しました。名古屋市もそれに応ずるかたちで職員派遣を決定し、協議調整の結果、派遣先は宮古市となりました。

ちなみに、平成26年度の全国から派遣された埋蔵文化財関係職員は、岩手県29名、宮城県22名、福島県11名の62人となっています。

会議場において、青柳文化庁長官が講話をしている写真

埋蔵文化財調査派遣職員会議にて、青柳文化庁長官の講話を聞きました。

1月16日(金曜日)

こんにちは。宮古市の文化課に文化財調査員として配属されている職員です。

本日は宮古市における復興計画と遺跡の発掘調査状況についてお話しします。

先ずは宮古市における復興までの全体の流れを紹介しますと、平成25年度までの3年間が第1期(基盤復興=住民合意・計画策定・用地取得など)。次の3年間が第2期(本格復興=造成工事・順次建設)と位置付けられ、平成28年度までに高台への集団移転を終える計画にあります。このような流れの中で、遺跡の発掘調査は2期の造成工事前までには完了する必要があります。発掘調査の遅れは、復興の遅れにつながってしまいますので、それを危惧する報道も復興開始当初には見受けられました。

宮古市教育委員会では「遺跡を復興の妨げには絶対にしない!」という強い信念のもと、震災約3か月後の平成23年5月には被災者の住宅再建に伴う発掘調査を実施しています。これは岩手県内で最も早い行動でした。その後も、高台移転等の復興事業候補地を遺跡地からは極力外す調整が行われ、調査が決定した遺跡につきましても、派遣職員を多く受け入れるなど迅速に進めてまいりました。その結果、高台移転関係、災害公営住宅関係の発掘調査は平成26年12月中にすべて終了し、残すは復興関連の道路部分の調査を残すのみとなっています。

ただ、冬季の現在は、毎日地面が凍結するため、細かな作業が求められる発掘調査はできません。残した調査は春を待って再開することとなります。

高台移転造成地及び震災の爪あと残る、たろう観光ホテルの写真

破壊された防潮堤から望む、高台移転造成地(左奥)。事前に遺跡の発掘調査を行いました。右奥は震災遺構として現状保存が決まっている「たろう観光ホテル」です。

震災メモリアルパークの入口の写真

宮古市中の浜にも「震災メモリアルパーク」があります。ここでは、津波の高さを体感できる工夫がなされています。

1月19日(月曜日)

陸前高田市教育委員会事務局教育施設整備室の職員です。

私は、主に社会教育施設整備のための補助金申請事務を担当しています。

陸前高田市では市民体育館、温水プール等のスポーツ施設が被災したため、それらを含めた総合的な体育施設として、総合交流センター(仮称)を高台に整備する予定で、私はその補助金申請に取り組んでいるところです。

総合交流センター(仮称)の建設予定地の写真

こちらがその建設予定地の写真です。

現在、着々と造成工事が進んでいるところです。

市内の体育施設はほとんどが被災、小中学校のグラウンドには仮設住宅が建ち、学校の体育館では各種イベントが行われるため、市民がスポーツを行う場所がほとんどありません。

温水プールで泳ぎたくても、隣の大船渡市のY・Sセンターまで足を運ぶことになります(私も時折利用しています)。

スポーツ環境充実のために、早期の完成が望まれています。完成する頃には名古屋市に戻っているとは思いますが、ぜひまた陸前高田市に出向いて、総合交流センター(仮称)で泳いでみたいと思っています。

1月22日(木曜日)

 陸前高田市復興対策局事業推進室「防災集団移転事業 業務担当」です。

 岩手県陸前高田市に赴任して1年10か月。残り2か月となりました。家から、陸前高田市に戻る新幹線から、久しぶりに綺麗な富士山を見られました。

雪化粧した雄大な富士山の写真

平成27年1月5日

 平成26年4月末に、団地整備工事が完了した、「小友地区 両替住宅団地」です。

工事が完了前の両替地区の写真

平成25年11月26日

工事が完了後の両替地区の写真

平成26年7月27日

平成26年5月末に、団地整備工事が完成し、関連道路工事が、同年9月末に完了した、「広田地区 六ヶ浦住宅団地」です。

工事の完了前の六ヶ浦住宅団地の写真

平成26年4月25日

工事の完了後の六ヶ浦住宅団地の写真

平成26年7月1日

住宅の建設が始まっている六ヶ浦住宅団地の写真

平成27年1月6日

平成27年2月15日に完了となる「広田地区 大野住宅団地」です。

工事の完了前の大野住宅団地の写真

平成26年5月14日

工事の完了中の大野住宅団地の写真

平成26年7月29日

工事の完了がもうすぐの様子の大野住宅団地の写真

平成27年1月28日

平成27年6月住宅着工となる(工事完了は、今年の秋です)「広田地区 泊第三住宅団地」です。

工事着工前の泊第三住宅団地の写真
工事が進められている泊第三住宅団地の写真

平成26年8月26日

工事が進み、宅地造成されていく泊第三住宅団地の写真

平成26年12月25日

 平成25年度は、教育委員会で、5校の運動場(仮設広場?)を整備し、今年の春の運動会の新聞記事で見た、元気な子供たちの笑顔をとても嬉しく思いました。また、仮設野球場は、設計だけでしたが、当初設計とは似ても似つかぬ立派な野球場が出来ました。

 整備費には復興費に併せて、工藤公康氏の寄付(バックネット)や、アメリカユダヤ人共同配給委員会(電光表示盤)の寄付と、後任(岩手県任期職員)のおかげで、完成しました。

 名古屋の野球クラブの皆様、陸前高田市の野球クラブと対戦(交流)してみませんか?

バックネット裏からみた野球場
寄贈者・寄付者プレートの写真

 平成26年度は防災集団移転事業で宅地造成工事の設計・監督と道路工事や河川整備工事とは違った基準等に戸惑いながら、陸前高田市職員と他の派遣職員と議論しながら少しでも早く被災者した人が自立再建できるよう、残りの任期を頑張りたいと思います。

 

「二年間の思い出」

 

うっそうとする山林の隙間から白糸のように流れる滝の写真

白糸の滝(陸前高田市矢作町、平成26年10月20日)

刈り取り後の田んぼで稲穂が架けられている写真

稲穂の稲架け(平成26年10月18日)

高田松原があった海岸の写真

高田松原見学会(平成25年9月29日)

1月23日(金曜日)

こんにちは。宮古市の文化課に文化財調査員として配属されている職員です。

本日は私が発掘調査に従事した津軽石大森遺跡を紹介しましょう。

宮古市津軽石地区で今回の津波による流失・浸水した家屋は約830棟におよび、そのうち54%は全壊でした。今回の調査は、全壊した公民館・出張所、保育所、消防屯所を新たに建設し、そこを津波復興の拠点とする事業に先立つものです。調査対象面積は約1万平方メートルと広大で、おのずと調査期間も4月から11月までの8か月間という長丁場になりました。

発掘調査の結果、130軒を超える縄文時代や奈良・平安時代の建物跡を発見するなど、大きな成果をあげることができましたが、やはり一番驚いたことは、古代人の住居は安全な土地に作られていたことでした。そこは被災した現在の街からは少し高い、しかも暮らすには不都合な斜めの土地なのですが、それも安心・安全を第一に考えてのことと理解でき、古代人の危機管理能力の高さをあらためて知ることができました。

「温故知新」、先人の知恵に学ぶことはまだまだ多いのではないでしょうか。
津軽石大森遺跡の発掘調査の写真

津軽石大森遺跡の発掘調査風景。四角く見えるのが古代の竪穴住居跡です。

発掘調査現場の写真

現場に迫りくる「やませ(冷たい海風)」。夏でも一気に寒くなります。

市民に調査結果を説明している写真

発掘調査の終了前には、調査の成果を市民に解説する説明会を開催しました。

1月30日(金曜日)

こんにちは。宮古市の文化課に文化財調査員として配属されている職員です。

本日は宮古市の隠れた魅力を紹介します。

こちらへ来る前の「宮古市」のイメージは海の街でしたが(余談ですが、宮古だけでは沖縄の宮古島を連想される方のほうが多いのではないでしょうか?実は私がそうでした(笑))、趣味の山歩きで感じたことは「宮古は山も素晴らしい!」ということです。冠雪、新緑、紅葉…どの季節も山々はとても美しく、感動の連続でした。また、人々の山に対する信仰も篤いものがあり、多くの山頂には神や仏が祀られ、里にも神楽などの伝統芸能や数々の文化財が残っています。そして、山の博物館である宮古市北上山地民俗資料館にも「こんな田舎に(失礼!)どうしてこんな素晴らしい博物館があるの!?」と驚きました。収蔵資料、展示内容ともに全国に誇れる博物館かと思います。海と山、そしてそれをつなぐ川、この三者の調和こそが宮古市最大の魅力と感じた一年でした。

現在、被災地で最も望まれていることは「多くの人に来ていただきたい」ということです。海だけではない魅力あふれる宮古市へどうぞ皆様おでんせ!(来てちょーだい!)。
早池峰山の頂の写真

同僚の宮古市職員と市内にある百名山「早池峰山」に登りました。

資料館内の展示の様子を映した写真

山の博物館「宮古市北上山地民俗資料館」。多くの資料が国指定重要有形民俗文化財に指定されています。

このページの作成担当

名古屋市被災地域支援本部(防災危機管理局統括課)
電話番号: 052-972-3585
ファックス番号: 052-962-4030
電子メールアドレス: a3585@bosaikikikanri.city.nagoya.lg.jp

このページについてご意見をお聞かせください

ご注意

  1. お答えが必要なお問合せは、直接担当部署へお願いいたします(こちらではお受けできません)。問合せ先等が不明な場合は、ページ下部の「このページの作成担当」などをご確認下さい。
  2. 個人情報を含む内容は記入しないでください。

ページの先頭へ